論壇

「國体の本義」はなぜ手ごわい(上)

人々のどのような精神構造への訴えかけか?

高等学校元教員 稲浜 昇

本稿の要旨

「これからの世界は誰も経験したことのない新しい世界へと変わっていきそうだ、その中で日本の未来が暗いものになるのではないか」と、漠然とではあれ多くの人が感じている。そうしたときには国民全体を束ね、一体化し、ある方向へ向かわせようとする動きが現れる。それを目指す時、一番重要なのは、人々が主体的・能動的・積極的に自ら進んでその動きに参加してくるように仕向けることである。安倍元首相に代表される人々は「國体の本義」がその目的にまた使えるのではないかと考えている。

「國体の本義」は今から80年以上前、このままでは日本はダメになってしまうのではないかという強い切迫感を持っていた当時の人々に、この世界を理解し、それに立ち向かう「正しい」ものの見方・考え方を与え、戦争準備のための総動員体制に自ら進んで参加してくるようにする上で大きな力を発揮した。

この本がそれほど大きな力を持っていたのはなぜか。それは多くの日本人の心に訴えかけるにはどのような内容と文体であればいいかを研究しつくしたものであり、それ故、それを受け入れる人々の意識の下層にぴったりはまったからである。そしてその意識の下層構造はその後もほとんどそのまま、丸山真男のいう「執拗低音」として、現在も残っている。(本稿の「國体の本義」からの引用は、呉PASS出版の復刻版による)。

なぜ今「國体の本義」なのか

今から5年くらい前、辻田真佐憲という人の書いたものを「現代ビジネス」というサイトで読んでいたら、「ここ数年、政治家の口から『八紘一宇』『天壌無窮の神勅』『教育勅語』などという言葉が相次いだ。わたし(辻田さん)は、その次に来る『復古風アイテム』が『國体の本義』ではないかと踏んでいる」という趣旨のことが書いてあった。その時には「ふーん」というくらいの感じで読んだだけだった。

そのころの私は、「國体の本義」は、天皇機関説に代表される思想を弾圧するため『日本は神の国である』ということを教えるために文部省が出版した神がかり的な内容の本であり、敗戦後GHQによって禁書に指定されたという程度のことしか知らなかった。いわば過去の遺物という感じを持っていた。

だがその後事態は辻田さんの予言の通りとなった。単に一部の神社関係者や神道関係の大学の研究者や右翼の歴史好きだけでなく、多くの一般の人が読むようになっている。ユーチューブには「國体の本義」を解説する講義の番組が非常に多く投稿されている。どの番組でも、原文を理解するのは戦後に書かれた文章しか読んだことのない多くの人にとってはかなりたいへんなので、何回にも分けて解釈と解説をしているものが多い。

一般の人が参加する学習会なども多く開かれている。例えばある人は自分のブログに次のように書いている。

昨日24日は、稲村公望さん(元、日本郵便副会長)主催による東京義塾に参加させて頂きました。
 世界貿易センタービルの38階にて行われ、「國体の本義」を稲村公望さんを含め参加者13名で輪読しながら飲食をし、ゆるめに様々な話し合いがなされ好奇心が刺激されました。
 稲村公望さんを始め、参加されていた方々は真の愛國保守の方達であり、とてもしっかりされた方々でした。
 ビルからの眺めも良く、真下には芝離宮恩賜庭園があり、妻との結婚写真を撮影した思い出の場所であって、偶然ながらも縁深く感慨深かったです。

安倍晋三の後継者を名乗る高市早苗の自民党総裁選での選挙事務所の参謀長を安倍元首相とともに務めた櫻井よしこは、「日本に生まれて良かった」という本を出したが、この本は「『國体の本義』をやさしくリライトするとすれば、私ならこうする」とでもいうような内容・構成となっている。佐藤優──この人はほぼ売文業者と言ってもいいと思うが──は産経新聞の求めに応じて「日本国家の神髄──禁書『國体の本義』を読み解く」という本を出した。「國体の本義」全文を段落ごとに掲出しながら、まるで「國体の本義」の著者たちが憑依したかのような口調でその解説をする内容である。最初は産経新聞社の雑誌「正論」に連載し、のちに単行本として出版した。

もちろん、森喜朗、安倍晋三、下村博文、麻生太郎、高市早苗、山谷えり子、片山さつき、水田水脈などという政治家たちがいろいろな会合などで「國体の本義」について話を聞いているであろうこと、そのイデオロギーを政治の場で生かすようにしようと努力していることもその言動から見て容易に推察できる。こうした政治家たちが、夫婦別姓、LGBTの権利問題、平成天皇の退位、女性天皇(彼らは「女性天皇」ではなく「女系天皇」を問題視しているのだというのだが)、女性宮家の創設、生活保護、などの問題で、日本会議の学習会や講演会で学んできたことを基に「こんなものを認めれば日本の國体は破壊されてしまう」と、党や政府の会合で強力に発言したり、一般の人向けに大キャンペーンの音頭を取っている。なにより自民党の「改正憲法草案」にはできるだけさりげない形で「國体の本義」のエッセンスを入れてある。

だが問題は上に述べたように、多くの普通の人の間にじわじわと「國体の本義」を勉強しようという人が増えてきており、その人たちの多くが「目からうろこが落ちる思いだ」というような感想を述べていることだ。なぜ彼らは「目からうろこが落ちる思いだ」と感じるのか。なぜ「國体の本義」はそれほどまでに人々を魅了するのか?

「國体の本義」の肝は「ニッポンすごい!」本

「國体の本義」は力作である。一読かなりの教養と知識がある人(たち)が著者であることが分かる。「國体の本義」は畢竟「教育勅語」と同じことを述べている。後者は一方的に天皇から臣民に布告する「お触れ」として書かれており、文体も漢文訓読調で、全文353文字。それに対し、前者は人々が「教育勅語」として教えられてきて、知識としては十分に承知している趣旨を内面化して、総動員体制に主体的に参加できるように説得することを目的としている。そのためにいろいろな角度から「ニッポンは世界に二つとないすごい国であり、この国に生まれたことは本当に幸せなことであり、自分を捨てて、国のために尽くすことこそ日本人として最も充実した生き方である」ことを納得させようとして書かれたものであることが全文を読んでみるとよく分かる。当然文体は一方的に告げるというようなものではなく、57,044文字を使ってこれでもか、これでもかと説く文体となっている。「教育勅語」全文と「國体の本義」冒頭部分の両方をほぼ同じ文字数だけ引用してその文体の違いを見ていただこう。

 教育勅語

朕惟フニ我力皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我力臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ済セルハ此レ我力國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨り朕力忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン

 

斯ノ道ハ實ニ我力皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

 

 國体の本義

我が國は、今や國運頗る盛んに、海外発展のいきほひ著しく、前途弥々多望な時に際会してゐる。産業は隆盛に、國防は威力を加へ、生活は豊富となり、文化の発展は諸方面に著しいものがある。夙に支那・印度に由来する東洋文化は、我が國に輸入せられて、惟神の國体に醇化せられ、更に明治・大正以来、欧米近代文化の輸入によつて諸種の文物は顕著な発達を遂げた。文物・制度の整備せる、学術の一大進歩をなせる、思想・文化の多彩を極むる、万葉歌人をして今日にあらしめば、再び「御民吾生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく念へば」と謳ふであらう。明治維新の鴻業により、旧来の陋習を破り、封建的束縛を去つて、國民はよくその志を途げ、その分を竭くし、爾来七十年、以て今日の盛事を見るに至つた。 (以下略)

「教育勅語」が一方的に「臣民」に布告をするために書かれており、「國体の本義」が説得をするために書かれていることが文体からもよく分かる。

 

 「國体の本義」の構成

ここで「國体の本義」の構成を見てみよう。

 目  次
緒言
第一 大日本国体
  一、肇国     二、聖徳      ①
  三、臣節     四、和と「まこと」 ②
第二 国史に於ける国体の顕現
  一、国史を一貫する精神   二、国土と国民生活
  三、国民性   四、祭祀と道徳   五、国民文化  ③(一 から 六 まで)
  六、政治・経済・軍事
結語              ④

 

以上のような構成になっているが、①の部分は、それまでぼんやりとしていて、あまりはっきりとはしていなかった(どころか、「けしからんことに」様々な理解と混乱がある)国体の概念をはっきりさせ(というよりも、ゼロから作り上げ)、「『国体』とはこれである。このことは神が国生みをして誕生した日本列島とその住民を統治するよう天照大神が神勅を下した時から決まっているのだ」と断定する部分である。①の部分は次のように始まる。

大日本帝國は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の國体である。而してこの大義に基づき、一大家族國家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が國体の精華とするところである。この國体は、我が國永遠不変の大本であり、國史を貫いて炳として輝いてゐる。
而してそれは、國家の発展と共に弥々鞏く、天壌と共に窮るところがない。我等は先づ我が肇國の事事の中に、この大本が如何に生き輝いてゐるかを知らねばならぬ。
我が肇國は、皇祖天照大神(あまてらすおほみかみ)が神勅を皇孫瓊瓊杵ノ尊に授け給うて、豊葦原の瑞穂の國に降臨せしめ給うたときに存する。而して古事記・日本書紀等は、皇祖肇國の御事を語るに当つて、先づ天地開闢・修理固成のことを伝へてゐる。・・・・(以下略)

ある意味なかなかの名文(名文っぽい文と言うべきか)であり、印象深いので、ほとんどの「國体の本義」についての紹介は、「皇国主義とか皇道とでも呼べるようなものを神がかり的な文章でかいたものである」となっている。しかし「國対の本義」の肝はそうではない。この本が書かれた最大の狙いでもあり、この本の一番の魅力(魔力と言うべきか)となっており、当時の人々に大きな影響を与え、今なお(一部の)人たちを感動させているのは⓶③の部分だ。その理由を二つの面から説明する。

様々な教科の教科書

当時の人々にとっては「國体の本義」に教えられるまでもなく、「天照大神の神勅に由来するのが日本の皇室である」ことは、それ以前から各学年にわたって、国語、修身、国史、唱歌などの教科で繰り返し教えられていた。

 

尋常小學國史 上巻
第一

天皇陛下の御先祖を天照大神と申す。大神は御徳きはめて高き御方にて、初めて稻・麥などを田畑にうゑさせ、又蠶をかはせて、萬民をめぐみたまへり。
大神の御弟に素戔嗚尊と申す御方ありて、たびたびあらあらしき行いありしかば、…
(中略)…大神はつひにたへかねて、天の岩屋に入り、岩戸をたててその中にかくれたまへり。(中略)
大神は八尺瓊曲玉・八咫鏡・天叢雲剱を瓊瓊杵尊に授けたまひき。これを三種の神器といふ。尊はこれを奉じ、あまたの神をしたがへて日向にくだりたまへり。これより神器は、御代々の天皇にあいつたへて皇位の御しるしとしたまへり。(以下略)

 

小學國語讀本 巻六

大和へ御進軍になった神武天皇は、八咫烏をお使いとして、其の地方に勢力を張っていた兄うかし・弟うかし兄弟のところへ、おつかはしになりました。そうして、天皇にお仕へ申すように、お傳へさせになりました。(以下略)

 

修身 巻一
み國のはじめ

遠い大昔のこと、いざなぎのみこと、いざなみのみことといふ、お二方の神様がいらっしゃいました。このお二方が、天の浮橋にお立ちになって、天のぬぼこといふほこをおろして、海の水をかきまはしながら、おあげになりました。すると、ほこの先から、海の水のしづくがしたたり落ちて、一つの島となりました。(以下略)

 

尋常小学校唱歌 六学年用
一八 天照大神

   一  「豐葦原の中つ國   皇孫行きて知ろしめせ。
      天つ日嗣は天地と   窮まりなし」と國の基
      定めたまひし天照す  神の御言ぞ動きなき
  二  (以下略)

いくらでも挙げられるが、もういいだろう。すべての人がこのようにすべての学年で、そして様々な教科で、あるいは「教育勅語」奉読後の校長の訓話、少年・少女向けの雑誌の記事などを通じて日本神話、天照大神、日本武尊、神武天皇などについて叩き込まれていた。したがって①の部分に「へぇー、初めて聞いた」「そうなんだ、知らなかった」というような内容はなかったであろう。(もちろん小学校の教科書の記述に比べれば詳しいものではあるにしても。)

「ニッポンすごい!」本の元祖

ではこの本の肝は何か? それは⓶、③の部分の「ニッポンすごい!」の部分だ。今から数年前から、本屋には所狭しと「ニッポンすごい!」本が並んだ。テレビのゴールデンアワーには「ニッポンすごい!」番組がどのチャンネルにも登場した。

こうした「ニッポンすごい!」本や「ニッポンすごい!」番組の成功の極意は、普通の日本人がべつに意識もせず、何の気なしにそういうものだと思っていることやものを取り上げて、「これって実は外国人の目から見たらすごいことなんですよ」という内容にすることだ。少々眉唾なところがあったり、よく考えたらそれが本当に日本のためになっているのか疑問な点があったりしても、「そうか、日本はそんなにすごいのか。」と視聴者や読者が思って、本が売れたり、視聴率が上がったりすれば、目的を達成したことになる。

元祖「ニッポンすごい!」本である「國体の本義」も、もちろんこの極意は十分に心得ている。「國体の本義」の最大の特徴は論理的な印象を受ける文章で書かれた情緒的な文(最近の言葉で言う「ポエム」)である。したがって、論理的に要約してもあまり意味がないため、長文の引用になるがご容赦願いたい。

どういう点が「日本スゴイ!」なのか

もう一度目次を再掲する。

 目  次
緒言
第一 大日本国体
  一、肇国     二、聖徳      ①
  三、臣節     四、和と「まこと」 ②
第二 国史に於ける国体の顕現
  一、国史を一貫する精神   二、国土と国民生活
  三、国民性   四、祭祀と道徳   五、国民文化  ③(一 から 六 まで)
  六、政治・経済・軍事
結語              ④

 

どうも⓶はどちらかというと一般論、③は個別の問題ということで、分けてあるようだ。①が文字数4,402文字であるのに対して、②と③が文字数44,443文字とほぼ10倍にも上ることも私の主張の傍証になっていると思う。

では「ニッポンすごい!」としてどんなことが挙げられているかを紹介したいが、何しろ様々な物事を、博引傍証、言葉を尽くして論じており、その分量を到底本稿ですべて紹介することなどできないので、いくつか典型的なものを紹介する。この本は、言っていることを論理的に要約したのでは大事な点を外してしまうことになる。私の論点の重要なポイントなので、その雰囲気をなるべく原文通りに知っていただきたい。

まず②の一般論的な部分から。

  四、和と「まこと」

我が肇国の事実及び歴史の発展の跡を辿る時、常にそこに見出されるものは和の精神である。和は、我が肇国の鴻業より出で、歴史生成の力であると共に、日常離るべからざる人倫の道である。和の精神は、万物融合の上に成り立つ。人々が飽くまで自己を主とし、私を主張する場合には、矛盾対立のみあつて和は生じない。個人主義に於ては、この矛盾対立を調整緩和するための協同・妥協・犠牲等はあり得ても、結局真の和は存しない。即ち個人主義の社会は万人の万人に対する闘争であり、歴史はすべて階級闘争の歴史ともならう。かゝる社会に於ける社会形態・政治組織及びその理論的表現たる社会学説・政治学説・国家学説等は、和を以て根本の道とする我が国のそれとは本質的に相違する。我が国の思想・学問が西洋諸国のそれと根本的に異なる所以は、実にこゝに存する。

我が国の和は、理性から出発し、互に独立した平等な個人の械械的な協調ではなく、全体の中に分を以て存在し、この分に応ずる行を通じてよく一体を保つところの大和である。従つてそこには相互のものの間に敬愛随順・愛撫掬育が行ぜられる。これは単なる機械的・同質的なものの妥協・調和ではなく、各々その特性をもち、互に相違しながら、而もその特性即ち分を通じてよく本質を現じ、以て一如の世界に和するのである。即ち我が国の和は、各自その特質を発揮し、葛藤と切磋琢磨とを通じてよく一に帰するところの大和である。特性あり、葛藤あるによつて、この和は益々偉大となり、その内容は豊富となる。又これによつて個性は弥々伸長せられ、特質は美しきを致し、而も同時に全体の発展隆昌を齎すのである。実に我が国の和は、無為姑息の和ではなく、溌剌としてものの発展に即して現れる具体的な大和である。

而してこの和は、我が国の武の精神の上にも明らかに現れてゐる。我が国は尚武の国であつて、神社には荒魂を祀る神殿のあるのもある。修理固成の大命には天の沼矛が先づ授けられ、皇孫降臨の場合にも、武神によつて平和にそれが成就し、神武天皇の御東征の場合にも武が用ゐられた。併し、この武は決して武そのもののためではなく、和のための武であつて、所謂神武である。我が武の精神は、殺人を目的とせずして活人を眼目としてゐる。その武は、万物を生かさんとする武であつて、破壊の武ではない。即ち根柢に和をもち生成発展を約束した葛藤であつて、その葛藤を通じてものを生かすのである。こゝに我が国の武の精神がある。戦争は、この意味に於て、決して他を破壊し、圧倒し、征服するためのものではなく、道に則とつて創造の働をなし、大和即ち平和を現ぜんがためのものでなければならぬ。

(中略)

又この和は、人と自然との間の最も親しい関係にも見られる。我が国は海に囲まれ、山秀で水清く、春夏秋冬の季節の変化もあつて、他国には見られない美しい自然をなしてゐる。この美しい自然は、神々と共に天ッ神の生み給うたところのものであつて、親しむべきものでこそあれ、恐るべきものではない。そこに自然を愛する国民性が生まれ、人と自然との和が成り立つ。印度の如きは自然に威圧せられてをり、西洋に於ては人が自然を征服してゐる観があつて、我が国の如き人と自然との深い和は見られない。これに対して、我が国民は常に自然と相和してゐる。文芸にもこの自然との和の心を謳つた歌が多く、自然への深い愛は我が詩歌の最も主なる題材である。それは独り文芸の世界に限らず、日常生活に於ても、よく自然と人生とが調和してゐる。公事根源等に見える季節々々による年中行事を見ても、古くから人生と自然との微妙な調和が現れてゐる。年の始の行事はいふに及ばず、三月の雛の節供は自然の春にふさはしい行事であり、重陽の菊の節供も秋を迎へるにふさはしいものである。季節の推移の著しい我が国に於ては、この自然と人生との和は殊に美しく生きてゐる。その外、家紋には多く自然の動植物が用ゐられてをり、服装その他建築・庭園等もよく自然の芙を生かしてゐる。かゝる自然と人との親しい一体の関係も、亦人と自然とが同胞として相親しむ我が国本来の思想から生まれたのである。

この和の精神は、広く国民生活の上にも実現せられる。我が国に於ては、特有の家族制度の下に親子・夫婦が相倚り相扶けて生活を共にしてゐる。「教育ニ関スル勅語」には「夫婦相和シ」と仰せられてある。而してこの夫婦の和は、やがて「父母ニ孝ニ」と一体に融け合はねばならぬ。即ち家は、親子関係による縦の和と、夫婦兄弟による横の和と相合したる、渾然たる一如一体の和の栄えるところである。

(中略)

要するに我が国に於ては、夫々の立場による意見の対立、利害の相違も、大本を同じうするところより出づる特有の大和によつてよく一となる。すべて葛藤が終局ではなく、和が終局であり、破壊を以て終らず、成就によつて結ばれる。ここに我が国の大精神がある。而して我が国に現れるすべての進歩発展は、皆かくして成される。聖徳太子が憲法十七条に、

和を以て貴しとなし、忤ふることなきを宗と為す。人皆党有り、亦達れる者少し。是を以て或は君父に順はずして、乍隣里に違ふ。然れども上和ぎ下睦びて、事を論はむに諧ひぬるときには、則ち事理自らに通ず。何事か成らざらむ。

と示し給うたのも、我が国のこの和の大精神を説かせられたものである。

我が国に於ては、君臣一体と古くよりいはれ、天皇を中心として億兆一心・協心戮力、世々威の芙を済し来つた。天皇の聖徳と国民の臣節とは互に融合して、美しい和をなしてゐる。仁徳天皇は、

百姓貧しきは、則ち朕が貧しきなり。百姓富めるは、則ち朕が富めるなり。

と仰せられ、又、亀山上皇は、蒙古襲来の際、宸筆の御願文を伊勢神宮に献げて、

朕が身をもつて国難にかへん。

と御祈り遊ばされ、又、今上天皇陛下御即位式の勅語に、

皇祖皇宗国囲ヲ建テ民ニ臨ムヤ国ヲ以テ家ト為シ民ヲ視ルコト子ノ如シ列聖相承ケテ仁恕ノ化下二洽ク兆民相率ヰテ敬忠ノ俗上ニ奉シ上下感孚シ君民体ヲ一ニス是レ我カ国体ノ精華ニシテ当ニ天地ト並ヒ存スヘキ所ナリ

と仰せられてある。こゝに君民体を一にして、その苦楽を共にし給ふ尊い和の純粋顕現を仰ぐことが出来る。(中略)

かゝる我が国の和の精神が世界に拡充せられ、夫々の民族・国家が各々その分を守り、その特性を発揮する時、真の世界の平和とその進歩発展とが実現せられるであらう。(以下略)

 

次は個別の事柄を論じた部分「第二 國史における國体の顕現」の「三 國民性」より。少し長いが、この本の雰囲気を味わっていただくために引用する。

  三、国民性

(略)まことに我が国の風土は、温和なる気候、秀麗なる山川に恵まれ、春花秋葉、四季折々の景色は変化に富み、大八洲国は当初より日本人にとつて快い生活地帯であり、「浦安の国」と呼ばれてゐた。併しながら時々起る自然の災禍は、国民生活を脅すが如き猛威をふるふこともあるが、それによつて国民が自然を恐れ、自然の前に威圧せられるが如きことはない。災禍は却つて不撓不屈の心を鍛錬する機会となり、更生の力を喚起し、一層国土との親しみを増し、それと一体の念を弥々強くする。西洋神話に見られる如き自然との闘争は、我が国の語事には見られず、この国土は、日本人にとつてはまことに生活の楽土である。「やまと」が漢字で大和と書かれたことも蓋し偶然ではない。

頼山陽の作として人口に膾炙せる今様に、

花より明くるみ吉野の 春の曙見わたせば
もろこし人も高麗人も 大和心になりぬべし

とあるのは、我が美しき風土が大和心を育み養つてゐることを示したものである。又本居宣長がこの「敷島の大和心」を歌つて、「朝日に匂ふ山桜花」といつてゐるのを見ても、如何に日本的情操が日本の風土と結びついてゐるかが知られよう。更に藤田東湖の正氣の歌には、

天地正大の気、粋然として神州に鍾まる
秀でては不二の嶽となり、巍々として千秋に聳え
注いでは大瀛の水となり、洋々として八州を環る
発しては万朶の桜となり、衆芳與に儔し難し

とあつて、国土草木が我が精神とその美を競ふ有様が詠まれてゐる。

(中略)

人が自己を中心とする場合には、没我献身の心は失はれる。個人本位の世界に於ては、自然に我を主として他を従とし、利を先にして奉仕を後にする心が生ずる。西洋諸国の国民性・国家生活を形造る根本思想たる個人主義・自由主義等と、我が国のそれとの相違は正にこゝに存する。我が国は肇国以来、清き明き直き心を基として発展して来たのであつて、我が国語・風俗・習慣等も、すべてこゝにその本源を見出すことが出来る。(中略)

抑々没我の精神は、単なる自己の否定ではなく、小なる自己を否定することによつて、大なる真の自己に生きることである。元来個人は国家より孤立したものではなく、国家の分として各々分担するところをもつ個人である。分なるが故に常に国家に帰一するをその本質とし、こゝに没我の心を生ずる。而してこれと同時に、分なるが故にその特性を重んじ、特性を通じて国家に奉仕する。この特質が没我の精神と合して他を同化する力を生ずる。没我・献身といふも、外国に於けるが如き、国家と個人とを相対的に見て、国家に対して個人を否定することではない。又包容・同化は他の特質を奪ひ、その個性を失はしむることではなく、よくその短を棄てて長を生かし、特性を特性として、採つて以て我を豊富ならしめることである。こゝに我が国の大いなる力と、我が思想・文化の深さと広さとを見出すことか出来る。

(中略)

次に風俗・習慣に於ても、我が国民性の特色たる敬神・尊皇・没我・和等の精神を見ることが出来る。平素の食事も御飯を戴くといひ、初穂を神に捧げ、先づ祖先の霊前に供へた後、一家の者がこれを祝ふのは、食物は神より賜はつたものであり、それを戴くといふ心持を示してゐる。新年の行事に松て、門松を立て、若水を使ひ、雑煮を祝ふところにも、遠い祖先からの伝統生活がある。賀詞を述べて齢を祝ふのは、古に於ては、氏上が聖寿を祝ひ奉る寿詞の精神につながるものであり、万歳の称呼の如きも亦同じ意味の祝言である。

鎮守はもとより、氏神様といふのは、・・・(以下略)

 

まだまだ「すごい!」はいろいろあるが、この辺りで止めないと紙数が尽きてしまう。

このように多くの「すごい!」を論じてきたのは、すべて「これほど我が国がすごいのは、ただただ天照大神の神勅を奉じてその子孫が万世一系の天皇として統治し続けてきたからこそだ」と証明するための材料としてである。

すべてを「皇国主義」へと回収する仕組み

ただ、本当に論理的に考えたり、実証的に考えたりすれば、ぼろが出まくりである。例えば上に引用した

而してこの和は、我が国の武の精神の上にも明らかに現れてゐる。我が国は尚武の国であつて、神社には荒魂を祀る神殿のあるのもある。修理固成の大命には天の沼矛が先づ授けられ、皇孫降臨の場合にも、武神によつて平和にそれが成就し、神武天皇の御東征の場合にも武が用ゐられた。併し、この武は決して武そのもののためではなく、和のための武であつて、所謂神武である。我が武の精神は、殺人を目的とせずして活人を眼目としてゐる。その武は、万物を生かさんとする武であつて、破壊の武ではない。即ち根柢に和をもち生成発展を約束した葛藤であつて、その葛藤を通じてものを生かすのである。こゝに我が国の武の精神がある。戦争は、この意味に於て、決して他を破壊し、圧倒し、征服するためのものではなく、道に則とつて創造の働をなし、大和即ち平和を現ぜんがためのものでなければならぬ。

の部分など、論理的に考える人にはさっぱり分からない。(まあ、何を目的にこんなことを言おうとしているかの推察はできるが。)こういう部分は他にも多くある。

また「そういう例があるとしても、そうであるのは天照大神の神勅を奉じてその子孫が万世一系の天皇として統治し続けてきたからこそだということになぜなるのか? ちょっと牽強付会が過ぎるんじゃないのか?」と言いたくなる例は非常に多い。

ここを簡単に飛び越え、こういう語り口にやすやすと引っかかって、分かったような気になるだけでなく、感動したり、感激したりするメンタリティーを、いまだに多くの人が持っている。精神科医の斎藤環にならい、私もそれを「ヤンキー性」と呼ぶことにしよう。それこそが戦前「國体の本義」に絡めとられた人々を総動員体制に積極的・主体的に参加させたものであり、現在「國体の本義」をもう一度復活させようとしている安倍元首相をはじめとする勢力を下から支えているものでもある。この日本人の心にしみこんでいる「ヤンキー性」について、次回考えてみる。
 (以下次号)

 

*今回はこの本が一見論理的な内容のように見えて実は情緒的な「ポエム」であることを体感していただくために引用が長くなってしまったことをお詫びします。

いなはま・のぼる

1943年生まれ。東京教育大学文学部卒業、元高等学校教員。

論壇

第27号 記事一覧

ページの
トップへ