特集 ●歴史は逆流するのか

ドイツは新しい戦争の時代にどう対応するか

市民の耐え難い無力感、逡巡するショルツ首相

在ベルリン 福澤 啓臣

2022年2月24日、ロシア軍がプーチンの命令でウクライナに侵攻を開始した。それ以来ドイツ社会はウクライナ戦争一色である。ショルツ内閣は、発足後100日も経ない間に、ウクライナ支援と政策の練り直しで大童になっている。

マスメディアもニュースやトーク番組で連日戦争の模様を伝え、議論している。市民も出会うと、ウクライナの戦争を話題にし、プーチンのせいで憂鬱だよと挨拶するのが日常になっている。まさかロシア軍がドイツまで侵攻してくるとほとんどのドイツ人は考えていないが、フェーザー内務大臣が防空壕などのチェックを指示した。空路2時間の隣の国で、一人の独裁者の妄想で侵略戦争が進められ、一般市民が無惨にも毎日殺されている。この無力感は耐え難い。

Ⅰ.「時代が変わり」、防衛政策は180度の転換

ショルツ首相は、この緊急事態を捉えて、3日後の2月27日に議会で「Zeitenwende時代が変わった」と宣言した。そして、1000億ユーロ(約13兆円)の基金でまず連邦軍の近代化を図り、例年の国防費をこれまで米国が強く要求していたようにGDP比2%以上に増やすと発表した。

ではドイツにとって何が旧時代で、また何が新時代なのか、考えてみる。

その前に確認しておきたいのは、プーチン大統領の命令によるウクライナへのロシアの侵略戦争は、国連憲章2条4項の国際紛争解決のための武力行使を禁ずる国際法違反であり、ウクライナの行動は、同51条の個別的自衛権行使に基づくものであることだ。市民は殺していないと虚偽の発言を繰り返すプーチン大統領は戦争犯罪人である。

旧時代をショルツ首相は、冷戦の終焉から現在までの時代と理解しているようだ。1989年12月3日米国のブッシュ大統領とソ連共産党のゴルバチョフ書記長が地中海のマルタ島で冷戦終結の宣言をした。それ以来ドイツを中心としてヨーロッパは、平和の時代を謳歌し、繁栄を享受してきた。

冷戦直後から、主に米国で「平和の配当」論が論じられるようになった。冷戦が終わり、国防費の削減が可能となったので、それを経済発展や社会保障に振り向けようという考えである。クリントン米政権(93~01年)は「平和の配当」を公約に掲げ、国内総生産(GDP)の6%ほどだった冷戦時代の国防費を3%弱まで下げた。これが財政赤字削減と経済回復に大きく貢献した。

ドイツがまだ西独だった90年の国防費はGDP比2.7%だったが、90年の統一後は減り続け、14年には1.2%にまで下がった。その後は1.5%付近に戻っている。60年代に西ドイツは約50万人の兵士を抱えていた。それが徴兵制廃止直前の10年には14万人に減っていた 。西ドイツにおける米軍の駐留兵力は冷戦時30万人を超えていたが、現在は6万人だ。

ロシアは90年代には3%以下の軍事予算だったが、クリミア半島を併合した2014年と15年には5%近くまで増えた。ここ数年は7兆円で4%強である。ちなみに日本は1%前後(5兆円)で、米国がNATO及び同盟国に求めている2%には程遠い。NATOメンバーの軍事予算の総額はロシアの17倍と言われている。果たしてこの違いが、戦争の帰趨に大きな意味を持ってくるか。

「平和の配当」によるドイツの豊かさ

ドイツは、「平和の配当」を最も多く受け取った国と言えるだろう。90年10月3日にドイツ再統一を遂げているが、冷戦が終了しなかったら、あり得なかった。軍事予算の大幅な削減と徴兵制の廃止はすでに述べた。

さらにドイツはソ連邦崩壊後のロシアと非常に有利な化石燃料輸入の関係を築き上げてきた。特に天然ガスは、輸送も簡単なパイプライン網を張り巡らし、ドイツの産業に安定供給を確保した。日本のように地球を船で半周して 運ぶ手間をかけなくてもいい。ここ数年この化石燃料の安定供給によって、ドイツはグリーン経済転換の対米中とのヘゲモニー争いで有利な地位を占めることができた。特に天然ガスはCO2の排出量が少ない上に発熱量が倍以上なので、炭素中立化に達するまでの橋渡しエネルギーという重要な役割が期待されていた。

いかにロシアの天然ガスがドイツのエネルギー政策において中枢の役割を占めるはずだったか、昨年敷設し終わったノルトストリーム2を見るとわかる。このパイプラインが操業開始した暁には、ドイツの天然ガス需要のロシアへの依存度は侵略前の55%から70%に跳ね上がることになっていた。致命的な依存度といえるが、ドイツの政府と経済界がいかにプーチンに信頼を寄せていたかが分かる。そして、米国やEUの警告には、次のスローガンで答えていた。

“Wandel durch Handel” 「貿易で変易」

このスローガンは、権威主義的体制のロシアや中国と経済的な相互依存関係を強め、国際社会に組み入れていけば、自ずから人権、民主主義を尊重する国へ変わっていくだろうとの考えを表現している。

ソ連邦の崩壊に至る民主化の経過を見れば、確かにそのように見える。ゴルバチョフ書記長によるペレストロイカ(再構築)やグラスノスチ(情報公開)などの民主化の試みは、ドイツでは、70年12月3日にブラント首相(SPD)がワルシャワのゲットー英雄記念碑の前で跪き、償いの姿勢によって開かれた東方外交と経済関係の積み上げの結果だとされている。それが20年後にはベルリンの壁の崩壊につながり、東西冷戦は終了した。このように歴史を見る限り、交流を深めるとことが体制の改革を進めるというテーゼは正しいように思われた。

プーチン大統領は、01年9月25日にドイツ連邦議会に招かれた。1年半前に大統領に就任したばかりで、神経質なほど緊張しながら、KGBの将校としてドレスデン勤務中に磨きをかけた流暢なドイツ語で演説をした。そこで「ロシアは友好精神に満ちた国だ」と述べた上で、民主主義と自由を基盤とした両国関係及びヨーロッパの新しい安全保障体制の構築を提案した。ところが冷戦の勝利の勢いに乗った西側のリーダーたちは彼の提案を聞く耳は持たなかった。被害者意識の強いといわれているプーチンは、その時すでにルサンチマンを抱いたのかもしれない。14年のクリミア併合がそのシグナルであったといわれている。

メルケル首相とSPDの連立政権はこのシグナルを見落としたようだ。プーチンを全く読めず、化石燃料の依存度を高めていった。そして、併合直後の15年にはノルトストリーム2の建設を始めたのだ。 プーチン自身も、ドイツ・EU(NATOを含む)は、ロシアの化石燃料にあまりにも依存しているので、ロシアがウクライナを侵略しても、強く出てこないだろうと読んだようだ。その上ウクライナの国民による必死の抵抗も予期していなかったようだ。結局「貿易で変易」はプーチンのロシアに関しては通用しなかったことになる。

ショルツ首相の国防に関する180度の転換は政策としてまだ具体化されていない。ウクライナへの武器供与を認めると発言したが、首相からは具体的な発表はない。とりあえず対戦車及び対空ミサイルが供与された。ランブレヒト防衛大臣(17歳でSPDに入党)は、ウクライナへの受け渡しルートを危険に晒すので、武器供与について具体的に発表しないと言っているが、ウクライナ側は、逆に公表している。そのためマスコミから批判を浴びている。

ランブレヒト大臣は、大臣職を歴任したベテランだが、防衛関係は初めてだ。党内の人事力学からこのポストについたが、彼女自身まさかこれほど脚光を浴びるポストだとは思っていなかっただろう。ウクライナからは毎日のごとくドイツは望みの武器を供与してくれないと批判の声が発せられている。それに対して大臣は、ドイツは14年からウクライナに2600億円も支援してきた最大の資金援助国だと取り繕っている。

武器供与に積極的な緑の党

緑の党はウクライナへの武器供与に関して、SPDよりも積極的だ。口火を切ったのは、昨年の夏にウクライナを訪問したハーベック氏だ。親露派との戦闘が続いている東ウクライナを視察した際に、防衛用の武器は供与すべきだと述べて、帰国後、批判の嵐にさらされた。

ベアボック外相(緑の党)は4月11日にウクライナに攻撃的な兵器を供与すべきだと発言した。それには長距離砲や戦車が含まれている。現在これらの兵器供与には首脳部だけでなく、アンケート調査によると、党員の72%が賛成している。このところ平和主義を看板にしていた緑の党の変身ぶりが目に付く。

フェーザー内務大臣(SPD)が国内の市民防護施設の確保を指示した。冷戦終了後ドイツ国内での戦闘、空爆などはあり得ないと考え、市民の防護及び防空施設を撤去してきたが、まず撤去作業をストップする。現在600箇所の施設があり、使用可能かどうかをまず点検するのだ。

ベルリン市内には第二次世界大戦の防空壕がまだいくつか残っている。地下だけでなく、1メートル以上の鉄筋コンクリートの壁で守られた3階建ぐらいの地上建造物として、数百人の市民を空爆から守るようになっていた。最初見た時はあまりにも厚い壁の巨大な建造物なので驚いたが、防空壕と聞いて日本のチャチな防空壕を思い浮かべて、流石にドイツは違うなと感心した覚えがある。

政府は徴兵制の復活はまだ検討していないと言っているが、週刊誌フォークスの世論調査によると、徴兵制の復活を求める割合は47%で、反対派34%を上回っている。

Ⅱ. ウクライナ侵略戦争とドイツのグリーン経済転換の行方

ショルツ首相が「新時代に入った」と宣言した時に、副首相のハーベック氏の頭をよぎったのは、政府案として描いてきたグリーン経済、ひいてはエコロジー社会への転換ビジョンが通用しなくなってしまったという考えであっただろう。

この30年の歴史におけるドイツの豊かな経済と革新的なエネルギー政策は、「平和の配当」のオマケともいえる、近隣国ロシアからの安い化石燃料があってこそ成り立つ政策であった。さらに45年までの炭素中立化ビジョンが、ロシアの安い化石燃料、特に天然ガスというプーチンのもたらす恩恵の延長線上にあったこともわかる。ショルツ政権の計画では、30年の脱石炭、35年までの電力の炭素中立化を支える橋渡し(「橋渡り」と名付けた方が適切だが)エネルギーは主にロシアからの天然ガスであった。極端な言い方をすれば、プーチンという砂の上に築かれた楼閣だったことになる。

昨年6月に敷設し終わったバルト海の海底に横たわる1230kmのパイプライン「ノルトストリーム2」(建設費用は1.3兆円)が今年にでも操業していれば、ドイツのガスの依存率は上述したように70%と致命的なレベルに達していた。プーチンはなぜ待てなかったのか。合理的な説明は見つからない。このパイプラインは多分「プーチン・ストリーム」とも名付けられて、世紀の産業遺物として海中に残るであろう。

化石燃料輸入停止の制裁に踏み切れないドイツ

ドイツは2月末の時点でロシアから天然ガス需要の55%、石炭の30%、石油の25%を輸入していた。このようにあまりにも依存度が高いために、ここ二週間ほど周りのEUメンバーがロシアへの決定的な経済制裁として提案している、これらの輸入停止にドイツは踏み切れないでいる。EU全体で1日あたり1千億円近いドル及びユーロを送金している。ロシアは戦争に一日2兆円以上出費していると言われている。喉から手が出るほど化石燃料の輸入代金が欲しいはずだ。ウクライナのゼレンスキー大統領はこのお金が侵略戦争継続のために使われているから、即刻の送金停止をさまざまなチャンネルを使ってここ二週間激しく訴えている。

しかし、ドイツ政府は、「化石燃料の輸入を止めると、ドイツは大不況に陥り、失業者の数が大幅に増えて、社会不安が起きると暗いシナリオを描いている。その結果、かえってウクライナへの資金援助や武器供与が難しくなるから、輸入停止は両国にとって不利になる」と主張している。ところが、いくつかの経済学者グループは、輸入停止しても、経済成長率は3%から6%下がるが、大不況は来ないし、ドイツ経済はなんとか持ち堪えるだろうとの予測を発表している。ショルツ首相やハーベック副首相は躍起となって、このような学者の説は机上の空論で、現実とは違うと反論している。

ハーベック経済気候保護大臣の大活躍

ロベルト・ハーベック経済気候保護大臣を、独シュピーゲル誌は「戦時経済大臣」といみじくも名付けた。ロシアのウクライナ侵攻がドイツのこれまでの経済政策を根本から改めざるを得ないようにしたのだ。政策の基盤となるロシアからの化石燃料、特に天然ガスが、ドイツの頭上に垂れ下がっているダモクレスの剣のようにいつ止まるか分からないからだ。

まず具体的な対策として、ハーベック大臣は国民に身の回りの省エネから始めてほしいと訴えている。次に、政府はまず他の産地から調達可能な石炭、さらに石油の輸入をできるだけ早く止めるように調整している。大臣は、石炭は夏までに、石油は今年一杯でなんとか代替供給の裏付けができたと発表している。

問題は天然ガスだ。戦争勃発まで55%をロシアから、31%をノルウェー、13%をオランダから輸入していた。ロシアからのガスが止まった場合、代替可能なガスの供給元がない。これまでロシアからの天然ガスは、技術的に簡単で廉価なパイプラインで送られてきていたが、中近東や米国からのガスの輸入は、技術的に複雑で高価な液化天然ガス(LNG)になる。特殊なLNGタンカーで運ぶ上に、荷揚げにはターミナルが必要だが、ドイツにはそのような施設付きの港がない。ターミナルの建設には最低2年はかかると言われている。

ガス需要の内訳は工業36%、家庭30%、電力13%、小売・サービス12%などである。ガスの供給がストップすると、化学産業、鉄鋼産業、ガラス、紙、食料品などの部門が全面的、あるいは部分的に生産停止に追い込まれる。一度停止すると、これらの工場は東欧か、中国などに移転し、ドイツに戻ってくることはないだろうと産業界は悲観的なシナリオを描いている。ウクライナ侵略以来、ハーベック大臣の活躍で、とりあえずガスの依存率は55%から40%に減った。24年までには10%に減らせると発表された。それまでにプーチンが元栓を閉めると、ドイツへの打撃は計り知れない。

ドイツの再生可能エネルギーの拡大が、ここ数年メルケル政権下で停滞していた(17年に1405本の風車が建てられたが、18年に538本、19年243本、20年217本、21年254本と大きく減っている)ので、プーチンへの依存度は高まってしまった。

ところが、プーチンの侵略戦争は逆説的に、ドイツのグリーン経済への転換にとって、神風のような追い風になっているのだ。昨年12月にショルツ政権が、「世紀のプロジェクト」としてグリーン経済転換政策を打ち出したとき、あまりにも野心的なので、果たして実現可能なのかと疑問視する専門家、国民が少なくなかった。だが、ロシアのウクライナ侵略以来、できるだけ早い再エネ化が国家存亡の機だと理解されている。

つまり、迅速な再エネ化は錦の御旗なのだ。そのため、ハーベック大臣がイースター(4月半ばのキリストの復活祭)にちなんで発表した「イースター・パッケージ」では、国土面積の2%を風力発電に使い、2030年までに電力の80%を再エネ化すると述べられている。そこでは、自然保護地域でさえも、風力発電の風車設置が可能な上に、野鳥や野生動物保護も保護代替案があれば、許可が下りる。これらの案はまず閣議決定されて、夏までに議会の承認を得ることになっている。

次にロシアからのガス供給停止に備えて、産業界と協議した上で、非常事態レベルが決められた。三段階に分かれて、レベル1では、早期警戒警報が出され、必要な連絡網が作成される。レベル2では、ガスの供給が不足し始めると、臨機応変に対応する。レベル3になると、病院、家庭、消防署、警察など社会生活の維持に必要な部門にのみガスが供給される。戦時体制化のような国によるガスの配給制度が導入されるのだ。

ハーベック大臣の動きはとにかく早い。2月24日以来、大臣はまず米国に飛び、フラッキングLNGガスの輸入枠の確保を取り付けた。さらに翌週にはカタールに飛び、同じようにLNGガスの輸入の約束をしてきた。ドイツ国内では、ロシアからの輸入と人権無視の国カタールからの輸入では、ペストとコレラの間の選択のようで、違いがないじゃないかと批判されたが、背に腹は替えられないとハーベック氏が弁解すると、国民は納得したようだ。

さらに、ウクライナ政府から武器の供与が大量に求められているが、ドイツの国防軍では 、NATOの求める自国内の最低予備レベルを確保するのが精一杯で、武器弾薬の余裕がなく、ウクライナに供与できないとランブレヒト国防相は苦しい言い訳をしている。残る道はドイツからの援助金を使って、ドイツの武器製造会社に発注して、製造してもらうしかない。それには、輸出許可が必要になっている。武器の輸出許可は経済省の管轄なのだ。ウクライナの政府関係者は、「経済省は非常に理解があり、迅速に許可を下ろしてくれる」と褒めちぎっている。

このように八面六臂の大活躍をしているハーベック大臣への信頼は国民の間で厚く、直近の第二TVの政治家人気バロメーター で、ショルツ首相を抜いて第一位に躍り出たほどだ。ハーベック氏は記者会見、トーク番組などのさまざまな機会をとらえて、国民に窮状を訴え、理解を求めている。元々説得力のある政治家なので、現在のところ、同省のほとんどの政策や決定が受け入れられている。ショルツ首相は重要な決定の発表には、自ら登場するが、ハーベック副首相と違って積極的に説明し、訴えることはしない。

インフレ

ウクライナ戦争により世界的にインフレが進んでいるが、ドイツでも4月に入り7.2%にも高まっている。まずエネルギー、特にガソリンや暖房用燃料が高騰している。筆者の家では地下のボイラーで灯油を燃やして暖房しているが、2月初めに購入した時には昨年に比べて50%の値上がりであった。現在は倍以上になっている。ガソリン代の値上がりは40%ぐらいだが、通勤に車を使う勤労者には、年間数十万円の出費増になるであろう。

一般消費者にとってもこのようなインフレは大きな問題だが、産業界にとっても大問題だ。政府は今年だけで40万戸の住宅建設を公約に掲げたが、建築材料費の高騰でこれまでの予算では建てられなくなった。天然ガスは、戦争のせいでメガワット/時16ユーロから160ユーロと10倍にも値上がりしているので、産業界にとって大問題である。

Ⅲ.ウクライナからの避難民とEU加入

国外に避難したウクライナ人の数は現在ウクライナの人口の1割以上に当たる500万人ほどになる。彼らは主にEUに避難している。ドイツに避難してきたウクライナの市民は35万人に達する。

EUは、EU加入を望むウクライナと17年に協定を結び、ウクライナ人はビザ無しでEUに入国し、90日までの滞在を認めている。避難民は住むことになる地区の役所に登録すれば、社会保障や教育サービスが受けられる。

避難民には子供が多いので、ドイツでは彼らが幼稚園や学校でドイツ語を習得するための特別なクラスを設けている。すでに2万人以上の子供たちが、学校に通いドイツ語などの勉強を始めている。ウクライナに残った生徒やポーランドに逃げた生徒たちをインターネットで繋いで授業を続けているウクライナの先生もドイツに来ている。英語のできる子どもたちが親たちのためにドイツ人の受け入れ家族との通訳をしている。さらに活躍しているのがグーグルの通訳アプリだ。

EUのフォンデアライン委員長は4月8日にキエフを訪問し、ロシア兵の非人道的な市民虐殺の跡を視察した後、ゼレンスキー大統領と会談をした。そして、記者会見でウクライナはヨーロッパの家族に属していると述べた。さらに、大統領にEU加盟申請の質問票を渡した後、加盟手続きの迅速な取り扱いを約束した。

EUとの結びつきを象徴するかのように3月17日以来ウクライナの電力系統はEUの系統と接続されている。同時にこれまでのロシアとの共同系統から切り離された。つまり、電力はすでにEU圏に属しているのだ。

Ⅳ.ドイツ首相の逡巡

ゼレンスキー大統領は、西側(NATO)に3月中はウクライナの上空の飛行禁止を実施するように要求していた。だが、それにはウクライナに飛来したロシア軍用機の撃墜などの戦闘行為が含まれるから、ロシアとNATO軍の直接対決になり、核兵器の投入、さらに第三次世界大戦にまで発展しかねないとの恐れから、実施されていない。プーチン大統領は、核兵器の投入をちらつかしている。

4月に入り、ウクライナ軍は、多大の犠牲を払ってロシア軍の最初の攻撃をはね返したが、次の攻撃に備えて、ここ数週間攻撃用兵器の供与を西側に強く要求している。チェコや米国などは許与を始めたが、ドイツはまだ逡巡している。ゼレンスキー大統領はこのようなドイツの煮え切らない態度を激しく批判している。

ショルツ首相のキエフ訪問はいつなのか、が現在内外から問われている。他のEUの首脳や英国首相はすでにキエフを訪れたが、EUの最も重要なリーダーとしてその発言と行動が注目されているショルツ首相は、まだ腰を上げる気配はない。社民党内部でも早く訪問すべきだという声も聞こえるが、訪問には攻撃用兵器の供与を認めるなどの手土産も必要なので、現在調整中だそうだ。

本人は音無しの構えを長く崩さなかったが、やっと19日に記者会見をした。ショルツ氏特有の抽象的な内容の上に、1300億円の経済援助の約束のみで、ウクライナ側をガッカリさせている。ドイツの連立仲間の緑の党とFDPの議員たちの何人かも期待はずれだと評していた。シュピーゲル誌のアンケートでは読者の65%がリーダーシップの弱い首相だと見ている。

ウクライナの戦闘が長引く様相を見ている中、EUのリーダー国ドイツの行く末がはっきりしない。それにしてもプーチン大統領がロシアにとって全く得ることのない侵略戦争をなぜ始めたのかは大きな謎として残る。一人の独裁者の妄想のために犠牲になった何万人というウクライナの市民の冥福を祈るしかない。

ベルリンにて 2022年4月20日 

 

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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