コラム/深層

出版不況とはなにか

本誌編集委員 黒田 貴史

新聞やテレビがさかんに「出版不況」ということばを使って報道している。しかしそもそも「出版不況」とはなにか。いつから出版不況になったのか。それはどういう事態なのか。今後どう展開していくのかを考えてみたい。おもな資料は『出版指標年報2014』(全国出版協会・出版研究所、2014)を使用する。

この統計は、日本全体の出版販売のうち取り次ぎ店を経由した単行本、雑誌を対象にしている。したがって団体が出版社から直接大量注文した、あるいは学校が教科書として直接購入したというような書籍流通は含まれない。しかし、取り次ぎ、書店というごく通常の本の流通を網羅しているので、全体の傾向をつかむには問題ないだろう。

1 いつから右肩さがりか(頂点はいつだった)?

日本の出版界全体の売り上げは、戦後右肩上がりの状態が続いていた。規模は小さいとはいえ、順調に「経済発展」していた産業の一つといってよかっただろう。ただし、全体(数千社)の売り上げの総合計がトヨタ一社におよばないという笑えないたとえも使われるほど、世間的に目立つ外観と経済規模の実態がつりあわないいびつな状態でもある。

その日本の出版界が最大の売り上げを上げた年は1996年。この年、対取り次ぎで2兆6563億の売り上げを記録している。長く続く「出版不況」とは翌年からの右肩下がりの長い年月をさすことになるが、96年にそんなことを予測した出版人はごく少数だろう。

96年という年をみれば、とっくにバブル経済は崩壊し、日本の経済全体はすでに沈滞傾向をしめしていた。かつて「不況に強い出版界」の神話が存在し、96年当時、多くの出版人は、この神話にしがみついていたはずだ。

バブル崩壊後に倒産した出版社も数多い。しかし、その内実は、本業が立ちゆかなくなって倒産したというよりも、バブル時代に株に手をだした、ゴルフの会員権で荒稼ぎをしていたというところがバブルのはね返りで大やけどをしたというケースが多かった。

96年の頂点を境に右肩下がりが続く(『ハリーポッター』効果で1年だけ例外はあった)出版界全体の売り上げは今や1兆6823億円(2013年)にまで下がっている。つまり最盛期の約6割という現状だ。

2 出版界はどう対応してきたか?

さて、こうした出版不況に対して出版界はどう対応してきたのだろうか。単純にいってしまうと、売り上げを確保するために新刊点数を増やしつづけた。問題の96年以降、昨年2013年までの17年間で単行本の出版点数が前年よりもマイナスになった年は、5回しかない。売れないから、売り上げを上げるためにさらにたくさんの銘柄をつくって当面の売り上げを上げるというイタチごっこをくり返してきた。

雑誌は書籍にくらべて落ちこみがさらに厳しかったため、2007年以降は毎年前年比マイナスになっている。

こうしていわゆる「新刊ラッシュ」が加速し、本は出ているのに店頭に並ばず、結局読者の手元には届かないという現象が拡大していった。

ここでも96年と2013年の数字だけでも見ておこう。書籍の新刊店数は96年64054点。2013年は77910点。売り上げは大きく落ちているのに新刊店数は2割も増えている。雑誌は96年3257点。2013年3244点。途中2006年(3652点)くらいまで増え続けて400点近く加算された上で、その後に減少の一途をたどっている。

これは典型的な自転車操業だろう。しかも年を追うごとに自転車をこぐスピードをあげつづけてきた。しかしいつまでこぎつづけることができるのか?

3 出版社だけの危機なのか?

この出版不況は、出版社だけの危機ではない。むしろもっと深刻な本をめぐるインフラの危機と考えるべきだろう。

まず本をつくる印刷・製本業も大きな打撃を受けている。印刷費の低下などを受けて中小の印刷会社はどこも苦しんでいる。もっと深刻な製本業で廃業を選ぶところも少なくない。私も知っている製本業者は上製本(いわゆるハードカバー)のラインをなくしてしまった。古くから製本業は本体の製本の前に16ページ単位で印刷した紙を折る業者や16ページ単位に折りあがったものを糸でかがる業者などいくつかに細分されていてそれぞれが独立している形態が多かった。しかしバブル以降、本体の製本業以外の零細な構造の業者の廃業によって製本本体のラインの回転に支障をきたしている。けっきょく折り機を自社でもつなど製本業社が自前で調達する道を選んでいるところが多いが、機械をもてば借金も人も増える。

また、本と読者をつなぐ書店も大きな岐路にたっている。アマゾンなどのインターネット書店の拡大の一方で実際に本を手にとって見ることができるお店は減少の一途をたどっている。とりわけ駅前で家族経営で営業しているような小さな書店の廃業が目に見えてふえている。2013年も年間455店が廃業している。もちろん経済的な意味合いも大きいが、活動範囲が狭い中高校生にとって本に触れる場として機能していた駅前書店の減少は、出版界全体にボディブローとして響いてくるだろう。

4 出版界はどこにむかうのか?

以前から日本の出版社の総数をさして4000社という数字がいわれてきた。稼働2000、休眠2000、という内訳だった。しかし、この数字にも大きな変動が現れている。例によって96年を見てみよう。このとき日本の出版社総数は4602社。2001年は4424社。2008年に4000を切って3979社になった。2011年は3736社に減っている。

バブル時代に別の商売に手をだしてやけどをしたという話をはじめに書いたが、現在は本業をまじめにやっていた出版社が立ち行かなくなって倒産、廃業しているという例が増えている。

先に見たとおり、右肩さがりの「出版不況」はまだ続いている。いったいいつ底がみえるのかもわからない。出版社の減少傾向もしばらくは続くだろう。

また本を買う世代もどんどん高齢化している。紙版時代の『現代の理論』の定期購読者も圧倒的に高齢者中心だった。購読とりやめの理由のなかで多かったのは「もうこんな小さい字の本を読めなくなってしまった」というものだった。本を買ってくれる層も残念ながら先細りしている。

つまりどこを見ても展望はみえない。今の右肩さがりの底が見えたときに残った出版社が今後の出版界をになっていくのだろうが、若年読者の獲得、書店との連携など、業界全体の取り組みを実行しなければ、その先が見えないのではないか。

くろだ・たかし

30年近い出版社勤務の後、昨年会社員を卒業。今後はフリーで出版にかかわる予定。

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