論壇

社会民主主義研究ネット報告(第5回)

◇労働者協同組合法案をめぐって

(報告者/山本 孝司

◇「わが社会民主主義考」

(報告者/萩尾 七夫

日本においては中間集団の脆弱性がしばしば指摘されてきた。家族や町内会などの旧来型が弱体化しつつある中で、近年、NPOなどの新集団から新たな公共性を開こうとする動きが強まってきた。長年の活動の積み重ねのうえに成立が目前にせまった「労働者協同組合法案」もその一つである(山本報告)。

欧州社会民主主義の苦境は本研究会でも何回か取り上げてきた。温故知新。歴史的考察のなかからなにかしらの方向性を見出せるのではないかという方法はピンチのときの王道である(萩尾報告)。問題はその考察の方法論である。

(研究ネット事務局長 小川 正浩)

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1――2019年7月例会報告者/山本幸司

◇労働者協同組合法案をめぐって

<経過と到達点>

世界の協同組合法の現状は①単一協同組合法(ドイツ,スペイン,フィンランド等)、②協同組合基本法と特別法の組み合わせ(英、仏、韓国等)、③個別法のみ(日本)の3つに分類される。日本は10を超える産業別の種別協同組合法が併存し異なる所管官庁の認可によって法人格が付与されている等、諸外国に比して極めて特殊である。

日本には「労働者協同組合」を名乗る組織と運動は存在するが、「労働者協同組合法」は存在しない。そのため、「全日自労」の中高年雇用・福祉事業団全国協議会を前身とする日本労働者協同組合連合会(ワーカーズコープ)は、1998年、「労働者協同組合法」制定推進運動本部を立上げた。2000年、当時東京高齢者協同組合理事長を務められていた大内力東京大学名誉教授を会長として「『協同労働の協同組合』法制化を求める市民会議」が結成され、2007年5月に市民会議会長は笹森連合元会長にバトンが引き継がれ、法制化に向けた運動が進められた。

2008年2月、「協同出資・協同経営で働く協同組合法を考える議員連盟」(超党派)が結成され、2010年4月の議連総会で「要綱案」が確認されるも、チープレイバー作りに悪用されることへの懸念等から連合、全労連等の賛同が得られなかったことや政変等で法制定には至らなかった。その後、7年余の全国における「協同労働」運動の蓄積を踏まえて2016年初より以下のように取組みの再構築を推し進めてきた。

2017年3月、与党政策責任者会議の下に、自民党田村政調会長代理(元労働大臣)を座長に、公明党桝屋政調会長代理を座長代理とする「協同労働の法制化に関するワーキングチーム」が設置された。ワーキングチームでは、衆院法制局(第五部)・厚労省(雇用・環境均等局)の参加・協力を得、当事者である労協連合会、ワーカーズ・コレクティブネットワークジャパン(WNJ)が参加した実務者会議を開催し、事業と組織の実態を具体的に検証し、実際に法を活用するケース等を想定した議論を進め2018年12月20日、「法案骨子」が最終的に確認された。

2019年2月与党政策責任者会議はWTの報告・説明を受け、検討の結果、「法案骨子」を承認し法律案の成文化、各党対策など次の段階に進めることを確認した。並行して、2月27日、超党派で組織されている「協同組合振興研究議員連盟」(河村建夫会長、篠原事務局長)の役員会、4月19日の議連総会において法律案要綱が了承され、早期に、議員立法として「法案」を提出し議決を目指すことが確認された。2019年7月末現在、秋の臨時国会での法制定実現まであと一歩という到達点を迎えている。

<立法の背景、要綱案の概要>

関係議員、行政担当者らは現場を視察し「協同労働によって地域における多様な需要に応じた事業が運営・実施されている実績、今後一層の拡充が望まれること。しかし、現行法上①出資と労働が一体となった組織で、②地域に貢献し、地域課題を解決するための非営利の法人という協同労働の実態に合った法人制度が存在しないために困難を強いられ、求められている役割を発揮しにくい現状にある。従って労働者協同組合を法制化する必要がある」との認識を共有し、検討が進められた。

法律案要綱では『法律の目的』について「この法律は、労働者等が自発的に協同して労働し、事業を行うことにより……これらの者が出資し、事業を運営し、及びその事業に従事する組織について定め……地域において多様な需要に応じて事業が行われることを促進し、もって、持続可能で活力ある地域社会の実現に資することを目的とする。」と規定されている。『組合基準』について「出資だけの組合員は原則として認めず、総組合員の4/5以上の組合員は組合の事業に従事していること。且つ組合の行う事業に従事する者は組合と労働契約(=雇用契約)を締結する。」とし労基法、最賃法など労働法の全面適用を規定している。

『設立』については他の協同組合とは異なり、許認可方式ではなく「準則主義(届け出制)による」と明記している。『対象事業』について「労働者協同組合は、働く意思のある者による就労の機会の自発的な創出を促進し、及び地域社会の活性化に寄与する事業であれば、基本的に自由に行うことが出来る」、「法の趣旨に鑑み労働者派遣事業は認めないがそれ以外については限定しない」とされている。また、この協同組合の特徴として「出資配当を認めないこと」とし非営利性を明示している。

<評価と意見交換概要>

法制化を可能とさせる要因は何だろうか。第1の要因は年間300億円を超える事業規模に示される当事者たちの事業と運動の実績、主体的努力の結果であり、法律の早期制定を求める意見書が全国1600余の自治体の過半数を大きく上回る920余の自治体で決議されているなど労協運動に対する社会的共感と理解の広がりである。

第2により本質的な要因と考えられることは、格差と貧困の拡大固定化、雇用の劣化、回復不能と言われる歪んだ人口動態、人生100年時代の到来、家族類型の激変等、持続可能性が危ぶまれている日本社会・地域社会が「協同労働の協同組合」が目指す目的、考え方、働き方、それを可能とする制度を必要としているからではないか。

社会民主主義研究ネットでは、NPO法との関係如何。自民党が賛成し進めている理由如何。労働者保護法制の適用など多岐にわたる意見交換がなされた。田村座長は「出資と労働が一体となった組織で、かつ地域課題を解決するための非営利の法人という形態は存在しない。NPO法人は出資が出来ず、企業組合は営利団体だ。従って新たな法制度が必要だ」との与党政策責任者会議での説明は要を得ていると思う。更に「現場を実際に見て思った。地域の問題を地域のみんなで解決していく時代。協同労働はこれからの時代に合った働き方で最良のモデルという思いを強くしています」と語っている。

1900年、産業組合法の制定を嚆矢とする我が国の協同組合組織は一貫して政府・行政の認可の下におかれてきた。今般、労働者協同組合法が、国民が自由に協同組合を組織し届け出ることによって法人格が得られことに道を開くという意味において、日本の協同組合運動史に特筆されるべき快挙といえるのではないだろうか。

(参照資料)法制化の取組みの経過と到達点、その意義等については協同総合研究所所報「協同の発見」誌320号「法制化運動の取組みの経過と到達点等」を参照されたい。

  

(やまもと・こうじ 元連合副事務局長・中央労福協講師団講師、労協連副理事長)

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2―――2019年9月例会報告者/萩尾七夫

◇「わが社会民主主義考」

1―― 報告者は、社会民主主義を戦後再出発、すなわち戦前の社会主義運動の、一方におけるフアシズムとの闘い、もう一方におけるコミンテルン(1919年創設)・共産党との対立抗争を経ての再出発と考えている。この戦間期の過程を前史とし、シュトゥルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を案内人に、①ローザ・ルクセンブルク、②スペイン内戦、③スウエーデン「国民の家」,④山川均を「わが社会民主主義の源流」とした。(*「わが源流」というように、報告者の1960年代に読んだ本を通した、社会民主主義への接近の個人的記憶・選択であり、「そもそも社会民主主義の源流は...」と歴史的・正論的に追求したものではない。したがってここでは内容省略)

2―― 「戦後社会民主主義の再出発」から報告の本論に入る。ここでは第1部で取り上げたドイツ、スウエーデン、スペインを対象に、主にドイツを材料に、ドイツを対象に、社会民主主義・社会民主党の再出発を取り上げた。社会民主党の再建・再出発にあたっては、当然に基底にナチズムへの敗北が影を落としているが、1945年再建から1970年代にかけての歴史的特徴点を箇条書きすれば、

○ 敗戦、占領・東西分断期における社会民主党再建の最大の論争は、共産党との関係で、共産党との統一を主張するグロテヴォールとこれに反対するシューマッハは掴みあわんばかりのけんかをし、全党的議論になったが、結論的には「非共産党・社会主義者の統一党」(スーザン・ミラー)で意思統一された。
○ 党の性格の前提、帰結として、社会民主党への参加の多様性、思想の多元性が承認された。ドイツ社会民主党は歴史的にはマルクス主義政党と言われたが、ドイツにおいてはキリスト教社会主義、倫理社会主義の伝統もあり、その多元性を豊富化し、ドイツ社会民主主義の方向を示そうというものである。マルクス主義について、「政治的洞察の一つの不可欠な源泉であるが、唯一絶対的でない」と相対化した。
○ こうした基礎的議論を通して、1959年バート・ゴーデスベルク綱領が決定された。綱領では、社会民主主義が実現すべき価値として、「自由・公正・連帯」がすえられ、個別的には宗教、国防、市場経済と社会的公正・共同決定等について展開し、国民政党への発展を結びとした。
○ 再建からバート・ゴーデスベルク綱領に至る過程で注目されるのは、党を形成する地域的エネルギー・知的エネルギーである。再建時の論争とともに、地域における再建はエネルギッショに進み、1946年には党員数でワイマール期を上回り、新綱領議論においては地域党員集会、党員外懇談が頻繁に開催された。綱領補強・修正案も200を超えた。そして新綱領は代議員350のち反対わずか15で決定された。
○ 1960年代社会民主党は漸進的に前進し、ついに1969年に社民・自由党連立のブラント政権を樹立、ブラントの時代は「第2の建国」とも言われ、「もっと民主主義を」と新しい流れをつくった。しかし同時に新たな挑戦を受けた。脱原発・環境を中心とした「新しい社会運動」、68年運動と緑の党。社民党はエコロジーかエコノミーか、社会民主主義の新たな課題を意識しつつ、冷戦期最後の1989年ベルリン綱領へと進んだ。

3―― 報告は1990年までで終わっている。スペイン、スウェーデンについては詳細を省略するが、ここでとくに強調しておきたいことは、①スペインにおいても地域重視のドイツと同様に、戦後なお続くフランコ独裁下にあっても、のちの首相・ゴンザレス等国内の社会労働党員が地域的結集と運動を展開し、地域の民主化をスペイン民主化の基礎に置いたこと、②スウエーデンにおいても、20世紀初めから自由教会運動、禁酒運動、労働運動の3つの国民運動が地域的にコミュニテイをつくり、社会運動、普通選挙権獲得・政治運動の発展の基礎をつくったこと、その上に社会民主党ハンソンの「国民の家」構想が生まれ、スウェーデン福祉国家形成の礎を築いたこと、である。

4―― 参加者の関心事は「危機」「試練」とも言われる社会民主主義の現状と未来であるが、いずれこの課題は当研究会で掘り下げられることであろうし、現在『現代の理論』でも住沢さんを主筆に検討されている。そこにも期待したい。

(参考文献)スーザン・ミラー『戦後ドイツ社会民主党史』、仲井斌『西ドイツの社会民主主義』、野々山真輝『スペインの紅いバラ』、戸門一衛『スペインの実験』、石原俊時『市民社会と労働者文化』、ステーグ・ハデニウス『スウエーデン現代政治史』

(はぎお・かずお 元自治労本部書記・書記次長)

追記―― 報告をめぐる研究会での主たる議論は以下のとおりである。

○ ハーバマスは社会民主主義の歴史的成果として福祉国家と経済的民主主義の二つをあげているが、これらの源流を辿れば、イギリスのフェビアン・ソーシャリズムとべヴァリッジやT.H.マーシャルらによる福祉国家論、そしてワイマール・デモクラシー期の組織資本主義論を展開したヒルファーディングが重要だ。またスウェーデンについてはミュルダールの経済理論と福祉国家論を抜きには語れない。
○ 1910年代~20年代の「産業の労働者自主管理」を主張したG.D.H.コールと消費者民主制を主張したウェッブの論争にも注目すべきではないか。
○ B.ラッセルは『ドイツ社会主義』の冒頭で、ドイツ社会民主主義はカントなどの古典哲学の継承者であり、社会民主主義はたんなる一つの政党や経済理論ではなく、世界と人間の発展についての一つの哲学や倫理学であるとのべている。カントは個人主義を強調している。
○ ヨーロッパ社会民主主義の源泉には啓蒙思想がある。(小川正弘)

     
  

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