コラム/経済先読み

AI革命と労働組合

グローバル総研所長 小林 良暢

AI革命がいよいよ本番である。いま始まっているAI革命は、我が国労働市場の歴史上、かつて経験したことのない地殻変動を引き起こしている。

私は、2017年から「AI革命と労働の近未来」というテーマで、講演会や研究会、セミナーに呼ばれて話をしてきているが、そこで強調したのが、AI革命への日本の労働組合の取組みが、ドイツに比べて遅れている点についてである。

ドイツの「労働4.0」

ドイツでは、政官財一体のIoT推進団体「プラットフォーム・インダストリー4.0」が、IGメタルに対して参画するよう働きかけた際に、フォルクスワーゲンの人事担当役員は、次のように語りかけたという。「ドイツの自動車メーカーの1時間当たりの労働コストは約40ユーロ(約4800円)だが、ロボットの1時間当たりのコストは4ユ-ロから6ユーロ(480~720円)である」。 

こう言われて危機感を抱いたIGメタルは、「インダストリー4.0」に反対するのではなく、自ら策定した「労働4.0」(Arbeiten4.0)を政策協議の場に持ち込み、政府及び経済界に実現を求める道をとった。このIGメタルの選択は賢い。

ドイツの「労働4.0」について、金属労協(JCM)や日本労働研究・研修機構などの文献を読んで、これを私流に要約すると、就業能力の向上による雇用の確保、継続的職業訓練を実施、生活維持のための労働保険の創出の三つである。

このIGメタルの3点は、かってME革命の時に電機労連が策定した「ME化三原則」(1982年7月)と同じフレームである。35年前に私が書いた「三原則」と同じであれば、日本の労働組合であってもIGメタルくらいのことは、直ぐにできるはずだ。だが、連合をはじめ産業別組合の「AI革命」への感度が鈍く、政策づくりが遅れている。

「AI五原則」と「AI三原則」

こういう話をあちこちでして回ると、じゃあお前が作ったらどうだと言われたので、勝手に「AI五原則(私案)」を作り、昨年9月に雑誌にも書いたが、発行は年の暮れになってしまった。

そのポイントは、AI導入には雇用への直接的な影響のないよう事前協議の整わないものは認めないことを基本にしている。また、企業内訓練よりも公的訓練と積極的就労政策を重視することを政府に求めている。さらにフリーランス、クラウドワーカーなどを、働く「仲間」として引き入れ、その労働者性と労働基本権を確保することを、政労使会議の場で求めることである。

その後、UAゼンセンが、AIなどデジタル技術革新の導入に向けて、雇用確保と労使協議を求めた「AI三原則」を策定し、19年春闘の産別要求に盛込んだ。この要求は、連合の有力構成組織で初の先駆的な取みとして、私は高く評価している。

UAゼンセンの「革新的新技術導入に向けた労使確認(例)」によると、革新的新技術の導入は労使協議のうえ運用する、②一人ひとりの能力開発を強化し、雇用維持を前提に職務転換、配置転換を行う、③デジタル新技術の導入に伴う生産性向上分について適正な配分を行うことを三原則としている。

 この二つの「AI化原則」は、三原則と五原則の違いがあるだけではなく、考え方や政策対応に異なる内容になっている。

最近、講演でふたつの「三原則」の話をしたら、労働組合や労働ジャーナリストの参加が多かったこともあって、質疑では議論百出となった。「ゼンセンの三原則のほうが、小林さんの私案よりもシンブルで分かりやすい」、「教育訓練を公的訓練でやる小林案は、技能やスキルが企業内に蓄積している日本では無理だ」など、ゼンセンを支持する意見が多かった。

だが、別の場で同じ話をしたら、労働専門紙の記者の人から、小林私案は「協議の整わない人員整理は認めない」とか、「働き方フリー労働者の基本的労働権」など、労働組合が主張する原則がきちんと盛込まれていて、労働組合らしくていいと、私の方が褒められた。

ポイントは2つ

この論議のポイントは2つ。「企業内訓練か公的訓練か」と「AI導入のルールを決める労使協議の場における構成員の範疇」の問題だ。

1980年代のME革命は、企業内訓練による配転・職転で社内完結できたが、今度のAI革命は訓練しても就く職場や仕事は既に社内には無くなっており、会社の外で新しい仕事に就くには、社会的な就労支援政策が必要になっているところが異なる。

 だから、別の会社や他の仕事に移る人にとって、公的職業訓練でAIスキルを身につけて新たな職に就くまでの間は、社員と組合員の資格はそのままにして、その間の生活資金は政府と労使にどう面倒見させるかが重要である。

この点、37年前の電機労連「ME三原則」は、すべて同じく企業内で完結するスキームをとっていた。だが、このスキームはもう時代遅れで、21世紀のAI革命に対峙することはできないだろ。80年代当時の日本は、まだJAPAN as NO 1に登りつめる余力を残していた時代だったからこそ、企業内で他の職を用意することができたのである。だが、こうした「ME三原則」のような企業内志向は、今となっては遺物になってきている。

この点では、UAゼンセンの「AI三原則」も、企業内訓練で職転・配転することで雇用を維持するという企業内完結型のスキームである。AI革命は、Iotやフィンテック、RPA(ロボティック プロセス オートメーション)などの人工知能によって職務丸ごと、事業所そっくり雇用代替されてしまう技術特性を有する。だから、私は企業内完結型を越えるスキームとして「五原則」(私案)を提起した次第である。

急増する働き方フリーと外国人労働者を包摂

今ひとつ重要なポイントは、AI導入のルールを決める現場の労使協議の場に、従事者のどこまでを参画させるかの問題である。すなわち、パートタイマーや契約社員、派遣・請負労働者はむろんのこと、フリーランス、クラウドワーカーなど、これを私は時間フリー、雇用フリー、会社フリーの「働き方フリー労働者」と呼んでいるが、これに外国人労働者を含めた全ての労働者のヴォイスを包含できるよう労使協議会への参画を拡大していく必要があると考える。

現在、我が国で正社員として働いている人は3400万人。パート・契約社員・派遣労働者などの非正規労働者が2100万人いるのに対して、「働き方フリー」は1800万人と、我が国労働市場に確固たる位置を占める存在になりつつある。しかしながら、AI革命の進展に伴って、これらの働き方フリー労働者が急増しているが、にもかかわらず労働基本権が無く、労働者性も担保されずに放置されたままの状態になっていることを見逃すわけにはいかない。

これから策定する「AI原則」は、AI革命の最前線で起きている働き方フリーや外国人労働者に関わる諸課題をも包摂した労働者保護の網を被せるものにしていく、社会運動として取り組んでいくことが肝要である。

注1 熊谷徹「ドイツ労組・製造のデジタル化に積極的関与―職業訓練と研修に主導権」(週刊エコノミスト 2017.6.27)

注2 電機労連ME3原則「➀MEの導入は労働組合との協議を徹底する、②雇用への直接的影響がある場合は認めない、③具体的指針として職務転換・配置転換と教育・訓練の充実」

注3 拙稿「AI五原則と労使協議制の拡大強化」(経営民主主義No69・2018.12)

こばやし・よしのぶ

1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』中央大学出版部)など多数。

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