コラム/ある視角

戦後民主主義は終わったのか。どっこい市民運動があるぞ

極私的映画監督・奮戦記

ジャーナリスト 西村 秀樹

憲法改定に高市総理が意欲

総選挙(2026年2月8日投開票)での高市自民党の大勝を受け、2月18日、特別国会で高市早苗が首相に選出され、その夜、記者会見をした。その内容を伝える翌日の朝刊見出しは「改憲 国民投票に意欲」(朝日新聞、2月19日付け、一面)。

日本国憲法(1946年11月3日公布)は、大日本帝国敗北の余韻冷めやらぬというか、敗戦からわずか一年後に公布された。ポツダム宣言発令(1945年7月26日)直後、二度にわたる御前会議の末、連合国は天皇制を廃棄する意図はないとの昭和天皇の判断のもと、三週間後、ポツダム宣言を受け入れた。その推測通り、連合国総司令官のマッカーサーは天皇制の維持を容認(大日本帝国陸軍・海軍の武装解除には、天皇の指令があった方が平穏に進むとの軍人らしい判断があったと言われている)。

敗戦後、新しい国家体制をどういう形にするのか。連合国とのぎりぎりの交渉の結果、国体護持をかろうじて「象徴天皇制」の導入でやり過ごした日本の指導部は、その妥協として憲法9条を受け入れた。

AI(人工知能)で「日本国憲法9条」を検索すると、次のような答えが返ってきた。「日本国憲法9条は、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めた、平和主義を象徴する条文です」。

何が言いたいかといえば、日本国憲法9条の平和主義は、憲法1条から8条の「象徴天皇制」存続とバーターの条項だという、歴史的な事実だ(文藝春秋社の編集者だった半藤一利の著作『日本のいちばん長い日』には、本土決戦を訴える一部の軍人と天皇制護持を目的に連合国との妥協を探る文民との闘争が描かれている)。

戦後民主主義は、この平和主義を大切にしてきた。「三分の一民主主義」と揶揄(やゆ)されながらも、日本のリベラルは、日本国憲法改定の発議(はつぎ)を阻止するため、衆議院、参議院の議席の三分の一をかろうじてではあるが、永く、占有してきた。

その「三分の一民主主義」が今度の総選挙で、木っ端微塵に砕かれた。戦後民主主義は終わってしまったのだろうか。検証してみる。

自民・維新で衆議院の75%という現実

2026年2月8日投開票の選挙結果をおさらいしてみる。自民党の議席数は三一六(定員四六五)。単独で三分の二を超える(議席占有率六八パーセント)。これに連立政権を組む維新の議席数三六を加えると実に四分の三(同七五パーセント)と圧倒的な数だ。

一方、改憲(少なくとも、憲法9条の改定)に反対する勢力を見てみると、衆院の立憲民主党と公明党で結党された中道改革連合は、公示前の一六七から四九まで議席を減らした。うち旧公明は比例単独で全員当選したものの、旧立憲は一四六から二一に激減、単純計算で八五%激減した。この二一議席に、共産の議席数四(四減)、れいわの議席数一(七減)を加えても旧公明を除くリベラル左派勢は、わずか二六議席だ。

高市は衆議院の憲法審査会の会長に自民党の古屋圭司を就任させた。古屋は新聞紙上では高市の側近と評され、以下の三点を論点に挙げている。①条文起草の検討(具体的な条文案を作成する「起草委員会」の設置が焦点)、②緊急事態条項(大規模災害や有事の際の任期延長など「選挙困難事態」への対応策、③憲法9条(自衛隊の明記など)。

安倍晋三は、③点目の憲法9条に「自衛隊の明記」する案を目指したものの、衆参両院で自民党の議席が3分の2を越えなかったため、実現しなかった過去がある。 

スパイ防止法と国家情報局の設置構想

高市がもう一つ、熱心に押し進める施策が、スパイ防止法の制定と国家情報局を設置する構想だ。

内閣官房内閣人事局は、すでに昨(2025)年12月26日、26年度の機構と定員についての審査結果を発表した。「2026年度中に、インテリジェンス(情報の収集・分析)機能を強化する「国家情報局」(仮称)を創設する。内閣官房に置いている内閣情報調査室を改組する」(日本経済新聞、2025年12月26日付け)。高市は、「今度の通常国会で設置する法案の提出を想定する」と記事が続く。

スパイ防止法をめぐっては、参政党代表の神谷宗弊が公務員について「極端な思想の人たちは辞めてもらわないといけない。これを洗い出すのが「スパイ防止法」です」と発言している(2025年7月12日)。

ここで思い出すのは、戦前の治安維持法だ。条文には「国体を変革し、または私有財産制度を否認する」つまり、天皇制や私有財産制度を否認する結社に加入したものを処罰の対象としている。

わたしはかつて横浜事件で横浜の特高(特別高等警察という名前の警察)に拘束された中央公論の編集者、木村亨の再審裁判を傍聴するため、横浜地裁にしばらく通ったことがある(本誌「シリーズ抗う人『横浜事件・司法の戦争責任を問う〜木村まき』現代の理論特別号、#3」)。

日本人船員2人が北朝鮮当局にスパイ容疑で7年間抑留された第十八富士山丸事件も取材した(拙著『北朝鮮抑留〜第十八富士山丸事件の真相』岩波現代文庫)。

最近では、1975年韓国政府(具体的には、KCIA=中央情報部とポアンサ=陸軍保安司令部)によって「北(=北朝鮮)のスパイ」容疑で、反共法や国家保安法違反に問われ、死刑判決が9人確定した、いわゆる11・22(じゅういってん・にーにー)事件の元死刑囚にインタビューした著作『絞首台からの生還』(三一書房刊)を出版した。

この著作の特徴は、出版と同時に、同名のドキュメンタリー映画(82分)を制作したことだ(NHK OB小山帥人と共同監督)。元テレビ屋だから、取材したビデオ素材を作品にすることは、ビデオ編集者の協力な支援を受けたとはいえ、過去の仕事の延長上にあった。

しかし、一番の困難は、映画の配給だった。数年前、東海テレビのテレビ・ドキュメンタリーのプロデューサー阿武野勝彦から「配給会社に4〜5百万円かかる」とインタビューを受けたときも他人事だった(小黒純・西村秀樹編『テレビ・ドキュメンタリーの真髄』藤原書店、2021年刊)。しかし、いざ自分の映画を世間に見てもらいたいと願った時、その数百万円は、年金生活者の元テレビ屋二人に用意するどころか、配給会社にあたっても、やはり出てくるのは、配給にかかる費用のことばかり。

これなら、市民集会を重ねるしかないかと途方にくれていると、大阪のミニシアター「シネヌーヴォ」の支配人、景山理が自前の映画館で四週間上映すると、救いの手を差し伸べてくれた。わたしは、この映画館オープンのおり、当時、会社員だったことや、学生時代映画研究部に所属して、映画が大好きだったこともあり、ボランティアで株主になったこともあるが、韓国政府からでっち上げで死刑判決を受けた元政治犯の思いを世間に伝える手伝いを担ってやるとの、義侠心(と言っては表現はフィットしないかもしれないが)、あるいは市民社会での相互援助の志に、正直、涙した。

新米映画監督の情けなさを救ってくれたのは、市民社会の相互援助の志だった。

以来、以前にも増して、市民集会に顔を出すように心がけている。根拠のない差別に晒される被差別部落の解放運動、在日コリアンの民族教育権を求める民族団体、あるいは、国策企業チッソが垂れ流した水銀のため、何の落ち度もないにも関わらず水俣病を罹患した患者、地震・津波対策が必要だと日本政府からの警鐘に金を惜しんだ挙句、メルトダウンの原発を起こした東京電力の福島原発事故の自主避難者たち。

いずれも、「強いられた」原因とはいえ、人生を変えらえた人たちが形成する社会は、市民運動を形成する。そうした市民運動の情けに、新米映画監督の作った映画『絞首台からの生還』が東京の吉祥寺アップリンク(5月8日から一週間)、大阪のシネヌーヴォ(5月16日から4週間)、神戸の元町映画館や京都でのミニシアターでも日程を模索中だ。

いよいよ、日本国憲法の改定やスパイ防止法、国家情報局の設置など、人権を侵害し、どう考えても市民生活に碌なことはないと予想される政治過程が登場する見込みだ。

しかし、例えば、軍部が跋扈し、政党が大政翼賛会に再編された戦前ですら、反軍演説をした斉藤隆夫を、兵庫県の日本海側の地域の民衆は、代議士として選挙で当選させた。

高市自民党と維新は、衆議院の4分の3を押さえ、戦後民主主義は窒息状態からもしれない。けれども、斎藤隆夫の先例に倣うと、日本の民度は低いわけではない。実は高い。日本の市民運動はまだまだ、やわではない。粘り腰なのだ。

民主主義は血で贖うもの、これはノーベル平和賞を受けた、韓国の大統領、金大中の言葉だ。血で贖うことの是非は好ましいことではないが、治安維持法は連合国の指示で廃止された。情けない歴史をもつ日本の民主主義の真価が問われるのは、これからだ。

どっこい日本の市民運動はやわではない。

(文中敬称略)

 

にしむら・ひでき

1951年名古屋生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日放送に入社し放送記者、主にニュースや報道番組を制作。近畿大学人権問題研究所客員教授、同志社大学と立命館大学で嘱託講師を勤めた。元日本ペンクラブ理事。同志社大学ジャーナリズム・メディア・アーカイブス研究センター(JoMA)嘱託研究員。著作に『北朝鮮抑留〜第十八富士山丸事件の真相』(岩波現代文庫、2004)、『大阪で闘った朝鮮戦争〜吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店、2004)、『朝鮮戦争に「参戦」した日本』(三一書房、2019.6。韓国で翻訳出版、2020)、共編著作『テレビ・ドキュメンタリーの真髄』(藤原書店、2021)ほか。

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