特集 ●第4の権力―メディアが問われる  

バイデンは「U6雇用対策」徹底で格差縮小を

縁辺労働者を含む広義の失業者救済こそ経済対策のカギ

グローバル総研所長 小林 良暢

この7月20日で、バイデン米政権が発足から半年を迎えた。バイデン大統領は、ホワイトハウスで会見した超党派の知事や市長らの前で、「米国が21世紀のこれからの25年を勝ち抜くチャンスだ」と胸を張ったという。政権発足から半年、バイデンの経済政策を冷静に振り返ると、明暗二つの側面が見られる。

3月に実施した1.9兆ドル(約210兆円)の経済対策で、米国経済は現在7%成長を視野に入れつつある。

バイデン大統領への政権移行が始まった時点では、ニューヨーク株式市場は、ダウ平均株価で史上初の3万ドルを突破するという好感をもって迎えた。3月に入ると、絶好調の米株式市場を牽引するGAFA4社の1~3月期の決算が出そろい、アップルの最終利益は前期比で2.1倍、検索大手グーグルを傘下に持つアルファベットは四半期ベースで過去最高益を更新する2.6倍を記録、ネット通販大手アマゾン・コムも3.2倍と、軒並み絶好調だ。

1.NYダウ最高値、初の3万5000ドル台

振り返れば、昨年の3月からの新型コロナウイルスの感染拡大で、ダウ平均は一時1万8591ドルまで下げた。バイデン政権の始動直後の1~2月いっぱいの株価は一進一退を繰り返してきたが、3月入ってからはGAFAやナスダック市場のハイテク株を中心に上昇局面に転じ、5月7日にはダウ3万4777ドルと過去最高値を更新した。

6月に入ると、雇用統計で非農業部門の就業者数が85万人増と市場予想を上回り、経済再開が順調に進むとの期待が強まった。だが、ギャラップの調査によると、バイデン大統領の6月の支持率は56%と就任以来ほぼ横ばいで推移しているものの、オバマ元大統領を共和党支持層の25%前後が支持していたのに対しバイデンは11%にとどまり、与党支持者からも絶対的な支持をまとめきれていない。

また、巨額の財政出動を発動させたバイデンの「大きな政府」は、政府債務が戦時を超える国内総生産(GDP)の1.4倍近い規模に達してきており、その推進力に陰りがみえ始めている。7月4日の独立記念日までに、成人の7割に少なくとも1回のワクチンを接種するという政権の目標は達成できないままに、夏を迎えた。インフラ投資と子育て・教育支援に計4兆ドルを投じる看板政策の行く末は、物価上昇率が5%を超えるよな13年ぶりの高水準に跳ね上がるとか、政府債務は21年にGDP比137%と第2次世界大戦後の1946年(118%)を上回ると、政治問題化する。

とりわけバデン政権の6か月にとって深刻なのは、コロナ後の雇用回復の動きが期待したほどみられないことである。コロナ危機で減少した就業者数は、危機前の水準からなお680万人も下回り、回復の足取りは鈍い。

このようなバイデン政権の経済運営について、以下の4点に絞って問題点を深堀りしたい。

2.長期金利の低下

政権始動から6か月を経て安定航行に入ったかにみえた7月9日、バイデン政権にとって想定外の長期金利低下(債券価格は上昇)に見舞われた。いったんは急ピッチな金利低下に歯止めをかけたが、株式市場は金利低下を嫌気して一斉に買いが強まった。世界的な過剰マネーの下で、投資家は債権市場から好調な米株式市場にシフトしたのである。

もともと6月後半以降から長期金利は低下傾向にあった。その背景には、当然米国債の空売りがあったと思われるが、なによりも米連邦準備制度理事会(FRB)が、金融緩和を長期に継続するための指針として採用してきた「平均物価目標」(コンセンサストレード)に代えて、一定期間の物価上昇率を目標として当面で2%と設定したことにより、市場が新目標への戸惑いから長期金利が低下に振れたため、ヘッジファンドや機関投資家がリスク回避に動いたとする、市場関係者の見立ての方が当を得ていると思われる。

いまひとつ、この方がより重要な背景と考えられるのが、2000~2020年のリーマンショックを挟んでの日本の低成長・低物価の「日本化」を回避したいとするコンセンサスが市場関係者の間にあって、じっさい債券市場ではFRBの新目標に沿って、米国債の売り持ち高を増やしている。これは投機筋の行動にも現れており、10年債先物の売り持ち高は今年に入り7割ほど増加させている。

しかし、6月中旬の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、22年の利上げの支持を示唆するメンバーがやや増えているが、全体では利上げの時期を前倒しする気配は見られない。

だが、住宅金融市場は過熱ぎみの傾向を強めており、市場には量的緩和の縮小(テーパリング)の開始を急ぐのではとの観測も出ている。それでも住宅市場の自然なピークアウトを後追いするFRBの姿勢は、1990年前後の日本と相似する。日本と同じ道を歩めば、デフレ経済に陥り、金利は上がらないという「米経済の日本化」に向かうことになる。

3.債務超過

米長期金利の低下に対処する手段としてつかわれた債券市場であるが、その債券市場そのものも、景気急減速を織り込む動きが顕著になりつつある。

バイデンの「大きな政府」の波に乗って、割高感の強い株式から債券への資金シフトが起こるなかで、FRBが検討する金融政策の正常化には、市場からの疑問符が投げかけられている。6月1日には1.6%台だった米長期金利は、その後の1カ月半で、0.5%近くまで低下している。

米国の政府債務は、2021年のGDP比で137%と、第2次世界大戦後の1946年(118%)を上回っている。コロナ危機における財政の役割が重くなるだけでなく、バイデン政権は向こう10年にわたって140%近い高水準の債務残高を前提とする「大きな政府」をめざしていくことになる。政府債務の拡大は、長期金利のさらなる低下、政府債務の膨張をはらむことになる。

新型コロナウイルス禍で先進国の財政が悪化するなか、中央銀行の国債買いが財政を支援する構図が続いている。長期金利を経済成長率より低くして利払い費を抑え、経済規模に比べた政府債務に歯止めをかける役割を担わせるためである。これで債務危機は回避できるのか。第2次大戦直後の米国は、FRBが国債利回りを低く保ち、結果的に債務の膨張抑止につなげた経験があり、それにより戦後の経済成長が助けられた側面もあったが、長期にわたり中央銀行に頼り続けることは難しい。

先進国の政府はコロナ禍で大規模な財政支出に動き、公的債務を急膨張させた。米国では民間保有の政府債務が2020会計年度(19年10月~20年9月)末に国内総生産GDP比で100%を突破した。政府内部門の保有を含む総債務は130%前後と第2次大戦直後の120%を上回り、記録の残る1790年以降で最も高い数字になっている。

債務危機の表面化を結果的に防ぐ役割を担うのが、FRBのミッションだ。米国債の発行残高はコロナ禍前の2019年末から2割増えたが、増加分の半分以上をFRBの買いで賄っている。

ただ問題がある。アメリカ議会予算局 (CBO)は、「議会が対策を講じなければ10月にも資金が枯渇する」と警告を発した。野党の共和党は債務問題で民主党と協力しない可能性を公言する。同じ問題が難航し、米国債の格下げから金融市場に混乱が広がった10年前の悪夢が再来するリスクがくすぶりかけている。

国債発行による政府債務は法律で上限が定められており、現在は2019年から上限の適用を一時停止しており、7月末にその期限を迎える。このままだと、8月から政府は借金を増やせない。政府閉鎖や国債の債務不履行(デフォルト)を避けるには、議会が上限を引き上げるか、適用を停止する必要がある。無策なら財務省が公的年金基金への拠出を抑えるなどの緊急措置で資金をやりくりするしかない。いつまでしのげるか。CBOは21日、「10月か11月に通常の支払いができなくなる」との試算を示している。

債務危機は回避できるのか。大戦直後の米国は、長期金利を人為的に押し下げて公的債務の負担を減らす手法を経験している。FRBは、1940年代にかけて国債買い入れなどを通じ国債価格の支持策に乗り出し、長期金利を低位(2.5%)に抑え込んだ。米国の総債務のGDP比率は120%まで上昇したあと、それを50%台に低下させるのに、60年代までかかったのである。

債務上限問題はこれまで何度も政争の具となってきた。上院は民主、共和両党の議席が拮抗し、下院での民主党の優位もわずかだ。民主党は民主単独で成立をめざす3.5兆ドルの財政支出案の中で債務上限を上げることも可能とするが、22年の中間選挙を控え、民主党が「借金増の責任」をすべて負う形となる。

アメリカでも、保守系に限らず多くの有権者が、政府の借金の膨張に厳しい視線を向ける傾向がある。政府資金が枯渇する前に3.5兆ドル法案を実現できる保証はない。

4.インフレリスク

FRBは7月9日、米議会に年に2回提出する金融政策報告書で、「短期的なインフレ見通しのアップサイドリスクが増した」と、物価の上振れ懸念を表明した。

FRBのパウエル議長が議会で証言するのに先立ち、金融政策運営について「完全に回復するまで経済を強力に支援し続ける」と表明している。ただし、足元では物価目標の2%を大きく上回っている現状については、「インフレは“一時的”だ」との認識を改めて示しただけに留めている。

だが、足許の6月の物価上昇率は、前月比0.9%と2008年6月以来13年ぶりの高水準に達し、インフレ長期化の影がちらつき始めている。需要増と供給制約による一時的な値上がりに加え、長く物価を押し上げる家賃や賃金にも上昇圧力が及ぼうとしている。

確かに物価上昇を品目別にみると、たとえば前月比10.5%と大幅に上昇した中古車価格、このウェイトからみると、6月の消費者物価指数全体の伸び(0.9%)の3分の1は中古車価格の高騰によるものである。また、住居費も物価上昇にポジティブな影響を及ぼし、標準的な住宅価格は1年前に比べ13.2%も上昇している。

こうした物価高騰の兆しについて、FRBは一時的とみており、2022年以降、物価上昇率は目標水準の2%強に落ち着くと、楽観的に見通している。物価の安定にむけて国債や社債を購入する「量的緩和の縮小」(テーパリング)開始に向けた議論は、この秋から進めるという、ゆったりとした対応に留めている。

市場では、21年末から22年初めにテーパリングが始まり、22年後半にも利上げがあると受け止められている。こうしたインフレの芽を放置したままで対応を長引かせると、原油価格や家賃の上昇に加え、飲食業などの上昇圧力も高め、高インフレを招く恐れがある。

さらに、石油輸出国機構(OPEC)やロシアなどが協調減産の縮小を18日に合意したことで、原油市場にはもうひとつ高値に向かう観測が強まっている。米国の原油生産は日量1140万バレルまで回復しているが、コロナ前の1300万バレルの水準に比べると150万バレル以上も少なく、先行き原油高騰に見舞われる公算は高い。

石油産業を後押ししてきたトランプ政権に代わり、脱炭素への世界的な奔流の下でバイデン政権は環境を重視する。米国は、原油が高値になると生産が急拡大し、それが原油相場を急落させた経験を持つ。こうした圧力により米国は、シェール増産に対してタイムリーにブレーキをかけることに慎重になるが、バイデンもそれを選択することになろう。

すでに、アメリカのガソリン価格は全米平均で1ガロン3ドルを超えている。原油高の影響は物価やインフレを加速することになろう。

雇用危機

7月19日のNY株式市場は、“リスクオフ”のムードに覆われた。

“リスクオフ”とは、逆に将来的に景気が悪化することが予想され、投資家たちが投資を控える状況を表す市場用語である。これに対して“リスクオン”は、将来的に好景気が予想され、投資家がリスクを取っても買いに出る状況を意味する。

バイデン景気ピーク論

19日のNY市場は、ダウ工業株30種平均が一時、前週末比946ドル安まで下げ、長期金利の指標である米10年物国債の利回りも先週末より0.12%下げて1.17%と約5カ月ぶりの低水準をつけた。市場には、バイデン景気はピークを迎えたとの懸念が広がり、一瞬“リスクオフ”に振れたのである。

新型コロナウイルスのインド型(デルタ型)による感染再拡大がその理由として挙げられたが、それにしてもダウ平均の終値で725ドル安というのは、バイデン景気以前の2020年10月以来、約9カ月ぶりの大きさだ。

むしろ恐怖指数の異名を持つ「VIX」指数が急上昇しており、先行き警戒の目安となるプラス20を上回っているということの方が、市場関係者を納得させる話であった。幸いにも、週末の23日の米株式市場で、ダウ平均は続伸して3万5000ドル台を付け、今のところ事なきを得ている。

この説明として、安全資産とされる米国債に買いが殺到し、長期金利の急低下を招いたとされた。だが、これからも起こりうることとして、むしろ「バイデン景気ピーク論」が浮上したことの方が重要である。GDP成長率や企業業績など景気指標が足元でピークを迎え、株価の上昇余地は小さいとする“弱気派”の主張へとつながっている。

こうした“弱気派”の主張は、確たる根拠に基づくものではないが、一つだけ挙げるとすれば、バイデンの経済政策の弱点として雇用政策を指摘することができる。

雇用統計から業種別に6月の平均時給の前年同月比の上昇率をみると、レジャー・接客が7%台、運輸、小売りが6%台と、新型コロナの感染リスクが敬遠される分野において、人手不足が深刻で賃上げ率が大きい。

また、労働市場については、感染リスクの敬遠や早期退職に加え、家で子育てのために仕事に就けないといった要因が絡んで、コロナ後には雇用水準が危機前を大きく下回っている。また、手厚くなっている失業保険給付などを受給して、就職活動を手控えているため、労働参加率は上昇予想に反して横這いとなるなど、コロナで労働市場からやむなく退出していた人たちが、再び働く場へ復帰するのが遅れている。

さらに、米労働省が7月2日発表した雇用統計によると、景気動向を敏感に示す非農業部門の就業者数は前月から85万人増加し、6カ月連続のプラスとなった。さらに失業率は5.9%と前月より0.1ポイント悪化したものの、就業者数の増加幅は労働市場の関係者が見込んでいた70万人程度を上回った。堅調な雇用回復が続いているとの観測が支配的だと説明されている。また、同じ月の事業所調査においても、娯楽・宿泊業を中心に前月からの伸びが大幅に加速し、20年8月(158.3万人)以来10ヵ月ぶりに雇用の回復ペースが高いといわれている。

広義のU6失業率

だが、家計調査によると、失業率が、低下するとの予想に反して上昇しており、6月の長期失業者数(27週以上の失業者人数)は398.5万人(前月:375.2万人)と前月から23.3万人増え、雇用の改善は未だ一進一退だ。さらに、長期失業者の失業者全体に占めるシェアも42.9%(前月:40.9%)と前月から+2.0%ポイント増加している。とりわけ長期失業者などの雇用弱者に恩恵をもたらすことにはなっていないのである。この背景には、縁辺労働力人口(183.0万人)など、経済的理由によりパートタイマーなどで働いている人たち(462万人)をも合算した広義の失業率(U6)は、この6月には9.8%に達していることがある。

U6とは、米労働省が発表する6種類の失業率のうち、最も広義の失業率を指し、一般の「失業者」に「縁辺労働者」(労働市場への参入と退出を繰り返す労働者)を加えたものである。この広義の失業率は、安定または納得した雇用に就けているかなど、労働市場の質を考慮した失業指標である。FRBは、金融政策を判断する上で、通貨の安定、物価の安定と並んで雇用の安定を目的としているが、政策運営に当たって雇用の質を考慮した指標として、U6という最も広義の失業率を採用している。

バイデン政権の6か月の経済社会政策の評価を見ると、非農業就業者数について、コロナ前の2020年の2月と今年の6月とを比較すると、就業者が680万人増加する成果を上げているが、不法移民の拘束者数はバイデンの寛容政策で19万人も増えている。この寛容政策は、「縁辺労働者」を「失業者」の増加につなげないために、「U6雇用対策」を実施することが、評価の分かれ目となろう。

バイデンは「U6雇用対策」を

雇用環境が記録的に悪化しているアメリカでは、世帯の年収が日本円で420万円台を下回る人たちのおよそ4割が失業している。新型コロナウイルスによる景気の悪化により、所得の低い層に深刻な影響を及ぼした結果である。FRBの調査によると、解雇や勤務時間の短縮などを言い渡された人は全体で19%だったが、世帯収入別で見ると4万ドル(日本円で年収420万円台)を下回る人たちでは39%が失業した。

また、自宅で仕事ができるテレワークをしている人は、大卒以上では63%だったのに対して、高卒では20%にとどまり、それは工場や店舗などで職についている人が多いためで、職域間格差がはっきりしてきている。

FRBの別の調査によれば、2020年3月からわずか3カ月で所得上位10%の保有資産は71兆㌦から77兆㌦に膨張した。IT(情報技術)株などに投資マネーが集中したことが背景にある。また、米国は白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系など多様な人種を抱えており、人種間の所得や失業率水準の差が大きいことも、是正に向けた課題となっている。

バイデン大統領が直面する課題は、こうしたコロナ危機で陥った格差拡大への対策である。新型コロナの失業の危機にさらされた広義の労働者は1000万人を超す。バイデン大統領も、「何百万人もの米国人が住居退去を迫られ、食料配給を待つという事態に直面している。今すぐ救済策が必要だ」と繰り返す。

バイデン政権は、総額1.9兆ドル(約200兆円)となる経済対策のうち、まず1兆ドルを家計支援に充てる。高所得層を除き1人当たり1400ドルの現金を支給。失業給付の特例加算も週300ドルから400ドルに引き上げる。連邦政府が定める最低賃金も現在の7.25ドルから15ドルに上げ、食料支援など低所得層の底上げ策をはかる。

大統領がなすべきことは、コロナでもっとも被害を被った「U6雇用対策」を徹頭徹遂行することで、予算が不足すればさらに追加予算をつぎ込むことである。

こばやし・よしのぶ

1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』(中央大学出版部)など多数。

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