特集 ● 歴史はどう刻むか2・8総選挙

2026/2/8衆議院選挙の結果―――

「中道」の旗、寒風にひるがえらず

民主党(1998年結成)・リベラル革新の潮流は自滅へ

大阪公立大学人権問題研究センター特別研究員 水野 博達

戯画風に語れば ・・・

追い詰められた<二人のオジ~さん>、慌てて飛び出した。オッと、舞台の袖に幟旗を引っ掛け躓いた。ガチンコで自民・維新と闘う前にズッコケだ。 「中道」の旗、二人の手から地に落ちる!

嘘つきで<狡い早苗ちゃん>、「食料品消費税ゼロも検討します」。シレッと野党の重要政策丸呑みで争点消滅。「私、高市早苗が首相であってもいいのか。それとも野田さんや斎藤さんがいいのか、選んで下さい」。衆院選を早苗への「信任投票」に仕立て換え。何と、議席の3分の2を占しめて自民党の「歴史的大勝利」!

自民党をボロ勝ちさせた「三つの要因・条件」を考える

世間で言われている自民党大勝の「三つの要因・条件」を見てみよう。

2026年、豪雪・寒風の1月末に強行された衆議院解散⇒総選挙は、まさに、野党に準備時間を与えず、国民に政策内容を吟味させない高市自民党の『奇襲戦法』だった。この戦法が、自民党に大勝利をもたらしたという指摘である。それは、確かに選挙戦勝利の要因の大きな一つだ。

しかも、野党の最重要政策の争点―食料品にかかる消費税に関して、「給付付き税額控除」の税制改正まで2年間限定でゼロを検討すると、あたかも自民党政権が食料品消費税を廃止するかのような言いである。しかし与野党で作る「国民会議」で検討を促進すると約束をしただけで、争点を外した。争点外しに成功したと見るや、強い経済成長を支える「責任ある積極財政」を力強く訴え続け、一方で、憲法や皇室典範の改正、防衛力強化や武器輸出解禁、スパイ防止法制定、あるいは、夫婦別姓選択問題等に対する超保守的持論については抑制・封印して、日本の内外の困難を打開するため「国論を二分」する課題に果敢に取り組むことが必要だ、このため、「私が首相であっていいのか」を選択して欲しいと、高市政権への「白紙委任」を求めたのである。

以上が、自民の勝因の大きな一つである。

この点と結びついて、二つ目に言われたことは、日本憲政史上初の女性首相の誕生をはたした高市首相に対する「ファンダム現象」と言える状況の出現である。

本誌前号注1で論じたように、総裁就任当初の高市早苗に対する支持・好感度は、若い層だけでなく、中高年の世代にも広く表れていた。彼女の保守的政治的姿勢に対しても、忌避的な傾向は大きくはなく、60%近くが好感を持って受け入れていた。他方で、自民党に対する支持・好感度は、20%代と低迷していた。

彼女が愛用するバックや時計、スーツと同じものを揃え、同じ髪型にする、と言った「推し活」も生まれていた。いざ選挙戦に突入すると、早苗ちゃん「推し活」が、SNSのショート動画等によって爆発的に拡散され、まさに、Kポップなどで表れた「ファンダム集団」の活動に似た様相も出現した。

人や物、出来事等に対して、共通した印象・雰囲気・感情を持ち、集団的に継続的な繋がりをもって、熱心に支持者・応援者を広げ、連帯活動をするのがファンダム集団である。

これまで政権を担ってきた政治家の多くは、高齢であったり、偉そうであったりで、自分の言葉で言わないなど率直でなく、若者からは支持される「個性」に乏しいのが一般的であった。「早苗ちゃんは、言い切る。」「原稿を読まないで自分の言葉で話す」「頼りがいがありそう」「愛嬌もあり、かわいい」・・・と、老いも若きにもフアンが膨らんでいった。

そこで、低い党の支持率を挽回するために取られたのが、この高い「高市人気」を使い、各自民候補の獲得票を引き上げる選挙戦術であった。各候補者に、演説でも、動画配信でも「高市首相と一丸となって働いて、働いて、働いてまいります」等と言わせ、有権者に、候補者の人格と高市首相を「一体化」させて感じさせる「ファンダム」効果の外延的拡大化戦法を取った。それが大成功したのだ。もちろん、高市人気は、彼女の政治信条が、「安倍晋三路線の継承」という右翼的保守主義であることよって、参政党等に流れていた保守支持層を取り戻したことと矛盾するものではない。むしろ今回の「早苗推し」の「ファンダム現象」によって、「裏金問題」や旧統一教会との関係等は問題にもならない空気感で押し流し、自民党全体の政治基調を明確に「右」へと移動させることになったのは、確かなことである。

さらに、三つ目は、小選挙区・比例併用の選挙制度である、と言われる点である。

自民党への強い追い風が吹き、小選挙区(定数289)では、有権者のうち自民党候補に投票した人の「絶対得票率」は、26.9%であったが、定数の86.2%の249議席を占めた。つまり、3割に満たない得票で8割超の議席を得たことになる。

中道改革連合は、小選挙区定数の2.4%にあたる7議席にとどまった。絶対得票率は、11.8%であった。

立憲民主系の枝野、安住、岡田、小沢などの有力候補が軒並み小選挙区で負け、比例区での復活当選もできず、落選となった。公明党系候補は、小選挙区には立候補しない代わりに、比例区での当選順位の上位を与えられていたので、全員28名が当選となった。

自民大勝=中道の敗退は、小選挙区では当選者は一人だけ、それ以外の候補者の票は『死票』となる。この選挙制度の問題が絡んでいたことは事実であるが、それだけに敗因は求められない。今回の選挙で自民党の大勝利をもたらしたのは、衆議院で「中道改革連合」を立憲と公明が立ち上げたのにあると言える。明らかに立憲を支持していた票が、「中道」を忌避して逃げ出すことになったのも事実である。

追い込まれた末の計算式、幻想の【1+1>2】の大誤算

自民大勝は、何によってもたらされたのか。前節で自民党が大勝した幾つかの要因・条件を検討したが、筆者は、それらは、あくまで副次的な事柄であり、本質的な要因とは考えない。自民党の大勝は、自民党の側の巧みな「選挙戦術」にあるのではなく、立憲と公明の指導部が両党の衆議院で合流を図ることによって局面を突破しようとした政治的決断の誤りにあると考える。すなわち、野田・斎藤両代表が「中道改革連合」の結成によって、政治の流れを転換させようと、後出しで仕掛けた「大勝負」にあった。

【1(立憲)+1(公明)>2】、この起死回生策の「希望の計算式」は、見事に外れた。目論んだ「2以上」は霧散し、選挙前の「中道」議席の<3分の1>の結果となった。野田・斎藤両代表の大英断ならぬ歴史的大誤算である。

歴史は2度繰り返すと言われるが、政治家・野田代表にとっては、3度目の「ここ一番の勝負」をかけた局面で、最も重い「判断ミス」を犯したのだ。麻雀に例えれば、「満貫振り込み」の大チョンボである。

しかし、この取り返しようのない歴史的な「判断ミス」は、野田代表個人にのみ責任を帰してよいかどうか。検討の余地がある。

世界を覆ったグローバリズムの波が、あらゆる地域と領域に矛盾・対立を産みだすと、欧州では反移民などを掲げた右翼政党が躍進し、アメリカではアメリカファーストを掲げたトランプが大統領の権力を握った。世界の政治環境は、国際主義から自国中心主義へ、「力こそ正義」へと、右へ揺らいでいる。日本でも、右翼勢力は自民党の内外で活発に蠢き、全体的に保守化・右傾化がジワジワと進んでいた。こうした情勢の中で、公明党は、保守化・右傾化する自民党の政治の動きを嫌い、四半世紀を超えた自民党との連立を解消した。

立憲民主党と言えば、総体として、自らの組織と政治の力で、右への流れを打ち返す地力を地方・地域から育てる確かな方針を持ち得ないまま、議会での野党第一党の地位を保持することに腐心し、党勢の後退を止めることができなかった。また、党の指導部において、党の基本理念や政策を世論の右傾化に合わせるかのように、ズルズルと後退させて来た。

例えば、枝野元代表は、党が訴えて来た「『自民党政権にかわる新しい社会のかたち』がうまく伝わらないもどかしさを感じてきた」と語り、2017年の衆議院選挙では、「『右』でもなく、『左』でもなく、前へ!と訴え」、「それ以前からも一貫して、自身の立場について、『保守』であり、『リベラル』だと説明してきた」と述べている。注2

こうして、世間の風潮に迎合するかのような党の政治基調や方針の戦闘性・革新性を削ぎ落し、「物分かりの良い」言説や態度が党内外で広がり、滲み出していた。言い換えれば、「中道」、すなわち「右でもなく、左でもない」党の立場と政策理念にこそ、日本の政治の可能性があるかのような幻想・雰囲気が立憲民主党の中に漂っていたのではないか。そうであれば、野田代表だけに、この「歴史的大誤算」の責任は問えない。

野田(元立憲代表)の「中道」と公明党の「中道主義」とのズレは?

ところで、「中道改革連合」のいう「中道」とは何か。

野田(元立憲民主党代表)は、中道改革連合結成の前から、公明党の「中道」と我々が言う「中道」とは、政治理念は同じである、と力説していた。しかし、野田代表及び立憲の側が、公明党の「中道主義」をキチンと理解していたかどうかには、疑問が残る。

創価学会が政界に進出する時点から、公明党は、池田大作の主導の下で「中道主義」「人間主義」を中軸にその政治理念を模索してきた。1967年元日に「公明新聞」で、それは、「中道政治論」としてまとめられ、政治理念として定着してきた。それは、以下のようなことである。

「中道」は、仏法の中道主義を基本として、生命の尊厳や人間性を尊重し、個人の幸福と社会の繁栄が一致した、あらゆる階層の人々を包含した新しい社会を建設し、戦争のない世界の実現を目指すものである、と規定した。

公明党の「中道」理念は、近代の政治概念ではなく、仏教による宗教的理念で、個人の生き方=幸福追求のあり方を示すもので、公明党(あるいは創価学会)の「中道」は、一人ひとりの幸福を追求するために身につけるべき「正しい見方」(正見)を言う。釈迦が、悟りを開く目的で行う8つの修行の内容を示した「八正道」の最初に置かれたのが、この「正見」で、快楽主義に走らず、また苦行主義にもならず、その両極を排し、物事をありのまま見つめることだと説いた。それが中道であると。つまり、近代的な政治理念と言うよりか、一人ひとりの生き方を指し示したのである。

だから、政治的な左右の対立ではなく、むしろ現実社会に存在する様々な現象や錯綜する見方・見解があっても、ありのままを見つめる正しい見方をすることであるとされる。その見方からすれば、生命の尊厳や人間性尊重、福祉社会、平和の実現を目指すことが「中道主義」の実践と言うことになる。つまり、政治の左右対立の真ん中に立つことではない。この「中道主義」の政治理念から言えば、自民党政権と連合して、その一翼を担うこともできたのである。注3

他方、野田の「中道」は、近代の政治概念である。彼によれば、中道は、政治的に「右でも左でもない<真ん中>」であるという。だから、この「中道」は、現実の階級社会の中では、利害の対立し合う資本家・大土地所有者と労働者・小規模農民のどちらかの階級の立場に立つのではなく、<真ん中>」に立って施策を展開することになる。この<真ん中>の政治展開が、今日のポスト・グローバリズムの時代の社会の中では、どのようなことになるのか、また、それは可能なのかについて、次節で検討してみる。

ポスト・グローバリズムの時代の中道幻想

野田は、「中道」とは、「右でも左でもない<真ん中>」であるという。

フランス革命以降、資本家階級、労働者階級、農民階級の3大階級による利害の対立が国家のあり方を左右してきた。資本主義は、地域や国でその歴史的な発展過程や形態や内容において相違があるが、おおむね産業資本(自由主義)の段階、金融資本(帝国主義)の段階を通って、戦後は、アメリカの圧倒的なドルと軍事力をバックに、国際自由貿易体制の下で高度経済成長を遂げた。先進資本主義諸国では、3大階級の利害だけで現実の政治動向を描くことが難しくなってきた。社会のあり方に、国際化と多様化をもたらしたからである。

1970年代、2度にわたるオイルショックは、アメリカを盟主とする世界体制に対する第3世界の反抗でもあったが、同時に、資本の利潤率低下に苦しむ欧米資本主義は、1980年代には、資本主義再生の新たな道を新自由主義によるグローバリズム経済に求めた。

金・物・人・知(技術・情報)が、国境を越え、世界中を資本主義の市場へと組み込み、一部の金融資本と富裕層に富が集められた。他方で、世界のすべての国、地域の人々を貧困状態へと突き落とす「万人の万人による競争社会」を出現させたのである。

世界の極右と極左が、共に「反グローバリズム」を叫ぶのは、資本が富を求めて国の内と外の枠組みを越えて自由に立ち振る舞い、他方で、国民が零落させられていることへの反抗である。

確かに経済でも日常生活でも、2極化が進行しているが、この両者の間に、労働者や貧困層ではない膨大な「中流階級・階層」が存在している。伝統的な中間層として官僚、大学教授・研究者、医師や弁護士等がおり、近年では、高級技術者、金融アドバイザー、情報・宣伝事業家、各種コンサル業者等が生まれている。これらの階層、とりわけ近年の中流階層は、日々階級上昇するか、転落するかを問われる不安定な存在である。

そこで問題は、ポスト・グローバリズムにあって、社会が多様化し、職業と階層の構造が複雑となっていることである。政党・政治集団は、複雑化した多様な社会階層の利害を反映した意識を国政や地方政府への政策をどう「民意」としてまとめていくかが問われる。

「右でも左でもない<真ん中>」であると言う<真ん中>とは、「原発は廃止ではなく、当面維持する」「安保法制は、自衛の限り合憲である」「辺野古埋め立ては反対とは言い難い」ということになるのか。それでは、結局、資本の側、右への移動である。

つまり、中道とは、現実には存在しない<幻想の政治空間>であり、<真ん中>とは「呪文」の様なものであって、困った時に何でも吹き込める「魔法の壺」なのである。

グローバリズムは、戦後資本主義の行き詰まりから脱却を狙った乱暴な処方箋であった。その処方箋による薬が効かなくなっているのが今日である。この混沌とした世界の中で、革新性を削ぎ落すことではなく、革新政党は、来るべき社会のあり方を大胆に語り、「民意」を創り換えていくことが求められる。ニューヨーク市長選挙で、民主社会主義者を自任して勝ち抜いた若きゾーラン・マムダニの奮闘から学ぶべきであろう。

見通しの立たない参議院・地方議員の「中道」への統合

政党間の合流・統一となれば政策や理念上の一致だけではうまくいかない。それぞれの活動や組織が依拠する基盤やこれまでの歴史的な経緯の相互理解が欠かせない。

公明党は、「下駄の雪」と揶揄されながら、安倍政権の「モリ・カケ・サクラ」問題や「裏金問題」「統一教会問題」への批判をもちながらも自民党に追従してきた。2025年、自民党総裁選で高市が総裁の座を獲得すると、「裏金」問題を容認する高市早苗を許せず政権から離脱を決断した。

しかし、四半世紀にわたる自公政権下で作られた自公両党の関係は、一朝一夕では、変わらない。

創価学会は、戦後の経済成長期に地方の農漁村から都会へ移った下層の人々(中小企業の労働者、現業職の公務労働者、小規模の商業従事者、病者や障害者、寡婦等)を中心に組織し、強大な宗教団体として成長した。創価学会の生命力は、悩みや生活の現状を親身に語り合える「座談会」を地域で持ち、創価学会の教学を学びあって庶民の中から組織のリーダーを育て上げたことにある。公明党は、地方・地域に根を張った学会の組織と活動を土台に政界へと進出した。だから、創価学会の宗教活動と相まって、公明党の地方議員は、庶民の生活要求を拾い上げて議会・行政に、医療、保育、教育を含めた生活改善を求める活動を熱心に展開した。

こうした地方議会・行政で、住民要求を実現する活動は、地域の伝統的な多数派である自民党や保守系無所属議員との協力関係を築くことにもなった。そして、地方行政の首長選挙で<自公+α>で 地方政府の与党の地位にもたどり着いた。

この地方政治の成果を踏まえて、国政選挙では、自民党との協力・調整によって、自公政権が形作られたのである。衆議院選挙では、小選挙区は自民党、比例区は公明党を基本に、一部の選挙区では、自民党が候補者を立てないで公明党の候補を応援するスタイルが定着し、自公政権による安定した政権運営が保たれたのである。

つまり、都市の下層住民の生活要求等の組織化は公明党がイニシアチブをとり、国や広域の経済や公共政策等では、資本家・業界団体や医師会などの利益団体の意向の取りまとめと調整は、自民党がイニシアチブを取るという「分業的協力体制」が構築されたのである。

もちろん国政上で両党の意見の相違がない訳ではない。例えば、安倍政権の安全保障・外交政策等の行き過ぎに、公明党はブレーキをかけ、「国際平和」「社会福祉」の社会への配慮と修正を求めた。その上で自民党方針の賛成に回る。自民党政策への協力に対する見返りとして、地方から立ち上げられる公明党の要求(例えば、消費税の食料品にかかる消費税の軽減税率)を受け入れさせた政府案が策定される、と言う形である。

自公連立政権の実態的構造は、以下のように整理できる。

単独では国会で多数を取れない自民党にとっては、安定した政権運営のために公明党の「助け」を借りざるを得ない。他方、公明党にとっては、自民党と組むことなしに、住民の生活課題・要求を実現することが困難になる。つまり、公明党の支持基盤である地域住民の幸福追求の課題を実現できなくなり、党の存在価値を示し辛くなる。

地方議員や活動家にとっては、地域社会で、「中道主義」に則り、仲間と共に、一人ひとりの幸福を追求する活動によって築いてきた自民党や保守系議員、あるいは行政関係者との強い結びつきを解消することは、心情的にもできないのだ。さらに言えば、立憲系の人々と連携したところで、これまで地域で築いてきた政治的信頼や利害関係を超える実利が得られるかどうか、見通しがつかないと思うのも当然であろう。

公明党(創価学会も)は、構成員の高齢化とカリスマ池田大作を失って、組織の凝集力と活動力を落としている、と言われている。しかし、問題は深刻で、時代の流れの中で組織のありようが問われているからだ。

高度経済成長は、はるか昔のこと。今日、かつてのように地方から都会へ出てきた人々が、学会や公明党に新規加入してくる構造はもはやない。昨今では、昔、夜汽車に揺られて都会へやってきた親の世代の多くは、都会である程度安定した生活をおくるようになった。家族内で2世、3世から構成員を補充するようになっている。かつては学歴も中学・高校出が多数派であったが、今では、学会員の子供や孫は、高学歴となって来ている。かつては、「貧乏との闘い」であった構成員の階層は、全体的に中産階層化し、職業意識も社会的関心も多様化している。共通の生活環境と生活意識の下で活発におこなわれた地域の「懇談会」だけでは、会員をまとめていくことも困難になっている。つまり、これまで通りの考え方、組織のあり方が、通用しない状況となっているのだ。

この変化は、公明党であれ、創価学会であれ、かつてのように構成員が、池田会長をはじめとする幹部の指導方針に忠実に従って、行動や活動に従事することが難しい条件となっている。だから、すでに出来上がっている地域の自民党や保守層との繋がりを整理して、すぐに「中道」へと活動を切り替えることは難しいのだ。

これらの状況を考えれば、現世利益を大切にし、幸福追求を是としてきた第一世代の地方議員たちの信条から見ると、今回の「中道」の結成は、やはり無理筋なのである。

いったん「中道」を解党し、立憲と公明は新たな協力関係構築を

今回の「中道改革連合」結成は、右傾化と多党化の流れの中で追い詰められた両党指導部の政治的決断であった。しかし、それは、現実の状況をありのまま見つめた上での決断であったのか。「中道」の旗を立てれば、その旗の下に大きな政治の「塊」ができるであろうという「希望的な予測」が先行していたように思われる。

別な言い方をすれば、今までと同じように2党が、別々に選挙を行えば、両党とも党勢の停滞が続いていたので、かなりの数の落選者が生まれたこは確かだ。二党が無理に合流せず、それぞれ独自の立場に立ちながら、可能な範囲でお互いが連帯・協働・共闘・協調し、調整し合って選挙を闘えば、これほど大敗をしなくても済んだのではないかと推測する。とりわけ立憲民主党にとっては、自民・社会両党の対立による「戦後政治体制」の終焉の後に生まれた政権交代を目指した「リベラル・革新」の流れを自滅に追い込むことにはならなかったと思われる。

両党は、今回の歴史的敗退を総括して、適切な時期に「中道改革連合」を解党して、それぞれが結党の原点に立ち返り、根本的な再生の道を必死で模索することが求められる。それ以外に道はないと筆者は考えるのである。  

余録風に言えば・・・

幕末に「ええじゃないか」と踊り・叫ぶ民衆騒擾が各地で勃発し、幕府支配の終焉を象徴。騒動は自然発生的な「民衆蜂起」か、はたまた、仕掛けたのは尊王派浪士か?今では証拠不十分。

今回は「SNS暴風」が襲った。選挙期間中、ユーチューブに投稿された動画配信は約9万本。総再生数は28億回、前回衆院選の10倍だ。自民党関連が2億3千万回、中道は1億4千万回。個人別では、高市首相関連が4億5千万回とダントツだ。国民民主党や参政党関連は、今回は振るわなかった。(政治情報サイト「選挙ドットコム」調べ)

高市首相の動画再生回数の上位100位では、5割が肯定的。中道改革連合の「中道」には否定的が8割。高市首相の動画へのコメントは「優しい」「大丈夫(治療名目で党首討論欠席の件)」「おばちゃん」と人柄を評価する単語の頻度が高い。自民党広報関係者は「首相に肯定的で、ポジティブな方向に勝手に拡散されて行くから、とにかく楽だった」という。(朝日新聞の調査)

さて、 「早苗、ファンダム現象」を仕掛けたのは誰だ?今回自民党は、SNSを中心に1億円以上の広告・宣伝費を使ったと言う。「早苗人気」と各候補の選挙活動を結び付ける選挙戦術を取ったことを見れば、状況証拠はあるが・・・。

自民党の世論操作の手口の巧妙化は要警戒。それ以上に問題は、ユーチューブなどのSNSで、選挙に関わることが「金儲け」になることだ。動画配信の再生回数を増やすためには、真実かどうかを問わず、人びとの関心と興味を引くことが絶対的要件。その結果、プライバシーの侵害や煽情的な虚偽情報を横行させ、公正な選挙活動を妨げる。少なくとも選挙期間中は、ユーチューブ等で収益が上がるシステムを規制する法整備は待ったなしだ。

 

(注1) 『現代の理論』デジタル版(2025年11月秋号)「見えない左、右への落石は山体崩壊の兆か~継続する参政党現象とN党の凋落、石丸新党は消滅へ」

(注2) 『枝野ビジョンーささえ合う日本』 枝野幸男著 (2021年、文春新書)

(注3) 公明党、創価学会に関する手ごろな参考書を紹介
『創価学会』 島田裕巳著 (2004年、2015年再版 新潮新書)
『公明党VS。創価学会』 島田裕巳著 (2007年、新潮新書)
『創価学会の研究』 玉野和志著 (2008年、2025年再版、 講談社現代新書)
『公明党―創価学会と50年の軌跡』 薬師寺克之著 (2016年、中央新書)

みずの・ひろみち

名古屋市出身。関西学院大学文学部退学。労組書記、団体職員、フリーランスのルポライター、部落解放同盟矢田支部書記などを経験。その後、社会福祉法人の設立にかかわり、特別養護老人ホームの施設長など福祉事業に従事。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科を1期生として修了。2009年4月同大学院特任准教授。2019年3月退職。大阪の小規模福祉施設や中国南京市の高齢者福祉事業との連携・交流事業を推進。また、2012年に「橋下現象」研究会を仲間と立ち上げた。著書に『介護保険と階層化・格差化する高齢者─人は生きてきたようにしか死ねないのか』(明石書店)。

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