特集●混迷する世界を読む

予測不能なトランプ政権の実像

最初の100日は史上最低、待ち受ける混乱

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

トランプ大統領は最初の100 日で何をしたか。ルーズベルト大統領が大恐慌の危機乗り切りの「ニューディール」骨格を100日でつくりあげて以来、米国では新大統領はまずこのテストにさらされる。トランプ氏は80日目に先手をうって「(前任)オバマの8年間以上の実績を上げた」と自己顕示したが、これはいつもの「フェイク(ねつ造)・ツイート」。

「トランプの100日目」(4月29日)を前にワシントン・ポスト紙とABC放送が共同で行なった世論調査によると、トランプ大統領の支持率は42%、不支持率は53%。どちらも第2次世界大戦後の歴代11人の新大統領のなかで最悪で、不支持が支持を超えたのは初めてだった。トランプ氏が目の敵にしてきたオバマ氏の成績は69-32。トランプ氏に次いで支持率が低かったのはクリントン氏の59-32%。その他の新大統領の支持率は60∼70台で、最高はケネディの78-6である。「100日テスト」は新政権への「ご祝儀」になりがちなのに、トランプ氏の成績は桁外れの低さだ。他の世論調査もほぼ同様の結果で並んでいる。

最初の100日―前例なき「孤独政権」

トランプ大統領がこうした「落第点」を取った理由は、中東・アフリカのイスラム国からの入国・難民受け入れ一時禁止の大統領命令が国際的な混乱をおこして裁判所の差し止め命令を受け、オバマケア(低所得層向け医療保険制度)の無理やりの改廃を試みて挫折するなど政権発足早々、失政を続けたことにある。しかし、政権そのものが歴代政権と比べればいまだに政権の態をなしていないと言える状態にあることも指摘しなければなるまい。

トランプ政権は共和党極右、制服組(といっても軍主流ではない)、ウォールストリートの大金持ちの寄せ集め所帯。大統領以下、連邦および州の公的機関で働いた経験者はごく一部しかいない。スタート直後に外交・軍事の中軸となる国家安全担当補佐官がスキャンダルで更迭、交代となり、追いかけて白人至上主義者とみられたバノン首席戦略官兼上級顧問が大統領側近グループとの主導権争いに敗れて実権を失った。長女の婿クシュナー上級顧問が存在感を増し、さらに長女イバンカ氏自身も補佐官にすわった。これでトランプ独裁の縁故政権の色合いが強まった。

主要省庁のトップを支える幹部ポストも大半が空席のままだ。議会承認が必要な幹部ポスト(トップに次ぐ副長官、次官、局長、局次長クラスまで)は553あって、そのうち4月はじめまでに承認を得たのが21人、承認待ちが44人、残る9割近くは指名すらされていない(2017.4.4朝日新聞)。省庁幹部人事が早急に進む見通しは立っていない。

米国には数多くのシンンクタンクや大学、企業などの研究機関があって、それぞれ民主、共和両党と深いつながりをもっている。各分野の学者、研究者がここで政権交代を待ちわびている。彼らは政府との間を出たり入ったりして(回転ドアと呼ばれる)出世の階段を昇って行く。新政権が人材リクルートに困ることはなかった。だが、トランプ氏の政権に加わって将来はあるのか。彼らは慎重に模様見をしているところだ。トランプ政権は史上に例を見ない「孤独政権」と言えるだろう。

北朝鮮の「テスト」に抑制対応

トランプ氏は100日目を控えて突如、アフガニスタンとシリアで空爆を実施した。シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとして、同兵器貯蔵施設とみられる空軍基地に巡航ミサイルを撃ち込んだ。懲罰行動である。アフガニスタンでは過激派「イスラム国」(IS)系組織の拠点の地下施設を目標に、非核爆弾では最大のGBU43(MOAB)を大型機から投下した。現地情勢に詳しい専門家によれば、軍事的には必ずしも必要な爆撃ではない。トランプ氏が「最初の100日」が迫るなか「人気低迷」からの挽回を狙ったものと受け止められている。「強い米国」を好む保守強硬派は評価、保守主義の代表的論客クラウトハマー氏は思想なきトランプ氏に批判的だったか、トランプ氏はこれで「米国の大統領になった」とほめた。これがなければ世論調査の数値はさらにひどいものになっただろう。

北朝鮮はトランプ政権発足とともに弾道ミサイルを連続的に発射した。米国に新政権ができると、北朝鮮がその反応をテストするというのはいつもの例だ。北朝鮮はさらに6回目の核実験を行う構えに出た。トランプ政権が強く反応したのもいつもの例にならっている。トランプ大統領は東南アジア海域にいた空母カールビンソンを中心とする空母打撃グループを東アジア海域に転進させ、一時は軍事衝突の恐れをはらむ危機の様相を呈した。しかしトランプ大統領は100人の上院議員をホワイトハウスに招いて北朝鮮に対する経済制裁をさらに強化し、中国に北朝鮮抑制の圧力を要請する、という外交努力による事態鎮静方針を示した。北朝鮮も今のところ核実験強行の日と思われた人民軍創建記念日(4月25日)をやり過ごした。

トランプ氏は「力による外交」を唱え、シリアとアフガニスタンでの軍事力行使のほか、シリアに特殊部隊を送り込み、内戦が泥沼化しているイエメンではサウジアラビアと政権側を支援してアラビア半島アルカイダ攻撃に加わるなど、中東紛争への軍事介入拡大の動きに出ていた。この流れからみると、北朝鮮にたいしては抑制的な姿勢を維持した。

選挙戦で候補者ができそうもないことを言うのはいずこも同じだが、過剰な自信家のトランプ氏の場合は「おれがやればできる」と思い込んでいたように見える。それでも「はじめの100日」の間に多くの発言を事実上、取り消したり訂正したりしている。「北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れ」「中国は為替操作国」「プーチンは強い優れた指導者」「北米自由貿易協定(NAFTA)から離脱する」「日本は駐留米軍の経費をちゃんと払っていない」などいくらもある。根拠なしがはっきりしているものはしょうがないということだろうが、いまだに固執しているものも少なくない。

トランプ氏を強く批判してきたニューヨーク・タイムズ紙によると、トランプ氏は大統領選挙戦で派手に打ち上げた単純明快な公約が、実行しようとすればそれぞれの問題が複雑な要素を含んでいることを少しずつ学んでいるという。「次の100日」でそれが生かされるのだろうか。

100日のあと―「米国第1」―混乱は必至

トランプ大統領の政策をつらぬく理念があるとすれば内政、外交を通して「反オバマ」だ。これは8年間「オバマの成功」阻止に没頭した共和党にも共通するが、トランプ氏には特別な執念を感じる。オバマ氏は米国生まれではないから大統領の資格はない、という「フェイク」情報の主役を務めるTVレギュラー番組で執拗に取り上げたのがトランプ氏だった。選挙戦中に人種・民族差別を平然と繰り返し、白人至上主義とも組んだトランプ氏は「黒人大統領の遺産」は取り除きたいという衝動に駆りたてられているようだ。

「はじめの100日」はこの「反オバマ」で始まった。これは100日で終るわけではないから、「次の100日」も「反オバマ」が継続するだろう。しかし「オバマ・レガシー」(遺産)のなかには手を付けられないものも、手を付けてはいけないものもあることが分かってくるのではないか。

内政では大幅な企業減税を柱にした税制改革、不法移民流入阻止のためのメキシコ国境に建設する長大な壁の財源、一度失敗したオバマケア改廃の再挑戦など重要課題が並んでいる。トランプ大統領は既に軍事費の大幅増額の一方、外交や国際支援を担う国務省予算31%を始め民政にかかわる予算を大幅に削減する予算原案を提示している。与党の共和党は厳格な財政規律を原則にしているから、こうした政策が議会の支持を得るのは容易ではない。企業優遇で3%の経済成長を図り底辺も引き上げるという「サプライサイド・エコノミー」には「ファンタジー」とか「富裕層優遇の追いはぎ税制」という厳しい批判がでている。

トランプ氏は選挙戦でメキシコに移転しようとしていた自動車工場を引き戻し、閉鎖された石炭鉱山を再開させて失業者を再雇用するという「ポピュリズム」でグローバリズムに取り残された白人低所得層の支持を集めた。トランプ氏および共和党は「地球温暖化」は経済活動を規制するための左翼の陰謀とみており、温暖化防止のための産業排出ガス規制に反対。トランプ大統領は政権発足と同時に乱発してきた大統領命令のひとつで、オバマ前大統領が進めた温暖化対策を事実上、取り消す環境規制緩和命令を出した。これで象徴的な「石炭鉱山の再開」を演出したとしても、採算の取れない企業や業態が復活することはありえない。

地球温暖化防止の取り決めであるパリ協定からの離脱方針も明らかにしている。本気でこれを実行できるのだろうか。国内の反対も多いだろうし、国際社会における批判、米国の地位や影響力の低下などマイナスが大きすぎる。

国際経済ではトランプ氏は就任早々にTPP(環太平洋連携協定)から離脱し、「米国第一主義」(バイアメリカン)を掲げて貿易は全て2国間交渉で進めるという頑なな政策を進めている。2国間交渉の方が米国の力ずく圧力が効くと考えているのだろう。傲慢ではあるが、米国に「米国の利益=正義」が多数決のルールに邪魔されているという不満があるので俗受けしている。しかし2国間交渉といえどもガットその他国際貿易の基本的な枠組みを無視することはできない。トランプ氏の不動産ビジネスとは違う。

トランプ主義は自由貿易という国際経済の基本原則に反する「保護主義」として既に世界中で強い警戒と反発を引き起こしている。主要20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議の3月会議は米国の圧力で、声明から「保護主義に反対」といういつもの字句を削除。4月の会議では「自由貿易の重要性」を確認したが、米国のけん制で声明発表は控えた。国際経済をめぐってはこうした動揺が続くことになるだろう。

トランプとオバマ

外交・軍事で「次の100 日」の焦点は、引き続き北朝鮮核問題、中東・シリア問題、中国と南シナ海問題。いずれにも解決への道筋は全く見えていない。トランプ氏が「オバマの大失策」と批判をしてきたのが北朝核問題での「戦略的忍耐」と、シリアおよび「イスラム国」(IS)にたいして直接的な軍事介入を控えてきた「弱腰外交」だった。トランプ氏はシリアでアサド政権が化学兵器を使用したとして同兵器貯蔵施設とみられる目標に地中海の艦艇から巡航ミサイルを撃ち込んだ。これはオバマ氏に対する「あてつけ」の意味がある。

オバマ氏は2013年、シリアのアサド大統領に「化学兵器使用は一線を超える」と警告したにもかかわらず、アサド政権軍が実際に化学兵器を使って多数の死傷者を出したのに軍事力行使を控えてしまい、国際的な失望と批判を浴びた。「弱腰」のオバマ氏と自分は違うということを誇示したのだ。しかしトランプ氏も当時、シリア内戦は米国の直接的な脅威ではないとして、軍事介入にはっきりと反対していた。そんなことは苦にはならないのがトランプという人物なのだろう。

そのころワシントンではオバマ大統領が与えられている戦争権限は「9・11テロ」にともなうイラクとアフガニスタンの戦争にたいしてのもので、シリア内戦にまでその権限はおよばないと、軍事介入の抑制を求める声も強まっていた。英国ではキャメロン首相がアサド政権に対する軍事力行使権限を議会に求めたところ、きっぱり否決された。これでオバマ氏は議会に諮ることなく軍事介入を取り止め、プーチン露大統領の誘いを受けて国連によるシリアの化学兵器の廃棄という提案に乗り換えた。こんな経緯はあったが「オバマの弱腰」が大きくクローズアップされた。

トランプ氏はさっと転身して、それをオバマ攻撃のカードにした。トランプ氏の根っこにある「米国第一主義」は国際紛争に対しては「孤立主義」につながる面もある。トランプ氏は時に応じて、口ほどの「力の外交」信奉者ではなくなるかもしれない。

AP通信が「トランプの100日」を前に本人に直接インタビューした。同通信はインタビューの中の16 カ所に意味不明の発言があるとの「注」をつけて長いやり取りの全文を配信し、ネットにも流れて「支離滅裂」「唖然とした」と言った反応を招いている。インタビューの大半がいつものメディア批判、いまだにクリントン候補への執拗な攻撃など、記者の質問と無関係の脈絡のない発言に費やされている。だが、拾い上げたい発言がいくつかあった。トランプ氏は大統領になってなにか変ったことがあるかという質問に次のように答えている。

「みんなに言う。大統領の責任がいかに大きなものか、それを自分は全く理解していなかった」

「シリアに向けて数百マイルも離れた艦船が発射した79発(実際は59発)のトマホーク(巡航ミサイル)が町や村などに着弾すれば多数の死を招くのだから、その決定は普通の人が考える以上に難しいことだ」

当たり前のことだが、トランプ発言となれば目が止まる。

北朝鮮問題でも「軍事力行使」をにおわせることはないまま、中国との関係では為替操作しているという問題ではなく、重要なのは「習近平主席が北朝鮮に圧力をかけてくれることだ」と発言している。

もう一カ所。ある民主党下院議員がやってきて「あなたは史上、最高の大統領になると言ったんだ」。トランプ氏は嬉しそうにこの言葉を4回も繰り返した。良かれ悪しかれ、トランプ大統領は「史上、最高の大統領」になりたいという野心満々、そしてなれると思っていることが浮き彫りになっている。

史上最高の大統領になるには内外政で大きな業績を上げなければならない。特に外交で派手な業績が望まれるのではないか。そう考えると、解決の見通しのない困難に陥っている北朝鮮核問題、シリア内戦に凝集されているイスラム世界の宗派抗争にたいして、トランプ大統領が何を考えているのかが気になる。

米国では戦争になれば、先ずは大統領を支持するという「愛国心のならい」がある。だが、戦争が長引くとなれば別だ。ベトナム戦争を経験し、2001年に始まったアフガニスタンとイラクの「ブッシュの2つの戦争」が既に10年を超えていまだに終わりが見えない。一般国民の中には「戦争疲れ」や「厭戦気運」が根づいている。「体制」(エスタブリッシュメント)の中でも戦争は避けたいという意識が支配的な時代ではないだろうか。トランプ氏もそういう時代のひとりであることは間違いない。そう信じたい。

転換迫られる北朝鮮問題

筆者は北朝鮮核問題については、なぜこんなバカげたことが繰り返されるのだろうかと思い続けている。

その立場からいくつかのメディアに論考を寄せてきた。

2013年2月には次のように書いた。

「北朝鮮『核の脅威』-虚像と実像 軍事作戦の選択肢はない」
「北朝鮮が相次いで長距離弾道ミサイルの発射と小型化原爆の実験を強行した。国際社会が非難し、制裁を強めた。北朝鮮は反発してさらに強硬な姿勢を取り、核保有国になったかのごとき威嚇発言を繰り返している。これは20 年間繰り返されたパターンだ。北朝鮮の『核の脅威』を強調して抑え込もうとすればするほど、皮肉にも『核の効用』への盲信を募らせることになった。交渉しながら核開発を進める―という彼らの術中にはまってしまった。北朝鮮の核武装を阻止するのが、ますます難しくなったという現実を突き付けられている。だが、パニックになることはない。北朝鮮の『脅威』とは何か。虚像と実像の入り交った状況を冷静に見つめ直すことだ」

3年後の2016年1月のとき。

「『戦争終結』交渉への転換も 『出直し』迫られる6カ国協議」
「年明け早々、世界はまた北朝鮮の『水爆』実験と『人口衛星』打ち上げに振り回された。何年おきかに繰り返されてきたパターンだ。虚実を織り交ぜて核の脅威を煽る。国際社会が制裁を発動し、核開発放棄を迫る。譲歩と威嚇を巧みに使い分けて6カ国協議を引き回し、その蔭で着々と核武装への階段を上がる。5カ国側はその術中にはめられたが、北朝鮮もこのゲームをあと何回続けても普通の国家として国際社会に仲間入りできる見込みはない」

そして今、2017 年4月。「今回の弾道ミサイル発射で北朝鮮の脅威は新しい段階に入った」(日米首脳会談など)という。北朝鮮がミサイルに搭載する核弾頭と米国本土に到達可能な弾道ミサイルを手にする悪夢が現実に近づいたというのだろう。20年余りも弾道ミサイルや核爆発の実験を繰り返すことを許してきたのだから、こうなることはあたりまえだ。何を今さら大騒ぎをしているのだろう。

米中露に韓国、日本の5カ国が北朝鮮を取り囲んで核開発放棄を迫った6カ国協議が失敗に終わった理由は、もちろん複合的である。いくつか挙げる。核の5大保有国(先の3国と英、仏)だけは核兵器を持っていいが、その他の国が持つことは許さないという核拡散防止条約(NPT)の体制。核保有国が核廃絶に向けて真剣に核軍縮に取り組むことが条件になっている。それがないから他の国に核を持つなと言っても説得力は弱い。

5カ国側の内部事情。それぞれの内政、外交がらみの事情と思惑が交錯し、足並みは容易には揃わない。主役・米国の基本姿勢が政権ごとに硬軟に揺れた。中国にとり北朝鮮は米国・韓国・日本という西側同盟とロシアに対する緩衝地帯に当たる。北朝鮮が崩壊しては困るし、統一すれば多分、韓国主導の親西側国になる。ロシアも国境を接するが利害関係は中国ほど深くなく、米日韓のけん制に回るのが役目。

その他いろいろあろうが、最大の理由は孤立無援の国家(金王朝体制)がその生き残りを核武装に賭ける死にもの狂いともいえる強固な国家意思、および北朝鮮の技術力を見誤ったこと。核拡散は許さないという大義はあっても、このままではいずれ本当に米国にとっての脅威になるという現実感が薄かったのではないか。ひとつ加えれば、米国には当初から北朝鮮は経済制裁で締め上げれば崩壊するという希望的観測がちらついていた。

「平和協定交渉」へ転換も

米国は1990年代に入って間もなく北朝鮮の核開発の動きを探知した。クリントン政権が押さえ込みにかかったが交渉は難航。同政権は核開発関連施設を破壊する軍事作戦計画「50ー47」に取り掛かった。北朝鮮は「ソウルを火の海にする」と威嚇、米国はこれが威嚇ではすまないことが分かり、作戦発動の寸前で思いとどまった。同作戦計画によると、北の核施設攻撃は間違いなく全面戦争に発展する。最初の90日間で米軍5万2千人、韓国軍49万人が死傷、北側にも一般市民を含めた大量の死者が出る。戦費は610億ドル。これが全面戦争に拡大して死者は百万人。そのうち米国人は8-10万人。米軍は韓国駐留の3万7千人に加えて40万人の増派が必要になり、戦費は1千億ドルに達する。

これは通常兵器の戦争での話だ。しかし北朝鮮はこれだけでは安心できなかった。冷戦が終わって中国とソ連という後ろ盾を失った。両国とも経済発展が目覚ましいライバル韓国に擦り寄って国交を樹立し、孤立無援となった。朝鮮戦争は韓国を除く北朝鮮・中国と米国の間で休戦協定(1953年)が結ばれただけで、戦争は終わっていない。米国は冷戦時代からクーデターを仕組んだり軍隊を送ったりして、気に入らない国の政権を取り換えてきた事実がある。核を持てばそれを抑止できる。北朝鮮中央通信はよく「イラクのサダム・フセイン政権とリビアのカダフィ政権は核を放棄した結果、破滅したではないか」と論じている。米欧に対するパラノイアと一蹴するだけではすまない真実が含まれている。

トランプ政権もちょっと軍事力行使の脅しをちらつかせてから中国の習近平主席に直接、厳格な制裁を加えるよう要請し、その圧力で北朝鮮に6カ国協議に戻らせようというだけだ。ゴールのないゲームの繰り返しである。北朝鮮が求めているのは朝鮮戦争を公式に終わらせるための平和協定交渉。5カ国は「非核化が先決」と突っぱねてきた。北朝鮮が「悪の枢軸」(ブッシュ元大統領)の一角だとしても、平和協定交渉に応じてもいいではないかという現実的な主張が米政権内でじわじわと広がってきた。

2016年1月危機の時、ウォールストリート・ジャーナル紙がオバマ政権は平和協定交渉に応じることに踏み切っていたが、1月早々の北の核実験で封印されたと報じたことがある(16年2月21日)。 北朝鮮の連続的な弾道ミサイル発射が始まったあとの3月16日、オバマ政権で国務副長官を務めたワシントン外交エリートのA・ブリンケン氏がニューヨーク・タイムズ紙の意見欄に寄稿し「手早く軍事的に解決する方法はない、手順を踏んだ外交と制裁が最善」と論じた中で、「平和協定交渉が有効なら取り入れればいい」と述べている。オバマ政権が平和協定交渉を選択肢に入れていたとの報道を裏付けている。

米国が平和協定交渉を拒んできた理由は、北朝鮮にたいする根深い不信感と「悪の枢軸」の危険な核開発に屈して報酬を与えるのかといった保守派の反対が出るからだろう。オバマ政権はイスラエル、サウジアラビアなど有力同盟国および国内の強い反対を押し切ってイラン核開発をストップさせる合意を達成した。北朝鮮は極め付きのタフな交渉相手だ。和平協定交渉と言ってもそのまま核放棄につながるわけではないし、北朝鮮がどんな問題を持ち出すかもしれない。だが、これまでのパターンを繰り返すのは余りにも愚かだと思う。交渉の結果は始める前から決まっているわけではない。交渉で何を決めるかを決めるのは交渉である。トランプ氏はワシントンの外交エリートにも北朝鮮問題にも何のかかわりも持っていない。何をするのか予測不能大統領だ。トランプ大統領が思わぬ外交成果を上げるとすれば北朝鮮問題かもしれない。

「イラン核合意を守れ」

トランプ氏がちょっと勉強しただけで中東・シリアに手を出したら大やけどをするに違いない。絶対に手を出してはいけないことは見えている。オバマ氏がまとめたイラン核合意を守ることだ。この合意に今も反対し続けているのがイスラエルとサウジアラビアなどの湾岸諸国を中心にするイスラム教スンニ派である。元々は親米的な国々だ。イランはアラブ系ではないアーリア系民族で、イスラム教の少数派シーア派。1979 年のイスラム革命で反米イスラム国家となった。シーア派支配勢力はイラク、シリア・アサド大統領派、レバノンの政治・武装勢力ヒズボラで、イランを軸に結集している。しかし、各国には多数派、あるいは少数派という形で両派が混在している。イラン核合意をめぐって中東の大国サウジとイランの覇権争いが解き放たれると中東は完全に溶解する。

オバマ氏はこれを防ぐためにイスラエルやサウジなど親米諸国や国内の親イスラエル勢力の強い反対を押し切ってイランと核開発を封じ込めるための合意達成に成功した。しかし反対派はこの合意には抜け穴があり、事実上イランの核開発を容認しているとして、反対を続けている。「反オバマ」のトランプ氏も反対を唱えてきた。大統領としての判断は中東情勢に重大な影響をおよぼす。

シリアとイラクにまたがる「イスラム国」(IS)掃討戦とシリア内戦が重なりあって、スンニ、シーア両派に少数民族のクルド、さらに隣国トルコも介入して、様々な武装勢力が入り混じり、誰が敵か味方か決めきれない複雑怪奇な戦いになってしまった。オバマ氏が手を出しかねた理由もそこにあった。

アサド政権は崩壊の危機に追い込まれたが、冷戦時代からつながりのあったロシアが軍事支援に乗り込んで形勢は逆転、ロシアは内戦の行方に主導権をにぎった。米国抜きにアサド政権を軸にした和平協議にも取りかかっている。シリア内戦も「イスラム国」掃討作戦もようやく終盤戦に入っている。「アサド排除」を掲げ軍事顧問派遣とISに対する限定的爆撃にとどめている米国はロシアに主役の座を奪われた形になっている。

トランプ氏は選挙戦でロシアのプーチン大統領を(オバマ氏と対比して)「力のある優れた指導者」と持ち上げた。その背景はいまだに良く分からない。ロシアがサイバー攻撃を仕掛けてクリントン候補を傷つける情報を引き出してウイキリークスなどを通して暴露し、駐米ロシア大使らがトランプ陣営と密接な接触を持ったりしていたことが明るみに出た。プーチン大統領が直接指示した選挙干渉との疑いで議会の調査や司法当局の捜査が行われている。ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件にちなんで「クレムリンゲート」と呼ばれている。

オバマ政権のもとで米ロ関係は欧州ミサイル防衛網(MD)やウクライナ問題などがあって最悪状態になっていた。トランプ氏は「反オバマ」のひとつとしても、米露関係改善を外交の柱にしようとして、プーチン礼賛をしたのではないかとも考えられる。トランプ政権が中東問題に乗り出すにはプーチン氏との協力関係が欲しい。そのためだろう。「アサド大統領の処遇はシリア人が決める」(ティラーソン国務長官)「アサド退陣は優先課題にはしない」(ヘイリー国連大使)と軌道修正に取り掛かっている。トランプ、プーチ ン関係はどんな展開になるのだろうか。

アキレス腱は「利益相反」

トランプ氏がAP通信のインタビューで、大統領になってその責任がいかに大きなものかを知らなかったと述懐しているのは正直だ。しかし、そういう人物が大統領選挙に打って出て、選ばれたことに驚きも感じる。政治のプロであるワシントン・ジャーナリストの間で、トランプ大統領は失敗やスキャンダルで議会の弾劾裁判に掛けられ、多分4年の任期を全うできないだろうという見方がでたのも分かる。

トランプ大統領がいつまでもつかはブックメーカー(賭け屋)の関心にもなっていて、92日目の4月23日にはトランプ大統領が1 期目満了までに弾劾されるか辞任するかの賭けで、英国の有名な賭け屋が付けた倍率が2倍まで下がったとワシントンで報道された。賭け金の2倍しか受け取れないほど可能性は高いという予想だ(ワシントン共同)。

米国ではニクソン大統領が再選を目指すための私的な特殊工作チームを使って、対立党の民主党全国委員会事務所から秘密書類を盗み出したウォーターゲート事件(前出)と女性スキャンダルで弾劾裁判にかかったが、辛くも有罪を免れたクリント大統領の例がある。トランプ氏がもしも弾劾にかかるとすれば「利益相反」のスキャンダルの可能性が一番大きいのではないかと思う。

大統領になると、金銭の問題で身をきれいにすることが求められる。米国では政府高官は法律によって資産を公開し、株や証券類は全て売却を求められ、ビジネスにかかわる資産は第3者が運営する基金(blind fund)に預託することを義務付けられている。しかし大統領と副大統領はこの法律の対象にはなっていない。敬意を表して自主的に対応してもらうというのが趣旨だとされる。しかし憲法には大統領は外国から金品を受け取ってはならないという条項がある。

トランプ氏はトランプ・オーガニゼーション(トランプ社とする)という統括組織のもとにホテルやゴルフ場その他の不動産業および関連する事業を全米と多数の外国で展開しているから「利益相反」が引き起こされる可能性は極めて高い。しかしトランプ氏は自主的に事業の運営を2人の息子にゆだね、直接はかかわらないといって、最高責任者の地位は握ったままになっている。

トランプ氏が安倍首相や習近平・中国主席など外国首脳を招いて首脳会談を開いているフロリダの豪華リゾート施設のオーナーはトランプ氏自身だ。その経費は誰が払ってもトランプ社の利益になるはずだ。同社経営の多数の高級アパートにも米政府にかかわるビジネスに従事する外国人が住んでいる可能性がある。

トランプ氏の長女イバンカ氏は無給の大統領補佐官だが、高級ファッションなどのビジネスを手広く展開し、テレビにも出るし、外国訪問にも行く。自ずと広告塔の役割を果たしている。上級顧問のクシュナー氏も大きな不動産ビジネスを展開、実務からは手を引いたというだけだ。大統領およびそのファミリーが「利益相反」を引き起こす可能性はいくらでもありそうだ。このあたりがトランプ氏のアキレス腱だ。

主要メディアはトランプ氏が当選して政権つくりに入った段階からこの問題を大きく取り上げてきたが、トランンプ氏や周辺がどこまで真剣にうけとめているかが見えてこない。

(この項、『現代の理論』デジタル2月号の拙稿「『公約』強行で世界の大混乱は必至」参照)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事を歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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