特集●混迷する世界への視座

反知性主義が支えるトランプの外交政策

アジア・対日政策(沖縄)を軸にして

沖縄国際大学教授 佐藤 学

1.はじめに─大統領選挙をふりかえって

米国トランプ政権が発足した。ひとたび実際に大統領になれば、選挙戦からは異なる行動様式を採るのではないか、という期待が一部にあったが、就任式からの1週間で見る限り、トランプは大統領としても選挙戦モードを続けていくようである。本稿は、トランプ政権の外交政策を予測することを目的とするが、その前提として大統領選挙の評価から始める。それは、この選挙がトランプの外交政策を予測する上で、多くの材料を提示していることと、トランプの外交政策の「評価」は、トランプ自身とその選挙戦の評価に基礎を置くべきと考えるためである。

端的に述べれば、トランプ「勝利」が体現するものが、「反グローバリズム」「反エリート」「普通の米国市民が米国を取り戻した」勝利である云々という言説は、根本的に誤りである。トランプは、米国が克服できなかった「醜い本音」を煽りに煽り、それを経済的正義の装いの下で正当化して「勝った」。トランプ「勝利」は白人至上主義・人種差別主義に根差した、「古い米国」が、偏った選挙制度により実態以上の影響力を得て、制度上大統領を獲ったことに他ならない。

トランプの一般投票得票数は、最終的に約290万票差、得票率2.1%での敗北である。それが、大統領選挙人得票数では304対227で大統領選挙「勝利」となったのは、米国大統領選挙が州権を擁護する選挙人制度による間接選挙制度を採っており、1830年代以来形骸化した制度を変えないために、人口が少なく、現在は共和党が支配する広大な米国中央部の諸州の選挙人投票が、今回は有効にトランプに集中したために過ぎない。米国民全体はトランプに勝たせていないことを、外国にいる我々は認識しておく必要がある。

米国社会は、面積では小さいが大きな人口を抱える東部諸州と太平洋岸諸州が、リベラルな多民族社会=民主党支持、面積は広大だが、人口は希薄な中央部が保守的な「白人」社会=共和党支持と、くっきり色分けされている。さらに、保守的な州の中に、離れ小島のように民主党支持の地域があるが、それは、各州の州都とその周辺か、大規模な大学を持つ大学町である。これらは、保守主義者の大海の中の小島、といった様相である。

そして、各州の内部でも、このような保守的農村部偏重の州議会議席配分があり、その結果として、州政府次元で、共和党が32州議会で多数派を握り、33州で知事を取っている。

連邦議会下院の選挙区は、多くの州で州議会が10年毎の国勢調査結果に基づいて厳密な一人一票原則に則って策定する。その際に、州議会の多数党、あるいは知事が自党に有利な選挙区割を決める。州次元で共和党が有利な状況が続いていることが、連邦議会でも共和党優位をもたらす結果を生み出している。

トランプ勝利を、反エリート主義の勝利と称賛する人々は、米国メディアがエリート主義であり、そのエリート主義を体現するクリントンが、メディアもろとも敗北したとしている。こうした主張は「反エリート主義」の実態は、「反知性主義」であり、「白人至上主義」であることを全く看過しているとしか思えない。「反知性主義」とは、根拠の無い罵詈讒謗の類ではない。米国ギャラップ社は、70年代以来継続して進化論と聖書創造説に関する世論調査を実施している。この数値は、ほぼ一貫して、米国社会の4分の1は、旧約聖書創世記の記述、すなわち、全宇宙は神が6000年前に創造し、人類はアダムとイヴから始まったとする記述が「科学的事実」であると考えている。続く4分の1は、6000年という軌間は比喩であり、実際にはより長い時間がかかっているが、しかし、全宇宙と人類は神が創造したという物語を事実として受け入れている。

米国社会の実に半数は、旧約聖書創世記を科学的事実として受け入れているのである。進化論を受け入れ、それは「神」の意思が導いたものではない、と考える米国人は2割いない。こうした宗教観が強いために、米国では断続的に聖書創造説を事実として、あるいは正当な仮説として、科学教育のカリキュラムに組み込ませようとする運動が、州次元で激化する。進化論否定を科学として教えろという要求である。これは「反知性主義」そのものではないか。そして、今回のトランプ支持層は、こうした人々にぴったり重なる。

トランプは、地球温暖化を否定してきた。当選後に、言説をやや変えて、温暖化そのものではなく、人的関与の影響を否定する、という政策観に転じているが、環境保護庁長官就任が決まっている元オクラホマ州司法長官(オクラホマは、典型的な保守州である)スコット・プルーイットは、これまで温暖化そのものを否定してきた人物である。任命承認の公聴会では発言を緩めたが、基本的に科学的知見を否定する立場である。無論、温暖化否定論は、石油産業に財政支援を受けたプロパガンダキャンペインであり、経済的動機に基づく。しかし、それを可能とするのは、反知性主義である。

「エリート主義の米国メディアが、虐げられてきた白人勤労者階級に拒否された」、というメディア批判がある。それは、トランプが飛ばすデマが、受け入れられて、それを検証すべきメディア全体を、不正直、陰謀の手先として切って捨てたことで、トランプの「言い得」相場が出来てしまった事態を看過している。むしろ、旧来のメディアの力が落ちたことが問題であり、メディア本来の役割を果たすことが「エリート主義」であるとするのは、この四半世紀、極右のラジオ・トークショー司会者たちが垂れ流してきた言説を、そのまま受け入れることに相違ない。

大統領就任後も、トランプは、デマを飛ばし続けている。就任式典の参加者数が少なかった「事実」を、メディアが意図的な画像操作をして、人出を少なく見せたと非難し、「史上最大の参加者数」と報道官が主張した理由は、インターネット視聴者数を含めれば、という、愚にもつかない主張をする。また、290万票負けた一般投票は、大量の不法移民が違法に投票した結果だと主張する。それを示す証拠は一切提示しないで。さらに、選挙期間中に、「監査が終われば公表する」と言い逃れし続けてきた過去の納税記録を、結局は公表しない。「米国民は大統領の過去の納税記録よりも、自分のこれからの納税記録=収入増に関心を持っているから」という言い訳で。

ツイッターの活用がトランプの選挙戦の特徴であった。記者会見を開かず、メディアを迂回して、ツイートにより直接支持者に訴えるスタイルは、大統領就任後も続けている。これは、ラジオが手段であったヒトラーよりも、はるかに効果的な操作手法であり、「電子ファシズム」の時代の到来である。すでに、企業に対する個別攻撃の結果と、それを恐れる企業の自主的譲歩で、トランプは公約の「国内での製造業雇用増」を実現しつつある、という装いを手中にしている。今後、ツイッターによる攻撃は、一方で連邦議会民主党に向かい、他方で外国政府に向けられることは間違いない。

しかし、この「電子ファシズム」の有効性は、当初危惧したほど高くないようである。政権発足時のトランプ支持率は、各種世論調査で40%台と、通常は「御祝儀相場」となるこの時期としては異例の低さである。それは国民分断の深さと、今後の国民統合の困難さを明示している。また、ツイッターの活用についても、7割が否定的という世論調査結果もある。常識的に考えて、大統領本人がツイートし続ける余裕があろうはずはなく、また、衝動的なツイートが「炎上」することが常態である中で、トランプがこのスタイルを、自分が望むあり方で続けられるとは考え難い。

2.外交政策:これまでに分かったこと

トランプの外交政策、通商政策、安全保障・軍事政策で、これまでにはっきりしたことは、「教義の放棄」である。ここで言う「教義」とは、外交上の国際主義、多国籍主義であり、それは第二次世界大戦後に米国が打ち立てた政治・軍事秩序を、米国が維持する責任を負うという政策上の立場である。経済上は、自由貿易主義により、世界が豊かになる先導役を米国が務める、という立場である。トランプが、その2つの第二次世界大戦後の「教義」に異を唱え、「アメリカ第一主義」を打ち出し、それに則った外交・経済政策を実際に採り入れようとしていることが、世界中に不確実性を広めている。

では、この「教義」は、どれほどの歴史を持つのだろうか。トランプが打ち出した「アメリカ第一主義」とは、1940年から真珠湾攻撃まで、米国で多くの支持者を集めたAmerica First Committee「アメリカ第一主義委員会」の活動を想起させる。これは、大西洋単独飛行の英雄であった、チャールズ・リンドバーグを最も著名な活動家・スポークスパーソンとする、欧州戦線への不介入、ナチスとの戦争回避を主張する、孤立主義運動であった。アメリカ第一主義委員会は、ナチスとの戦争回避を訴えたことから、反ユダヤ主義の影響下にあると考えられてきた。孤立主義が人種差別主義に根差している点、現在のトランプに通底するものがあろう。

第一次世界大戦後には、上院の「軍需産業調査特別委員会」が、米国の第一次世界大戦参戦は、軍需産業の経済利潤目的が政治決定に影響を与えた、という結論を出した。これが真珠湾攻撃までの孤立主義、不介入主義の根拠となった。 

米国の孤立主義は、1823年にジェイムズ・モンロー大統領が打ち立てた「モンロー主義」の伝統を受けるものである。米国は欧州に介入しない一方、西半球は米国が仕切るという「モンロー主義」が、「アメリカ第一主義委員会」の思想的根拠となっていた。それが、真珠湾攻撃により、直接自国が軍事的攻撃を受けたことで、世論が一変し、第二次世界大戦参戦をもたらしたことは言うまでもない。もとより、ハワイが米国の州に昇格するのは1959年で、この時点では、まだ米領に過ぎなかったが。真珠湾攻撃は、F.D.ローズヴェルト大統領が、米国を参戦させるために事前に知っていたのを日本軍に攻撃させたという陰謀論が今も広く信じられている背景には、米国孤立主義の強固な伝統がある。

それが、第二次世界大戦後には、米国が覇権国となる。そこには2つの要因があり、1つは、言うまでもなくソ連との冷戦である。イデオロギー対立に基づく軍事対決が、経済を含む全面的な対決になり、それが核兵器の時代であったため、米ソ直接戦争は回避されたものの、世界を二分する対立状況がソ連崩壊まで続いた。もう1つは、覇権の移譲である。第二次世界大戦までの覇権国であった英国が、経済力・軍事力で米国に抜かれ、覇権が移る条件があった。覇権移譲は、国際政治学における重要な研究主題の一つであり、英国から米国への移譲が、通常は戦争により起きるのに、なぜ平和裏に進んだのか、また、米国の次の覇権国はどこで、その移譲はどのようになるのかが、長らく議論されてきた。

英国から米国への移譲は、戦間期の米国産業の発展、第二次世界大戦の被害の大きな違いといった具体的な条件があり、更に人種、宗教、政治体制の共通性が大きな紛争なしの移譲を可能にしたと考えられている。また、覇権をめぐる世界規模の対立をしていたソ連との冷戦下で、自由主義・資本主義陣営内の移譲は二義的な意味しか持たなかったことも事実である。

米国衰退論が盛んになると、覇権移譲も議論される傾向にあり、1980年代に日米経済摩擦が激化し、米国の産業競争力衰退が言われた時代に、一部では、日本との戦争の可能性すら論じられた。「冷戦の真の勝者は経済を支配する日本だ」というような言説も見られた。

90年代に日本経済が停滞すると、こうした議論は影を潜め、代わって高度経済成長を始め、継続してきた中国が、覇権争いをするという予測が2000年以降、盛んにされるようになる。中国の経済的・軍事的台頭に米国がどう対処するかが、国際政治学の領域での関心事となり、数多くの議論が発表されてきた。

これまでの主流の議論は、中国の経済発展は、米国が作り上げたリベラルな戦後世界秩序の中でもたらされたものであり、中国はそれを破壊することはしない、というものである。金、人、物の動きを自由化することで、「世界」が豊かになる、そうしたイデオロギーを、中国も守り、米国市場への輸出が経済成長の最大の要因である以上、軍事的覇権を米国と争うことはしないという予測である。一方、米国は巨額の政府財政赤字を、中国による米国債購入で賄っており、米中関係は、高度な経済的相互依存状態にあり、両国の軍事対立は経済要因が抑制するという予測でもある。

他方、米中軍事対決不可避論も続いて論じられてきたが、その勢いはこの数年で強くなっている。中国経済の規模が、米国を抜いて世界最大となる時点が近づき、中国の軍事力拡大が危機感を以て受け止められ、何よりも南シナ海での岩礁軍事基地化の進行が、中国の対米国軍事力行使の意図=力による勢力圏の確立を意味するとの警戒が募っている。覇権移譲が平和裏に行われないという見通し、とりわけ中国にとり、今が阿片戦争以来の屈辱を晴らす時であるとの、歴史に根差した強いナショナリズムが高まっているために、領土問題のような、交渉が困難な事態で、合理的な判断を感情が圧倒する危険性が高まっている。

3.トランプの「立前放棄」

トランプが放棄するタテマエとは、軍事・外交上の国際主義、すなわち「アメリカが世界の警察官を務める」ことと、自由貿易主義、すなわち、貿易、移民、金融の自由化により、世界を豊かにする、という「伝統的」政策である。

しかし、「世界の警察官」になったのは、第二次世界大戦後でしかない。それに国際主義的装いを付けたのが国際連合であったが、米国内での国連批判の強さが、少なくとも80年代から顕著であったことを考えると、孤立主義、一国主義的外交へ向かう力は、絶えず存在していた。欧州が政治統合を進めたのに対し、米国は対欧州を別として、アジアでは二国間軍事同盟を基盤とする国際関係運営を行ってきた。その最大の対象が日本である。「世界の警察官」が真に「警察官」であろうはずはなく、米国は自らの利益のために軍事力を行使してきた。しかし、派遣国である地位を維持するために、アフガン、イラク、あるいはその前にはヴェトナムで、多くの米兵が犠牲となり(言うまでも無く、現地人の犠牲者が比べようもなく多いのであるが)、国家財政を傾けるほどの軍費を使って、米国はこの秩序を維持してきた。

今、トランプが「アメリカ第一主義」を標榜するのに対し、米国内外の外交エリート層からは、強い批判が出ている。戦後世界の秩序を作った米国が、その維持に責任を負わなくなることは、世界秩序の崩壊に向かうとの批判である。しかし、ここにはトランプの奇矯な主張にある一片の真実があり、それが、例えばオリヴァー・ストーン監督に、トランプ期待論を語らせることになっている。

軍事介入主義を止めること、米国の兵士を危険に晒し、米国に直接の利害が小さい地域紛争からは手を引くこと、必要となれば、地上兵を使わないで、圧倒的な空軍力で勝つこと、さらに必要ならば、同盟国の地上軍に戦争をさせること、これらが、トランプ・ドクトリンとなっていくであろう要素である。「なぜ、自分達の税金で、自分達の若者が死ぬような戦争を、自分の国が攻撃されているわけでもないのにするのか」という主張には、合理性がある。さらに、空軍力の強化で、例えばISに対しては空爆の激化で殲滅戦を行うならば、自国兵士は危険ではなく、強大な軍事力を誇示する機会にもなり、兵器ビジネスのショーケースとなる。

この政策思考に日本が寄りそえば、沖縄をより使い勝手が良い演習場として差し出し、日本の金で施設整備をし、言い値で米国製の兵器を購入し、強要されれば、世界中に自衛隊を出して米兵の代わりを務める、という道を辿ることは明白であろう。そうしたところで、トランプは日本を、自国兵士の命を賭けて守ってくれるわけではない。

立前の放棄は、自由貿易主義も同様である。教科書的理解により、世界大恐慌後のブロック経済化の激化が第二次世界大戦の原因となった、だから自由貿易主義が戦争を防ぐ道なのだ、という御題目を、我々は受け入れてきた。加藤陽子『戦争まで』(2016年、朝日出版社)に紹介されていて、筆者は初めて知ったのだが、堀和生『東アジア資本主義史論』によると、日本の対植民地内貿易は、1932年から39年まで激増したという。「ブロック経済が戦争に導いた。自由貿易が正しい」という命題は、もしかすると条件に制約される限定的なものなのかもしれない。考えてみると、戦後の自由貿易体制とは、冷戦下、あくまでも資本主義陣営の中で、社会主義圏に対抗するために、敗戦国日本と西ドイツの復興を成功させたことが最大の成果だったのではないか。

自由貿易主義の成果が真に世界規模で具現化したのは、冷戦終結後の四半世紀のみだった。旧ソ連圏の安い労働力と市場が市場経済に組み込まれ、世界はその恩恵を受けた。また、1992年の南巡講話以後の、鄧小平主導による開放経済政策を進めた中国こそが、この体制の最大の受益者であった。

言うまでもなく、この世界経済の真の勝者は米国で、米国独り勝ちの状況が2000年以降顕在化した。TPP反対運動が主張してきたように、TPPとは、米国が圧倒的な競争力を持つ医療、保険、金融、あるいは農業といった分野における優位を固定化させる意図で推進された。では、なぜトランプはTPPから離脱したのか。グローバリゼーションに反対する米国民の勝利なのか。トランプ政権の経済閣僚やアドヴァイザーの多くが、金融業界で大儲けしてきた億万長者であることを見れば、庶民の勝利でも、反グローバリゼーションの勝利でもないことは明白である。

TPPは、米国独り勝ち、米国が「自由貿易」の利益を享受する仕組だが、それには一段階「自由貿易体制の拡大」という立前が付いている。米国民は、そしてトランプは、その立前を棄て、米国主導のむき出しの自国優先主義による「グローバリゼーション」を二国間協定で対象国に押し付けようとしている。「グローバリゼーション」「自由貿易主義」という装いを捨て去り、「アメリカ第一主義」を個別撃破で強要する姿勢が、トランプのTPP離脱である。トランプはWTO離脱すらほのめかしている。自国を制約する全ての多国間協定、世界条約を否定し、圧倒的に強い米国経済を背景に、独り勝ちの世界を作り出そうとしている。反グローバル主義の勝利、の正反対である。

4.ツイッター外交と「アメリカ第一主義」の帰結

トランプが棄てる立前のもう一つは、戦後秩序である。トランプが、プーチン・ロシア大統領に親和的であり、友好的な発言を繰り返してきたことは、トランプがプーチンによる「武力による領土奪取」を不問に付すことを意味する。トランプの外交政策には、人権、民主、平和といった共通価値を求める、という要素は無くなる。無論、オバマまでの米国外交が、これらの立前を実際に遵守してきたわけではない。しかし、看板としてこれらを掲げてきたことは、一定の制約要因にはなってきたであろう。トランプは、こうした政治的価値を尊重しない。それに代わるのが、「アメリカ第一主義」である。

トランプが、フォード、トヨタといった巨大企業を個別撃破して雇用面の譲歩を勝ち取ったように、外国政府に対しても、米国市場を武器として個別の揺さぶりをかけていくことは間違いない。二国間になれば、中国とて米国に立ち向かえない。トランプが輸入関税の大幅引き上げによる貿易戦争を言いだした時に、筆者も荒唐無稽な暴論であると考えた。しかし、米国の輸入市場が世界経済を牽引する状況が続いている中、米国が輸入障壁を高めれば、交渉力は強まる。

特に共和党政権は、保護貿易主義を排してきたのが伝統的政策である。しかし、前述のように、この伝統とは、第二次世界大戦後のことに過ぎない。そして、冷戦期と違い、米国を核ミサイルで全滅できるような敵はいない。自由貿易主義という「立前=やせ我慢」を貫く必要はなくなった。

中国の経済的・軍事的台頭が米国の衰退をもたらした結果が、トランプ政権を生み出したとの見解にも、強い違和感を持つ。米国経済は強い。世界大学ランキングの上位を米国が占めている状況は、世界中の優秀な学生、研究者が米国を目指すことを意味する。「次の産業」を生みだすのは米国の研究・開発である。物作りではない。中国経済の規模は巨大化していくことは間違いなく、製造業の革新も進むであろう。少子化による労働力不足、人件費高により、生産性向上が不可避であるのも確かだ。しかし、中国に、「次の産業」が生み出せるか。大学の研究内容に共産党政権が制約をかけるような研究環境の中から、真の革新的製品が生まれるとは考えられない。「世界の工場」としての地位は上がっても、米国に代わることはない。

では、なぜ、トランプが言い募る経済上の被害者意識が高まったのか。それはひとえに国内の富が不公平に分配されているからである。米国内の経済格差は1980年代以来、拡大した。富裕層は、インターネット・アプリ開発で巨額の富を短期間で掴む。しかし、それらのビジネスは、かつては米国優位の下で高い給与を稼げた製造業現場の仕事を生み出さない。生産は人件費の安い外国に行くか、自動化が進む。

民主党がこの層を掴めなかったのは、「職業訓練」「教育機会提供」という、迂遠にしか見えない政策以上を提示できなかったためである。この不満を「移民」にぶつけるというのが、欧州右翼の手口だが、それで経済成長がもたらされるわけでも、単純手作業の製造業現場の仕事が増えるわけでもない。ましてや、関税を上げて、人件費が高い国内で生産するようになれば、輸入品も国内製造品も値上がりし、労働者の手に届かなくなる。トランプは保護主義により、アメリカ製造業にロボット導入を急がせる結果を見越しているのかもしれない。

5.最後に─台湾と一つの中国

トランプが中国に対して最初に投げかけた揺さぶりが、蔡総統との電話会談であった。1月には、おそらくその裏で糸を引いた、極右・ネオコンの元・国連大使ジョン・ボルトンが、在沖海兵隊の台湾移駐を主張した。これらは、1979年以来の「一つの中国」政策に揺さぶりをかける手段である。トランプが台湾の人々のことを本気で考えていようはずもなく、中国に貿易や南シナ海問題で譲歩させるための道具に使っているだけである。

しかし、ここにも一片の真実がある。蒋介石の軍事独裁政権が全中国を支配しているという擬制を破棄し、北京の共産党政権を承認したことには、正当性があった。しかし、台湾は1990年代以来、民主化を進めてきた正当な「政体」である。それが「一つの中国」政策の下で、無いものとされている状況を受け入れてきた我々に、知的怠慢はなかったか。台湾の人々、当然、原住民の人々も含めて、台湾が正当な立場を持つことを考えるのは、当たり前のことではないだろうか。

トランプの放つデマと暴言の中にある一片の真実を、もはや無視し続けられない、そのような次元に、世界はいるのではないか。そして、トランプの暴走、ファシスト化を止められるのは、トランプに投票しなかった、米国民のみである。トランプは「勝っていない」のだ。

さとう・まなぶ

1958年東京生。早稲田大学政治経済学部、大学院政治学研究科、ピッツバーグ大学政治学大学院を経て、2002年政治学博士号取得(中央大学)。2002年より現職。専攻:地方自治、アメリカ政治、日米関係。主な著書『沖縄が問う日本の安全保障』(共著)岩波書店2015年、『米国型自治の行方』敬文堂2009年、『米国議会の対日立法過程』コモンズ、2003年など。

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