連載●池明観日記─第14回

韓国の現代史とは何か―終末に向けての政治ノート

池 明観 (チ・ミョンクヮン)

≫トクヴィルの終回―2012年≪

『アメリカのデモクラシー』の終り第3部においてトクヴィルは再び重要な問題を提起している。彼は「本当の共感は同類の仲間の間にしかない」といった。「貴族的世紀には、同じ身分の成員の中にしか自分の仲間は見いだせない」「中世の年代記作家は悲劇において貴族の最後は悲痛に描いたが、民衆の殺戮と拷問」を物語る時には「しごくあっさりと眉一つ動かさずに」描いたというのである。まことにそうであろう。味方の死体を見たときと、敵の死体を見たときとはまったく感じが異なるのではないか。特に異なった動物の死に対しては我々は実に冷酷ではないか。原罪的な人間の姿であるといおうか。肉食を禁じた仏教の世界を考えるようになる。トクヴィルはこのように続けた。

「彼らは貧しい者の苦しみをはっきり頭に描けなかったから、その運命にほとんど関心を払わなかった」

「ひとたび平等が消えると、同胞の苦痛は無感覚になるのである」

アメリカ人の「話しぶりは自然で率直、そしてオープンである」。これに比べればイギリス人は「特異な非社交性」をもっているとトクヴィルは語った。アメリカ人には「生れによる特権」など存在しなかった。日本人は親切であると言われるけれども、見知らぬ人に対してはどうであろうか。彼らは武士社会の伝統の下で味方と敵という経験から離れ難かったのではなかろうかと思われる。トクヴィルはデモクラシーと慣習について語りながら次のような結論に達した。

「デモクラシーにおいては、人に大恩を施すことは決してないが、人の調停に立つことは絶えずある。目立つ献身は稀だが、誰もが世話好きである」

 ◇  ◇  ◇

我々の場合はどうであろうか。日中韓を比較すればどういうことがいえるであろうか。われわれの対人関係における姿勢にはこのように歴史がしみ込んでいるといえよう。トクヴィルはイギリスとフランスの場合についてつぎのように記した。

「私は常に、イギリスは、今日、奉公人がもっとも厳しい掟で縛られている国であり、フランスはそれが一番ゆるい国であると考えてきた」

トクヴィルが19 世紀にアメリカの女性たちについていっていることばであるが、今日ではどういえるだろうかと考えるようになる。アメリカでは「若い娘は他のどこよりも束縛を受けないとしても、妻はどこにもましてきつい義務の下におかれる」。そして夫とも家族を率いて西部の方に行ったアメリカの女性たちに関しては次のようにいったのであった。

「顔つきは変わり、やつれて見えたが、目つきはしっかりとしていた。悲し気ではあったが、毅然としていた」

そしてトクヴィルはヨーロッパの文学においては「悪意の世論が絶えず女性の弱さを非難している」のに比べてアメリカでは文学においてすら女性を厳格に描いてきたといった。

「アメリカでは、小説を含めて、あらゆる書物が女性の貞淑を当然とし、色恋話を吹聴するものはない」

トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』第2巻下の第19 章から第21 章までにおいて、アメリカ論を本格的に展開するのであるが、190 年前の話であるとは考えられないほどアメリカ社会とアメリカ人をリアルに描き出している。

それが私には万民が激しい上昇運動を展開している今日の韓国人に対する描写のように思えてならない。「野心は番人の感情である」というのである。「民主社会」が描ける「平等原則」の中で万人は「同じ歩調」で歩き「同じ試練」にかけられる。「そこでは人間は弱く、孤立し、落ち着きがない」。それにもかかわらず「野心家が一度権力を手中にすると、どんなことでもできると思い込む」という。

そこでは「均衡が取れ、穏健にして遠大な野心はほとんどみられない」。それは「権力を失うと、これを取り戻すために国家を転覆することを考える」。トクヴィルのつぎのようなことばが心を打つ。「かつて権力の周りに集まった愛と尊敬が次第に消えつつあるような現代の時代」に言及し、さらに次のように続けている。

「為政者は各人を利益によってより固く結びつける必要があり、これを秩序の中で沈黙させておくためにはその情念を利用するのが好都合であるように思える。このことはよく分かる。だが、そうしたことは長く続くはずがあるまい。そして、ある一定期間、力の原因に見えるものが長期的には必ずや災いと無力をもたらす大きな要素となるのである」

こうしてトクヴィルは「あらゆる人民の中でもっとも制御し難く、指導し難いのは政府に懇願する人民であることに十分留意しなければならない」といった。今日の韓国においてもいわゆる市民団体といわれるものの中にはこの種のものが多いのではなかろうか。ひいては左派といわれる団体においてもそのような現象が現れるのではなかろうか。

民主政治に迫ってくるこのような悩みでいまヨーロッパでもギリシャとかスペインの政治が揺れているといわれているのではなかろうか。そのためにヨーロッパ連合自体が危機に陥りつつあるといわれるほどである。大衆ポピュリズムというべき民主主義の危機であるといえよう。反対の極に走っていた社会主義、共産主義もややもすれば邪悪な勢力による欺瞞的な支配に転落しがちではなかったか。そのために「富裕からも貧困からも等距離の程よいゆとりの中に暮らす人々には自分の財産に計りきれない価値を置く」といったのであった。

これが革命を嫌う中産層というものであろう。ここでアメリカの場合、トクヴィルは次のように黒人の場合を挙げたのであるが、これはなんと驚くべき指摘であろうかと思わざるをえない。

「もし彼にアメリカが将来大きな革命を経験することがあるとすれば、それは合衆国の土地に黒人が存在することによってもたらされるであろう」

実際、1960年代以降かなり長い間、アメリカは実際的に革命の可能性をかかえて不安をかみしめねばならなかった。しかしアメリカは外部の影響から分離されている。自らの運命を自ら提案して解決を図ることのできる国といわねばなるまい。この前の選挙では、黒人大統領まで押し立てて白黒問題に多くの変化をもたらしてきた。新しい実験である。急にテレビの画面にみられるようになった黒人の登場、白黒男女のあけっぴろげなデイトを見ただけでも、このような実験的な変化を感じざるをえない。1960年代に、ケネディを暗殺した勢力をアメリカの将来のためにオバマの登場によって超えようとしていると言えようか。ここにアメリカの前向きな姿勢を見ることができるといえるかもしれない。

しかしトクヴィルはアメリカについて「人間は絶えず動き回り、人間精神はほとんど動かぬように見える」と憂えた。こういった意味でアメリカがリードしている今日の世界史において、一方私は、歴史の終末を考えるのであるが、トクヴィルは第1次、第2次世界大戦に先立ってこのような時代を展望したといえるのではなかろうか。21世紀における世界史の終末をアウグスティヌスの終末論に重ねて考えてみる必要があると思われる。

これはブルジョアジーの歴史発展論ではない終末論であるが、カタストロフィクなキリスト教的な終末論ではなくただの地球の終末または天体の終末とでもいおうか。トクヴィルは戦争について考えざるをえなかった。「民主的諸国民は本来平和を」欲するのであるが、軍隊はやはり戦争を願うものであると警告を発した。戦争は「偶発事」であるので、平和のための相当な準備をしていなくてはならない。しかし、「市民が開明的で秩序を守り、固い意志をもって自由であるならば、兵士も規律を保ち、従順であろう」といった。

このような点からして、1960 年の4.19直後、韓国の国民が軍事クーデターに対して警戒はおろか心待ちにしていた状況に傾いているのにもかかわらず、その当時民主的といわれた政権はそれに対する警戒心どころか政争に明け暮れていたことを胸の痛む思いで回想せざるをえない。しかし今は国民に鞭打って強要していた軍政は去った。しかしまた新しい危険が前に迫っているといえるのではなかろうか。トクヴィルは次のように言葉を続けた。

「今日の民主的諸国民の下に専制がうちたてられることがあるとすれば、それは別の性質をもつだろうと思われる。それはより広がり、より穏やかであろう。そして人々を苦しめることなく堕落させるであろう」

 ◇  ◇  ◇

今日ヨーロッパにおいてEUに脅威を与えている国家的破算に見舞われた国家とはまさにそのようなものであるといえるかもしれない。鞭で権力を維持できない時、飴で権力を維持してきて破産してしまった国家である。トクヴィルはそのような国に対して、「民主的専制」ということばを使ったのであるが、そこではすべてのことを国家任せにしておいて、他方で責任をもった行政力、住民の自治的な「二次的権力」などはなくなってしまう。

そこで「神がわれわれを住まわせたまう民主社会の中から自由を引き出すこと」をしなければならないといった。そこで新聞の役割をして、司法の役割を強調した。軍事政権下で統治者がもっとも恐れたのはこの二つの機関ではなかったか。共産国家が現れる以前にトクヴィルは彼の『アメリカのデモクラシー』の終わりの部分で触れたことは、多くの国が「不平等」を放置しておくことはできないであろうが、平等という名において破局を迎えるということであった。

「だが境遇の平等が国民を隷属に導くか自由に導くか、文明に導くか野蛮に導くか、繁栄に導くか困窮に導くか、それは彼ら次第である」

彼らとは、その文明の中で生きていく人々を指していた。珠玉のようなこの思想、それは遠い歴史の前途に対する若いトクヴィルの恐るべき予言であった。いかにしてそのような歴史意識が可能であったであろうか。何よりもそれは「偏見」なしに歴史を眺める訓練された知性によってであったといっていいだろう。私は彼のアメリカに対する認識において現代における終末論といおうか、それを読み取ることができるという思いからアウグスティヌスの『神国論』を読んでいこうかと考える。(2012年7 月6 日)

池明観(チ・ミョンクワン)

1924年平安北道定州(現北朝鮮)生まれ。ソウル大学で宗教哲学を専攻。朴正煕政権下で言論面から独裁に抵抗した月刊誌『思想界』編集主幹をつとめた。1972年来日。74年から東京女子大客員教授、その後同大現代文化学部教授をつとめるかたわら、『韓国からの通信』を執筆。93年に韓国に帰国し、翰林大学日本学研究所所長をつとめる。98年から金大中政権の下で韓日文化交流の礎を築く。主要著作『TK生の時代と「いま」―東アジアの平和と共存への道』(一葉社)、『韓国と韓国人―哲学者の歴史文化ノート』(アドニス書房)、『池明観自伝―境界線を超える旅』(岩波書店)、『韓国現代史―1905年から現代まで』『韓国文化史』(いずれも明石書店)、『「韓国からの通信」の時代―「危機の15年」を日韓のジャーナリズムはいかに戦ったか』(影書房)

池明観さん日記連載にあたって 現代の理論編集委員会

この連載「韓国の現代史とは何か―終末に向けての政治ノート」は、池明観さんが2008年から2014年にかけて綴ったものです。TK生の筆名で池明観さんが1970年代~80年年代に書いた『韓国からの通信』は雑誌『世界』(岩波書店)に長期連載され、日本社会に大きな衝撃と影響を与えました。このノートは、折々の政治・社会情勢を片方に見ながら、他方でその時々、読みついだ文学作品、あるいは政治・歴史にかかわる書籍・論文を参照しながら、韓国の歴史や民主化、北朝鮮問題、東アジア共同体の可能性などを欧米の歴史・政治と比較しながら考察を加えています。

今回縁あって、本誌『現代の理論』は、著者・池明観さんからこの原稿の公表・出版についての依頼を受けました。第12号から連載記事として公開しております。同時に出版の可能性を追求しています。この原稿の出版について関心のある出版社は、編集委員会までご連絡ください。

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