特集●資本主義のゆくえ

長い消滅の入口に立つのか資本主義

低金利・低インフレ・低投資・低成長の世界経済

法政大学教授 水野 和夫さんに聞く

聞き手 本誌編集委員・小林良暢・住沢博紀・大野 隆

小林2016年の世界経済は1月の中国「上海金融バニツク」に始まり、その影響を受けた原油・資源価格の暴落、また日本では1月の日銀マイナス金利の導入で世界は低金利時代に突入するなかで、2月には欧州でドイツ銀行など欧州の金融危機の再来が伝わり、4月のG20財務相会議(ワシントン)では「通貨安競争」で日米のさや当てがあり、さらに6月英国のEU離脱決定と、「大波乱」の年になっています。

FRB(米連邦準備制度理事会)のイエレン議長は、これを「ニューノーマル(新常態)」と言っています。その中身は「低金利・低インフレ・低投資、低生産性・低成長」ということで、これは水野先生がずっと前からおっしゃっていたことで、世界の指導者たちがやっと認識するようになったということですが、いったい2016年世界経済に何が起きているのか、そのあたりからお話をうかがえますか。

2016年 世界経済危機の本質はなにか

法政大学教授 水野 和夫さん

水野「ニューノーマル(新常態)」といってもいいと思うのですが、私はイメージとしては、ひとつの秩序が壊れて次の秩序がまだはっきりと現れていない端境期で、ブルクハルトが「歴史の危機」と言っている時代だと思います。ブルクハルトによると、三つの「歴史の危機」があって、1回目はローマ帝国の崩壊(476年)から800年までの最初の危機の時代、2回目は「長い16世紀」といわれているビザンチン崩壊(1453年)からウェストファリア体制までの200年間、3回目はフランス革命(1789年)から普仏戦争(1871年)までの100年間くらいの時代です。この3つの危機の中で一番深刻だったのがローマの崩壊で、東方から蛮族といわれる民族が、わたしたちもローマのようないい暮らしをしたいと侵入してきて、しかしそんなたくさんの人たちが豊かな暮らしができるわけがなくて、ローマが崩壊していったのです。

現代も、BRICsとか東方の世界から豊かな暮らしがしたいと、先進国とりわけ西ヨーロッパに押し寄せてくるわけで、シリアからの難民もドイツに行けば豊かになれると苦難をのりこえてやってくるわけです。今度のイギリスもそうでして、受け入れる国の側はそんなに受け入れることができるわけがないので、深刻な危機が今起きているわけです。

歴史的には二番目と三番目の危機は避けようとすれば避けられたのですが、第一の危機は、次のシステムがまだ分からないままで、体制の崩壊まで行ってしまったのです。歴史の危機は200年・300年をかけて進行していくのですが、例えば中世から近代までの過程でもビザンチンが崩壊して、コペルニクスが出てきてからニュートンまで100年以上かかっています。このときコペルニクスはキリスト教の言っていることは現実とは違うと主張したのですが、次の体制は何かとは言い切っていないのです。今の時代も次の時代が何かについては誰もわからない。次の体制はこうしましょうと皆が言えば、それはもう危機ではないということでしょう。

では、現代の危機がいつから始まったかと言えば、私は1970年代だと考えています。70年代というのは、ひとつは近代後期が化石燃料の時代で、その価格が今から思えばダダ同然だった時代が長く続いてきたわけですが、それが高騰して要素価格がコスト高になって、それにつれて売上か増大すればいいのですが、石油価格が2ドル~3ドルのものが12ドルになっても、売上の方は2倍・3倍にならない。一方ドルショックでアメリカ企業以外の日本企業やドイツ企業は明日の売上がいくらになるか分からない状況が続いて、海外売上比率が高いところは為替レート次第で売上が確定しない。コストがどうなるかも見通しが立たず、売上からコストを引いた残りが経常利益ですが、要するにそれが付加価値で、その付加価値の総計がGDPで、その伸びが成長率ですから、それがどうなるか不確かになってきて、ガルブレイスが「不確実性の時代」を書いたのが1977年。ここが危機のスタートだとちゃんと指摘していたのです。

それから現代の危機の時代が今日まで続いていますが、それでもまだ40年くらいしかたっていないのです。近代というのは神様を追放して、では何を中心に置くことにしたかというと、貨幣を中心において、貨幣をたくさん獲得した人が一応実力ある人だとして、その塊を企業と見なそうということで秩序を保ってきた。それが、今でいえばグローバル企業といわれているアップル、アマゾンが世界の中心に位置しているわけですが、その中心にいる企業が税金を納めていないとか、いろいろと問題を起こしていますので、グローバル企業も尊敬の対象ではなくなってきているわけです。

ニューノーマルというと、これはなにか新しい秩序ができてきているというイメージですが、今は秩序がどうなるかということを巡って、みんなが向こう100年間でどういうシステムにしましょうかということを考えなければいけない時代ではないかと思っています。

2016年が「大波乱」の年といっても、近代システムが想定していなかったことが起きるということで、資本主義というのは金利イコール利子率ですから、それがゼロになる、マイナスになるということは、すなわち資本が増殖できないということです。さらに金融機関というのは経済の血液ですから、そこが、たとえばドイツ銀行が不良債権を抱えて、動脈硬化を起こしている状態でしょう。近代の貨幣経済の下での、その血液の流れの過程で動脈硬化になって、通貨危機というのは、そもそも明日の売上がいくら、支払いがいくらかと、安定して貨幣が流れなければいけないのに、1970年のニクソンショック以降は通貨の流れが不安定になっていることで、それがずっと継続してきているのです。

「英EU離脱」について言えば、イギリスのドイツ・フランスに対する敗北宣言だと思います。要するに英米という海の国が、対する大陸の独仏を牽制するという構造の中で、後から入り込んでいったのに自ら出ていくということは、もう大陸を牽制できないということです。近代は海の時代でしたが、海の国が大陸をコントロールできなくなってきた。一方東の方でも中国の海に接して対立があって、ユーラシア大陸の西と東の両方で近代にはなかったことが起きていると捉えることができるでしょう。

リーマンショックはこれからの危機の前兆

住沢2008年のリーマンショックの後の世界経済の崩壊しそうな動きの中で、ネオリベラルの金融資本主義的な政策でうまく誤魔化してきたということだろうと思うのですが、その体制の危機に代わるものがパワーとして出ていないままで、一度は金融政策でつくろったものが再びダメになって、それが2016年になって出てきたと解釈していいのでしょうか。

水野そのようにみていいでしょう。リーマンショックの後始末もまだできていないし、またリーマンショック自体は最後の危機ではなくて、これから起きるであろう様々な危機の前兆だったと捉えるべきです。例えば、中国の過剰問題、ちょうど日本が80年代のバブル期に発生した過剰資本・過剰設備、それが不良債権になっていったのですが、それがもっと大規模になったと見ればよいでしょう。世界の粗鋼生産の半分を占めていて、世界市場の7割くらいを取らないと中国の鉄鋼資本は存続できないとか、自動車も作ろうとすれば4000万台も作れると中国は言っています。こんな過剰を抱え込むと、日本とかイギリスは自分よりも大きな経済圏が外側にあって、そこに輸出することで赤字を減らして過剰を調整してきたわけですが、中国は世界2位になってもそれをやっているので問題が大きくなっているのです。

住沢過剰生産というのは資本主義の古典的な問題で、それとグローバル金融資本主義という新しい問題が併存するというのは、いったいどういう世界だと理解していいのですか。

水野私の解釈によれば、どの国も最初に過剰生産が発生して、それを回避するために金融市場でバブルのような状況を作って、内需を盛り上げて過剰な生産設備を解消するように導いていくわけです。日本の80年代でいえば、高級マンションなどに土地担保で投資させるには金融バブルを作る。当時はシーマ現象とかいって煽り、購買力をつけて無理に消費させてバブル経済に持っていった。アメリカでも、金融による住宅バブルの過剰消費が日本とドイツの過剰供給力のはけ口になり、日本の高級車が売れて過剰設備はなんとか解消したかと思ったら、リーマンショックでそれができなくなる。BRICs諸国の購買力で息をついできたが、それも行き詰まってきたというわけです。結局は、過剰設備というのは資本主義経済の実物経済では止められないものなのに、それでも資本蓄積をしていくには金融で信用創造していくしかなかったのです。

小林リーマンショックで世界が痛い目にあっているのに、なぜまた金融政策に頼るのですか、これは資本の法則ですか。

水野クラインが言っている「惨事便乗型」すなわち「ショックドクトリン」で、生産活動が上がっても、下がっても、資本家は儲かる。リーマンショックの後、中間層が手放した家を、お金持ちがそれを見て回るバスツアーがあって、みつくろって安値で買い漁る。株・債券・金融商品だって10分の1まで下がり、100のものが10になって、そこで買いを入れれば、2~3年のうちに30まで戻れば3倍の儲けになり、ROEは3000%になる。

住沢金融バブルで破綻した銀行の債務を国が緊急支援して、つけは金融機関の経営危機から政府の財政危機に代わってしまっている話で、そういう仕組みというのはおかしい。そこは破綻させてしまうのが本来の公平ということなのですが、どうしてこういう社会になってしまったのですか。

小林経済には循環がありますよね、落ち込んでも取り戻して、再び拡大再生産に向かう力のあった時代から、取り戻せないままでまた過剰投資をしていく。いつ頃からこういう時代になったのでしょうか。

水野第2次大戦後の1970年代位までは、あれも足りない、これも足りないということで、設備投資をして早く工場を作ってテレビや自動車を大量供給してきた。70~80年代になると日本でも耐久消費財の普及率が100%になって、古典的な経済学の「供給自らが需要をつくる」というセイの法則が働かなくなり、その70年代から80年代の前半までの間に、そのセイの法則は終っていたはずだったのです。そこまでは生産・販売・消費の3面で一致するということだったのですが、今起きているのは皆そんなにいらないというのに、資本主義というのは何でも生産して、それが所得になって需要に結びつけないといけない。だから4Kテレビだ、8Kだ、8Gスマホだと、いらないものをどんどん製造して不良債権を積み上げ、これを人質にとって、弾けたら国家が救済するという仕組みになった。

ナオミ・クラインの映画「ショックドクトリン」に描かれた、大惨事に企業に大儲けの機会を与えるよう政府が「惨事型資本主義」を推進するというのは、「混乱したら困るでしょ」という形の「国家救済システム」です。あたかも預金者保護であるかのようにやっているのでしょうが、それ以上に、100のものが10になった金融機関と投資家に国家が30まで救済してやれば300%の利益を得て生き残ることになっている。

小林まだ中国がある、まだNEXTイレブンがあると言っていた時代ならよかったのですが。

水野中国の賃金が高くなったので「CHINA + ONE」で、ベトナム、バングディッシュだ、さらにミャンマーと行って、中国はもう魅力的な生産投資の場ではないということです。

小林中国の杭州の工場オーナーが、賃金が高くなってバングラに工場を移したが、ここもワーカーの賃金が高騰して、次はミャンマーかと見にいったが、やはりアフリカに行くしかないと言っていましたが・・・。

水野この先はアフリカしかないですから。しかもサハラ砂漠以南は絶対的貧困者が約5割ですから、そこには需要がない訳です。資本主義は地球上に住んでいる70億人を全部幸せにするシステムだったのなら、1日1ドル90セントで暮らしている人も、将来は日本のように年3万ドルは無理にしても、1万ドルになるでしょうという期待があれば資本主義はまだ長続きするでしょう。

ですが資本主義というのは19世紀のイギリスがそうしたように、インドを貧乏にして自分達は紅茶に砂糖を入れて飲んでいる。そのためにインドで紅茶や砂糖のプランテーション農場をつくり、インド人を使って企業は利益を上げ、消費者は効用(満足度)を高めるシステムにした。ずっと資本主義をやってきて、全世界が万遍なく豊かになるということはなくて、どこかが必ず沈んでいる。

20世紀はアジアが、アメリカもカリブ海から南米が貧乏になっていく、今アフリカが貧乏になっていく、さらに購買力を持っている人が世界で限界にまできて、それは資本主義が限界に突き当ったということです。

小林そこで日本の国内を振りかえって、今、日本は低金利、マイナス金利になっていますし、世界も通貨安競争になって、これは基本的に利潤率が低下しているとみていいのですか。

水野そうだと思います。通貨安競争になっているのは近隣窮乏化政策です。日本は今いくらか円高に振れて、1ドル=120円が100円になっただけで、トヨタ自動車で3兆円近く利益が消えたというのは、言い換えると、生産量は増えなくても利益が増えるということです。実物経済がなんら変わらないのに利益が1割・2割増というのは、製造業もバーチャル的な世界に入ってきているということでしょう。

住沢為替レートが少し動くと利益が大幅に上下する。最近アメリカに行って議論してきましたが、TPPの話になって関税がゼロになるのは先の話だが、3%とか5%とか下がるだけでも競争や利益には大きく響くという話で、実感しました。

水野それだけ利益の幅か薄くなっているということでしょう。

住沢だから、質の高い高付加価値のものをと言うのだけれども、どうもそれも。

小林高付加価値のものを輸出してもその価値を実現できないという・・・。

水野高付加価値といっても、4Kテレビも確かに画面は綺麗になっているのですが、人間の目がそのスピードに追い付かないとか、自動車で高速走行200キロとか300キロで走る車をつくつても、レーサーでない人はそんなスピードに追い付けない、スーパーに行くだけなら30キロで十分。また三菱自動車の偽装表示にしても、元会長が「消費者はそんな高速走行の燃費なんか気にしてない」と言うのは、当事者が言うからおかしくなるが、それはそのとおりで、要するに消費者はそんな高付加価値を求めていないのです。

高付加価値戦略の1番の破綻というのは、私はマッハ2の旅客機コンコルドの引退だと思っています。イノベーションで成長(もっと速く移動)しようと思ったら、次は大西洋を飛ぶのにマッハ3です。マッハ3なんて、事前に訓練した人でないと気絶しますよと、搭乗前に誓約書を取られて、着いたら気絶してリハビリに1週間要するのでは、何のために早く行くかということになります。

住沢リニア新幹線はどうですか。

水野いらないと思います。40分で行くのと、1時間20分で行くのと、あいた40分で大きな商談がまとまれば別ですが、会議の時間が長引くだけじゃないですか。

資本主義は消滅の入口に立っている

小林日本経済新聞の経済教室で「世界の資本主義はどこにいくか」についての連載に、八代尚宏さん、岩井克人さんが論考を寄せていますが、水野さんは最近の著書で「資本主義は長い消滅の入口にたった」といわれています。資本主義がどこに向かっているのかという点についてどうお考えですか。

水野マルクスがいっているように、ポケットにある1万円札を市場に資本として投資して、それを利潤として回収して、それをまた再投資するという資本の運動プロセスを資本主義だと考え、あるいは1万円を銀行に預けて利子を受けとることを考えます。もともとポケットにあった1万円はいつでも使えるオールマイティですが、投資や預金にすると、利潤とか利子は回収するまでの我慢料のようなもので、ゼロ金利というのは時間の我慢料がゼロになってしまったことです。

ベンジャミン・フランクリンの「時は金なり」ということがなくなってしまったということは、G―W―G’(資本の一般的定式)というプロセスがなくなって、もう資本主義でなくなったということでしょう。これは時間の価値がなくなって、そうだとするともうゆっくり暮らしてもいいですよということです。中世では時間は神様のもので、時間を神様から取り上げて時間に金利を付けたのが近代ですが、ゼロ金利になってその時間を取り戻す時代になったということでしょう。

住沢時間と利子の関係は金融の世界では分かりますが、労働者は依然として労働時間から自由になったわけではなく、時間に縛られているわけで、価値観としてスローライフはあっても、世の中の労働時間が仕組みとしては残っているのでは。

水野それは労働時間を年間1800時間、週35時間に固定して働く仕組みに変えるということにして、そこが事実上の時間の取り戻しと考えればいいのではないか。私の実感ではつい最近まで朝8時に会社に出て夜まで12時間働いて、年間3000時間以上の労働時間でしたが、こんなことでは生産性は低いのでしょう。

小林欧米のエリートビジネスマンにも日本人と同じ働き方をみかけますが、日本ではエリートでなくても普通のサラリーマンが“モーレツ”に働く。一昨年、日経経済図書文化賞を受賞した「労働経済の経済分析」―こんな厚い本ですが、新しい事実発見は余りなかったのですが、ただひとつ黒田祥子さんが海外の研究者の話として、日本のサラリーマンは「必要でない仕事でも時間をかけて一所懸命やる」という趣旨のことを書いているところに、この問題の核心があると感じました。政府の働き方改革の議論に参画して、経営側の人たちは「生産性の低いのはダラダラ残業しているからだ」とおっしゃるが、私は「ダラダラ残業させないようにするのが、あなた方の仕事でしょ、実労働時間を短くすれば、サラリーマンたちはその時間の中で成果を出しますよ、そうすれば生産性も上がる」と意見を述べました。

水野労働時間を1800時間に変えれば、5時半に仕事を終えれば6時半から映画を観に行けるとか、有効に時間が使えるようになる。

大野デパートなども、昔は一週間に1日休みがあったけれど、今はお客の来店時間が夜まで伸びて、その営業時間に対応して労働時間が延びています。

住沢ここで一つお聞きしたいのは、今年のG7とG20の会議が開催されて、G7は価値観が共有されているけれども、G20は共有されていない。2つの世界が拮抗していて対立が深まりますか。

水野先に発展したところと遅れたところで、温暖化問題でも排出権を巡っても、過去200年にわたってCO2を排出したところと、これから排出するところの利害を、穀物や鉱物資源、石油など長く不当に安い価格で買い付けたものをストックベースで清算せよと言われたら、G7だってもたないでしょう。

小林G7とG20の対抗関係の中で、通貨覇権はG7の方にあるわけで、これは変わらないのでしょうか。

水野今はまだドルに代わるものがないからドル体制なのでしょう。今のところは、ユーロ圏はフランスの食料とロシアの天然ガスとドイツの工業製品でやろうと思えば完結できるでしょうから、ドルから離れてもやっていける。そうなると世界で持っているドルの外貨準備の3割か4割が売りに出るから、ドルは南北アメリカの地域通貨になっていく。となるとアジアはどうするかということになる。ユーロ圏のドルの外貨準備資産は売るでしょうからその分のドルが下がるでしょう。そして日本は400兆円近い海外資産の多くをドル建てで持っているので、ドル安で価値が目減りしていく。そうすると先ほどの過剰資本・過剰設備も日本が持っている資金ポジションも、どちらも価値が減少していくことになる。

本当は今のうちからそぉーっと分散すればいいのでしょうが、ドル安=円高になるのでできないようです。それは、ドル覇権を支えていたかつての基盤はなくなっているけれども、ドルが国際決済通貨として使われているだけのことですが。本当は金などに分散していくのがいいのでしょうが、日米関係からいってそれもできないのでしょう。

アベノミクスの行き詰まりと危機の深層

小林そろそろ最後の質問です。今度の日銀の総括的検証で、結局マイナス金利の深掘りができなかったのがポイントで、黒田異次元緩和もマスナス金利も行き詰まっていると思います。また、頼みのアベノミクスもこの秋口から消費不況の様相が鮮明になってきていますが、日本経済の現状をどうご覧になりますか。

水野そもそも消費者物価の2%上昇目標というのが無理な設定だったのです。それを2年で実現するとしていたものから、今回それを無期限にしでも、本当はその旗を降ろせば済むことなのです。イエレンのニューノーマルでは、ゼロ金利・ゼロインフレでいいのですからそれでいいのに、黒田さんの方がアブノーマルなのです。日銀は目標達成ができなかったのは原油価格が下落したからだと強弁していますが、これは原油高と円安を前提にしていて、それがずっと続いて欲しいと思っていたからです。

それはガソリン価格の高騰と円安で多くの国民が生活に困ったままの状態が続いてほしかったと言っているに等しい。国民はガソリンの値段が下がり、バターも高かったのが落ち着きみんなホッとしています。振り返って考えてみると、それまでには灯油高、高いバター、穀物原料高で値段は据え置いても容量が減るなど、国民は我慢させられていました。日銀は国民国家の銀行ではなく、誰の銀行になってしまったのか分からなくなってしまったのです。

住沢なぜ2%なのか、それを目標にするのがよく分からないのですが。

水野一応、GDPデフレーターは1%増に対して概ね消費者物価は2%増が対応し、1%くらいは消費者物価の方が高めに出ます。それでGDPデフレーターは1%、成長戦略は2%とすると3%、日銀の立場からするとGDPデフレーターベースでゼロインフレになると景気が悪くなっていることになる。だからさらに金利を下げないといけないので、消費者物価目標を2%増にしておけば、ことしマスナス金利にしたのですけど、金利政策の自由度(のりしろ)をもっていたいのだと思うのです。それでもニューノーマルないし「歴史の危機」の真っただ中なので、ゼロ金利・ゼロ成長になって、金融政策はいらないのです。

住沢今度の日銀の長期国債のゼロ金利を誘導する政策は、どういう意図があるのですか。

水野日銀も少し前までは、長期金利はコントロール外だと白川総裁も言ってきました。黒田さんになって、国債の購入額は日銀券の発行以内でやるのが日銀ルールだと言っていたのですが、そのルールは一時的だと言って、3年半も続けています。そして、今回10年物国債の金利もコントロールできると変えてきています。こういったなし崩し的な政策が次々とできるのは、黒田さんにはそういう意図はなくても、結果として統制経済になるのではないか、最終的には軍需と結びつけばそういう方向もありうるということですが。それに、これまでは2年を目標に期限を区切って、誰の目にもみえていたのですが、今度は長期的な目標で2%と期限なしになって、どこまでやると破綻するかが見えにくくなってくる。

住沢破綻というのは、何をもって破綻とみるのですか。破綻しているものが存続している。しかも経済・財政というリアルな世界で存続しているという、不条理な世界に突入している気がするのですが。

水野いゃー・・・。

小林どこでリスクとみるかですね。

水野利潤率が上がらないままで長期金利が上がるリスクプレミアムが付くかということです。

小林長期金利が上がると国債価格が暴落する。

水野市場が消える。その長期金利の反乱も日銀が鎮圧する。

小林それでも海外の外国人売りになるでしょうか・・・

水野海外勢は長期国債市場の一部しか持ってないですから、30%くらいだと結構の騒動になりますが、せいぜい10%くらいだと日銀が年間80兆円買う範囲の中で吸収されてしまいます。あとは円売りによる円安ですが、1ドル=120円だ、130円だとなるとアメリカが「何やってるんだ」と言うことになり、日本の自動車が世界に押し寄せますから防衛に動くでしょう。それに株高です。

小林株高になった時にインフレーションに火がつきますか。

水野まず地価、住宅バブルの方が先で、すでにサラリーマン大家が出始めています。

小林ハイパーインフレになる心配はありませんか。

水野ハイパーインフレは、生産力の基盤さえしっかりしていて、生産力を破棄しないで維持できていれば歯止めになるでしょう。むしろ150円の円安になったらトヨタ自動車はものすごく儲けて、ドイツの自動車メーカーだって買うだろうし、日産だってルノーを買い戻すことになるかもしれません。外国政府が円安は困るといってブレーキがかかります。そういうところでバランス調整できてしまうので、ハイパーインフレにならないが、だが生産力が減退するなかで通貨供給だけ増えるとハイパーインフレになるので、だから過剰生産力を廃棄した後に円安が進むともうお手上げ。海外で量で稼いで、円換算してものすごく利益が上がれば大丈夫だが、どこかで火がつくと思うのです。ただ、その前に市場が円安で反応してブレーキをかけることになる。

小林円安がブレーキをかけるシグナルになる。

住沢財政危機は問題にならないですか。

水野1000兆円ですからいつ危機になってもおかしくないわけですが、ギリシャと違って日本国民が9割持っている。預金者がみんな、定期預金や投資信託の形で国債を持っていることになっているのですから、だから「利子をよこせ」とむしろ旗かかげてデモをしないのです。でも、経常収支が赤字になると、外国人投資家は、国債の30兆円を消化できないということになりますから、日本売りになりますが、今は経常黒字ですからマクロベースでは日本が貯蓄超過になっているので、どっちかに倒れる要素はあるのですが、為替市場の円レートの行き過ぎとこの20年の海外投資のおかげで、年間15兆円の所得収支を稼いでいるという、日本は変なところで均衡している。これが経常赤字になり、そういう兆しがみえてくると、外国人売りに見舞われることになるのでしょう。本当ならば、そうならないうちに、これらの稼ぎを雇用と賃金に還元しないといけないのです。

小林しかし、その還元が雇用者総所得の増加とか、休息・休暇などの雇用環境の改善にうまくつながっていない。

大野とくに賃金が低い。東京は10月から最低賃金が時給932円に上がりますけれども、最近の賃金分布をみると最低賃金のところに張り付いていて、そのことは厚生労労働省の去年のデータで明らかにされています。最賃が30円上がると2割くらいの労働者の賃金が上がるという、ものすごいことになっている。

水野そこが問題で、企業に経済産業省が言っているように、ROE(株主資本利益率)を最低にして欧米並みに15%から20%にしなさいと言っているうちはできないです。そんな利潤を稼いで、工場新設の投資するにしても、もうそんなに生産物はいらないという時代になって20年もたっているのだから、ROEは8%なんかなくてもいいのではないか。大企業利益は28兆円、このうち4分1は外国に行っていて、内需産業だって、例えばコンビニだって街にあふれていて、配分の選択肢を変えていくことが重要であると考えます。

小林本日はありがとうございました。

みずの・かずお

1953年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。元三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、2010年9月より内閣府大臣官房審議官、2011年11月内閣官房審議官(~2012年12月)。2013年日本大学国際関係学部教授。16年4月より法政大学法学部教授。著書に、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日経ビジネス人文庫)、『資本主義という謎』(NHK出版新書)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)、『株式会社の終焉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

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