コラム/深層

深刻な最低賃金が賃金を決める現実!!

東京統一管理職ユニオン執行委員長 大野 隆

私は、本誌第9号(2016年8月発信)の「深層」に、「現行最低賃金が低賃金労働者を作っている」を書いた。今年10月から新たに施行された地域別最低賃金においても、現実の賃金が最低賃金によって押し上げられるという傾向がますます強まっているので、そうした点に関心を持ってもらいたく、同じような主張を繰り返させていただく。

そもそも最低賃金とは、最低賃金法に基づき、労働者に必ず払われるべき賃金の最低額のことである。都道府県ごとの地域別最低賃金と、特定の産業について決められる特定最低賃金の2種類あるが、ここでは地域別最低賃金にのみ触れる。

地域別最低賃金は、産業や職種に関係なく、パートタイマー、学生アルバイト、外国人労働者など全ての労働者に適用される。派遣労働者には派遣先の最低賃金が適用される(最低賃金の安い埼玉県に派遣元企業があっても、派遣先が東京都にあれば東京都の最低賃金が適用)。地域別最低賃金は、中央最低賃金審議会で示される目安を元に、地方最低賃金審議会が決定する仕組みになっている。

最賃に張りつく低賃金が大きく増えた

深刻な問題は、全国どこでも、最低賃金スレスレかそれを割り込んで働く労働者が年々増えていることである。最低賃金の金額は、すでに労働現場の低賃金部分に重なっており、これを引き上げることは多くの労働者に賃上げをもたらす。

[図―1] と[図―2]は、神奈川県における短時間労働者について、2006年と2017年の時給を、10円刻みにしてその分布を比べたものである(ここでは画面の制約とグラフの見やすさから神奈川の短時間労働者を取り上げているが、一般労働者を含めても、全国どこでも同様の傾向はハッキリしている。この資料の出所は厚生労働省のホームページで、URLはhttps://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-tingin_127941.htmlである。全国の傾向を見ていただきたい)。

2006年の712円、2017年の930円はいずれもその時の最低賃金時給である。2006年の賃金分布のピークは850円、2017年のピークは最低賃金そのものの930円になっている。つまり、この10年ほどの間に最低賃金は218円増えたが、賃金分布のピークは80円ほどしか増えず、現実賃金が最低賃金に追いつかれ、最低賃金そのもので働く労働者が相当数にのぼっているのである。当然、最低賃金を割り込んでいる労働者も一定の割合でいるはずだ。

ここ数年は伸びが大きいが、もともとは平均の労働者の賃金の伸びを下回ることも多かった最低賃金が、現実賃金に追いついてきているということは、端的に最低賃金ギリギリのところで働く低賃金労働者が増えているという現実を示している。自らが最低賃金とは無縁だと思っている多くの連合加盟労働者などとは全く異なる低賃金労働者が大量に出てきていることが問題だと考えるものである。私は神奈川県に住んでいるが、人材募集のチラシに記載されている時給は最低賃金の983円か、1,000円がほとんどで、最低賃金が現実の賃金を決めている様子が明白だ。

ここには、最低賃金を引き上げるために何をすべきかという問題と、最賃に張りついた低賃金を速やかに引き上げる運動をどのようにつくるかという問題の、両面が問われている。読者の皆さんには、まずそのことを知っていただきたいと思う。

[図―1] 2006年短時間労働者10円刻み賃金分布    [図―2] 2017年短時間労働者10円刻み賃金分布

地域間格差を解消せよ!

もう一つの大問題は、都道府県ごとに決められる最低賃金額の格差の大きさである。[図―3]はニッセイ基礎研究所・白波瀬氏が作成した最低賃金の歴史的推移だが、最低と最高の格差がだんだん開いていることがみてとれる。

[図―3]

要するに、格差を縮めるのとは逆の方向にすすんでいるということだ。

[図―4] 2018年10月実施の都道府県ごとの最低賃金(時給)

[図―4]は、朝日新聞作成による、今年10月からの最低賃金の都道府県別一覧である。この10月から、東京の最低賃金は時給985円になった。一方、千葉県は895円であり、埼玉県は898円である。日常的に人が行き来しているのに、川を一つ越えると大きな格差ができるというこの制度は、根本的におかしい。山梨は810円だが、山梨県東部は東京の多摩地方(八王子など)と至近であり、そこで時給が175円も違うとなると、人はどんどん東京を目指すだろう。その他、愛知と岐阜の間の差もおかしいし、大阪と奈良の差も同様な問題を含んでいる。地方の経済に大きな問題をもたらすであろう。

また、全国的にみると、鹿児島は761円、沖縄・熊本・宮崎・佐賀・大分・高知・青森・岩手などは762円である。最高の東京との格差は最大で224円。8時間労働とすれば、日額で1,792円、月額にすれば42,000円程度の差額となる。放置できる金額ではあるまい。

現在、時給の比較でよく対象にされるのがコンビニエンスストアのものである。全国どこでも最低賃金に張りついた金額でコンビニの募集はなされている(その観点で、たとえば全国一般全国協議会は、毎年大手コンビニに対して、募集時給を大幅に引き上げるよう、要請行動を行なっている)。今やコンビニで売られるものは全国共通価格であるから、最低賃金も全国で揃えるべきなのである。地方は生活費が安いから、などとしたり顔で言う人もいるが、逆に地方では生活に自動車が欠かせないなど、生活費が増える条件もあるのである。

最低賃金大幅引上げ運動を広げよう!

現状は、労働組合運動にも課題を投げかけている。

確かにこの10月から、東京の最低賃金は時給985円になった。どのような働き方だろうが、雇用された労働者の時給はこれを下回ってはならないのである。しかし、問題は大きい。まず、985円の時給でも、1ヶ月普通に働いても残業をしないとせいぜい17万円程度の賃金であり、絶対的に不足するということである。そして、それだけの賃金しか稼げない労働者が現実に多数いることも明らかになっている。

私たちは「最低賃金、今すぐ1,000円! 1,500円を目指す!」をスローガンに、最低賃金引上げの運動を進めてきた。しかし、少なくとも東京・神奈川では、これだけでは運動の柱にならない時代に入ったと言えよう。新たなスローガンを生み出すと同時に、それ以外の地方では、最低賃金を東京の水準に合わせて全国一律制にするという目標を立てることはできないだろうか。

今年の中央最低賃金審議会の議論を知る知人によると、使用者側からは「最低賃金が高すぎる」との声が大きく出されたという。しかし、「安倍政権の意向」を理由にして、その声は表には出にくかったらしい。そんな状況だから、今後も今年ほどの最低賃金引上げが続くかどうか、不透明である。だからこそ、目標を鮮明にして、全国一律の制度を目指さねばならないと考える。

冒頭に述べた最低賃金審議会のあり方だが、中央の審議会は目安小委員会を非公開としており、議論の経過が明らかにされていない。地方の審議会も、かつては労働者側委員がさまざまに意見を出し、引上げに取り組んだらしいが、最近は議論そのものが形式化しているようだ。傍聴をわずか5人に制限するところもあるという。制度として認められている労働組合などによる「異議申出」も全国的に見ると少なく、労働者・労働組合の関心の低さも大きな問題だと言えよう。

しかし、実際は最低賃金が現実の賃金を決めるようになっており、10月には最低賃金引上げに応じて賃金の上がる労働者が多数いるという現状こそ、私を含めて、労働運動に関わるものの重大課題である。労働組合・労働運動は、自身の力で賃金引上げを勝ち取る運動を組織すべきで、その結果として最低賃金が上がるというのが、当たり前の姿であろう。そこに近づくことが、その課題に答えることである。

おおの・たかし

1947年富山県生まれ。東京大学法学部卒。1973年から当時の総評全国一般東京地方本部の組合活動に携わる。総評解散により全労協全国一般東京労働組合結成に参画、現在全国一般労働組合全国協議会中央執行委員。一方1993年に東京管理職ユニオンを結成、その後管理職ユニオンを離れていたが、2014年11月から現職。本誌編集委員。

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