特集●安倍政治の黄昏と沖縄

追加発信!

米中貿易戦争はどこに行き着くか

世界経済でのアメリカの一段の地位低下か

国士舘大学教授 平川 均

はじめに

2018年11月6日のアメリカ中間選挙の結果は、下院では民主党が議席を奪還して過半数を制した。だがこの結果が、トランプ大統領の政治に大きな変化をもたらさないことが日々明らかになっている。上院で共和党が議席を増やし、彼を熱狂的に支持する層に動揺が走っているわけではないからだ。そうだとすると、外交面では、むしろ要求がいっそう強硬になる可能性が強い。

「米中貿易戦争」はどう決着するのだろうか。本年(2018年)3月にトランプ大統領が着手した貿易収支均衡化のための関税引上げ政策は、アメリカの膨大な貿易赤字の半分を占める中国との間で文字通り「米中貿易戦争」へと突き進んでいる。新たな「冷戦」が生まれつつあるとの危惧の念が日に日に高まっている。

米中貿易摩擦は、トランプ大統領がアメリカの安全保障を口実に鉄鋼とアルミニュームの輸入を制限する大統領令の署名で始まった。署名2週間後に予定された追加関税の発動は関係国との交渉もあって「棚上げ」され、EU、韓国、カナダ、メキシコ、オーストラリアなどの国々が当面、除外となった。中国との間では5月中旬の交渉でいったん合意が成立した。だが、その数日後、トランプ大統領はそれを反故にして中国への制裁関税を発表した。こうして本年7月から現在に至るまで、互いに関税をかけ合う報復合戦がエスカレートの一途を辿っている。それは貿易戦争と呼ぶにふさわしい。

米中貿易戦争でどちらが勝者になるか。どこに行き着くか。見方は大きく分かれている。ある予想は、中国の対アメリカ貿易の大幅な出超構造に注目し、輸出を止められるアメリカが有利であり、中国が敗者になるだろうとみる。極端な予想は、貿易戦争によって中国はハイテク産業の発展の途を閉ざされ、挑戦国の位置から転落するという。

対照的に、中国は短期的にはともかく、中・長期的には勝者になるとの予想も多い。グローバル経済は世界が複雑かつ密接につながっており、アメリカの対中国制裁関税は結局、中国進出のアメリカ企業が影響を受け、中国企業に有利に働くとの予想もある。中国の技術革新は単にアメリカの物まねのレベルにはない。技術革新は止められないとの見方もある。

世界第1位と2位の経済大国の貿易戦争は消耗戦となり、とどのつまり共倒れになるのではないか、米中貿易戦争は当事国の貿易摩擦の域を超え、むしろ世界経済に保護主義の連鎖を生むことで、世界経済に停滞のリスクをもたらすとの不安も膨らんでいる。

実際、米中貿易戦争はどうなるか。筆者は本年5月の本誌第15号に論考「日中貿易摩擦はアジアに何をもたらすか」を載せて意見を述べた。そこでは、中国は対アメリカ貿易摩擦に対して「冷静な交渉姿勢」を保っており、対策が練られているのではないか、米中貿易戦争は中国に一帯一路を加速させる可能性がある、との見解を述べた。また、貿易戦争は単に貿易赤字の削減問題でなく、「技術開発競争の問題へと移行している」とした。本稿では、米中貿易戦争の現在の到達点とその展望について改めて整理したい。

1.トランプ大統領の米中貿易戦争

(1)米中貿易戦争の経緯

「米中貿易戦争」の経緯を追うと、トランプ大統領の交渉の特徴や性格がみごとに表れる。彼の内政、外交のスタイルは、これまでのアメリカと国際社会が築いてきたルールや慣行をことごとく無視している。大統領の主観の上に解決策が設定され、相手にそれを受入れさせるためにあらゆる手段が使われる。トランプ大統領は交渉を「ディール」(取引)と呼ぶが、脅しによるディール以外の何物でもない。

貿易摩擦は、トランプ大統領が本年3月初めに、通商拡大法232条に基づいて鉄鋼とアルミニュームの輸入品へそれぞれ25%と10%の制裁関税を課す大統領令を発することで始まった。これには3つの問題点を指摘できる。

第1に、そもそも税および関税の問題は、アメリカの議会が扱う事柄であった。議会からの反対にも拘らず、トランプ大統領は、敢えて議会の承認を経ずして、大統領令でそれを強行した。鉄鋼とアルミの輸入問題は国家の安全保障に関わるというのが、その理由である。トランプ大統領は強引な解釈を用いて、議会の権限を奪ったのである。ここには彼による議会無視の問題点が認められる。

第2に、トランプ政権の貿易紛争の解決方法は2国間交渉方式であり、国際貿易機関(WTO)への提訴の手段を用いていない。国際社会のルールが無視されている。ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツは日本経済新聞のインタビューに対して、それは通商法の乱用であり、敢えて言えばトランプのアメリカは北朝鮮と同様に国際法に従わない「ならず者国家」であると答えている(日経、2018.4.10)。

第3に、トランプ大統領が発したホワイトハウス声明に表れる、彼の貿易認識である。声明は、「不公正な貿易行為」(unfair trade practices)と述べていて、貿易赤字は相手国の「不公正」な取引の結果と断定されている。

さて、アメリカの鉄鋼の主な輸入先はカナダ、ブラジル、韓国、メキシコ、ロシアなどであり、中国の比率は2%に過ぎなかった。アメリカの中国認識はむしろアルミニュームの過剰生産だったようにみえる。ところが、トランプ大統領は同年3月下旬に今度は、中国が知的財産権を侵害している、として通商拡大法301条により中国に制裁関税を課すことを表明する。産業用ロボット、工作機械などからなる中国製品1300品目、500~600億ドルに25%の上乗せ関税を課すというのである。

こうして、4月に入ると、米中貿易戦争へと突き進んでいく。中国はアメリカの措置に対抗して、世界貿易機関(WTO)への提訴と報復措置を決定し、併せてアメリカの制裁措置と同規模の25%の追加関税を米国産大豆、牛肉、自動車など106品目へ上乗せすると発表する。他方、トランプ大統領は301条を根拠に、中国の未来の産業育成政策である「中国製造2025」の10大重点産業に焦点を当てた制裁関税表を公表する。アメリカ通商代表部(USTR)も中国製造2025に基づいて追加関税対象品目を特定したことを公表する(USTR Press Release, April 2018、日経、2018.4.5ほか)。

「中国製造2025」はドイツのインダストリー4.0の影響を受けて、中国国務院が2015年に打ち出した産業政策のロードマップである。まず、2025年までに中国がIT技術を中心に産業構造の高度化とイノベーションを推進し、世界の一流製造業国に仲間入りする。次いで、2035年までに世界的な製造業で中位のレベルに達する。さらに、建国100年の2049年には世界トップの製造業の強国になる、という目標が設定されている。アメリカ通商製造政策局長のピーター・ナバロは、中国製造2025について次のようにいう。「『将来の新興産業はすべて中国が独占する』と世界に宣言しているようなものだ」と(日経、2018.4.5)。その政策をやめろ、というのがアメリカの中国に対する要求である。

ところで、本来、大統領令は署名2週間後に実施される。だがその発動は「棚上げ」されて交渉が続いた。この間、4月には中国の習近平国家主席はボアオ・アジアフォーラムの講演で、2022年の自動車の外資規制の撤廃を発表し、それを受けてトランプ大統領が自己のツイッターで「習氏の寛大な言葉にとても感謝している」と書き込んだ。人民銀行総裁も、中国の金融市場の開放を2か月後の6月末には実施すると表明する。6月初めには、中国は日用品や食料品など1449品目の関税を引き下げた。市場開放を進めるのである。

翌月の5月に始まった米中ハイレベルの貿易協議では、中国製造2025のIT、ハイテク分野の対立は解けなかった。しかし、年3750億ドルの赤字のうちの2000億ドル分を削減せよと迫るアメリカとの間で中国は大幅な輸入増を受入れ、共同声明に漕ぎつけた。アメリカ側代表のラナン・ムニューシン財務長官も「貿易戦争は当面保留する」と発表した(ロイター、2018.5.21)。しかし、同じ月、トランプ政権は、米国企業と政府に対して中国のIT大手企業である華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)の製品の購入を禁ずる措置を公表する。同月末、トランプ大統領は500億ドル相当の中国からの輸入品に25%の関税を課す計画も発表する(BBC News日本語版、2018.5.30)。

ちなみに、ZTEへの制裁理由は、アメリカが取引を禁止するイランや北朝鮮にZTEがアメリカ製品を売り込んだこと、アメリカ政府への虚偽説明を行ったこととされた。しかし、習近平国家主席によるトランプ大統領への直接の要請もあって(註1)、トランプ政権は、翌6月に10億ドルの罰金、将来の担保として4億ドルの預託金の支払い、アメリカが選ぶ法令順守担当者の受入れを条件に、アメリカ企業へのZTE製品の取引禁止を解く(日経、2018.6.8)。

6月に入って行われた米中貿易協議では、中国は具体的なアメリカ産の大豆、牛肉などの農産物や天然ガス、原油などの大幅な輸入増加を受け入れる。ただし、トランプ政権が「追加関税を含む貿易制裁」を課さないことが条件であった(日経、2018.6.4)。ところが、トランプ大統領はその数日後に、500億ドル相当の中国製品に対する25%の追加関税を発表する。これをブルームバーグ・ニュースは、次のように報道する。

 米国と中国が貿易問題を最後に話し合った際、習近平国家主席の首席経済アドバイザーである劉鶴副首相は煮え湯を飲まされた。/その(合意の)数日後、トランプ氏は500億ドル相当の中国製品に関税を付加することを発表し、問題をさらにエスカレートさせる道筋を作った。それまでの進展は台無しになり、劉氏は面目をつぶされた(ブルームバーグ・ニュース、2018.7.24)

劉鶴副首相は中国メディアのインタビューを受けて、通商協議について「中国がアメリカ製品の『購入を大幅に増やす』ことで合意し、貿易戦争を回避したと宣言」し、「習主席の特別代表としての自分にトランプ大統領が敬意を示し、大統領が中国との良好な関係を望んでいるとの『極めて強い感触』を得た」と述べていたのである(同上、2018.7.24)。中国はこうして、アメリカの制裁関税が発動されれば直ちに同じ規模の報復関税を課す、との方針を公表する。

トランプ大統領は、結局、7月6日に中国製品のロボットや電子部品460億ドル相当(818品目)に25%の追加関税を発動し、その後、第2弾として産業機械や化学品、鉄道など160億ドル相当(284品目)にも同様の追加関税を公表し(日経、2018.6.16)、2か月後の8月23日に発動した。次いで第3弾として9月23日には、食料品や家電など2000憶ドル分へ10%の追加関税が発動された。トランプ大統領は、アメリカの制裁関税に中国政府が報復措置を採れば、その数倍の規模の制裁を課すと脅しをかけたが、中国もそれに屈せず相応のアメリカ製品への報復措置で応えた。図1は、両国の関税発動の応酬を整理したものである。2018年11月現在、トランプは中国からの全輸入品に関税を課すと脅し、輸入額でアメリカの3分の1の中国はそれに見合う報復ができない局面にある。

図1.アメリカ・中国の貿易戦争 応酬の経緯 (2018年7月-2018年11月)

出所:筆者作成。但し、日本経済新聞(2018.9.19)の図を参考にした。図表拡大はここをクリック

以上の米中貿易戦争の経緯からは、トランプの交渉が相手の対応に倍返しのような対応によって脅しをかけ、強引に屈服させようとするものであることが分かる。また相手の面子に構うことなく、自らの約束さえも軽々と破るものであることも分かる。こうした対応は、同盟国に対しても変わらない。韓国やEU、メキシコとカナダとの2国間交渉でも多かれ少なかれみられるものである。

(2)トランプ大統領とトランプ政権

現時点での米中貿易戦争について、フィナンシャル・タイムズのグローバル・ビジネス・エコノミスト、ラナ・フォルーハーは、直近の論稿で次のように書いている。2000億ドルの中国製品に制裁関税を課す第3弾は、単なるトランプ政権の稚拙な判断ではない。中国関係を根本的に見直すことは、アメリカの右派と左派の双方が求めるものであり、特にトランプ政権の経済的タカ派であるナバロ大統領補佐官(通商担当)やロバート・ライトハイザーUSTR代表は、「中国との経済関係を断ち切ることが長期的には米国の国益にかなうと信じている」と(日経、2018.10.4)。

5月にいったんまとまりかけたムニューシン財務長官と劉鶴副首相の間の合意がいとも簡単にトランプ大統領によって白紙に戻されたのは、トランプ政権内にあって、ナバロ大統領補佐官などの対中強硬派が穏健派を抑えたことを意味する(BBCジャパン・ニュース、2018.5.30)。

ピーター・ナバロは、中国を敵視する元カルフォルニア大学の経済学の教授である。中国を攻撃する書物を何冊も書き、大統領選ではトランプ候補の貿易アドバイザーとして活躍した。トランプが大統領選に勝利すると、新設のホワイトハウス国家貿易委員会のトップに指名された人物である。そのため、政権発足当初から、彼がトランプ政権に入ることで対中政策がどうなるか、不安が持たれていた。ガーディアン紙は当時、ナバロの著作を紹介し、中国の研究者が「中国政府を野蛮で、不道徳、冷酷、ずる賢く、全体主義の帝国主義勢力」などと非難する彼の政権参加に困惑する声を取り上げていた(the Guardian, 22 Dec.2016)。

ブルームバーグの別のニュースは、7月の追加関税の発動に対して、オバマ政権のジェイコブ・ルー前財務長官が、トランプ大統領に対して「国家安全保障という偽りの主張をするな」、「中国の不公正な貿易慣行に取り組むための世界的な同盟を築くべきだ」と述べたと伝えている(ブルームバーグ・ニュース、2018.7.10)。鉄鋼とアルミの輸入がアメリカの安全保障を脅かすというトランプ大統領の説明をまともに信じている者はいないといっていい。それは、彼が、議会のルールを無視し、かつ脅しのディールを通じて外交の成果を求めているからである。だが、ナバロやライトハイザーは、中国がアメリカの覇権に挑戦しており、それを阻止することが絶対に必要であると信じている。彼らの考えには、ルー前財務長官も指摘するように、議会や西側諸国からも広範な支持がある。その対中国政策がトランプの「ディール」と一体となって遂行されているのである。

「中国製造2025」の放棄を迫るトランプ政権の要求は、単に貿易赤字の削減問題の領域を超えている。もしそれがトランプ大統領の真の目的だとすれば、アメリカ1国でなく西側の同盟国と協力して、中国をWTOのルールに従うように促すことができる。だが、トランプの「アメリカ第1」の政策はそうした戦略を受け入れられない。

振り返るならば、WTOは第2次世界大戦後にアメリカが創り上げた多国間主義を基礎にしている。「多国間主義は、ルールの執行やその哲学が、露骨な武力外交や帝国支配でなく、国際機関―IMF、世界銀行、GATT―によって決められるようになること」(註2)(ロドリック 2014、92)である。WTOによる紛争処理手続きはその極致にある。ダニ・ロドリックはそれを次のように書く。

 (WTOの紛争処理裁定で)敗訴した国は、問題とされた政策を撤廃するか、原告に対して保証金を支払わなければならない。このことはどれだけ大きな力を持った国でも小国でも同様に当てはまる。米国の租税政策や環境政策に関する紛争処理手続きが示したように、WTOは、かつて米国に政策変更を強制して成し遂げた唯一の国際機関なのだ(ロドリック 2014、102ページ)。

トランプ大統領の基本政策は、WTOの存在それ自体を否定するものである。WTOは、アメリカの上に君臨している。対中国政策において同盟国と手を携えてWTOを守ることは「アメリカ第1」と根本的に対立する。認識しなければならないのは、アメリカを他の何物からも制約を受けない、至高の国にするとの信念だということである。これが、大統領のスローガン「アメリカを再び偉大な国にする」に込められた意味だろう。改めて言うまでもないが、2国間協議はアメリカの上に君臨するWTOの否定なのである。事実、WTOの裁定手続きで控訴審に当たる上級委員会のすべての新たな裁判官の指名をトランプ大統領は拒否権を発動して、拒否している(ロイター電、朝日デジタル版、2018.5.26)。

制裁関税の第3弾が発動される頃には、トランプ政権の対中国政策の真意がいっそう明らかになる。ニューズウィークは、ロイターのインタビュー(2018年10月5日)に答えるウィルバー・ルイス・ロス・ジュニア商務長官の発言内容を伝えている。ロス長官は、新たに成立したアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)には、中国との貿易協定の締結を阻止する条項が盛り込まれており、この「毒薬条項」を、今後締結を目指す日本やEUとの貿易協定にも取り入れる可能性があると答えている。日本とEUとの「貿易協定締結の必須要件」に毒薬条項が加えられるというのである(ニューズウィーク日本語版、2018.10.6)。

それだけではない。アメリカ財務省は、同月10日、外資による対米投資の規制の内容を発表し、ハイテク技術が中国企業に渡らないように、半導体など情報通信、軍事などの27産業への投資で事前申告義務を課した。実は2か月前の8月中旬に、アメリカ議会は対米外国投資委員会(CFIUA)による企業審査の厳格化の新法を可決しており、大統領は既にそれに署名している。規制強化の真の対象は中国企業の投資である(日経、2018.10.11)。

マイク・ペンス副大統領も同じ10月初めの講演で、前年12月にトランプ大統領が発表したアメリカ国家安全保障戦略(NSS)に言及し、次のように述べている。中国は、アメリカの覇権に挑戦し、安全保障と繁栄を脅かしている、「中国製造2025を通じて、あらゆる手段によって、アメリカの知的財産権―経済的なリーダーシップの基礎である―の獲得に政府機関とビジネス界を向かわせている」(Hudson Institute, Oct.4,2018)と。彼の講演は、中国がアメリカの内政に干渉しているとも述べて、「政治、経済、軍事のあらゆる分野で、中国の掲げる価値観そのものに批判の矛先を向け」ている(日経、2018.10.10)。ペンス副大統領は、中国への和解不可能なまでの不信感を露骨に公表しているのである。

トランプ政権の対中貿易戦争は、もはやアメリカの膨大な貿易赤字の解消策の域を超えている。アメリカへの挑戦を許さないと公然と表明し、そのために同盟国の主権を侵すことも厭わない。あらゆる手段が駆使される。それにもかかわらず、この政策自体には、権威主義化する習近平国家主席への強い不信感もあって、西側先進国でも支持がみられるのである(MSN News, 2018.3.8)。

中国がトランプのディールにどう対応するか、進展を期待できるのか。次にそれを探ることにしよう。

2.習近平国家主席の米中貿易戦争

トランプ大統領の貿易政策に対して当初、中国は冷静に対応していたと筆者は捉えている。習近平政権は、2018年5~6月ごろまで大幅な国内市場の開放を覚悟していたようにみえる(註3)。ところが、いったん合意したはずの鶴副首相とムニューシン財務長官との約束が破棄され、6月頃からはトランプ政権の対応に強い不信感が生まれた。こうして、互いに追加関税を付加する貿易戦争へと突き進んだのである。今ではフィナンシャル・タイムズのラナ・フォルーハーが危惧するように、アメリカによる新「冷戦」に突入しつつある、との認識に至っている可能性が強い。

それはさておき、ここで習近平国家主席とその政権の性格を捉えるために成立時の国際環境を確認しよう。彼は2012年11月に共産党総書記となり、翌13年3月に国家主席に就任している。彼が政権に就くこの時期は、アメリカのオバマ大統領がTPPを推し進め、メキシコとカナダ、そして日本がTPPに加わる時期である。それが大筋で合意したのは、2015年10月である。この間TPP交渉が進む中で、習近平政権は交渉を外から不安をもって眺めるしかなかった。2016年のアメリカ大統領選でも、既述のナバロの主張を受け入れたトランプ候補の激しい中国非難を聞かされていた。

しかし、世界経済を見ると、2008年に世界金融危機が勃発し、自由主義的資本主義体制への信認が揺らぐ一方、他方で中国が2010年に日本を超えて世界第2位の経済大国にのし上がっている。こうした国際環境は、習近平をして中国の強国化こそが再び屈辱的な歴史を繰り返さないための条件だとの思いを抱かせた、といえなくもない。

実際、彼は共産党総書記になるとすぐに「中華民族の復興」を「偉大な夢」とする重要談話を発表する。2017年10月の共産党第19回全国代表大会演説では、「中華民族の偉大な復興」の表現を幾度となく繰り返し、「強国」の言葉を20回以上も使い(青山瑠妙、日経経済教室、2018.11.8)、さらに「中国の特色ある社会主義の道」を強調した(註4)。「特色ある社会主義の道」には、自由主義的資本主義に代わる中国の統治形態へのある種の自信が読み取れる。

また、2013年の秋には、陸と海のシルクロード構想がカザフスタンとインドネシアで打ち出され、それが1年半かけて2015年3月に国家発展改革委員会・外交部・商務部の共同署名の「シルクロード経済帯と21世紀海上シルクロードの共同の建設及び推進のビジョンと行動」に練り上げられた。さらにそれから1年かけて2016年3月に第13次5カ年計画の最重要の対外政策に組み入れられるのである。習近平は国家主席として、中国共産党100年、建国100年に向けて中国を世界で超一流の強国にする「夢」がある。それが、2018年3月の憲法改正に行き着いた。鄧小平が憲法に盛り込んだ国家主席の任期2期の規定を撤廃し、向こう5年を超える長期政権に道を開いたのである。

当然にも、西側諸国はこの措置に強い衝撃を受ける。イギリスのエコノミスト誌は、中国共産党中央委員会における任期撤廃の決定がなされると、「中国は2月25日、独裁制から専制政治へと転じた」と非難し、「西側の指導者は、中国を世界貿易機関(WTO)などの機構に参画させれば、第2次世界大戦後に成立した規則に基づくシステムで縛れると考えた」、「だが、その幻想は砕け散った」と失望を率直に表明した(Economist, March 3, 2018 日経、2018.3.7)。こうした中国に対する西側先進諸国の大きな失望は、中国の政策への不信感を増幅させ、トランプの強硬な対中国政策に一定の期待を抱かせるのである。

ところで、トランプは、この指導者の面子に配慮することができない。誠意にかけるトランプのディールは、中国に通じるのだろうか。元通産相の官僚で中国研究者の津上俊哉は、中国の特徴を次のように要約する。

 古くは北方の遊牧民族による征服・支配、近くは西欧列強や日本の侵略を受けてきた中国には「外敵の圧力に屈し要求をのむ」ことに強い忌避感がある。・・・習近平も米国の圧力におめおめ屈したと見られれば、政治的自殺行為になる(日刊工業新聞、2018.9.24)。

世界第2位となった経済大国の指導者として、敢えて憲法における国家主席の任期を撤廃した習近平がトランプに譲歩したとみられるならば、彼は共産党内での支持を失うだけではない。国民からも見捨てられる。自尊心の問題では済まないところに彼はいる。

3.米中貿易戦争はどこに向かうか

トランプ政権は、今では最大の目標を強大化する中国の屈服においている。貿易摩擦の妥結はアメリカの中間選挙がひとつの転機になりえた。だが、選挙結果は米中貿易戦争を解決に向かわせる契機にはできなかった。次は、現在2000億ドルの中国製品に付加されている10%の追加関税が25%に引き上げられ、全輸入品に関税が追加されるだろう2019年初めの段階が区切りになる。ただし、2人の指導者の性格と彼らが置かれた立場を考えると、妥協の余地は極めて小さい。

貿易面だけに限定すれば、アメリカよりも輸入額の小さい中国はアメリカの制裁関税に見合う報復はできない。だが、トランプ政権が中国へ課す制裁は既に貿易面に限られていない。そのことは中国に報復措置を採り易くさせる。結局、既に多くの論評が書くように2国間の貿易戦争は、覇権問題に変わりつつある。長期化が最もありうるシナリオだろう。習近平は、既に毛沢東時代の「自力更生」の必要性を国民に訴えている。同時に、保護主義に反対しWTOを尊重する立場を表明し、日本やヨーロッパとの関係強化を図っている。

マクロ指標で経済に占める両国の貿易依存度を確認すれば、アメリカの中国貿易額の対GDP比率は2017年で3.3%、2010年代この比率は3%前半にあってほぼ安定している。他方、中国のアメリカ貿易額の対GDP比率は2006年の9.5%が2017年には4.6%に半減している(アメリカ統計局データ、中国国家統計局年鑑およびIMFデータより算出)。アメリカと中国の互いの貿易の経済に与える影響は、相対的に数字の上ではそれほど大きな違いはない。

貿易戦争の長期化は、当面はそのコストを誰が負担するのかの問題に行き着く。中国の輸出企業やその下で働く人々の負担は大きい。だが、大量の輸入を受け入れているアメリカも同様である。対中国輸出業者はもちろん、所得格差の大きなアメリカは、特に低所得層に大きな負担が向かうはずである。アメリカと中国はどちらかが有利、不利だと結論できない。

そうだとすれば、我慢比べの末に生まれる世界の政治経済構造はどうなるか。それは単に米中間の考察だけでは済まない。中国はTPP問題が登場して以降、市場創出に向けて国際インフラ投資を軸とする一帯一路構想を進めてきた。それは、アメリカ市場への集中的な依存を避ける方策でもある。確かに中国の一帯一路は「債務の罠」問題、融資先の租借地問題、中国人労働者の送出し問題など、様々な問題点がこの数年に一気に噴き出している。気の早い論者はそれを一帯一路の挫折だと断定する。しかし、中国の覇権の表れであると非難するだけでよいか。

別の解釈も可能である。それら問題点の多くは、中国企業の海外進出の経験不足や「大国」意識から生まれる傲慢さによるものかもしれない。今後の国際的な経験の蓄積を通じて、中国企業の海外活動が調和的な進出へと変わる可能性がある。進出先社会の法令を遵守し、進出先社会の人々に受入れられる企業や人々になれないと断定できないだろう。

日本も1970年代の東南アジアへの海外進出に当たって強い反日運動に直面した。中国にもそうした面はあるだろう。しかも、中国は「国際産能合作」と呼んで、先進国企業や政府などとの協力を通じる新興国進出の途を試みている。それは中国企業が進出に当たって進出社会に受入れられる企業へ変身する政策の面をもっている。その克服は難しいにしても、克服できるか否かは、進出先社会との交流と蓄積の中で決まるのではないか。

 

図2 世界経済と政治のフロンティアの移行:アジア太平洋からインド太平洋へ

出所:筆者作成。世界地図はhttps://sekatomo.com/world-map-center/を用いた。

ところで、一帯一路の効果は、中国の政策だけに止まらない。国際政治経済面で、「インド太平洋」が、主にアメリカおよび日本との競争により急浮上している(註5)。既存の覇権国家アメリカに加えて日本と、中国との間では、一帯一路で生まれるインフラ市場に向けて激しい融資競争が起こっている。日本政府は総力を挙げて「質の高いインフラ投資」を進める。2015年5月の外務省・財務省・経済産業省・国土交通省4省による「質の高いインフラパートナーシップ」は、それを支える4本の柱の第1の柱で、「日本の経済協力ツールを総動員した支援量の拡大・迅速化」を確認している(註6)。こうした競合は図2が示すように、成長のフロンティアのアジア太平洋からインド太平洋への移動となる。

それを経済面でみれば、競合を通じたインフラ建設の推進である。それだけでなく、中国政府や一帯一路の企業に質的な洗練化をもたらす。本年(2018年)10月訪中の安倍首相と李克強首相との間で合意に至った民間企業約50件の第3国での共同インフラ開発も(日経、2018.10.25)、中国の投資の質を高めるだろう。習近平体制の一帯一路によって顕在化した膨大なインフラ市場には多くの課題があるが、国際社会に受け入れられる企業へと中国企業を転換させる機会を与える。同時にインフラ建設を中央アジア、南アジア、東欧、中東、アフリカなどに広げ、企業活動を活性化させる条件を作りだす。

結論的には次のようになろう。米中貿易戦争は、今後、覇権争いの性格を強めるだろう。それは毒薬条項のように、トランプ政権による新たな冷戦構造の同盟国、周辺国への強制も当然に強めるに違いない。アメリカと中国はともに生産者と消費者が大きな負担を強いられるにしても、容易に妥結には至らないだろう。短期的な解決は望めず、性急な結論も下せないということである。結局、軍事的な対立の可能性を脇におけば、米中貿易戦争の中長期の展望は、南アジア、中央アジア、アフリカなどでのインフラ投資の加速化と成長であり、世界経済におけるアメリカの一段の地位の低下である。

(註1)S. モシン・J. エプスタイン(2018)「トランプ大統領、習主席への『個人的な厚意』-ZTE制裁見直し」ブルームバーグ・ニュース、5月23日。

(註2)ダニ・ロドリック(2014)『グローバリゼーション・パラドックス』(柴山佳太・大川良文訳)白水社、92ページ。

(註3)つい先日(2018年11月5日)上海で開催された「中国国際輸入博覧会」で習近平主席は、向こう15年間に40兆ドルのモノとサービスを輸入すると市場開放の姿勢を強調した(日経[夕]、2018.11.5)。これも、トランプ政権に示した市場開放策の一部だったのではないか。ただ、その目的は米中貿易協議ではアメリカへのアッピールであったが、今ではそれ以上に、西側先進国などへの中国のアッピールの面が強いように思われる。中国が自由貿易を堅持するというメッセージになるからである。

(註4)習近平(2017年10月18日)「小康社会の全面的完成の決戦に勝利し、新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取ろう」(http://jp.xinhuanet.com/2017-11/06/c_136730403.htm)

(註5)平川均「『インド太平洋』は新しい経済のフロンティア」世界経済評論インパクト、No.1130, 2018年8月13日;同「アジア太平洋からインド太平洋へ」世界経済評論インパクト、No.1048、2018年4月9日。

(註6)外務省・財務省・経済産業省・国土交通省(2015)「質の高いインフラパートナーシップ-アジアの未来への投資-の概要」5月21日。外務省(2015)『開発協力白書』2015年版、42ページ。

(2018年11月16日 記)

ひらかわ・ひとし

1948年愛知県生まれ。明治大学大学院博士課程単位取得退学。 94年京都大学博士(経済学)。長崎県立大学などを経て2000 年より名古屋大学大学院経済学研究科教授、13年退官し名誉教授 。同年国士舘大学21世紀アジア学部教授。最近の著書に『新・アジア経済論』(共編著)、文真堂、2016年、Innovative ICT Industrial Architecture in East Asia, (Co-editor) Springer, 2017 などがある。

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