特集 ● 混迷に"当たり前"を

護憲リベラル共生(ゴリラ)は何を目指すか

護憲で世界平和を実現し、多文化共生の日本をつくる

前衆議院議員 阿部 知子 さんに聞く

政治団体・護憲リベラル共生を立ち上げた阿部とも子さんに、目指すところを伺いました ・・・編集部

 

日本の政治は混迷というか、崩壊・融解していて、曰く言い難いですね。こんなに「政治不在」になったことはなかったと思います。そうした中で政治団体「護憲リベラル共生」を立ち上げた理由などをお話します。

人道外交議連の活動から護憲リベラル共生へ

一国の政治は、もちろん国内の社会状況もありますが、その時々の世界の政治の影響を大きく受けます。思い起こせば私たちの若かった時代はなんといってもベトナム戦争でした。

1968年当時、それまでの私は政治や社会のありようなどあまり深く考えずに、ぽわんと大学に入ったのですが、学内でも大学の民主化闘争など、どこに行ってもデモやストライキ、ロックアウト真っ盛りで、時代はベトナム反戦の大きな流れの中にありました。学生も外から揺さぶられるような感覚で目を覚まさざるを得ないところに置かれ、自分ごととして政治に関わり、反戦平和の運動が広がっていったのです。そうした中で私が特に衝撃を受けたのは、田英夫さんが爆撃下のベトナム・ハノイに入り、約1月間にわたって取材した報道番組『ハノイ・田英夫の証言』の映像でした。そこに映し出された「ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)」の兵士と言われた村人が頭を撃ち抜かれる映像など、本当に震えるほど怖かった記憶があります。

今の時代を考えると、4年半前にロシアのウクライナ侵攻が始まり、プーチン大統領は「領土をよこせ」と、まるで古い時代の戦争のようだけれども、実際はロシアという大国とEUの拡大を背景にした衝突です。次いで、ハマスがイスラエルを急襲したことへの報復として、イスラエルのジェノサイドが行われました。次にアメリカによるイラン攻撃というふうに考えると、世界を取りまく状況はこの数年大きく変わって、第二次世界大戦後の秩序を壊し、時代を揺さぶっています。私たちの若いころよりも多くの映像によってリアルに戦争を感じられると思うのですが、学生はもちろん社会全体としても、政治の世界ですらそこに関心が強く集まっているとは思えません。

私自身は国政に携わる者として戦争拡大の危機をなんとしてでも食い止めねばならないと強く思いました。それまでも医療関係や労災問題、環境問題など、この国を少しでも良くするために、議員活動を一生懸命やってきたつもりですが、これまでとは違う状況になっているのではないか、ここで外交問題に真剣に取り組まないととんでもないことになると考えました。

日本が世界にどんな国としてプレゼンスを示していくかが問われていると考え、国会の中に石破茂氏を会長とした超党派の人道外交議連を立ち上げて、自分の議員活動の軸・比重をそちらに移し、与えられた時間の大半を中東外交問題に振り向けるようになりました。

そこから今年2月の総選挙に向かっていくのですが、前年の秋には高市政権ができて、憲法改正への拙速な動きや台湾有事発言などがあり、日本でも平和や安全保障問題がクローズアップされたと思います。そして解散、総選挙直前に決まった立憲民主党と公明党の中道改革連合への合流は、私の個人的な位置づけでは「平和への結集」でした。公明党は平和と福祉を掲げ、とりわけ日中関係に重きを置く党ですし、立憲民主党も世界平和を希求する党です。それゆえお互いに高市政権への危機感を共有して中道改革連合が誕生したのだと思いますが、結果的には私の思い描いたこととそこにでき上がった中道改革連合には大きな乖離がありました。

二党の共闘や合流のきっかけは公明党にとっては与党からの離脱だったのでしょうが、公明党に近づいて党を一つにすることになった立憲民主党は、これまでよりも右に寄らないとこれからの時代のマジョリティになれないという主張に流されていました。要するに中道を右と左の真ん中と考え、その結果、全体が右に寄れば中道も右に寄るというような政党になってしまったのです。結果、立憲の発足以来の主張を大きく後退させながら選挙戦に臨み敗北、今や解党となりました。今年1月、総選挙の直前に中道改革連合を結成して8月末に解体ですから、あまりにも短い命運でした。

よく「大きなかたまりを作る」と言いますが、政党ですから、今の時代の何が問題か、軸になる課題を提示しなくてはなりません。本来の中道の意味をとらえきれず、霞む対立軸の中で中ほどを取ろうというだけでは、方向性は示せません。

脱原発をおろし、2015年の新安保法制の違憲性も問わず、これまでの立憲民主党の主張を譲って公明党に合わせ、その結果の総選挙での敗北でした。数合わせの離合集散と思われて支持も得られず、多くのリベラル派が落選しました。

総選挙後の現在、野党はどこも2,3パーセントの支持率で、どんぐりの背比べ。本来は高市一強体制と言われる今の政治に、今一つの社会像、守るべき国際秩序のあり方を示すべきなのに、全くそれがありません。簡単に言えば、高市さんのアメリカ追随路線に対して、それではだめだと、やはり国際法に則って、中国も含めた多国間協調でやっていくべきという対立軸をしっかり示してこそ政治です。しかし野党からは全くそういう声が聞こえてきません。この危機的政治状況に、「護憲リベラル共生」、略称「ゴリラ」と名付けて、8月19日に新たな政治団体を立ち上げました。

護憲の意義は国際平和の実現

記者会見当日には意外なほどメディアが来てくれました。裏返せば、国政の側からそういうメッセージが全く聞こえないからだと思いました。やはりリベラルな政党がなければいけないし、改憲がなし崩し的に進められることに危機感を持ち、敢えて「護憲」というある意味では使い古された言葉を使ったのです。

しかし、今こそ護憲なのです。なぜかと言えば、日本国憲法とりわけ9条を守ろうというのが従来の護憲運動ですが、そもそも9条と憲法前文は第2次世界大戦後の国連憲章に謳われている「戦争の違法化」に立脚した文章です。まさに「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して我らの安全と生存を保持する」のです。それゆえ護憲を新しい視座から捉えて、現在の国際社会の中でもう一度日本の役割と名誉ある地位を考えていこうという意味での護憲です。これまでの護憲をさらにダイナミックに考え直そうと思って取り上げました。

一方リベラルは、戦後日本は一貫して個人に立脚し、個人の自由や権利の尊重を掲げてきたのに、今それがどんどん侵食されている。例えば国旗損壊罪が象徴的です。思想信条の自由を持つ個人が認められなくなるような高市政権ですから、リベラルは重要な対立軸です。よく左派リベラルは終わったかのように言われますが、決してそうではありません。

さらに護憲リベラルという主張で終わったのではおそらく時代の大きな変化についていけないと思いました。今、世界中で起きている地殻変動とも言えるような、移住者・外国人排斥問題にどう臨むかです。ヨーロッパでは極右が台頭しているし、日本でも排外的主張をする参政党をはじめとしたいろいろな政党が出てきています。これまでの日本にも歴史的に朝鮮人・中国人差別があり、それを克服していかねばならないのは勿論のこと、今日ではより多様なルーツの人たちが私たちと共に働き暮らしています。共生できる社会(多文化共生社会)を新しい価値にしないといけません。ジェンダー平等や障がい者問題や性的マイノリティなども含めて共生、すなわち護憲リベラル共生を私達の旗とします。

その政治団体の略称は「ゴリラ」。実はゴリラは「専守防衛」なんですよね。攻撃的じゃないのです。攻められた時だけ打って出る。無益に戦闘することもない。胸をたたくドラミングも自分を鼓舞するためなのです。彼らは、共同体をすごく大事にし、共同で子どもを育てるなど、文明的にもゴリラの存在は意味があると思っています。

また、「ゴリラ」はあくまで政治団体としました。政党にしなかったのは、もちろん政党になるには現職国会議員数等の要件の問題もありますが、今の政党は、とにかく大きくしなくちゃとか、どこかとくっつかなくちゃとか、そんなことばかり言っているために国民との距離が大きく開いています。まずみんなが思っていることを相互に対話できるようにしなければ、この距離を埋めることはできません。さらにもう少し国際的な視野に立った活動をしないと、今の日本は危ないと思います。

その危なさの象徴がこの前の国連総会です。あんなに恥ずかしい国連総会はありませんでした。歴史に刻む国連総会でしたね。高市さんが国連憲章の敵国条項削除を訴えたら、その次の日に米中首脳会談で「米中が同盟国としてファシズムに対して戦った」と切り返されました。ブラックジョークのようですね。その敵国条項とは「安保理の許可なしで軍事的制裁行動を認める」規定ですから、それが残っていると中国から攻撃される可能性がある、というのが念頭にはあるのでしょうけれども、この敵国条項自体1995年の国連総会決議で既に死文化されているものです。今の国際情勢の中でまず言わねばならないのは国際法の遵守だったはずですし、その上での国連改革でしょう。

日本が尊敬される国になろうとするならば、やはりICC問題を正面から取り上げて、日本は率先して自ら法規範を厳守すると宣言し、アメリカにも昂然とそれを要求すべきでした。もちろん中国にもそうでしょう。さらに言えば、日本はカタールのように紛争の仲介国になれたらよいと思います。日本はG7の中でも唯一イランと友好関係がある国で、もちろん日米の方は日米同盟基軸というくらい親密?ですから、アメリカとイランの両方に橋をかけられる国であるわけです。アメリカが核濃縮の話し合いの最中に突然イランを攻撃したわけで、もう一度対話による核軍縮に戻ろうと進言することがあっていいはずです。世界で唯一の被爆国なのですからむしろ率先して言うべきなのではないでしょうか?

それを言えなくしているものが、対等ならざる隷属的日米同盟ですね。戦後がずっとそうだったから今もそうやっていればいいと思わされているのかもしれないけれど、一方でアメリカがどんどん変わっていく。アメリカはこれからの国際社会を収めていくリーダーとしては、すでにその地位にはないということでしょう。国際法を勝手に破り、実際に戦争を仕掛けるということに関して、日本からもアメリカに世界のリーダーとして今問われていることを誠意をもって進言すべきです。本当はいいチャンスではないでしょうか。

国連総会でのいろいろな国の指導者の演説を聞くと、例えばトルコのエルドアン大統領は、パレスチナガザでのジェノサイドを批判し子ども達を守れないような国際社会こそ問題だと話していましたが、その指摘はとても重要と思います。その状況を踏まえて高市さんは、日本は人道支援に頑張ると言うべきところを、取り上げたのは敵国条項云々。それを逆手に取ったようなことを翌日の米中の会談で言われて、早速トランプ大統領に泣きを入れるというのでは、あまりにも情けない。外交も日米基軸だけでなく多国間協調へと変わっていかなければいけないと国民も感じていますから、野党側もしっかり受け止めて発信して行くべきなのだと思います。

話は飛びますが、私、2月に落選して、その後すぐ始めたのは、イランとの友好外交を日本は誠実に取り組むべきだという活動でした。ちょうどアメリカがイラン攻撃をした直後です。米国と中東の大国イランとの戦争は深刻な危機になると直感し、日本のなすべきことは何かと考えて、イランとの平和外交こそ日本の使命と思ったのです。そこで、いろいろな学識経験者にも賛同者になってもらって、Change.org(チェンジ・ドット・オルグ)で署名活動(オンライン署名 · 生活と平和を守るために――イランとの友好的外交による船舶通過の実現を求めます - 日本 · Change.org)を5月から始めました。国民の声、平和を求める声としての署名活動ならば、議員でなくてもやれるし、やるべきだと思いました。5万筆以上を集め、7月末に外務省にも提出しました。

政治団体「護憲リベラル共生」(略称ゴリラ)の基本政策

改めて護憲リベラル共生の基本政策の項目を書き出すと、次のとおりです。

1. 何より平和、今こそ憲法9条を堅持
2. 長子による皇位継承へと皇室典範を改正
3. アベノミクスを克服し、革新的産業への投資促進と暮らしの保障を
4. 人間らしい労働の確立を
5. ジェンダー平等の社会、子どもを産み育てることを選べる社会、多文化共生社会の実現
6. ベーシックサービスの保障、人の可能性を引き出す教育の再構築
7. 地球温暖化は待ったなし、生命と環境を守る!
8. 中小企業こそ国の底力、しっかり支援を
9. 食料とエネルギーの地産地消
10. 在日米軍基地・国連軍基地の縮小と対等な地位協定への改正を
11. 地方自治の確立と参加型民主主義へ

上記のように、「ゴリラ」の1番目の政策も、多国間外交と国際協調です。だから、ゴリラは、単に従来の立憲民主党に回帰するのではなく、そこで足りなかったものを考えた結果です。特にこの5年ほどで時代が動いて、私たちが2017年に立憲民主党を立ち上げた時とは状況が違っていると思いましたので、それを1番目に置きました。

もう1つ大きく違うのは、天皇制のあり方を明らかにしたことです。これまでも立憲民主党内で議論はありましたが、形にはなっていなかった皇室典範改正について、その方向性を示しました。憲法に謳う国民の総意に基づく象徴としての天皇制とは何かということを明確に示すべく、皇室典範の改正による長子継承を2番目に書いています。

さらに、このイラン戦争は石油に依存する産業構造を直撃しましたから、経済的な影響もすごく大きく、ガソリンもナフサも不足し高騰しました。ホルムズ海峡は物流の拠点で、とりわけ日本を含めたアジアへの供給路で、農薬、肥料も全部通ってきますし、ダメージはあらゆる分野に及びます。戦争は経済を直撃しますし、逆に経済の悪化が戦争を生み出します。これはニワトリと卵ですが、今の国際情勢は戦後80年の中で最も危機的と言われ、世界経済に影響を及ぼす状況です。経済をどう支えるかはやはり暮らしをどう守るかということに関わるので、その政策を3番手におきました。

立憲民主党の時代も指摘していましたが、アベノミクスの過剰な通貨の供給で、財政赤字が累積し身動きが取れなくなっていることへの批判と対策です。お札を刷って軍備に投資するのではなく、グリーンライフイノベーションとして、投資すべき国内産業を育て、あるいは世界に伍する産業となるよう再エネや医療関連産業などへ、産業基軸を変えていくべきです。さらにエネルギーと食料の自給も最重要です。そのことも3番目の政策の中に書き込んでいます。

次に4番目に働き方を挙げています。働き方はAIの導入とも関係します。今までも懸念されていましたがここ数年の間でさらに大きく変わろうとしています。この状況への対応を政策の中にしっかり打ち出していくべきだというのが「ゴリラ」の主張です。

政治崩壊か融解か消滅か、こういう砂漠を初めて見た気がしています。ただ、そう思って振り返ると、実は2001年の米国によるアフガニスタン攻撃のころからすでに中東の問題が私の前にあらわれていました。2019年に亡くなった中村哲さんが生前私によく言っていましたが、「東京にいてネオンの下にいたら、今起きていることが何なのかは見えないんだ」、「大干ばつがこれからさらにアフガニスタンを襲う、それこそが危機だ」と。そこに爆弾を落とすっていうことが一体何なのかと心底怒り、アフガニスタンの人たちが生きていくことを自分は支えるんだと、彼は言いました。

だから、私なぞはいつも批判されて、まだ国会議員をやってんのかって言われたくらい。でも、それは、政治は何も見てないんだと私に伝えるための言葉だったのかなと思っています。

米国のアフガニスタン攻撃に際して自衛隊の海外派遣を巡って紛糾する国会に、中村さんを参考人としてアフガニスタンとパキスタン国境にあるペシャワールから呼んできたりしましたけれど、それまで私たちの頭の中はヨーロッパ、アメリカと日本と、せいぜいロシア、中国くらいの地図を書いていたところに、エアポケットのように大きな火薬庫でもある中東問題がポッカリ抜けていたと思います。そのことを教えてくれた中村さんが2019年12月4日、アフガンで命を落としました。以来、彼からの宿題と思いながら、とりわけ今年2月の落選前2年くらいはもう必死に中東外交問題に取り組み、各国大使館にも行き、いろいろな対話を試みました。

そのおかげで、例えば今イランとアメリカの仲介をしているカタールの考え方などが分かってきました。小国だから、自分たちが中立的な立場から、両方の対立ではなくて相互理解を図るという仲介外交を一生懸命やるしかない、ヨルダンもそうです。日本は自らの役割と立ち位置を間違えたのでしょうか。アメリカの子分であれば今の新冷戦体制の片一方にいられると思っていても、そうはできないというのが国連総会で如実になった。

いい加減に政治は目を覚まさなければなりません。対話=軍事によらない解決法を次の時代に渡していくための政治を考えるための「ゴリラ」です。

極右に向かう人々の不安に向き合い、共生のための新しい受け皿を作れるか

最後にもうひとつ、課題として皆さんにも聞きたいんですが、今ヨーロッパで、ドイツのAfdもそうですし、フランスもそうですし、イギリスもそうですが、いわゆる極右と言われる政党が非常な勢いで伸びています。日本だって今参政党にはそれほどの勢いはないけれども、でも、起きている現象は同時代的です。これに対して私たちは何をしていけるだろうかと考えています。

極右と言われる人たちの一定割合は、「私たちのことを受け止めてくれ」という不満がもとになっているのではないでしょうか。例えば、旧東ドイツ地域は、西ドイツとの統合以降も差別があり、格差があり、その中で自分たちの声が受け止められていないと感じている勢力が、極右と言われるようなところに流れていっている。おそらくどこの国でも、例えば労働運動に声を持っていっても聞いてもらえないのかもしれない。受け皿がないことが極右を生んでいるんではないかと思うのです。

ドイツでは二大政党と言われていた社会民主党もキリスト教民主同盟も地方選挙で大きくAfDに負けています。すごい構図です。日本だって参政党は今はそこまでの勢力ではないからさほど脅威ではありませんが、今後は分かりません。

また、今後労働運動はどう再建されるべきか。私はそれがない限り、極右の台頭問題は解決していかないのではないかと思います。加えて、またここにAIが登場します。もちろんこれまでの労働運動とは違うことが起こるかもしれないのでしょうが、かつて機械化が進んだ時に工場労働者で失業が起き、石炭から石油へのエネルギー転換の時も失業が起きた。今取りざたされているのはホワイトカラーの失業ですが、それだけではないかもしれない。

働き方の変容によって、社会が変わっていくか、変わらされていく。そうした中でヨーロッパが言うようなAI規制も必要でしょう。それだけでなくそこに現実に生身の人間がいて、この人間が自分の立場や境遇やあるいは気持ちをどこに持ち込めるのか、受け皿があるのか、それが私自身にも見えない。従来の非正規雇用の運動を担ってきた方々は、正規と非正規の大きな格差ができた時に、それまでの労働運動が正規の正規による正規労働者のための労働運動でしかなく、非正規は膨大に存在しながら、どこにも窓口がないというところからその受け皿づくりを始めたはずです。

自分が実際にやっていないので詳しくは言えませんが、個人参加のユニオンなどの運動がコツコツと始められ今もやり続けておられます。今度来る波はどこに受け皿があるのかがいまだ見えない。でもそれがない限り、やはり乗り越えられないのではないかなと思います。

あともうひとつは、それと密接不可分ですが、現代社会では、この人間が自然から疎外されて、職場環境によってもさらに疎外を強め、精神的に不調を来たす人が増えてきている。それを受け止めるのも労働運動だと思うのですが、でも、それ以上に社会に浮遊する不安、さまよえる不安、よるべなさなどが蔓延していて、それを今はかりそめであれSNSなどが受け止めている。ここに現代社会はどう立ち向かっていくかという課題がもうひとつあると思います。極右とどう対峙するかと構えるばかりでなく、むしろこの方が大きい問題のようです。

なんとなくみんな既存政党は何も答えてくれないと思っています。自民党は利権で繋がっているからそれで一貫しますが、多くの野党の関係するところは、労働組合の連合など、「正社員の正社員による正社員のためのもの」だからあてにはならないと思われてしまっています。そこが課題であり、加えて先に言った国際化とか多文化共生の問題があります。

私は在日外国人問題には大学生の頃から関わっていました。私にとっては社会運動のルーツは、他者の目から自分を照らし返すように、ものを考えることでした。学生時代に在日朝鮮人・中国人の在留許可を求めて一生懸命活動したけれども、今はその外国人の存在も多様になり、数も400万人以上になって、日本社会を支える不可欠な存在になっています。ところが日本がそれに応えられる社会になっていないわけです。

社会不安を克服し、外国人との共生をさらに進めていくためには、人としての尊厳を守るための労働運動の再建のようなものがおそらく新しい課題です。実は本年5月15日に急逝した私の学生時代からの友人の浅利俊明さんは、国籍・雇用形態・職場、職種の違いを超えて、個人参加のゼネラルユニオンの活動にこの十年あまり全力で取り組んでおられました。それこそこの混沌とした時代と社会の希望のように思いました。「ゴリラ」はちょっとそこまで踏み込めていないので、まだまだこれからの課題なのかなと思います。

あべ・ともこ

1948年東京生まれ。国際基督教大学から東京大学医学部卒。小児科医。湘南鎌倉総合病院小児科部長、千葉徳洲会病院院長などを経て、2000年社会民主党から衆議院議員に初当選。長く社民党政審会長を務める。その後、日本未来の党、みどりの風などを経て、立憲民主党へ。連続9期衆議院議員を務めるが、26年2月の総選挙で落選。2003年「あべともこ こどもクリニック」を藤沢市に開設。著書に『思春期外来診察室』(学陽書房)、『眠れない夜はお母さんそばにいて』(ゆみる出版)、『赤ちゃんを産む場所がない!?』(ジャパンマシニスト社)、『子育て@みんなの政治』(同)、『いのちを紡ぐ 平和をつなぐ』(ゆみる出版)など多数。

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