特集 ● 混迷に"当たり前"を

「中道」の解体、再出発のために多様な地域から始める

元立憲民主党代表、枝野幸男さんに聞く

聞き手 本誌代表編集委員(日本女子大学名誉教授)住沢 博紀

1.「中道」解体、2017年立憲民主党立ち上げ時との違い

住沢 9月初旬、小川淳也・中道改革連合代表は、解党する方針を表明しました。公明党系は公明党に復党し、旧立憲民主党系はその後、新党「民主改革の会」に移り、公明党との統一会派は継続するということになりました。しかし、泉健太氏ら2名は参加せず、泉氏は別の二人会派をつくっています。政党交付金をめぐる稚拙な対応には、世論だけではなく、泉氏ら内部からも批判があります。

幾人かの政治学者は、これほどの弱体した野党は戦後初めてだと論じています。また、90年代の政治改革以降、社会党やリベラルな保守層を受け継いだ民主党の流れは、2012年の分裂で挫折し、今回の「中道」の解体によって終焉したという見方もあります。

そこで、『生活経済政策』(2026年7月号)でのインタビューと、新著『再出発』(青春新書、2026年9月)をもとに、以下の質問を設けました。

まず確認したいのでが、枝野さんは「中道」を脱退したのですか?

枝野幸男さん

枝野 実は現職以外は、特に離党を表明した方を除いて、みんな「中道」に残っています。なぜかと言うと、解散のための手続きをしなければならないからです。埼玉第5区支部の党員は私だけですから、私が離党してしまうと、支部の解散手続きが取れないのです。現職の議員は新しい「民主改革の会」に移ったわけですが、現職以外は原則として、手続きが済むまでみんな残っているのです。

住沢 この2月、高市自民党が衆議院選挙で圧勝した際、私は本誌に、「『中道』の比例区得票率18.2%は、悲観する数字ではない。しかし『中道』には未来はない」と書きました。

枝野さんは『再出発』で、「今ならはっきりとわかります。あの、あまりに急ごしらえの合流劇こそが、有権者に対して『言い訳から入る選挙』しかできなかった根本原因だったと」と書かれています。「選挙目当ての合同」という批判は、メディアや多くの人々の見解です。

すると問題は、立憲と公明の合同ではなく、選挙直前に、国民への説明もなく、時間もないまま進めた合同劇であったということでしょうか。また2017年の希望の党への合流問題では、枝野さんは新党結成に踏み切りました。今回は、その時と何が違ったのでしょうか。

枝野 今になるとみんな忘れてしまっていますが、1月の時点では、メディアや有識者の中にも、「中道」の結成と両党の議員の参加について、それなりに「根拠がある」と、好意的に評価していた人たちがいたのですよね。

私が『再出発』に書いたのは、時間があれば「中道」結成そのものを有権者に説明できた、という意味ではありません。説明する時間がなかったというだけでなく、結成の是非について時間かけて議論をしていれば、例えば、地方議員や党員等の皆さんを含む地方組織、支援者の皆さんからのご批判などによって、合流できなかったかもしれない。そうしたことを含めて、あまりにも拙速に物事を進めたことが良くなかった、という意味で記述しています。

2017年に民進党が希望の党への合流を決めた時には、私は立憲民主党を立ち上げるという別の道を選びました。今回、そういう道を選ばなかった理由として、当時とは状況が異なっていたことが挙げられます。当時も短い期間で、一日単位で情勢が変わる中での決定でしたが、合流とは別の選択を求める世論のニーズが、初めから目に見える形で存在していました。希望の党はダメだという明示的な声が、身近な議員の間にも、世論にもあったのです。

今回も、結果を見れば「中道」への合流は否定的に評価されたわけですが、少なくとも総選挙の公示までの段階では、別の選択肢に対する大きな期待があるとは感じられませんでした。選挙結果や、選挙後に感じた空気から考えると、その点について、感覚が鈍かったと反省しています。

選挙戦では、『再出発』に書いたように、私の演説などを聞いてくれた、日頃から支えてくださっている支援者の皆さんは、「なるほど、そういう事情なのか」と、それなりに耳を傾け、理解しようとしてくれました。しかし、それは、合流そのものへの納得ではなく、私の動きに対して「しょうがないな」と納得してくれた、という意味だったと思います。

そもそも2017年の立憲民主党は、私が作ったように見えても、その本質的な部分は世論が作ってくれたのだと思っています。今回は、そういう世論が、少なくとも私には、選挙前には感じられなかったのです。

それが、選挙が始まる直前くらいから、思っていたのとは違う、「何となくおかしい」という否定的な感覚に変わりました。結果的に気づくのが遅すぎて、手の打ちようがなくなっていたのです。

『再出発』での「選挙戦当初から抱いていた違和感」とは、こうした経緯や背景を踏まえた感覚を書いたということです。

住沢博紀

住沢 私は「中道には未来はない」と書きましたが、幾人かの政治学者は、「そうはいっても、まとまった野党は必要だし、もう一度分解するべきではない」と言っていました。結果として、短期間で解体したわけですが。

少し前、立正大学で石橋湛山に関するシンポジウムがあり、前総理の石破さんが講演しました。立憲主義に立つ、まっとうな保守主義でした。「中道」には、こうした自民党の一部にも呼び掛けるという目論見があったのですか。

枝野 当時の「中道」の執行部の皆さんが、何を考えていたのかについて、私にはわかりません。ただ、公明党の票が足し算で上乗せされるという、机の上の計算をしただけだと受け止められても、仕方がなかったと思います。それに、自民党を割るという発想は、一方的な希望としては理解できますが、現状でリアリティがあるとは思えません。

私は、公示直前から感じていた違和感の延長線上で、選挙が終わった瞬間から、このまま進むのはなかなか難しい、解体過程が始まるのではないかと思っていました。選挙結果からも、希望の党以上に、「中道」が忌避されていたことが明らかになっていましたし、あまりにも短期間であったために、「取りあえず選挙が終わるまで」ということで抑えられていた「中道」に対する明示的な批判も、私の周辺では想像以上に大きく噴き出しました。

立憲民主党が続いたのは、党のアイデンティティとして、理不尽と闘うというナラティブ、つまり党の存在を支える物語を持ち、それに対する国民の支持があったからです。小池百合子氏と闘うというナラティブです。その上で、最初の選挙に勝ったことで、期待値が大きく膨らみました。今回はどちらもありませんでしたからね。

住沢 政党の理念が「理不尽と闘う」だけでは無理だと思いますが。

枝野さんの政治家の出発点は、細川護熙さんの「日本新党」でしたね。それから「さきがけ」を経て民主党になり、2009年に発足した民主党政権では、仙谷由人さんの後を受けて行政刷新大臣を務めました。仙谷さんは昔から私たちの知己で、『現代の理論』も期待を寄せた時代でした。さらに仙谷さんの退任後に官房長官となり、2011年3月11日、東日本大震災と福島原発事故が起こります。

枝野さんはしばしば「まっとうな保守」であるとも発言されますが、こうした政治家としての経験を通じて、変わらずに持ち続けている基本理念は何ですか。

枝野 少なくとも2012年の下野以降、私はずっと、公共サービスの充実による「支え合う社会」を主張してきましたから、それが理念というのかなぁ。その意味では、米国で言えば民主党的なリベラル、西欧の社会民主主義に近いとは思います。

仙谷さんが官房長官を途中で退任せざるを得なかったことは、たいへん残念な出来事でした。彼は多くの人を育てました。私や福山哲郎さんなどは、仙谷さんに一番育ててもらったのではないでしょうか。松下政経塾出身の何人かに対しても、いろいろとバックアップしていました。確かご母堂が学校の先生だったと思うのですが、そのことが影響していたのか、後進を育てようという思いが強かったと感じています。

住沢 『再出発』では「私にとっては与党こそ定位置」と書かれています。枝野さんには、政治家としての出発時から、幾度も与党の経験があります。その中で、ご自身が携わった施策で重要だと思うものを、3つほど挙げてもらえますか。

枝野 そうですね。細川さんの日本新党が出発点ですから、初当選したときは与党でした。その後の新党さきがけにいた時の自社さ政権もそうですし、2009年からの民主党政権もそうです。ですから、政治家としては野党をベースにするというよりも、常に与党としての発想を起点に物事を考えています。その後の野党としての日々も、いずれ与党になるために頑張っているという思いが強いですね。

与党時代に携わったこととしては、一つは、自社さ政権で菅直人さんが厚生大臣として取り組んだ、薬害エイズ問題の和解による解決です。二つ目は、一見すると小さいことのようですが、政府の記者会見に手話を取り入れ、法制上、手話を「言語」と明記させたこと。三つ目は、東日本大震災と原発事故の際の官房長官としての仕事ですが、これは個人の力というより、内閣全体の話ですよね。

今も、当時の菅内閣の対応にはいろいろな批判があります。菅総理の原発事故視察などです。ただ、私はあの時、一日何度も、知っている事実関係を隠さず、メディアの前で状況を報告し、なおかつパニックを起こさなかった。それは、他の人はできなかったと自負しています。

後になっていろいろな批判が出ていますが、当時のリアルタイムでは、メディアからそうした批判はなく、すべて事後的です。記者会見での発言を、後になってわかった事実なども絡めて、「切り取って」批判していますが、少なくとも緊急対応時点では、そうしたものはありませんでした。菅さんが原子炉への注水を止めたという話も、事後的なデマですからね。

事後的なメディア操作に対して、私たちの対応が弱かったこともあります。しかし今、私たちがそれを言っても説得力を持たない。100年後の歴史で評価してもらうだけですよ。

2.立憲民主党は戦前の立憲民政党を意識

住沢 政党の理念に関して、2017年に、枝野さんが立憲民主党を立ち上げた時、党名には立憲主義と民主主義が融合しています。当時、トランプの登場や権威主義政党の台頭をどこまで意識されたかどうかわかりませんが、結果として、国連憲章の理念や世界の自由民主主義が危機にある時代に、党名自体がその存在意義を示しているように感じます。

枝野 20世紀後半の国連憲章の理念を継承するというナラティブは、意識しなかったですね。むしろ、私が意識していたのは戦前の立憲民政党です。

住沢 戦前であれば、確かに立憲主義ではあっても、明治憲法のもとでの立憲君主制ですね。

枝野 もちろん私たちは、戦後の日本国憲法のもとでの立憲民主主義が前提です。ただ、戦前の二大政党制では、立憲政友会の方に「立憲」というイメージが強いのですが、民政党も正式には立憲民政党で、どちらも党名に「立憲」がついています。しかも民政党は、国会中心主義に立ち、自由と進歩を掲げる政党でした。国際協調主義と健全財政を志向する点でも、私たちと共通しています。

少し前から、新しい政党が雨後の竹の子のように出てきて、当時だと「維新」、その前には「みんな」、最近だと「チーム未来」。そうした政党らしくない名前は好きではなく、本格的な政党の名前にしたかったのです。

住沢 戦前の政党政治との比較で言えば、高市政権への批判の一つに、皇室典範の改正問題がありますね。これまで9条問題が憲法論議の中心でした。しかし第1条は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と定めています。国民主権と象徴天皇制も、戦後憲法の核心です。

ここでは日本国憲法の制定過程に対する批判や擁護の議論には触れませんが、皇室典範の改正をめぐって「国民の総意に基く」という原則が曖昧になれば、日本国民統合の象徴という側面が実質的に揺らいできます。欧州諸国の君主制も、こうした問題を抱えています。

枝野 高市総理とその周辺は、結果的に天皇制に後ろから弾を撃っているとしか思えません。養子の問題などは、天皇制を破壊しかねない深刻な問題です。そうした意味で、象徴天皇制という憲法の本質にかかわる問題であることは間違いありません。

ただ、多くの国民の皆さんの関心は、敬宮愛子内親王が天皇にご即位されるのかどうかという点にあります。それを超えて、本格的で本質的な憲法議論にしたら、多分、国民の関心は離れてしまうのではないでしょうか。

確かに、日本国憲法には、1条も9条も含めて曖昧さがあります。ただ私は、解釈に幅があるからこそ、日本国憲法は80年間変わってないのだと思います。曖昧さをなくそうとすれば、改定しなければならなくなる。私は憲法改定に否定的ではありませんが、解釈可能な範囲に幅があり、その範囲内で現実対応することで、条文改定の頻度を減らしてきたのも、一つの利点だと思います。

それに私は、日本国憲法の中心的な軸は、第13条に示される「個人の尊厳」にあると思っています。生存権を含む人権規定をはじめ、憲法の規定はすべて「個人の尊厳」が出発点です。9条も、結局は、尊厳ある個人の命を尊重するために必要な制度を具体化したもの、という位置づけになります。

3.埼玉県で「立憲ネットワーク」を立ち上げ

住沢 枝野さんは、さいたま市の立憲民主党系の地方議員会派という有力な連携相手もいます。6月には埼玉県で「立憲ネットワーク」も立ち上げられました。

月刊誌『生活経済政策』のインタビューでは、総支部の廃止によって立憲民主党の地方議員とのつながりが失われる恐れがあり、これまでの連携を維持するために政治団体を作ったと説明されています。現時点で立憲民主党と「中道」に分かれている仲間が、一つの旗の下で、ともに闘うことを目指しているということです。

さらに、立憲民主党で頑張るという自治体議員も全国で大勢いるので、ここで頑張れば何かできるかもしれないと、長期的な再生の展望も語っています。

『再出発』では、ホップ、ステップ、ジャンプと中期的な話をされていますが、来春の統一地方選挙がホップ、2028年7月の参議院選挙がステップという理解でよいのでしょうか。

枝野 はい、そういうことです。2027年春の統一地方選挙では、今はバラバラになっている立憲民主党の人々が、どういう形で、どこまで一体となって闘えるのか。少なくとも『再出発』を書いた時点では、地域政党的にやるしかないと思っていました。今も、地域によって事情がぜんぜん違いますから、その基本線は変わりません。

埼玉は、まだまとまっている方です。それなりに長くやっている議員は、足元の地域でなんとか闘えると思います。若手でも、しっかりしているメンバーのところは、それなりにやれるでしょう。しかし、地域によっては、ほぼ全滅に近い状況に追い込まれているところもあります。全国規模でみると、簡単なことではないですね。

今は、参議院の立憲民主党の仲間に、ぶれずに頑張ってもらう。そして、地方選挙を闘う皆さんと「中道」に参加したメンバーとをつなぎ、原点回帰の姿勢を明確に示しながら、できるだけ一体となって闘うことが大切だと思っています。「中道」が解体された以上、できれば一日も早く、できるだけ多くのメンバーが立憲民主党に戻り、一つの政党として統一地方選挙を闘うのが望ましいと思います。

住沢 北海道とか東北は有望な地域ではないですか。また、そうした地域での立憲民主党系の政治家が首長選挙に立候補する場合、枝野さんも応援に行きますか。

枝野 そういう大きな括りではないですね。もっと個別に地域事情を見ていく必要があります。特に首長選挙で応援に行くかどうかは、人によるし、またオファーがあるかどうかにもよります。そして何より、それが選挙にプラスに働くかどうかです。今は多くの場合、特に首長選挙では、選挙区外から来た人、つまり「東京から来た」と思われる人が、あまり表に出すぎない方が良いのではないかと、僕は思いますけどね。

例えば北海道・札幌の荒井優さんには、人間関係からも、荒井さんに対する期待からも、ぜひ勝ってほしいと思っています。先日、お父さんの荒井聰さんと北海道で会ったのですが、「依頼があればいくらでも行きますけど、東京から人はあまり行かない方がいいかもしれませんよ」と話しました。

先日の沖縄県知事選挙でも、東京から大勢の人が応援に行ったり、 SNS で発信したりしていましたが、結果的にプラスだったのかどうかは分かりません。対立候補に対して、「東京からの介入だ」「東京の傀儡だ」と攻めようとしているのに、こちらも東京から来た人たちが一生懸命、表に出て応援していたら、戦術的に分かりにくくなった側面があったのではないかと思います。表に出ない、水面下の支援はいくらでもやった方が良いと思いますが、表に出ることの損得は、よく分析した方が良いでしょう。

僕は今、先のことを固定的に考えないことが大事だと思っています。先日も、近い仲間との会合で、現職の皆さんに「とにかく決め打ちしないでやってください」と言いました。今年に入ってからでも、年明けの時点で、衆議院の解散や「中道」の結成を予想していた人は、ほとんどいなかったのではないですか。ましてや選挙の直後に、こんなに早く「中道」が解体すると思っていた人も少なかったでしょう。ですから、また半年後にどういう政治状況になっているか全く分からない。読みきれない、読みにくい状況なので、とにかく決め打ちしないことだと思います。

いくつかの選択肢を持ちながら、とにかく足腰を強くするために、地方選挙で信頼できる仲間を増やす。増やすことにリアリティがない地域も多いかもしれませんが、なんとか一人でも多くの仲間に当選してもらうことが重要です。僕が今、具体的に描ける絵はそこまでです。しかし、地域を担う一人でも多くの仲間と連携することで、本来目指したボトムアップの政治に近づいていくことができるのだと思います。

ただ、小手先で党名を変えたり、綱領を変えたり、新党という形だけ作ったりするのはダメです。多くの国民、特に立憲民主党の潜在的な支持者の多くは、もともと政界再編的な動きに拒否感が強かった。「中道」をめぐる一連の騒動によって、多くの無党派層を含め、そうした動きに嫌悪感を持つ人が圧倒的に増えています。永田町的な視点ではなく、こうした国民感情を正面から受け止め、ぶれずに原点を貫く姿勢こそが求められていると思います。

沖縄知事選挙の話に戻ると、今は日米安保や基地問題を、前面に出る政治的争点にしてはいけない状況だと思います。もちろん重要なテーマですが、あえて表の争点にせず、実質的にじわじわと変えていくのが現実的ではないでしょうか。今のトランプに問題があるとしても、当分の間、日米同盟を主軸にせざるを得ません。その上で、ヨーロッパとの連携深め、さらにアジアも含めた中規模の国々と結びつく形で、中規模先進国連合を作るべきだと思っています。

4.国会内の統一会派による高市政権に対抗する役割は?

住沢 「中道」を解体しても、衆議院では「民主改革の会」などの立憲系の議員と、公明党との統一会派は残るわけですね。それは、どういう形で高市政権に対抗するべきだと思いますか?

枝野 ここまでのプロセスの延長線上で、統一会派が上手くいくのかどうか、外から見ていると強い危惧を持っています。一方で、現職の皆さんが、統一会派を作らずに野党第一会派を奪われるとどうなるか、という不安の中でやっていることについては、外からからどうこう言えないという思いがあります。後ろから弾を打つことにならないように、国会戦術に関しては、「現職のみなさん、たいへんだろうけど頑張って」としか言えません。

もちろん聞かれたら相談には乗ります。ただ、今のところ、小川淳也さんや階猛さんから、そうして点についての相談はありません。思っていることは、聞いてくれる近い仲間に、水面下で伝えるようにしています。

個別政策については、一人の政治家として、外に向かって言うべきことは言わなければならないと思います。それこそ皇室典範改正には、かなり強いトーンで反対の発信をしました。今後は、政府の進める消費税減税に乗ってはいけないということを、強く発信していきます。

具体的な動きは現職の皆さんに委ねるしかない、というのが基本ですとしても、大きな姿勢の問題としては、「批判ばかり」という批判を恐れず、国会の行政監視機能をより強力に果たしていくことが、国民の皆さんからの信頼を取り戻す起点になると思っています。

住沢 チーム未来の安野さんが1990年生まれで、参政党の神谷さんは1977年ということで、リーダーの世代問題が注目されていますが。

枝野 だったら、自民党にも言ってくださいとしか言いようがないですね。麻生さんはともかく、林芳正さんも高市さんも私より年上ですし、政治家としてのキャリアもほぼ同じ長さです。政治家には、一定の経験値が必要だと思いますよ。2009年からの非自民政権をはじめ、経験値が足りなかったことが、失敗の一つの大きな原因です。自民党の強さには、政権運営をはじめとする経験の蓄積も大きいのではないでしょうか。

ですから、安野さんや神谷さんが注目されていること自体は、一過性の部分も大きいと思っています。最近は、3年とか5年とか、短期間だけ喝采をあびる傾向が強いですよね。

ただ、参政党は、地域でいろんな形で草の根の社会に入り、それまで政治に関心のなかった人たちを巻き込んで活動しています。そういう人々があちこちにいる。立憲民主党も、本来そうであるべきだったのですが、残念ながら、結果的に弱かったですよね。私の反省点の一つです。

もう一つ、参政党やチーム未来、それから維新のようなところは、トップダウンであることが利点です。党中央の判断で、効率的な資源配分や発信のマネージメントができます。良くも悪くも、立憲民主党は商店街連合会のような、個別事業者の連合体みたいなものなのですよ。トップダウンで資源配分のできる企業のような存在ではありません。でも、参政党や維新は企業のような組織体だから、本部で決めたことを全部徹底できると。

典型的には、維新は地方選挙で10人も20人と候補者が立っても、同じデザインの同じ色のポスターを使わせることがあるのですよね。うちは、地方議員のポスターを揃えるなんてことは、絶対できません。スローガン揃えろ、言うことを揃えろと、党本部が一方的に決めることはできない。でも、僕はこの方が健全だと思っているいので、ここは仕方がないと思います。

今はポピュリズムが世界的な傾向ですから、参政党も地方選挙ではそれなりに拡大し、存続できるでしょう。でも、維新の会が全国政党としては常に壁に跳ね返されてきたように、ポピュリズムの限界とともに、参政党も神谷さんも、いずれ壁にぶつかると思います。

住沢 一つだけ、高市政権の具体策についてお聞きします。今、消費税1%への減税に関する国会質疑が始まっています。この問題について、立憲民主党は本来、「給付つき税額控除」によって、インフレに対応し、低所得者層・中間層を支援する政策を提言していました。そこに、食料品の消費税をめぐる減税議論が加わっています。廃止論から1%にする案、2年間に期限する案などがあり、議論は錯綜しています。10月7日の新聞報道によると、立憲民主党は、2025年参議院選挙で掲げた「食料品消費税ゼロ」から転換し、低所得者層への速やかな給付を実施した上で、本来の「給付付き税額控除」の制度作り移行すべきだとしています。

枝野 立憲民主党が、無責任な減税ポピュリズムから勇気をもって撤退したことは、敬意と感謝を込めて、強く歓迎します。

社会保障を中心に、医療・介護、教育・子育て、公共交通や運送、災害対応、さらには一次産業や気候変動対策などを充実させる。非正規雇用の正規化も、公共分野から進める必要があります。こうした公共サービスの充実と、それを通じた所得の再分配こそが、いわゆるリベラルとして、立憲民主党などが重視すべき政策です。小さな政府から自己責任社会へとつながる減税や現金給付政策は、本来の私たちの立ち位置と矛盾します。

そもそも、2年間に限定した消費税減税を議論していますが、それがどこまで現実的で、持続可能なるのか疑問です。今国会では通ると思いますが、こうした減税は、一度実施すると、2年後に元に戻すのが大変です。財政破綻に至る道だと思います。

歴史的な例えで言うと、高市内閣は、昭和20年8月15日の破局の前年、昭和19年の小磯内閣のようなものです。あの時は軍事的な敗戦に至る最終局面を加速させたわけですが、今回は経済敗戦への道ですね。

円安やインフレで混乱期を迎え、高齢社会の中で年金制度まで崩壊すると、社会はもっと混乱します。ですから、それは持たせるしかないと思います。ただ、インフレが進む中で、年金の給付水準をはじめ、最低限の社会保障を維持しながら経済敗戦を乗り切るのは、たいへんなことです。

給付つき税額控除の制度設計も、今の議論の流れでは、最低所得補償としてのベーシックインカムに陥る可能性があります。これは一種のばらまきです。少ない財源で、支援を必要とする低所得者に必要な可処分所得を保障し、公共サービスを充実させるための財源を確保する。その本来の趣旨と内容を、しっかりと貫いていくことが重要です。

5.激変する世界と時代の中での日本の立ち位置への認識

住沢 ここまでは、地域政党や国内政治、野党の再建などを聞いてきました。しかし、国政を担ってきた政治家として、現在は在野、あるいは野党の立場であっても、積極的に発信するかどうかとは別に、日本の外交政策、通商政策、安全保障政策について、常に独自の見解を持つことは必要不可欠だと思います。今、トランプ米大統領による国連憲章や国際組織への侵害、露骨な批判、あるいは同盟国の軽視に対して、高市政権は黙認するか、外交官の専門家による交渉に委ねて逃げています。日本の野党や政治家個人が、明確にトランプを批判することは、一時的に「国益」に反するとしても、正しい政治の在り方ではないでしょうか。

枝野 アメリカに従属していれば国益を守れるという、ある意味で幸せな時代は終わっています。トランプを批判することが国益に反するなどということはありませんよ。国益の観点から、トランプにも言うべきことを言い、抵抗すべきことには抵抗すべきです。

一方で、石破政権で外務大臣だった岩屋毅さんは、中国との外交窓口になり、ネット右翼から批判されています。それは、岩屋さんが選挙に強いからできるのであって、立憲民主党の多くの国会議員が単純に真似すると、選挙区で勝てなくなります。

こうした観点からすると、国際的な立憲主義やリベラル政党との連携は、アメリカ民主党までなら良いですが、それ以外とは慎重に、できれば水面下で進めるべきです。EU諸国の社会民主主義政党については、もちろん欧州社会憲章などから学ぶことは良いのですが、目立つ形での直接連携すると、選挙でマイナスになりかねません。大事なのは、私たちが選挙区で勝たなければ、日本の政治はもっと悪くなるということです。

立憲民主党の基礎票は、これまで1,100万票と言われてきました。私たちの課題は、これをもう一度取り戻し、さらに拡大することです。

野田さんたちが勘違いしていたのではないかと思うのは、はじめから保守政治家のように見える人が、自ら主導して中間的な無党派層に手を伸ばすと、想像以上に全体が右に寄ったと見られる、という点です。だから私の役割があると思ってきました。

もともとリベラル側に軸足があると見られている人間こそ、中間的な無党派層に向けたメッセージを出さなければならないのです。ところが野田さんは、右寄りに見えている立場から、さらに右を向いたように受け止められた。主観的には右に向いたつもりがなくても、自分たちの思っている以上に、右に受け止められたわけです。

野田さんのような見え方をする人は、個別の場面はともかく、全体としてはリベラル側に向いてメッセージを出さなければならない。財政規律を重んじる姿勢が、社会保障などの充実を期待するリベラル層に訴え、大きな役割を果たしてもらえるのではないかと、期待したこともありました。しかし、消費税の恒久減税に踏み込んだことで、ますます「向こう側の人」という見え方になってしまいましたね。

私は、世の中から、実態以上にリベラルに見られています。圧倒的に台北との関係が深い私に向かって、相変わらず「媚中派」なんておかしなことをいう人もいます。だから、世論との関係では、右に向いた姿を見せることが、一定程度許される立場だと思ってきました。民主党の時代から、岡田克也さんや海江田万里さん、近藤昭一さんなど北京とやり取りをする人はたくさんいたので、私は仙谷さんの流れで、ずっと台湾を担当してきたのです。

私も代表の時には、共産党などとの連携がテーマになりました。リベラル側を基盤に、真ん中から右へと手を伸ばすという、本来のなすべき方向とは違う役割を担うことになってしまったので、何とも言えない部分はあるのですが。

韓国との関係は、この20年ぐらいを見てくると、向こう次第なのですよね。向こうが反日的な政権だと上手くいかない。今の政権はリベラル派でも反日的でないので良いですが、一般的に言えば、韓国は保守政権の方が、我々としてはやりやすいことが多いのです。反日をプロパガンダとして利用しない人が多いですからね。私の韓国での人脈もどっちかっていうと保守側です。

激動する国際情勢の中で、日本がこれからどのような役割を果たすか、という質問ですが、「国際社会における役割」と言う時には気を付けないと、まだ大国意識が抜けていないってことになりかねません。人口規模から言っても、面積から言っても、そして経済力もそうなりつつありますが、多分、将来的には世界で30番から50番ぐらいの水準ではないですか。一人当たりGDPで言えば、すでにそれに近い状況になりつつありますよ。

今はG7と言っていますが、いつまでいられるのか、心配しなければならないと思っています。G7に入っていた方が国益の観点で得ですから、入っていられるようにしなきゃいけない。ただ、いつまでもいられるが当たり前だと、思わない方が良いですよ。

とにかく、もうG7が、事実上G2になりつつあります。あるいは、ロシアを入れるとG3かもしれない。こういう状況では、中規模の先進国が連携するしかないと、僕は思っています。ヨーロッパ、オーストラリア、カナダです。本当は韓国と台湾もなんですが、韓国や台湾との間には歴史的な課題があり、台湾については中国との関係も生じます。ですから、まずは少なくとも、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリアと、どれぐらい足並を揃えられるかということになります。対米外交も、この文脈の中で考えるべき話だと思います。

こうした文脈の中でこそ、国際的な法の支配、気候変動対策の強化、紛争地域における戦後復興支援や人道支援など、国際協調や国際社会での役割という話が、本当の意味で価値を持つのではないでしょうか。

そして、その時に初めて、集団的自衛権の話が出てくるのです。アメリカとの関係では、「他国防衛のための」集団的自衛権なんか必要ありません。また、アメリカの世界戦略に利用されるような「他国防衛のための」集団的自衛権は、憲法上行使できないとしておいた方が国益にかないます。しかし、ヨーロッパと連携してアメリカや中国、ロシアと対抗しようとする時には、距離的に離れていることもあって、「他国防衛のための」集団的自衛権について、本気で議論しなければならなくなるかもしれません。

住沢 それはウクライナ戦争に端を発する地政学的な意味での集団的自衛権よりも、国連憲章の精神に立つ、集団的安全保障に近い印象を持ちますが。

枝野 それは、そうかもしれません。今すぐに、これまで議論されてきたような集団的自衛権を持とうというという話ではありません。ただ、米・中・露という大国に好きなようにさせないために、安全保障面でも様々な模索や、頭の体操が必要かもしれない、ということです。

住沢 もう一つお聞きしたいのは、通商政策についてです。枝野さんは経済産業大臣も務められました。TPP(環太平洋パートナーシップ)をめぐっては、アメリカからの提起を受け、日本でも論争になりました。当初、NPO組織やリベラル派の人々からも批判がありました。しかし、トランプのアメリカが加入せず、しかも多国間貿易協定に対立的な立場を取るようになったことで、逆に、WTOの自由貿易を支持する国々にとって、TPPは一つの資産となっています。現在はCPTPPとなり、イギリスも加入しています。カナダ、オーストラリア、とりわけメキシコやチリなど中南米諸国、ベトナムを始めとするASEANのいくつかの国は、日本にとって重要な通商相手国です。アメリカとの貿易では、メキシコ経由が大きいな役割を果たしています。

枝野 TPPは、ないよりは、あって良かったかなとは思います。でも、それが決定的なものになるかというと、まだわかりません。おそらく国際経済も変わります。また、次の大統領選挙で誰が大統領になるかによって、アメリカもかなり変わるでしょう。

マーケットとしては、やはりアメリカと中国が決定的に大きいですからね。この二つが勝手なことをしている時に、それ以外のマーケットで、日本の国益をどのくらい守れるかというと、かなり心もとないですよね。米・中との関係が難しい時に、TPPが存在していること自体は、一種のリスクヘッジとして、一定の救いにはなるとは思いますけどね。

いずれにしろ、経済の分野でも、食料安全保障を含め、米・中に依存しない道をさらに強化しなければならない。その足掛かりにはなり得るのでしょうね。

住沢 世界の大きな変動の一つに、情報革命があります。今はAIの問題を置いておくとして、政治の世界ではやはり、SNSと選挙、世論形成との関係が問題なります。

枝野 身近な例で言えば、米山隆一さんのエッジの聞いた発信と、「大炎上」の問題があります。否定的な言説に対しては、米山さんがやっているように、炎上を恐れず、明確に反論し続けるという手法が、最終的には成功すると僕は思っています。米山さんは常に明快に反論し、ネット上の数の上では叩かれても、正論を吐き続けています。あの姿勢が必要ではないかと思いますけどね。

でも、それを政党でやるには、ネットや広報の担当者だけがやってもダメです。党全体として、批判を恐れず、主張を明確にして、けしからんことには「けしからん」と反論しなければならない。そのためには、リーダーの姿勢と発信が重要です。特に野党のリーダーには、批判やネットの炎上を恐れない姿勢がなければ、闘いのスタートラインにも立てません。もちろん、無意味で無駄な炎上は起こさない、という前提ですが。

もっとも、来春の地方選挙は、基本的には地上戦がベースの世界なので、ネットの影響力は小さいと思いますけど。

いずれにしても、先進国に共通していると言って良いくらい、世界的に政治が大きく揺らいでいます。戦後80年、あるいは細川政権による「政治改革」以降の30年余りの常識に基づいて、悲観することも、楽観することも間違いだと思います。ここ数年、予想を超える変動が続いているように、さらに大きな変化の中で、どう時代を切り開いていくのかが問われます。

目先のことに右往左往せず、どんな時代でも一貫して大切にすべき軸を守る。そうした肝の据わった言動が、今こそリベラル側に求められているのではないでしょうか。

えだの・ゆきお

1964年宇都宮市生まれ。前立憲民主党衆議院議員。

 

すみざわ・ひろき

1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、フランクフルト大学で博士号取得。日本女子大学教授を経て名誉教授。本誌代表編集委員、(社)生活経済政策研究所監事。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。主な著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房、2003)、『脱成長の地域再生』(共著 NTT出版、2010年)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版2013年)など。

特集/混迷に"当たり前"を   

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