論壇

大幅賃上げで「底上げ」「格差是正」実現を

連合は春闘連敗を止め、ポストコロナを切り拓け

グローバル総研所長 小林 良暢

経営側と労働組合の関係者らによる「経団連労使フォーラム」が1月25日開かれ、22春闘が事実上スタートした。コロナ禍で業種や企業ごとの業績のばらつきが鮮明になるなか、昨年は2%を割った賃上げがどれだけ回復できるかなど、今春闘の主要な争点が明らかになった。

「一律賃上げ」か「脱一律」か

まず第一の争点は、「一律賃上げ」か「脱一律」かをめぐる攻防である。ポストコロナの産業界では、「一律」か「脱一律」かをめぐって、労使共に温度差がある。

大和証券グループ本社は、国内のグループ社員を対象に、会社が3%以上賃金を引き上げる方針を示している。また、電機連合は産別統一闘争としてベアの統一要求額を掲げ、前年から1000円引き上げて「月額3000円以上」とする方針を決定し、統一交渉に臨む構えである。

一方、ANAホールディングスは、グループ各社の労使が交渉の席に臨むも、会社はベアよりも「昨年カットした賃金の復元」を検討すると述べており、航空会社の労働組合が加盟する航空同盟はベアと一時金をセットで春闘に取り組む目安設定を、2年連続で見送った。

しかしながら、観光・外食業界などコロナ後も厳しい経営環境が続いている業界では、賃上げよりも雇用維持を重視し、「すべての組合が賃上げに取り組む」ことにこだわる連合に対し、経団連は一律での引上げを否定、「脱一律」を志向しているという。

21春闘は、コロナ禍で大きく落ち込んだ内外経済の中で、経団連の「春季交渉の最終集計」によると、大手企業の定期昇給とベアを合わせた賃上げ率は1.84%と8年ぶりに2%を下回る結果となった。

22春闘を前にして、経団連の労働政策を担当する大橋徹二副会長は、記者会見で「昨年の春闘はワクチンの接種が行き届かず、経済全体がどうなるか様子見だった。その後、米欧では経済が動いてきて、企業も輸出が可能になって、経済の見方が変わってきていると思う」と述べ、そのうえで「経営者の間でも全体として賃金水準を改善しなければいけない」と考えるようになっていると述べ、賃上げに理解を示している。

また、財界リベラルの経済同友会の櫻田代表幹事は、春闘に臨む定例会見で「物価の上昇が予想されるなかで、経営者は単年度ではなく中長期的な視野で、少し強気な、踏み込んだ判断をしてもいいのではないか」と述べ、さらに世界的なインフレによる経済への影響を和らげるためにも、「経営側は賃上げに前向きな姿勢を示すべきだ」と踏み込んだ発言をしている。

経済界は、「官製春闘」とも呼ばれたなかで、2014年春闘以降、20春闘まで7年連続で賃上げ回答で応えてきが、それが昨年途切れてしまい、今年はその修復を図ろうとしている。だが、財界全体としては一様にならず、「一律賃上げ」と「脱一律」の両様の構えになっている。

「K字春闘」

こうした産業界内の温度差は、コロナ後の業績回復の違いに起因している。

岸田首相は、経済3団体が開いた新年祝賀会に出席して挨拶、「日本経済の局面転換に弾みをつけるため、今回の賃上げに攻めの姿勢で協力をお願いする」と述べ、また新型コロナ禍からの景気回復には中間層への分配が重要だと訴えた。

しかし、祝賀会に出席した会員企業トップらは、テレビ局からのインタービューで、業績好調な企業からは前向きな言葉も出たが、回復が遅れるサービス・消費関連企業は慎重姿勢を崩さなかった。これは新型コロナウイルスの感染拡大で、持続的成長への確信が未だ見通せないからだ。

十倉雅和会長(住友化学)も祝賀会の席上で、経済底上げには賃上げが欠かせないとの立場を貫くと述べ、記者会見でも「もうかっている企業は積極的には社会に還元すべきだ」と述べ、好業績の企業を中心に賃上げを進めることを求めた。

その1週間後に経団連は、ことしの春闘の指針となる「経営労働委員会報告」を発表、賃金の引上げを図るベースアップの検討を9年連続で促し、「業績の良い企業については、ペアを含めた賃金引上げが望まれる」と、表現を昨年に比べやや強めた。また、中小企業の賃金引上げも重要だとして、大企業は取引価格の適正化を進めることで賃上げを後押しするよう呼びかけている。

だが、経団連の会員企業のコロナ後の経営状況は、業績格差が広がる「K字回復」といわれる状況を呈している。

例えば、上記のANAホールディングスは、自社のキャビンアテンダントをコロナの巣ごもり消費で人手不足のコールセンターに貸し出すまでに追い込まれ、片野坂真哉社長は「ベアは難しい。黒字化とセットで賃金水準を戻していく」と、苦しい胸の内を吐露する。

他方、足許では復調する兆しが見えてきた消費現場に近い企業からも、「産業間の格差が激しく、サービス業は製造業とは別世界だ」(松屋の秋田正紀社長)などと慎重な声があがる。

時価総額トップのトヨタ自動車でも、半導体の供給不足の影響から、2月の世界生産台数について、計画を2割近く下回る約70万台とする計画を発表した。トヨタは、今年度の世界生産の計画の900万台を下回る見込みという。これにより、国内では2月に全14工場の28生産ラインのうち、8工場・11ラインの稼働を一時停止する。ミニバンのノアやヴォクシーをつくるトヨタ車体富士松工場(愛知県刈谷市)の第2ラインは最長となる13日の稼働停止を予定している。

連合春闘「3連敗」中

それを迎え打つ連合の22春闘だが、連合春闘はこの3年、3連敗中だ。私が作った「連合春闘31年の歩み」(本誌28号)では、直近の19~21春闘は、回答額が前年を下回る黒星が3つ続いている。

連合春闘30年余の歴史では、5連敗が2回ある。1回目は1991年の連合発足2年目から阪神淡路大震災とNTTショックの1995年までの5連敗、2回目は鉄鋼労連の隔年春闘によるリード役不在の98春闘からトヨタの「奥田の一喝」でベアゼロになった02春闘まで、この2回きりである。

連合は3連敗で止めないと、5連敗までいきかねない。

なぜ、連合は3連敗を喫する仕儀になったのか。

その謎を解くには、今から12年前の2013年の夏の参議院選挙に溯る。前年の2012年12月、暮れの総選挙に勝利して第2次安倍政権をスタートさせ、翌13年夏の参議院選挙に大勝した安倍内閣は、9月に政労使会議を発足させた。

この時の安倍内閣の政労使会議発足に際して、この新会議体の創設とやや距離を置く連合に、どうすればスムーズに参加してもらえるかについて、複数の雇用労働関係の識者から非公式なヒヤリングを行った。私も夏の参議院選挙の真っ最中で閑散とした霞が関に呼び出され、連合が関心を抱くテーマをいくつか話をした記憶がある。

話をもとに戻すと、翌14春闘から後に「官製春闘」と呼ばれる合意形成型の春闘体制がスタートした。この政労使会議は、その後会議名や構成が変わるが、その下での春闘方式は2021年まで続き、22春闘は「新しい資本主義実現会議」の許で迎える。

ここでは「官製春闘」の8年間の推移をまとめた下表を使って話を進める。この表のポイントは以下の9点である。

①官製春闘の1年目の14春闘の連合ベアは率で0.37%。たったそれだけかと言うなかれ、その前4年間、連合は統一要求を見送り、09春闘の「歴史的大敗」以来6年ぶりの「ベア復活」を果たした。

②翌15春闘もベア0.5%へアップと、上げ潮基調に乗る勢いだった。この勢いを持続すれば、当時筆者は「16春闘で0.7%台、17年には1%台に届く」と、書いたり話して回ったが、そうはならなかった。
実際の16春闘は、ベア0.3%に後戻りしてしまった。なぜか・・・。

③安倍内閣には春闘ベア復活という表看板と、もう一つ自公政権の消費税引上げという公約があり、安倍政権は14年に閣議決定して、8月に消費税と社会保障の一体改革法が成立して15年4月の第1弾8%、次いで第2弾の10%と二段階で実施され、これが16春闘に影響を与えた。

④15年秋に自動車とりわけトヨタ総連の16春闘の要求討議で、総連会長が「春の消費税引上げで車の売行きが落ちてきて、来春闘はこの春のようにはいかない」と発言し、16春闘の要求を引下げ、これで春闘が一挙に冷え込んだ

⑤春闘のパターンセッター・トヨタの衝撃は絶大で、その影響は電機などのJC産別に波及、連合も要求を「4%以上」から「4%程度」に変更した。

⑥「以上」が「程度」に代わって、何が変わったかというと、金属労協が統一要求基準を6000円から3000円へと半額に引き下げたことだ。これが「程度」の実態である。

⑦筆者はこの時、要求を半額にすれば、来春の回答も半額になると、あちこちのコラムに書いたが、16春闘はトヨタが前年ベア4000円から1500円、日立も6000円から4000円にダウンして、文字通り「半額回答」に沈没した。これで春闘が完璧に変質した。

⑧以降、変質したままの春闘がそのまま続き、春闘回答もこの表の通りにそのままの水準付近で推移し、業績好調のトヨタは19春闘から要求・回答を非開示にし、春闘戦線から離脱したが、社内では世間相場より高い水準をペイして、今日に至っている。

⑨トヨタは、職種給を導入することを公表しているが、高ペイ部分の体系化を狙っているのではないか、そうしておけばEV化への転換に際して、ジョブが無くなれば雇用契約も解約可となる。ちょっと考え過ぎか・・・。

連合春闘(14~21年)の要求・結果の総括表

芳野連合の春闘と「悪いインフレ」

連合の芳野会長は新年の記者会見で、一連の岸田発言に不快感を示し、「賃金は労使交渉によって積み上げるものだ」とその動きを牽制したが、この表を見れば、あまり大きな口をたたかないで、きちっと襷をかけ直して闘いに挑んでもらいたい。

連合は22年春闘で「4%程度」の賃上げを要求する方針を掲げ、「底上げ」「底支え」「格差是正」の取組みをより強力に推し進めるとしている。

これを取り巻く経済・雇用情勢は、連合にとって有利な展開とは言い難い。

2022年の内外の状況を概観すると、まずコロナ禍で大きく落ち込んだ世界経済は、オミクロンの蔓延で正常化の進展が春まで停滞、年央にかけては、米連邦準備制度理事会(FRB)が40年ぶりにインフレ鎮圧すると表明するほど、世界インフレの危機が迫っている。

アメリカの消費者物価指数の対前年同月比の上昇率は6%を超えている。日本は2%程度に止まっているが、これも資源や部材・部品などの企業物価が国際的に上げ基調に転じており、その余波が身近に迫りつつある。

日本銀行の黒田総裁は、1月の政策決定会合の記者会見で、近く米国が金融引き締めに舵を切ると、「日米の金利差から『悪い円安』が進むと、『悪いインフレ』に波及しかねない」と、危機感を語った。

黒田氏が「悪いインフレ」のカギとして挙げたのが、実質賃金の動向である。実質賃金は昨年9月・10月と2か月連続で前年を下回っている。

世界経済は、コロナからの回復で物価高にあり、その波は日本にも押し寄せつつある。だが、日本では物価が上がっても、賃金が上がらない。そうすると、日本も「悪い物価上昇」になると、黒田総裁は懸念しているのだ。

春闘の大幅賃上げで本当の春を

芳野連合にとって、取り巻く情勢は明暗両面がある。

明るい方から言うと、昨冬のボーナスは、日本経済新聞社が昨年12月15日にまとめた調査によると、1人あたり支給額は前年比0.77%増の76万565円と、3年ぶりに前年を上回った。半導体製造装置大手東京エレクトロンの冬のボーナスが4.76%増の290万円、こうした打上げ花火効果が、世界インフレの中で、春闘まで持つかということである。

いまひとつは、非正規雇用市場が絶好調だということである。コロナで痛手を被った居酒屋だが、営業再開を担うアルバイトの夜間時給が、東京で1800円台に上昇する例も出ている。時給1800円は、フルタイムの月給に換算すると28万8000円の水準、夜勤4時間でも14万4000円である。

この背景には、時給雇用市場の急回復がある。ポストコロナの輸出好調で、いち早く増産に動いた自動車業界は、期間従業員の採用を拡大している。冬の農閑期を狙って、トヨタは入社する時の支給金を2倍に引き上げ、マツダは基本給(日給)を9%増やすなど、製造現場の主力を担う時給・日給の製造派遣市場が好調だ。

あとは、正社員で構成する連合の「正規軍」がどう動くかにかかっている。だが、正社員組合員が組織の主力を占める連合では、「日本の賃金は上がらない」という問題を抱えている。

経済協力開発機構(OECD)のデータによると、各国の物価水準を勘案して調整した「購買力平価」ベースで、日本の2020年の平均賃金は3.9万ドル(約440方円)で30年前と比べて4%増に留まる。この間に米国は48%、英国も44%増え、日本は韓国にも抜かれた。一方、企業の内部留保は2020年度末で484兆円と9年連続の過去最高となっている。

こうした配分構造にかかわる歪みの問題は、なかなかに外に出にくく、連合にとっても厄介な問題であるが、粘り強く実情に迫って行く必要がある。

迫りくる世界インフレに対しては、実質賃金を引き上げて、消費需要をプッシュするのが、現代経済学の常道だと説かれている。

連合は、「4%程度」の賃上げと「底上げ」「底支え」「格差是正」の要求を掲げている。我が国の全就業者のうち、7割が中小企業の労働者、4割が非正規労働者及びフリーランスなどであるから、前者の「4%程度」は大企業及び中堅企業に向け、後者の三つは中小企業と非正規労働者とフリーランスが対象だと、私は理解している。

両者は、雇用契約・雇用形態が異なり、月給か時給か賃金形態も違うので、賃上げ方針の徹底もきめ細かくする必要がある。そのためには、連合は「銘柄賃金」の明示を春闘ごとに取り組んできており、「底上げ」「底支え」「格差是正」に生かす方策を、今春闘から試して欲しい。

2022年は「壬寅」(みずのえとら)、「陰と陽が換わり、春の胎動が芽吹く歳」。春闘の大幅賃上げで、春を呼んでもらいたい。

こばやし・よしのぶ

1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』(中央大学出版部)など多数。

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