編集部から

編集後記

――資本主義はどこへ・・労働のあり方は・・

●今号では、水野和夫さんの「資本主義が行き詰まっている」との主張に対して、進藤榮一さんが「アジアでは新しい資本主義的動きがある」と見解を述べて、論争的に今後の議論が展開しそうな状況である。別段編集部がそうした論点を立てた企画ではなかったのだが、期せずして世界をどう見るか、考えさせられる時代になっていることが明快になったということだろう。今後の論の深化に期待したい。

●ただ、具体的に今の日本の経済状況を見たときに、つまり日本の資本主義がどこへ向かうかと考えると、水野さんも山家悠紀夫さんも、働く者の賃金を引き上げることこそがポイントだとの処方箋を提示する見方で一致しているようだ。つまり、水野さんは、現実的には長時間労働を抑えて時間を働く側に取り戻しつつ、実質的な賃金引上げを実現すべきだということだろうし、山家さんは、実際に資本の側がお金を貯め込んでいるのだから、それを賃上げに回せるはずだ、それが経済再生への道と。賃金引上げをサボってきたアベノミクスの破綻を明らかにしている。

●コラム「経済先読み」(小林さん)は、連合が労働組合として労働者の代表であろうとするなら、その賃上げ実現にどう取り組むか、今秋から来春闘にかけての取り組みが問われていることになると。実際に労働組合の運動に関わっているものとして実感するのは、安倍政権によって実現した最低賃金の大幅引上げ(時給平均25円、3.1%)をどう今後の闘いに結びつけるかという、具体的な闘いのことである。今、労働者の賃金分布は、最低賃金にピタリとくっついてピークがある。つまり、大量の日本の貧困層を形成する最低賃金ないしそれを少し越える程度の賃金で働く多数の低賃金労働者の存在を示している。今回の最賃の引上げがそのまま賃金引上げにつながるはずの労働者は2割を越えるだろうと言われている。そのことを闘いにつなげれば、アベノミクスの破綻を明らかにして、本当に「資本主義のゆくえ」を語ることができるのではないかと思う。(大野 隆)

●自民党総裁任期の延長も、しゃんしゃんで決まったようでアベにとっては今がわが世の春かもしれない。それにしても自民党内には対抗勢力がもはやないのかと暗澹たる気分になる。保守リベラルの復権をとも叫びたくなる。一方、時の権力に対抗する社会的勢力としての労働組合はどうか。その最大勢力の連合―アベと会食をかさねる中央の連合会長、新潟の知事選では電力総連などに配慮し反原発候補を推薦できず、自民とともに大敗北。これには外部はもとより、内部からも厳しい声があがる。ここでも“何処へ行くのか連合である”。アベ第二次改造内閣は、「最大のチャレンジは働き方改革」だと担当大臣も置き、同一労働同一賃金や長時間労働の是正など耳障りのよいスローガンを喧伝している。しかし、その狙いは何か、竹信三恵子さんは、そこにちらつくのは、行政の姿勢転換ではと指摘。戦後労働法制の軸であった企業への規制や労働者支援から「企業支援を軸にした」労働者保護?への転換ではと危惧する。是非一読を。

●私も最近、労使関係のあり方や労働組合の権限をめぐって憂慮すべき問題に直面した。30数年前の組合結成以来関与している京都のとある医療器械のメーカー(200人規模)での出来事である。昨春、心身症で休業していた女子社員が、実は以前に相談役(当時社長)からハラスメントを受け体調を崩した。また業務上の配慮など安全配慮義務も不十分であると訴え出た。会社は前社長への調査などを行いハラスメントの事実(それは言葉だけのものであったが)や体調を崩した女子社員への業務配慮が不十分であったことを労使交渉で認めた。また前社長とともに会社も一定の責任を負うことも認める。組合(当事者)の要求は、ハラスメントへの慰謝料と社長の行為は重大であり会社として相応の休業補償を行うべき、であった。詳細は長くなるので省略するが(同企業は約20年前の経営危機の時、労働組合が大きな力を発揮し再建を果たした歴史を持ち、以降、“人を大切にする企業を目指す”“みんなの会社”などを標榜してきた)。

労使折衝の結果、社長・総務部長らと(前社長の慰謝料+会社の責任負担)合意した。しかし確認の役員会の席上、社外役員の弁護士とその娘の顧問弁護士から疑義が出され持ち越しとなった。社長ら全役員は合意内容は変わらない、確認書の文言の問題と言っていたが、その後態度を変える。弁護士主導の主張の要点は、・慰謝料としては高すぎる(休業補償も含め約1100万)・責任は前社長にある・労災認定されなかったので休業補償の法的根拠がない等であり、さらには・この件は会社と当事者の紛議であり個別の案件であり、示談交渉は会社と当人である・労働組合が交渉当事者になるのはおかしい・組合は関与できない、と言い出す始末であった。弁護士に洗脳された社長らは、団交席上や当事者との折衝でも組合は関与できないと繰り返し主張する。組合員が受けたハラスメントに起因する救済に組合が関与できないとは何事かと、小生など本当に心の底から怒りが湧いてきた。本誌9号で「再び問う“連合よ、正しく強かれ”」を執筆した要宏輝さん(長く大阪地労委の労働者委員)は、その会社(弁護士)の主張は組合否認の明白な不当労働行為、労使合意を平気で破るのも不当労働行為だ。組合員の案件を組合が交渉できないなら、多くの個別案件の訴えを取り上げて全国で奮闘するユニオン系の労働組合は存在しえない。大変な暴論だ、むしろ組合側が不当労働行為で地労委提訴すべきでは、とカンカン。結果は、ほぼ組合主張の救済内容で合意した。会社側は反省し、納得したが弁護士は、合意書の署名で、組合を立会人と表現したり、また当事者の代理人と表現したりと最後まで抵抗した。

このような主張が特殊な事例ではなく世間ではまかり通っているのではと危惧する。先の竹信さんの論考でアベの「働き方改革」への疑問が出されているが、私など戦後労働法制への解体策動ではないかと思う。“残業ゼロ法案”のように高度な専門職などと口実を付けるのであろうが今回の“労働者も事業主として個別契約”の動きなどをみると、労働組合の権限を縮小し弱体化する動きとも表裏一体ではないかと思う。労働問題を知らない若い弁護士が主導した京都の片隅で起こった今回の事例も無縁ではないかもしれない。労働組合の組織率は18%に低下し発言力など社会的影響力も低下しており危惧が深まる。要さんの言う“連合よ、正しく強かれ”と願わずにはおれない昨今である。 (矢代 俊三)

季刊『現代の理論』2016秋号[vol.10]

2016年11月1日発行

編集人/代表編集委員 住沢博紀/千本秀樹
発行人/現代の理論編集委員会

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