特集 ●歴史の分岐点か2022年

手詰まり日本、このままでは政治も経済も破綻だ

スタグフレーションをくぐりぬけ、公正なルールを確立して地域分散
ネットワーク社会をつくる

立教大学大学院特任教授 金子 勝 さんに聴く

―――コロナとそれへの対策で、日本の経済社会が危機的だという『金子勝の言いたい放題』(「不況下の物価高騰2%超目前 露呈する政策破綻」)を拝見しました。酷いことになっていてこの先どうなるのだろうかと思いました。2022年は日本の分岐点だと感じたところです。現状の評価と見通しを語っていただいた上で、それを乗り越えて再生する道を示していただきたいのです。大きく二つに分けて、まず日本経済の危機の現状について。

金子 コロナという現象がもたらしていることについて、余りにも認識が甘い。メディアがほとんど死んでいるので何も伝わらない。感染の実態もそうだが、経済的な打撃が非常に大きいということに関して、正しく受け止められていないことが気になる。リスクに対して無防備なのは、バブルの時もそうだしその崩壊後もそうだった。原発事故もそうだ。深く考えずに簡単に再稼働した。それと同じことを今も続けている。

100年前のスペイン風邪と例えられるが、あの時代は世界大戦、ロシア革命と日本では米騒動と厳しい時代だった。今回のコロナに関して、2年間生産や流通が止まり、グローバル化した中でサプライチェーンが寸断されており、少なくとも石油ショックに匹敵することが起きていると理解されていない。

余り気付かれていないが、アジアも大変な感染拡大で、サプライチェーンで言うと、例えば湯沸かし器が作れなくなった。あれはベトナムの部品供給が止まったから。ベトナムは大きな感染者数で、死者数は日本よりも多いくらいの厳しい状況。半導体関連も同様で、ベトナムに進出しているサムソン(ベトナムサムソン)では電子機器の部品その他も相当に厳しい。米商務省が1月25日に調査報告書を出し、半導体不足は22年後半期でも解消されないとしている。当初は甘く見ていたが、サプライチェーンの回復は簡単ではない、時間がかかるだろうという見方にだんだん傾いている。

さらに、世界中が膨大な金融緩和を続けたために投機マネーが溢れている結果、石油の価格が上昇している。はっきりとはわからないが、万一ウクライナにロシアが侵攻すると、制裁発動とともにロシア・ドイツの地下ガスパイプラインが停止し、石油危機に陥ってしまう。と考えると、リスク要因がたくさん眠っているのに、みなぼーっとしているということだ。

アベノミクスの全面破綻と急激なスタグフレーション

金子 オミクロン株はインフルエンザなみで対策不要だ、という戦時中のような楽観論が政府筋からたれ流されているが、5%くらいアメリカやイギリスで重症化させ死者を生んでいるデルタ変異株(第5波のAY29とは異なる株)も入ってきている。政府がゲノム解析データを公開しないので、正しい状況が見えていない。経済の面では、先に述べたように、少なくとも石油ショック並みのことは起きる可能性がかなり出ているというのが、今の局面だろう。

去年の10月段階では、物価上昇は一時的だと言っていたが、11、12月の物価上昇が激しくなるにつれて「落ち着くには1年かかる」などと言われだしている。石油ショックは80年代の前半までずっと10年間ほど影響したのでそこまでいくかどうかはともかく、スタグフレーション(不況下の物価上昇)は深刻で石油ショックの後と似た事態が起きつつあると見ざるを得ない。

政策で見ると、アベノミクスとそれに乗ったリフレ派や MMT 論者、その上に立つ岸田政権も全て破綻し始めている。物価上昇が激しいので、イギリスはすでに去年12月に利上げした。さらに2月初めに0.5%程度上げるのではないかとも言われている。イギリスの11月の物価上昇率が対前年比5.1%で、石油ショック並みだったからだ。アメリカの物価上昇率は12月で前年比7%。これも40年ぶり、石油ショック直後のスタグフレーションと同じ状況になりつつあるので、みな危機感がすごい。

サマーズ(元財務長官)はアメリカのエスタブリッシュメントの代表だが、(私は嫌いだけれど)ここ数年長期停滞論にだんだん傾いている。長期停滞論は2002年に私が一番早く言ったことだけれど、その後、水野和夫さんは全く違った超歴史的観点から、翌年にそれを言った。サマーズは、ここ数年先進国の成長率が下がってきているで、長期停滞だと言い始めている。

長期停滞傾向に合わせて、この物価上昇が激しくなった時に、日本のアベノミクスは失敗モデルだとの認識がアメリカの中で共有されつつある。朝日新聞が取り上げたが、米欧は「ゼロ成長、ゼロインフレ、ゼロ金利」という「日本病」から抜けられないことを警戒しており、「日本病」にならないために、とにかく早く利上げをしてゼロ金利状態を抜けよう、つまりインフレ退治をとにかく急がないといけないと、彼らは言っている。それが日本モデルの失敗に対する教訓という訳だ。このままずるずる進むと抜け出られなくなって、身動きできなくなる。ところが、日本のリフレ派とか MMT論者はこれでいいかのように言う。まだ大丈夫だという話はするが、どうしたら抜けられるかという話は一切ない。

アメリカでは、そこから抜け出ようと動き始めている。12月14~15日のFOMC(連邦公開市場委員会)の議事録が公開されたが、そこでは、3回の利上げと共に金融緩和の縮小、終了を進めるべきだとの強硬論が出ていた。そしてFRBは3月には最初の利上げと金融緩和終結を行なうと正式表明した。

今世界中が金融緩和から脱出しようとしている。投機筋は利上げを読んで、長期金利が上昇している。アメリカ10年債の金利が1月19日には1.88%までいった。2年債の金利も1%を上回った。一方の日本は金利を上げられない状態に陥っているので、日米の金利差が拡大するのは不可避の流れになっている。予想ではかなり極端な円安が進んでしまう可能性もあって、論者によっては円安オーバーシューティングが起こるとまで言っている。例えば榊原英輔までも1ドル130円までいくという議論をしている。そういう議論が始まっている状況だ。

日本が金利を上げられない理由は、1000兆円も国債を出し続けて累積したからだ。わずかの金利上昇でも、当然のことながら、国債費、未払元利償還費がどんどん上がってしまう状態に入ったということだ。アベノミクスに乗ったリフレ派とかMMT論者が無責任に煽り続けた結果だ。

財務省によれば、10年債の利率が1%上がると1年目で0.8兆円国債費が増える。2年目で2兆円、3年目で3.8兆円。うなぎのぼりで、借換えが一巡すると10兆円になる。そこまで国債費が伸びる理由は、日銀の国債管理が、10年債を0%の基準にしてより短期のものを全部マイナス金利にしていることだ。マイナス金利とは要するに、日銀が額面より高い価格で国債を買い取るということだ。つまり満期になったらば、買った価格より低い額面価格の収入しか戻らないので、日銀が赤字を負っていくということになる。その金額がだいたい12.4兆円で、ずっとそれを抱えこんでいる。償還する度にそのマイナス金利分を日銀が負担することによって、つまり通貨を乱発することで、国・政府の国債費の負担を軽くしている。年間で2兆円くらい負担している訳だ。

手詰まりで身動きできない日本

金子 もう一つ問題なのは短期債で、財務省証券(TB)と言われる3ヶ月物。これはマイナス金利が一番大きいもので、外国人投資家に買ってもらっている。これがなかなか難しい。ベーシススワップと呼ばれる、基本的に日米の金利差を利用したスワップ取引をやっている。ドルの需要が高いからドル資金に付く金利は高い。逆に円安だから円の金利は低い。この日米金利差が財務省証券のマイナス金利分を上回れば、外国人投資家はそのマイナス金利の財務省証券を買って、日米金利差で儲けていくことができる訳だ。しかも期間3ヶ月なので、長い時間がかからず、大きなリスクを取らなくても済む。それを財務省は懸命に外国人投資家を説得して買ってもらっている。つまり、マイナス金利で国債を出して政府の国債費負担を軽減しつつ外資に儲けさせるということを、ずっと続けている。

年間80兆円の国債を買うのが政府、黒田日銀の方針だったが、今や長期国債はどんどん減っている状態。苦しくなって、短期債や中期債に依存して、つまり満期が短いもので何とかぐるぐる自転車操業のように回しているのが、財政の現状だということだ。

2年で2%の物価上昇目標を立てて、2013年4月から大規模な金融緩和をやった。ずっと9年近く経っても達成できなかったのに、思いもよらないスタグフレーションによって、想定外に4、5月辺りに2%を超えるのではないかと言われている。

去年4月に菅政権の行なった携帯料金の値下げ効果が、物価の上昇率を1.5%ほど下げたという。それなりに大きいから、それを合わせると既に物価上昇分は2%を超えていると言われていて、加えてこの1月も値上げのラッシュだ。さらに石油がまた上がっている。黒田は「物価上昇は一時的だ」とまだ言い続け、なおかつ2%には絶対届かないと言って、物価目標は1.1%だと言う。強力な金融緩和を続けるとまだ言っている。世界中でこんなことは日本だけ。何の根拠もない。自信があるとしたら統計改ざんでもやるのではないか、厚労省も国交省もやっているから、と揶揄される状態になっている。

ところが、2%目標を想定外で達成することになると、日銀も岸田政権もお手上げだ。これまでの政策が想定していたメカニズムは、金融緩和⇒物価上昇期待を盛上げ⇒元気が出た消費を刺激⇒好景気というシナリオだった。2年で2%上がったら金融緩和はやめ、テーパリング(量的緩和の縮小)しようという目標だった。スタグフレーションで消費が伸びないのに物価だけ2%上がると、黒田・日銀も岸田も、利上げできないからお手上げ。国債費は急激に上がり、国債の価値が目減り、価格も落ちるので、民間との間で国債の取引は全くできず、日銀の中で国債を凍結するしかないという状態だ。

日本だけ利上げができず、他国は金融緩和を脱却して利上げをするから、たとえ為替介入はしても円安だけが進む可能性が大きい。輸入物価が上がって、例えば1ドルのものが100円から120円するようになる。これにロシアのウクライナ危機でも勃発しようものなら、いよいよ政策が破綻する。利上げしたらおしまい、でも利下げしたらますます物価が上昇する、そんなジレンマに直面している。世界のスタグフレーションが長引くほど、日本のアベノミクス、つまり安倍や黒田が膨大に国債を発行して引き受けてきた、その金融・財政政策のツケが、日本経済を破壊する事態を招きつつある。

―――日本経済は壊れる寸前だと見て良いということですね。

金子 スタグフレーションが長引けばそうなる。半年ぐらいは以上のようなシナリオになるが、例えばアメリカで金利が上がってバブルが崩壊したりすれば、円安は止まる。一方、サプライチェーンが、簡単ではないが回復してくれば、その後の物価上昇も止まってくる。いつ収束するかが読みにくく、期限を切って予測することが難しい状態だと思う。だが、少なくとも春先から参議院選挙に向けては、深刻な大問題になりかねないと捉えておくべきだ。

金融緩和支持派の人たちは、それを免れるために、例えば消費税のせいで経済が悪くなったなどと言い出している。自分たちのせいでこうなったのではないという言い訳だ。だけど、97年の危機は明らかに金融危機によって経済衰退が起きたので、97年の消費税増税で起きたなどというのは、子供じみた嘘だ。実際、89年の消費税導入でも景気はずっと良かった。こうした意見は、金融危機を招いた失敗を糊塗して、自分も免罪されようとするものだ。非常に悪質だ。消費税が大きいから日本経済がダメになる、と言うなら、付加価値税の税率が25%の北欧諸国などはもっとダメなはずだし、ドイツも20%でもダメなはずだ。

ドイツは2020年の7月から12月まで、消費税減税を行なったが、大失敗している。逆にデフレを酷くして、物価上昇率がマイナスになって消費が縮小してしまった。物価が上昇する時に減税するならまだわかるが、デフレの最中にはやってはいけない。経済学のイロハだろう。

片方でまた頭をもたげているのは、「脱成長論」「定常経済」などという議論。今すでにゼロ成長、いやマイナス成長なのに、放っておいても大丈夫、何もしないでいいという理屈などはありえない。実際には財政を猛烈にふかしたした上で、ようやくゼロ成長になっている。経済が衰退してることを直視すべきだ。

生産性はどんどん落ちている。製造業の生産性で2000年1位だった日本は、2019年で18位まで落ちている。ジェトロの「世界貿易投資報告」によると、デジタル関連機器の輸出は今や世界で8位。かつて3位だったのが、2014年オランダに抜かれ、今ではベトナムにも抜かれている。明らかに国際競争力が落ちていて、唯一好調とされる自動車も電気自動車化とか自動運転で激しい競争に晒されているのが現実だ。

この国の経済状態は、25年間実質賃金が下がリ、一人当たりGDPが下がり続けている。平均所得がマイナス続きなので、「分厚い中間層」などなくなっている訳だ。経済衰退が起きているのに、のんきに「脱成長」などと言える訳がない。みんな貧乏になり続けている。成長しないで産業の競争力がなくなって、職もなくなり、賃金が下がり続けている。何もしないで待っているだけで温室効果ガスを削る等、のんきな議論すぎる。おまけに分配だけで成長するのは無理、ゼロ成長も保つことができない。

逆にもっと悪くなって日本経済が壊れてくれば、立ち直るのも早いという議論もあるが、そうなれば、ファシズムでも何でもありで、もっと悪くなるのが歴史の真実だ。これも何もしなくていいという議論の亜種だろう。

余りに現実を見ない議論が大量にあって、みな危機認識を持たないまま弛緩してしまっている。まさにゆでガエル。

これだけ財政赤字がひどくなった段階では、投資主導である程度先端技術を取り込みながら経済成長を図る以外にはない、というのが現状だ。

内部留保課税で賃上げを進める

―――難しいところだと思いますが、どんな対応策があるのでしょうか。

金子 短期的と中長期的とに、話を二つに分けなくてはならない。

日本だけが金融緩和から離脱できないと、スタグフレーションに飲み込まれて非常に悲惨なことになる。物価は上昇するが賃金は上がらない。11月の企業物価(卸売物価)は前年比9%まで上がった。12月も8.5%。ところが11月、12月の消費者物価上昇率は、生鮮食品を除いても前年同月比0.5%、総合指数で11月は0.6%、12月は0.8%だ。輸入物価が40%超えの上昇で、化石燃料や鉄や非鉄金属などの原材料が大幅に上がり、特にアジアのサプライチェーンで部品の値段が上がり、中古車まで高くなっている。仕入値が上がっているのに価格転嫁できない、深刻な状況だ。

もう一方、じわじわ上がっている物価がさらに上がると、賃金が上がらずに物価上昇が大きいので、実質賃金がどんどんマイナスになる。人々が生活できなくなるという問題になる。だから、短期的にはまず生活できる賃金に、さらに所得の再分配政策をしないとますます苦しくなる。アメリカのように賃金が上がると物価上昇に火をつけることになるが、日本は逆に下がり続けているので、とりあえず生活のため物価上昇分程度の賃上げでも必死にやらないと、本当にこの国は死んでしまう。

そう考えると「賃上げをしたら法人税減税」という岸田内閣の政策は、石油元売や商社、証券会社などボロ儲けしているところ以外はほとんど実行不能だろう。詳細は省くが、大企業が3%の賃上げをした場合、税額の最大控除率は賃金増加分の20%。賃金総額の3%かける0.2だから、3%賃上げ分のうち0.6%分しかカバーできなくて、なおかつ社会保険料がプラスされる。スタグフレーション下でそんな賃上げができるか、となるだろう。中小企業には優遇制度があるが、中小企業も含めて65%の企業が法人税を払っていない。そんな賃上げ法人税減税が効果を表すとは思えない。

倒産企業の観察をしている東京商工リサーチの調査では、「減収増益」現象になっている。つまり売上げは落ちているが、人件費と設備投資の固定費を削って、なおかつ給付金やその他の補助金で何とか息を吐いているというのが多数の企業の現実だ、と。

日銀の金融緩和も様変わりで、国債を大量に買っている訳ではない。買入れ額は年間80兆円どころか、大きく減っている。それはテーパリングのためではなく、もう保たなくなっているので、短期債・中期債に依存した自転車操業になっているからだ。もっと苦しいのは地銀や中小の金融機関で、企業が倒産すると貸倒れが急速に進む。日銀はそれを防ぐために無利子の貸付金を金融機関に供給している。2022年1月20日段階で144.6兆円に達している。2020年1月20日で48.6兆円なので100兆円弱も増えている。

現状では、中小企業も地域の中小金融機関も、日銀が支える無利子無担保の「ゼロゼロ融資」に依存している。これがかなり厳しい状態だ。100年かからないと返済できないほどの借金依存企業は相当多い。ゼロ金利が続いているから保っているだけなのに、スタグフレーションで仕入れ価格が上がり、おまけにコロナ第6波で消費もまた伸びないとなると、中小企業は本当に深刻。それにつれて第二地銀や信金も苦しくなる。そういう中でバブルの崩壊も起きうる。

賃上げ法人税減税はたぶん効果がないから、内部留保を切り崩してでも賃上げをさせる税制でないと、実効性がないだろう。内部留保課税は「配当への課税と二重課税になる」という通説的反対論がある。が、今や企業は株主だけのものではなく、経営者も従業員も、場合によっては消費者も含めてステークホルダーなのだという考え方が多く取られるようになっているから、25年間 OECD の中で唯一実質賃金が下がっている日本では、内部留保に課税してもよいはずだ。

新古典派経済学によれば、企業の利益は、資本と土地と労働に関して全部均等の割合で配分しなくてはいけないのに、経営者と株主の報酬だけが異様に膨らんで、従業員の部分はどんどん減っている。労働分配率が低すぎるのは異常事態だ。それを正すために、国がある程度介入するのは正当化されうる。特に日本では、企業の内部留保で現金が大量に溜まっている。この部分にしっかり課税するが、内部留保の一定割合の賃上げをした場合には免除するという、ペナルティー付きの法人税増税をやっていくべきではないか。

さらに、現実には難しいが、現金以外の金融資産やその他の内部留保に関しては、一回だけでも富裕税のような課税をすることも考えてよい。その場合株価が落ちるかもしれないが、正常化するためにはある種のショックを受けざるを得ないのだと思う。

低所得者への再分配や中小企業保護を強化する

金子 「18歳以下のすべての人に給付」というのも、何の目的かわからない。教育のためではないし、消費刺激でもない。18歳以下でも、一律にばらまいたら貯金になる部分がかなり出る。そう考えると、低所得者、ワーキングプアの人たちも含めて、一定の所得以下の人に給付をした方が良いというのは、正しいと思う。所得の低い人ほど消費性向は高いので貯金に回らない。そういう意味でも苦しい人たちを救済するように変えていくべきだ。

消費者物価の上昇に対しては、中小企業の価格転嫁を進めるために、公取などが大企業をしっかり監視することが大切だ。石油元売りや商社などの大企業は中小企業に対して便乗値上げを強いる。他方で、親企業は下請け企業などが原材料上昇の価格転嫁を抑えるというやり方をすることが多いので、それをきちんとチェックする。

本来ならば利上げをし、金融緩和を縮小すべきだが、それができない。また、ある程度為替介入して円安にブレーキをかけるのも限界がある。そうならば、非常事態として一時的限定的に2%の消費税減税はあり得るかもしれない。ただ、非常に慎重であるべきは、今の経済状態から言うと、もう1回税率を戻すことができなくなるかもしれないことだ。総額6~7兆円なので、防衛費1個分を超える財源を失うことになる。金利が上がりつつある現状で、また財政赤字が膨れていくと、国債が大量に累積することになってしまう可能性があるので、これは慎重に、伝家の宝刀として準備しなければいけない。

外からのショックを避けられる地域分散ネットワーク

金子 中長期的な財政構造を変えていきながら、産業構造を地域分散ネットワーク型に変えろと、私はずっと言ってきたが、今その意味がはっきりわかるようになってきた。というのは、世界経済が安定しない中で採るべき方策だからだ。中国はバブルが崩壊しつつあり、利下げしている一方、米中貿易戦争はまだ続いている。ではアメリカ経済がいいかと言うと、そちらも悪い。かつてのように、中心の覇権国が非常に強い力で世界の安定的な市場を統合する可能性が、実はだんだん低まっている。だから非常に不安定になり、株価にしろ為替にしろ変動が大きくなる。

その中で、対外ショックの影響を受けないような経済構造、対外ショックに強い経済構造に生まれ変わっていかないと、日本は今後10年20年生き抜いていくことができないだろう。そのためにはまず貿易収支で縛られないために、化石燃料の輸入を圧倒的に減らす。食料の自給を進める。そして円安誘導と賃下げの輸出主導で貿易黒字を稼ぐやり方が限界にきている以上、もうエネルギー転換は不可避になっている。あるいは地域単位の農業の再生なども不可避の事態になっている。その分散ネットワーク型社会を形作る時に、やはり先端技術開発が非常に重要になってくる。

先に述べたのはスタグフレーションの危機だった。もう一つ危ないのが、バブルの崩壊だ。物価の上昇も凄いがバブル崩壊にも対応すべく、自分たちが自前で回していく地域が必要だ。対外的なショックに強い経済構造を作っていかないと耐えられなくなる。

10年周期でバブルが崩壊すると言ってきたが、中国はその通りになってきた。つまり90年代の最初、2000年代の最初、2008年のリーマンショック、2021年の中国バブルの崩壊と、続いて起きている訳だ。今想定すると、おそらく日米金利差が広がっても米中の金利差が広がっても、アメリカにとってはOKだろう。日本は輸入物価が上がって苦しいでけれど、アメリカとの金利差が広がってくると、資金は日本を捨ててアメリカに流れていく。

要するに、金利の低いとこから高いところへ資金が流れるのは当たり前なので、それが一気に進んでいくと日本は国内が空洞化していく。だが、同時にアメリカは金融引締めをするので、バブルが急激にしぼんで潰れる可能性がある。それを日中の資金が補って、アメリカはそれでインフレからソフトランディングしようと、多分今年の春以降はそうしたシナリオになると思う。ただ、うまくいくかどうかわからない。住宅価格も株価も上がりすぎているからだ。もし欧米でバブルの崩壊が起きた場合には相当に深刻な状態になることは間違いない。すると、今度は円安はいったん休止するが、不況が日本に押し寄せ、場合によっては日本もバブル崩壊する。そうなると、また資産価格も為替レートも不安定化する。現実は、先に述べた円安オーバーシュートとバブル崩壊の間で、動いていくのではないか。

2009~10年の時に、日本の主たる金融機関はサブプライムローンがらみの金融商品を買っていなかった。ところが、経済の落ち込みはG7で一番だった。その理由は、円高で輸出ができなくなり、一方内需が極めて弱いので、結果的にGDPのマイナスが猛烈に大きくなった。今考えるべきはこの教訓の裏返し。つまり内部でぐるぐる回る経済の比率が大きければ大きいほど、対外ショックを受ける比率も落ちてくる。だから不況の影響も軽微で済む訳だ。

公正なルールを確立し、地方で雇用を作り出す

金子 前から言い続けているように、エネルギー、食と農、福祉をIoTで結びつけながら、地方で雇用を作り、自前で回していけるような経済を作らねばならない。先端的な技術の中で非常にIoTが重要である。モノとモノの間をつなぐ情報がIoTによって非常に効率化されていく。知識経済化とともに、地域レベルでも情報産業が育成されていかなければならない。

この時に、今の岸田政権・菅政権のやり方では、全くダメだ。「大学ファンド」とか言っているが、結局彼らの縁故資本主義だから、公正なルールが働かない。モリ・カケ・サクラをしっかり処理できないから、日本中で公正なルールがなくなり、ごまかしが横行している訳だ。

厚労省や国交省や財務省などの改ざんや不正は、もうあらゆる官庁に広がっているし、民間企業も検査データ不正・改ざんを平気でやるようになっている。例えば2018年に加計学園に金を注ぎ込んでる時に、東大の医科研のRNAワクチンの研究資金を打ち切って、日本ではワクチンができなかったということもある。あの伊藤詩織さん準レイプ疑惑の元TBS・安倍番記者の山口敬之が、ペジーコンピューティングという会社に関係して、この会社が100億円の詐欺を働いていた。経産省は28億円を返却してもらわずに終わっている。それから多くの官民ファンドも同様だ。公正なルールが必要な訳で、森友や加計や桜を見る会を徹底的に追及しないとダメ。国交省の統計改ざんは、もう明らかに法律違反だが責任追及もない。政権交代することによって明らかにする、規律のあるルールを確立するということが不可欠だろう。

そのうえで、大学の情報工学や遺伝子工学など基礎工学を再建しないといけない。ところが、2004年の国立大学の独立行政法人化以降、大学の予算が削られ、文科省の役人の天下り先に変えられていって、壊されてきた。それは、ついに学術会議の任命拒否に行き着きついた。科学者の独立性を壊して、忖度「専門家」を政府御用にした帰結が、コロナ対策の失敗だ。

公正なルールを設けながら、科学者の自治、徹底した情報開示によって、科学の自律的な発展を保証しないと、どんどん技術開発力が落ちていく。大学に企業人が入ればうまくいくという調子だが大間違い。科学研究と技術開発は違う。大学の基礎研究は、料理で言うとスープストックや出汁で、すぐには儲からない。だけどそれがないと料理ができない。そういう当たり前の分業関係を尊重していくべきだ。

予算を大幅に削った結果、地方大学は人材も取れない状態になっている。文科省は利益誘導のような新設大学を作っては潰すこともやっている。この文教行政を根本的に転換して、IoT、ICTで地域分散型ネットワークを進めると、地方へ財源を配分していれば雇用もできる。基本的には効率化が進む。たとえば、スマート農業では、スマホでハウス栽培の温度、湿度、水分などが管理できたり、自動のトラクターで耕作できたりする。中小企業の生産工程を自動化する。あるいは、ブロードバンドで結べば、患者は在宅でも健康診断や血圧、血中酸素濃度など、あらゆるデータが全部取れる。そして診療コストが大きく圧縮できたりすることになる。セキュリティを前提に、地域の医療機関や介護施設や在宅でカルテを共有しながら患者を手厚く見ることができる。

IoTで効率化を進めていく中で雇用を作っていくには、研究職やプログラマーやオペレーターという、知的な労働ができる人たちの産業を地方で作らないといけない。だとすると、ネットワーク化する時に、今政府の進めるマイナンバーのようにあらゆるデータを古いシステムで一挙に入れるという馬鹿なことはやめて、クラウドで結びつけつつ、ある一定のデータが全国的に大量に集まるようにしながら、地域単位のサーバーでエッジコンピューティングを使って、中小企業、農業、医療福祉、エネルギーなど、地域で自律的に動いていくような仕組みを作っていく。それはまた中小企業などに効率的なチャンスをもたらす。そのためにも基礎工学、情報工学や遺伝子工学などをやっている地方大学の底力をあげていかないと、地域レベルでそういう技術者が育っていかない。全国的なソフトを作れば必ずセキュリティの問題が起きるが、利便性に基づいて地域で新しいプログラムやアイデアがどんどん生まれてくる。

イノベーティブ福祉国家へ

金子 私は「イノベーティブ福祉国家」というものが非常に大事ではないのかと思っている。倉地真太郎明治大学専任講師が、北欧のそういう概念を紹介しているが、環境も成長も分配もジェンダーも包み込む「イノベーティブ福祉国家」で全てを実現しようとしている。所得再分配だけでなく、教育投資を軸にしながら、公正なルールの下で政府が産業戦略を持ち、イノベーションを主導して雇用と産業を創出していくのである。私たちの周りは古い概念ばかり。ゼロ成長論とか脱成長論とか、放っておいても成長していた時代の古いイメージの残像に縛られている。

90年代以降の北欧諸国は大きく変わった。単なる高福祉高負担のイメージとは違っている。90年代の危機の時からバブル崩壊以降も、大量の不良債権を抱えてかつ旧ソ連が解体したのでその市場を失い、フィンランド、スウェーデン、デンマークなどは大変だった。そこを技術立国という形で、先端産業化を進め、バイオ医薬や情報通信化をどんどん増やしていった。その結果、農業や製造業の人口・雇用は少しずつ減らしながら、研究職・教育職や介護のようなパーソナルサービス、情報通信産業、環境産業などに携わる人たちが大きく増えた。そういう先端産業で知識経済化に耐えられるには、かなり教育を厚くしていく必要があった。だから授業料を安くして、教育費を大きく配分した。そういう「イノベーティブ福祉国家」にする。そのように大きく変えていかないと、日本は遅れたまま成長もせず、分配もできず、中間層は駄目になり、一方で相変わらず原発依存、化石燃料依存で再生エネルギーは進まず、ジェンダーは世界で恥ずかしくなるくらいのワーストのままの状態を変えられない。

女性が積極的に働き、少子高齢化を少しずつ克服しながら、IoT化やバイオ医薬やエネルギー転換で、効率性、生産性を上げることによって人口の減少をカバーし、時間をかけて日本経済を立て直していくという戦略が非常に重要になる。それで成長率がある程度上がってきた時に金利が上がってくると、安倍や菅の下で猛烈に大量に累積した国債のために、財政が非常に苦しくなってくる。そこでは、戦後の日本のように投資主導でやっていかざるを得ない。これは経済学で言えば正統派の考え方ではないが、世界的にはそういうことが起きる。

現実には、そういうシナリオしか描けない。中小企業や普通の人たちが再生エネルギーに投資できる、投資が投資を呼ぶ、そういうモデルを実験的に進めるしか道はないだろう。万が一、世界的な金利上昇のあおりを食った場合には、危機管理として債務管理国家のようにならざるを得ない。その時は日銀の中に「安倍・黒田勘定」を設けて、過去の国債を借り換えながら超長期債にして、そこに封じ込めていく。倒産企業のようなものだ。

まさにナローパスだが、非常に厳しい環境の中で脱出していくには、薄氷を踏むような形ではあれ、これ以外には術がないところまで我々は追い込まれることを最後に強調したい。明治維新か戦後改革かわからないが、全身全霊をかけてやりとげない限り今の状況は変えられないだろう。

最後に一言だけ言えば、若い人たちにチャンスを与えないと新しい国は生まれない。立憲民主党が若い人たち中心で、それは好感が持てる。頑張って欲しい。

宣伝になるが、「立憲フォーラム」という市民団体から『政策破綻に向かう岸田「新資本主義」』(100円)というブックレットを刊行した。お読みいただきたい。

かねこ・まさる

1952年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶應義塾大学経済学部教授を経て、同大学名誉教授。2018年4月から立教大学大学院特任教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。著書に『金子勝の食から立て直す旅』(岩波書店)、『閉塞経済』(ちくま新書)、『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫)、『新興衰退国ニッポン』(共著、現代プレミアブック)、『「脱原発」成長論』(筑摩書房)、『資本主義の克服「共有論」で社会を変える』(集英社新書)、『日本病―長期衰退のダイナミクス』(岩波新書・児玉龍彦との共著)、『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)、『メガリスク時代の「日本再生」戦略』(ちくま選書・飯田哲也との共著)、『人を救えない国』(朝日新書)など多数。

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