特集●コロナ下 露呈する菅の強権政治

労働運動は生き残れるか―イギリスにみる

受身の後退の時代は終わり 新たな運動への目覚め

東京大学名誉教授 田端 博邦

1.労働運動の黄昏

労働組合や労働運動についての関心は、この数十年間低下し続けているように思われる。労働運動はもはや人々の関心を惹かないだけでなく、これに批判的な見方も少なくない。労働組合は特権的な労働者の団体だ、労働運動はもう過去の産物だ、などである。30年ほど前まで盛んだった労働組合や労使関係に関する研究もすっかり下火になってしまった。

このような労働組合についての無関心の広がりには、いくつかの理由がある。一方に、かつての労働運動の「黄金時代」の労働組合に寄せられていたような期待が裏切られたという失望感がある。そのような昔の時代と比較しなくとも、この十数年の賃上げの状況は多くの労働者の期待を裏切りつづけてきたであろう。

他方、かの黄金時代にはほとんど存在しなかった非正規雇用が急速に拡大した。非正規雇用の拡大に歯止めをかけられない労働組合は、非正規を見捨てて、組合員である正規雇用の賃金や雇用だけを守ろうとする特権者集団という印象を社会に与えてきた。ミルトン・フリードマンの『選択の自由』に見られるような、労働組合と低賃金労働者層とを対立させるネオリベラルな議論もこれには影響を与えたかもしれない。ネオリベラリズムの時代には、また、労働組合が労働市場の流動性を阻害し、経済の発展を妨害しているという「ヨーロッパ硬化症」の議論が盛んになされた。

さらに、フェミニズムや若者の立場からは、労働組合は中年以上の男性が支配する息苦しい非民主的な組織だという批判がありうるだろう。実際、「黄金時代」のときからすでに、労働組合は、男女の性別役割分業を基礎とする社会の、働き手(有償の賃金所得を得る)の男性を中心とする組織であり、本工(正社員)を中心とする組織だった。ただ、当時の本工組合は“臨時工の本工化”闘争をする組合だったから、特権者の団体という非難は当たらなかったであろう。

これらを要約すれば、今日の労働組合は、なすべきことをすれば(賃上げや雇用保護)特権者の団体、あるいは経済発展の阻害者と非難され、なすべきことをしなければ「がっかりした」と言われてしまうのである。さらに、組織のあり方自体が根本的に時代遅れだと言われてしまうなら、労働組合の活路はどこにも見出せないということになろう。

しかし、これらの議論において批判されている事態は、果たして労働組合の責任によるものなのであろうか、そしてまた、そのような行き詰まりのゆえに、労働運動はもはや生き残ることはできないのだろうか、このような問題を考えてみたい。

2.イギリスの労働運動から見た現在の状況

このような問題を考える手がかりとして、まず、労働組合は実際にどのような活動や運動をしているのか、どのようなことを考えているのか、少し見てみることにしよう。

素材としてとりあげるのは、イギリスの全国組織TUC(イギリス労働組合会議)である。

TUCの大会資料

TUCは1868年に創立され、一昨年2018年には150周年を迎えた。傘下に48の労働組合組織をかかえ、総組合員数は560万人にのぼる。全盛期に比べれば、組合員数はほぼ半減しているが、それでもなお巨大な組織であり、すぐあとに見るように活発な活動を続けている。イギリスでは、日本の多くの組合のようにユニオン・ショップ協定によって職場で多数の労働者を組織するということはできない。サッチャー政権期以来、クローズド・ショップが法律的に禁止され、実態においてもほぼ消滅してしまったからである。このような状況を考慮すると、今日のイギリスの労働組合は、組織人員の大きな減少にもかかわらず、なお組合としての求心力を失っていないと見てよい。

TUCの活動と運動理念を取り上げるといっても、本格的な実証研究をするなら膨大な作業が必要となるから、とても小論で済ますわけにはいかない。そこで本稿では、非常に簡単に概要を見るための一つの方法として、TUC年次大会の書記長演説(挨拶)を取り上げることにする注1

TUCの現在の書記長フランシス・オグラディは、女性で2013年から現職に就いている。今日のヨーロッパでは、企業も労働組合も、さらに政党や内閣にも女性の進出は著しいが、ことTUCにかぎって言えば、しばらく前までは考えられないほどの変化がすすんでいる。TUCには議長(会長)職もあるが、実際上のトップの権限は書記長にあるとされているからである。先にふれた男性中心の組織という労働組合のイメージと実態は、ここイギリスでは大きく変わりつつあるのである。

年次大会の書記長演説は毎年、内容もスタイルも変わっている。特段の形式はないようである。きわめて自由な談話といったスタイルである。しかし、この演説で取り上げられる運動に関する事実はほとんど確実に真実を反映していると見てよい。もちろんその事実の評価や表現は別である。それはその事実に直接関係している組合や組合員を含む数千人の参加者の前で述べられ、電子化された情報にはすべての組合員がアクセスすることができるからである。また、同じ理由によって、演説でどのような運動がどのように取り上げられているかということは、書記長自身のそしてTUCの基本的な考え方を、つまりTUCの運動の枢要な部分と将来につながる運動の考え方を表していると見てよいのである。

注1 TUCの大会は大きな全国組織としてはめずらしく毎年開かれている。大会決議等の資料は、TUCのサイト(tuc uk)の「TUC Congress 2019」などで閲覧することができる。書記長の演説(TUC General Secretary Speech)もここに収録されている。なお、TUCのフルネームは、Trades Union Congressで、19世紀の職種・職能ごとの組合の会議体に由来する。したがって、フルネームは、Trade Union CongressやTrade Unions Confederationではない。

TUCの運動

最初に取り上げるのは、2016年大会の書記長演説である注2。演説のはじまりの部分では、「マークス・アンド・スペンサーやファーストフードの労働者、ストライキ投票をしている航空パイロット、リヴィング・ウェイジのために闘っているリジー・シネマ注3のスタッフ、生活のために闘っているウーバー、アマゾン、アソス、スポーツ・ダイレクト[後出参照]の組合員」など、活動する組合員への連帯の辞が語られている。注目されるのは、ファーストフードやウーバー、アマゾンなどの巨大企業の低賃金労働者の闘いにTUCが関与し、これを支援しているということである。これは、労働組合が特権的集団の組織であるという言説が、ここでは、必ずしも正しくないということを示している(実は、一般的にもこれは正しくない)。つぎに、運動の内容を比較的詳しく述べている箇所を引用する。やや長文であるが、現在の運動に関するTUCの基本的立場を知る上でも重要なのでご容赦願いたい。

「政治家たちは好んで、グローバリゼーションが彼ら[労働者]を置き去りにしていると言う。私はもっと強く言いたい。労働者たちは、見捨てられ、無視され、そして虐待されているのである。海外に逃げ出した会社、地域の公共サービスを骨まで削減した政府、そして人間をただの商品と同じように扱う経済思想[economic philosophy]によって。“公正な1日の労働に、公正な1日の賃金を(a fair day’s wage for a fair day’s work)”注4という単純な準則[dignity]、つまり、家族を養うことができ、住宅と呼ぶのがふさわしい場所に住み、期限のない雇用契約と予測できる労働時間が保障され、クリスマスや誕生日、祝日やマイカーのためにわずかな貯蓄ができる、そのような準則が、余りにも多くの場所で、また余りにも多くの人々にとって、すでに縁のないものになってしまっている。

いまは、私たちは組合員に対して[ブレクシット-原語発音に近い表記を用いる-の]残留投票をお願いすることができる。しかし、分け合うべき繁栄が残っていない地域、ゼロアワー業者が牛耳っている地域、[雇用関係を隠ぺいするための]見せかけの自営業がまかり通っている地域、労働者があまりにもしばしば人から見下げられているとか、冷笑されたと感じている地域においては、こうしたお願いをすることはきわめて困難な仕事である注5。また、これはこのホール[大会の行われたブライトン・センター]のすぐ周辺の住民の方々にとっても重要なことなのですが、人びとが学校で感じるプレッシャーや賃金の引下げのおそれについて、そして世の中の変化へのおそれ[東欧などからの移民労働者を念頭に置いている]について語り合うとしても、それは労働者階級の人々[working class people 会場周辺の住民を含む]がレイシストであるということを意味しない。私は、労働組合の運動がこうした町に帰ってくることを願っている。私たちが、… 勤勉に働き、尊敬に値する人びと -それがイギリス人であれ、ポーランド人であれ、また黒人であれ、白人であれ- によってなされている仕事のうち余りに多くのものが劣悪な労働条件の仕事になってしまっているような地域のために、より良い交渉結果を勝ちとることを私は願っている。」(2016年TUC大会書記長演説。以下注記のない引用はこれと同じ。)

実は、この引用の前に、つぎのような一文がある。

「…もう一つの挑戦について述べておきたい。… それは、さまざまの大工場が立ち去り、それとともに組合も去ってしまったこれらの町の、かつてなら当然組合員であったろう人びと、男たちや少年たち、女性たちや少女たちすべてを労働組合にもう一度獲得するということである。大工場が去った後に、何人かは私たちの組合に残ったが、多くの人は去ってしまっている。」

この文章でわかるように、当時そしておそらく今も、イギリスにはラストベルト的な地域が各所に広がっており、ゼロアワー契約注6などの劣悪な雇用が増加していた。また、EU離脱の国民投票に大きな影響を与えた東欧などEU圏からの移民労働者も増加している。こうした状況のなかで取り組まれていた一つの具体的な闘いが、つぎのように紹介されている。

注2 2016年に特別の意味があるわけではないが、ここで採用するのはこの数年の書記長演説の中で運動実態をもっともよく伝えていると思われるからである。

注3 ロンドン南部にある映画劇場。2014年から2017年にかけてリヴィング・ウェイジ要求のストライキ、人員整理に反対するストライキや市民の運動などがおきている。

注4 19世紀のほぼ全体を通じてイギリス労働運動で好んで用いられたスローガン。人間の生活にふさわしい労働時間、賃金の改善がその内容であるが、今日の段階でこの古いスローガンが引用される状況それ自体が注目に値する。

注5 EU加盟にもかかわらずこのような状況が生まれているなら、残留のメリットはないということになってしまう。これは、労働運動や知識人のあいだでの意見の分岐を生みだした原因でもある。ネオリベラル化するEUを批判するのか、世界の中における「社会ヨーロッパ」の進歩性を維持しようとするのか、それが問題であった。

注6 一種の呼び出し労働で、会社にとって必要な時だけに、必要な時間だけ雇用するという派遣労働の形態。後出のスポーツ・ダイレクト事件では、事業所が1割程度の正規社員と9割程度のゼロアワー労働者によって運営されていた。

スポーツ・ダイレクト闘争

「今日は、もうひとつ別の運動を紹介したいと思う。それは英国の青年労働者、イギリスの新たな労働者たちを組織する闘いである。彼らの生活も仕事もとても立派と言えるようなものではない。彼らは、他のどのような組合員とも同じように、組合員になる利益を必要としている。スポーツ・ダイレクト[スポーツ用品販売の大手小売りチェーン]・キャンペーンは、感動的な精神を私たちに与えた。労働組合ユナイト注7の組織化運動は何か月もまた何か月も粘り強く、創造的にとりくまれた。それは、シャイアルーク[この会社の大流通センターのある町の名]の恥ずべき雇用管理に対する世論の憤激を巻き起こし、私たちの活動における連帯を生みだした。いくつもの組合が株主としての権利を株主総会で集団的に行使した。そして私たちは最終的に、6回以上のストライキを含む長く続いた闘いのすえにようやく小売流通スタッフのゼロアワー雇用に終止符を打ち、派遣労働者の地位を会社との恒久的な契約に変えることに成功した。労働者の本当の勝利である。」

スポーツ・ダイレクトの争議は現地では有名な事件になったようであるが、もちろん、電子技術を応用して近年急成長した巨大企業の多くに劣悪な労働条件が広がっている。そのような企業では、経営者層の非常に高い報酬・資産と現場労働者の非常に低い賃金・劣悪な労働条件が併存している。今日の労働関係のひとつの注目すべき特徴である。演説は、「労働者を動物のように扱う貪欲なビジネス」を「小さな汚い秘密をもつ大きなブランド(a big brand with a dirty little secret)」と呼んでいる。そのような貪欲ビジネスの労働条件とは、「最低賃金にも達しない賃金」で「奴隷のように」こき使う、そのようなものである。

ここで最新の2019年大会の演説を引用しよう(2020年の大会もすでに9月にオンラインで開かれているが、資料はまだインターネットに提供されていない)。

「ニューレイバー[90年代のブレアー政権を生みだした労働党内の流れ]が“今や、われわれはみな中産階級だ”と宣言した時代をおぼえているだろうか?いかに時代は変遷してきたことだろう。私たちは、今や、労働者階級なのだ。そして、私たちはそのような自分自身に誇りをもたなければならない。私たちは、英国を支えるバックボーンなのだから。… 私たちを抜きにして、NHS[国民医療サービス]も、学校も、ショッピングも成り立たない。文化も娯楽も。」(2019年大会書記長演説)

この19年演説を加えれば、明白であろう。TUCは、自らを「労働者階級」の組織と認識し、かつ、長い引用に示したように、最低賃金にも達しない賃金で、ゼロアワーで働かせられる若者や移民労働者の立場に立って闘う運動を展開しているのである。なお、TUCが「労働者階級」と言うとき、特別難しいことを言っているわけではない。通常、もっとも頻繁に使われる同義の言葉、「働く人々(working people)」をそれは意味しているのである。

繰り返しになるが、そのような今日のTUCを「特権者集団の団体」、あるいはネオリベラルな経済学者たちによって批判された労働市場における既得権益者(“インサイダー”)の団体と言うことは、少なくともTUCの組織と運動の全体がそのようなものであると言うことはできない。

注7 原語表記Unite。TUCの構成団体で、民間を主として多産業の労働者を組織するTUC内で組合員数第2位の大組合。

100年前の運動

明らかに時代は変わり、労働者の地位と労働組合の運動も大きく変わりつつあるのである。2016年演説に戻るが、つぎのフレーズは、労働者が100年前の時代に引き戻されたかのごとき状況が訪れていることを示している。

「100年前に運動が起きた。出来高払いと日雇い労働の廃止を求める運動だ。私たち[当時の労働者と一体化させている]はこの運動を進化させ、組織化を進め、勝利した。私たち[現在の]は今もう一度、おなじ闘いをすることになるだろう。かたちは変わったものになるかもしれない。私たちは、ワッツアップやフェイスブックを組織するだろう。裁判所も使うかもしれない。会社の顧客を説得することもするだろう。私たちは株主たちからの支援を獲得し、社員たちを組織化するだろう。… 私たちは、組織化をし、勝利するだろう。イギリスの労働組合は、すべての労働者がその価値にふさわしい公正な処遇を受けるまで、闘いをやめることはない。」

つまり、「労働者階級」であるわれわれは、100年前の労働者たちと同じように、同じようなテーマについて闘うのだということになる。前の引用に示された“公正な1日の労働に、公正な1日の賃金を”という標語も同じような時代に使われたものであろう。

では、なぜ19世紀と同じような問題が起こり、古典的な準則が成立しないということになったのか。TUCの認識は、つぎの言葉に示されている。

「…保守党の右翼勢力(hard right)にとっては、ブレクシットはつねに政治的狙いをもったプロジェクトであった。EUを離脱する、それはそのとおり。しかし、それだけではなく、この国のあり方を根本から変えること、それがねらいだ。低い税金と、低い権利保障、自由市場経済の国に変えることが。」(2019年演説)

つまり、TUCは、ボリス・ジョンソン首相のブレクシットのねらい[EUとの貿易交渉はいまだに決着がついていない-2020年10月初]は、イギリス社会を市場社会風に改造するものだ、というのである。もちろん、TUCは、こうした100年前に戻るような無権利の自由市場経済への復古に根本的な反対を表明してきた。そしてまた、そのようなネオリベラルな政策と思想の支配が、“出来高払と日雇い(労働者間を競争させる低い賃金と不安定な雇用)の復活の根源となっているという認識をもっている。

今日の労働組合や労働運動を考える上で、これは重要な意味をもっている。つまり、いわゆるビジネス・ユニオニズム的な運動は、原理的には政治的なことがらにかかわらない。また、イギリスで“サービス・ユニオニズム”と言われた保守的な運動は、組合員の利益にのみ関わることを主義とした注8。経済社会の構造にかかわるネオリベラリズムの批判は、それ自体、労働組合の視野が大きく拡大し、そして当然に政治経済的なひろいスペースでオルタナティブを求める志向を生みだすことを意味するからである。

注8 90年代後半のブレアー政権の時期にTUC内で起きた“ニュー・ユニオニズム”の運動によって批判された伝統的組合がこう呼ばれた。ニュー・ユニオニズムのもとでは、若者や非典型雇用の労働者の組織化が重視され、組合運動の目標は組合員の利益の範囲を超えて、社会的な労働者利益に拡張された。

ドロールとヨーロッパ

イギリスとヨーロッパとは微妙な関係にある。イギリス人はしばしば、自分たちと区別してヨーロッパと言う場合があるからである。資本主義の多様性論においても、アングロ・サクソン型と対比されるヨーロッパ型は大陸ヨーロッパを念頭においている。労働関係においても、実際、イギリスのそれは法も政府も最小限の関与しかしない自由市場における労使の取引(労使自治)がコアをなすものと考えらえてきたのである。

そのために戦後、イギリスの政府もTUCもEECに始まる欧州統合の動きには消極的な見方をとっていた。このようなヨーロッパ大陸との関係におけるTUCの立場を大きく変えたのは、1988年におけるEC委員長ジャック・ドロール注9の訪問である。

「しかし、ジャック・ドロールはなにがしか異なるものを私たちに提案した。… ドロールは、より良い労働生活をめざす計画における建築家の役割を果たすよう私たちに促した。そして、時間がたつとともに、私たちはヨーロッパの仲間たちとともに、子どもを育てるための有給休暇、女性の平等賃金へのより強い権利、パート労働者の年金を勝ちとり、そして最後に、私たちの運動のかねての目標であったすべての労働者への有給休暇を実現した。」(2018年演説)

ジャック・ドロールの演説はたしかに、TUCに大きな影響を与えたと言われている。ここに挙げられている権利は、職場や産業に固有の労働条件で、かつ団体交渉の実力によって実現したものではない。その国のすべての労働者を対象とする、法律によって保障された権利である。かつて、労働組合も経営者団体も法律や司法の介入に懐疑的であったと言われていたイギリスの労使関係、労働運動のあり方を変える効果を、TUCにとっては法律やEU(当時はEC)の理解の仕方を変える効果を、ドロールの演説はもったのである。

そのために、TUC書記長オグラディの考え方は、かつてのTUCに比較するとかなりヨーロッパ的な運動や考え方に近いものになっている。TUCは、組織内の組合員利益だけに拘泥せずに、広く勤労市民、労働者の利益を代表する組織になっている(なろうとしている)のである。世間一般に流布している労働組合イメージは、今日の労働組合のあり方を正確に捉えているとは言えない。

注9 ジャック・ドロールはフランスの財務大臣を務めた後に欧州委員会の委員長となり、EC(今日のEU)における労使対話(social dialogue)、「社会ヨーロッパ」の基礎を築いた。そのドロール自身がもともとは、労働組合の役員であった。

3.変革をめざす労働運動

これまで「労働組合」と「労働運動」という言葉を互換的に用いてきた。厳密にはわける考え方もあるが用語にこだわる意味はあまりない。しかし、ここで、ひとつのスピーチを紹介しておこう。昨年秋の大会における労働党党首ジェレミー・コービンの来賓あいさつである。

「労働組合と労働党が今日、かつてないほど緊密に協力して運動していることを誇りに思う。私たちは今や、ひとつの運動をなしているからである。ひとつの運動とは、この国がかつて経験したことのない、進歩的な変革を担う最大の勢力、大文字の労働運動(Labour Movement)である。… 先週の議会において、保守党と民主統一党[北アイルランドの地域政党]は1議席だけ多い下院の多数派を手にした。…しかし、この多数派は[選挙前からは]45議席減らしているのである。

私から見れば、真の政治(real politics、あえてこのように訳しておく)は、議会のなかの小難しい言葉や手続きを使った大騒ぎにあるわけではない。真の政治は、民衆にパワーを与えることにある。大金をもつわけでもなく、高い地位にある友人をもつわけでもない、したがって自分自身の生活を自由にコントロールすることのできない民衆に。」(コービン、2019年大会)

ここでコービンは労働組合の運動と労働政党の運動を合わせて「労働運動」と呼んでいる。比較的一般的な理解かもしれない。しかし、ここで重要なことは、そのような労働運動が、「進歩的な変革(progressive change)」を担う勢力だとされていることである。では、その変革とは具体的になにを意味するのか。コービン自身の演説から抜粋してみよう。それは、TUCの公式の見解でもあるからである。

「ジョンソンらは、合意なき離脱(No Deal)の名の下に、われわれの公共サービスを売り払い、諸規制を剥ぎ取り、…労働者の権利を掘り崩そうとしている。そして彼らは、これらすべてをドナルド・トランプとの「底辺への競争」貿易交渉によって踏み固めようとしている。… つぎの労働党政権は、これまでのわが国で経験されたことのないような労働者権の大きな拡大を実現するだろう。新しい省、雇用権利省を創設する[雇用労働問題を現在所管しているのは産業省]。この省の仕事の中心は、経済全体にわたって、産業ごとの団体交渉を展開することである。」(同上)

この産業別団体交渉システムの復活は、イギリス労使関係にとっては一種の復古である。労働組合の立場からすれば、産業別交渉が解体・消滅したあとに残ったのは、雇用労働条件の悪化だけだった。産業別団体交渉体制の再建、しかもかつてのそれ以上に徹底した体制を築くことが、TUCのねらいだった注10。したがってそれは、かつての集団的自由放任の交渉システムの単純な復活ではなく、政府の関与する労使交渉委員会の設置など、ヨーロッパ大陸の制度に近いものになっている。

こうしたイギリスの試みは[いまだアイデアにすぎないが]、日本の労働運動にとっても有益な示唆を与えうる。現在のゼロの地点から産業別交渉体制を築き上げるという点では、同じ条件だからである。この案は、少なくとも、双方を経験したイギリスの労働組合にとっては、企業単位の交渉(single employer negotiation)の限界が明らかになったということを示している。

このほかに、挙げられている課題は、ゼロアワー契約の禁止、鉄道、水道などの公的所有の復活、保守党による労働組合法の廃止、労働者保護庁の設置などである。また、温暖化については、コービンによれば、「労働党は、再生エネルギーとグリーン技術によって40万人の高賃金、高技能で組合化された雇用を創出するグリーン産業革命をスタートさせる」とされている。

コービンの触れていないTUCの基本的な方針や立場について若干補足すれば、すでに一部前の引用でふれてあるが、移民労働や極右的排外主義などとの関係で、民主主義の擁護が重要な課題になっている。

人種差別との闘いとともに、ジェンダー平等の課題にはいぜんとして高い重要度が与えられている。

これ以上さまざまな論点にふれることは紙数が許さない。最後に一言、全体的な状況にふれて結びとしたい。

組合活動の実情にふれたあと、労働組合の方針や立場に関することがらを駆け足で見てきた。この後者については、実は、ヨーロッパの労働組合組織ETUCのそれとほぼ一致している。ETUCが昨年の大会で採択した「ETUC宣言2020」の内容を紹介する余裕はないが、それは、乱暴に言えば、EUの「社会ヨーロッパ」を擁護しながら世の中を丸ごと変えようというものである。たしかに、今日の労働組合、労働運動は、変革の主体としての自己認識を獲得しはじめているように思われる。もちろん、それはただちに社会の大きな変革につながるわけではないだろう。明らかなことは、「黄金時代」のあとに、ネオリベラルの政府や資本の攻撃の下に労働組合が戸惑い、受け身の後退を続けた時代はほぼ終わりつつあるということである。新しい時代の労働運動が目覚めはじめたと言ってもよい。

注10 やや詳しくは、TUC Congress 2019, General Council Report, pp.12-14を参照。

たばた・ひろくに

1943年生まれ。早稲田大学法学研究科博士課程単位取得退学。同年東京大学社会科学研究所助手、助教授を経て90年教授。現名誉教授。専門は労働法。比較労使関係法、比較福祉国家論など。著書に、『グローバリゼーションと労働世界の変容』(旬報社)、『幸せになる資本主義』(朝日新聞出版)など。

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