特集 ● 混迷に"当たり前"を
ドイツで極右政党AfDの州政権が誕生か?
窮地に追い込まれているメルツ首相
在ベルリン 福澤 啓臣
1.二つの旧東独州と首都ベルリン市における州議会選挙
1.1 首都ベルリン市の選挙結果 / 1.2 メクレンブルク=フォアポンメルン州の州選挙結果
1.3 ザクセン=アンハルト州の州議会選挙結果
2.バーデン=ヴュルテンベルク州選挙で緑の党が僅差で勝利
3.ロシアによるドローン攻撃とドイツの対策
4.ドイツの渇水危機と経済と社会への影響
4.1 地球温暖化による健康と経済の危機 / 4.2 ドイツの渇水危機による経済への影響
5.メルツ首相の交代劇と先の見えない政治状況
ドイツを取り巻く内外の状況はますます厳しさを増している。特に内政面においてメルツ首相は、窮地に追い込まれている。9月に行われた三つの州議会選挙は、メルツ首相の率いるCDU(「キリスト教民主同盟」)に厳しい結果をもたらした。ザクセン=アンハルト州と首都ベルリン市(州と同格)では、州知事と市長の座を維持できそうにない。さらに三つ目の州では、最低線の5%にも達せず、ドイツ連邦共和国成立以来という未曾有の敗北を喫した。
それに対して、極右政党AfD(「ドイツのための選択肢」)の伸びは止まるところを知らない。特にザクセン=アンハルト州では、CDUが最後の防衛線とする「防火壁」も機能せず、ドイツで最初の州政権の座を射程内に収めている。
次に、ドイツ経済および国民生活を直撃しているのは、米国トランプ大統領の無謀なイラン攻撃によるホルムズ海峡の閉鎖により、高騰している原油価格だ。車社会のドイツにとって、高止まりしているガソリン代が通勤者層を苦しめている。
1.二つの旧東独州と首都ベルリン市における州議会選挙
まず9月6日には、東ドイツのザクセン=アンハルト州で、20日には、首都のベルリン市とメクレンブルク=フォアポンメルン州で投票が行われた。二つの州は旧東独に属するので、AfDの躍進ぶりは予想されていた。ベルリン市は、人口340万人だが、元々「ベルリンの壁」の崩壊時には西側には約200万人、東には130万人が住んでいた。そのため、AfDが第1党になることはないだろうと見られていた。
結果は、旧東ドイツの二州では予想通りに、AfDが第1党の座についた。特に、ザクセン=アンハルト州では、州政権の座が目前に迫る得票数だった。選挙後二週間が過ぎた現在、果たしてAfDの州政権がドイツで初めて誕生するのかどうかに、大きな注目が集まっている。
1.1 首都ベルリン市の選挙結果(人口=約378万人)
ベルリン市の選挙では、左翼党が25.7%と大幅に票を伸ばし、第1党に輝いた。AfDは16.3%、これまで与党だったCDUと社民党(「社会民主党」=SPD)は振るわず、18.8%と12.1%に終わった。緑の党は、票を減らしたが、14.3%を得た。BSW(「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟」)とFDPは5%条項(得票率が5%を超えないと、議会進出ができない。小党乱立を防ぐための措置)を超えられず、議会進出は果たせなかった。
第1党に輝いた左翼党には、いくつかの特筆すべき面がある。まず筆頭候補者のエリフ・エラルプ氏は、トルコ人の両親を持つ。父親は、トルコで政治活動により弾圧にあったので、ドイツに亡命してきた。娘のエリフ・エラルプ氏はドイツで生まれたが、トルコとドイツのパスポートを持っている。ということは、奇しくもバーデン=ヴュルテンベルク州のオズデミル氏同様、トルコ系の両親を持つドイツ人が、州首相を務めることになるかもしれない。だが、ベルリン市長の座までは、まだいくつかの難関を越えなければならない。
次に特筆すべきは、旧東独の事実上の支配政党、ドイツ社会主義統一党(SED)の流れをくむ左翼党の変貌ぶりである。党首と院内総務などの要職は、颯爽とした、比較的若い、魅力的な女性で占めている。テレビなどのウケも抜群である。特に人気の高い院内総務のハイジ・ライヒンネック氏などは、左腕にローザ・ルクセンブルク(共産主義者で、1919年にベルリンの反革命民兵組織に虐殺された女性)のタトゥーをちらつかせている。彼女たちが社会主義を信奉し、政治活動をしているのだ。そのためか、左翼党への投票者は、圧倒的に若い層が多く、25歳以下の場合、43%という高い得票率である。
次に、左翼党が選挙運動中に掲げたスローガンで、市民にアピールしたのは、20年ほど前にベルリン市政府が、予算不足のために不動産会社に売ってしまった24万軒もの公営住宅を、公有化し、市民に提供するという案だ。左翼党の公有化案は、ドイツの基本法第15条(社会化の規定)、「土地、天然資源及び生産手段は、社会化の目的のために、公有財産又はその他の形式の公的経済に移管することができる」を、拠り所にしている。これは法廷闘争になり、結果が出るまでに数年はかかるだろうと見られている。ちなみに、市長候補者のエラルプ氏はハンブルク大学の法学部出身で、法曹資格を持っている法律家である。
1.2 メクレンブルク=フォアポンメルン州の州選挙結果(人口=157万人)
AfDが38.2%を獲得し、第1党に躍り出た。この5年間州首相を務めてきた社民党のマヌエラ・シュレージッヒ氏は数ヶ月前の劣勢の予想を挽回して、AfDに次いで35.5%を得た。これで同女は、左翼党(6.5%)と緑の党(5.7%)との連立が成立すれば、政権が継続できる。ある意味で、AfDに対する「防火壁(ドイツの主流政党が極右政党AfDとの政権樹立などを拒絶する政治合意)」が機能したとも言える。CDUは5%に達せず、議会から去らざるを得ないという歴史的な惨敗を喫した。CDUが連邦議会及び州議会選挙で、5%を越えられなかったのは、ドイツ連邦共和国成立以来初めてである。この結果は、メルツ首相の不人気さに帰せられる、と評されている。
1.3 ザクセン=アンハルト州の州議会選挙結果(人口=約214万人)
9月6日の選挙は、AfDが歴史的な勝利を収めたが、二週間が経過した現在、まだ政権樹立に至っていない。AfD政権が成立すれば、ドイツ初であり、様々な分野で大きな影響を与える。
AfDの選挙結果に対して、選挙前から高い関心が寄せられていたせいか、投票率は前回に比べて20%も上昇し、76.7%ととりわけ高かった。
選挙結果は、地滑り的なAfDの勝利とCDUの地滑り的な惨敗と言える。AfDは単独過半数に僅かに届かなかった。44%の得票率で、議席数は39議席と、過半数に3議席届かなかった。
民主的政党は、CDU15議席、社民党8議席、緑の党8議席、左翼党8議席と合わせて39議席にしか達しなかった。つまり、同じく過半数に達していない。
この選挙結果を複雑にしているのは、選挙前には、3%程度の得票率を予想されていた、新興ポピュリスト政党「BSW」が5.2%を獲得し、5%条項を越えてしまったことだ。つまり、同党は、もしAfDとの連立政権、あるいは合意が成立すれば、5議席でキャスティングボートを握ることになる。だが、AfDの州首相候補であるウルリッヒ・ジーグムント氏は、このような不安定な状況を前にして、選挙後も州首相に名乗りをあげていない。
ジークモント氏は選挙直後、「他党との妥協によって公約が実現できないなら、再選挙に訴える」、と述べていた。ところが二週間後の現在、AfDの幹部たちが、「少数政権でも樹立すべきだ」、と同氏に迫っていると報道されている。
AfDの主な選挙公約は、難民の数を大幅に減らすことだ。そのためには、ドイツに入国してきた難民を大量に出身国に送り返すと明言している。ただ、現在の法律の下では簡単ではない。それから、ここ数年ドイツに入ってくる難民の数は半減している。その上、同州では難民数が、ドイツでは最も少ないのにもかかわらず、市民の間では、この政治的スローガンがアピールしているのだ。
投票率が前回に比べて全体で20%も増えた。特に女性の投票が増えた。それと、本来AfDの支持層に女性は比較的少なかったが、今回は女性票の増加が目立った。ジークムンド氏の男性的魅力がプラスしたようだ。今回のAfDの支持層の特徴は、5年前に投票場に足を向けなかった市民が38%と驚くほど多数を占めていることだ。
もしAfD政権が成立すれば、大きな問題が生じる。まず連邦憲法擁護庁がAfDに関して集めた秘密情報が筒抜けになってしまう。これはドイツの政府にとって由々しい事態と言える。極端な言い方をすれば、犯罪を疑われた人物が、警察の集めた情報を合法的に手に入れることになるからだ。憲法擁護庁はこの事態にどうするか、現在頭を痛めていると報道されている。
「AfDに一度政権をやらせてみればいい」、という意見も根強くある。これまでAfDは政権を担当した経験がない。オーストリアの同様の極右政党「オーストリア自由党」が政権につき、馬脚を現し、失速したという例もある。
CDUの壊滅的な敗北は、メルツ首相の責任に帰せられる。同氏の行政職の経験のなさが大きく響いていると言われている。普通政治家は、党内を操るだけではなく、行政職も経験し、政治家として成長するが、同氏は行政職の経験が全くない。同じことが、社民党のクリングバイル副首相にも言える。同氏も幹事長などの党の要職を務めてきたが、今回副首相兼財務大臣として初めて行政職を担当している。首相と副首相が、行政職の経験がないという組み合わせも珍しい。党内操縦の経験が豊かでも、国民の目前で国を導くのはまた別の能力と経験が要求される、と批判されている。
AfDの大勝利に対して、米国のトランプ大統領と世界一の大富豪イーロン・マスク氏から祝福の言葉が寄せられたことを付記しておこう。
2.バーデン=ヴュルテンベルク州選挙で緑の党が僅差で勝利
ドイツ南西部のバーデン=ヴュルテンベルク州(人口約1,134万人で、九州の人口に近い)で今年の3月8日に州議会選挙が行われた。すでに半年を経過しているが、福島原発事故を一つの契機として誕生した、いわば「福島の落とし子」ともいうべき緑の党政権という経緯があるので、あえて紹介する。
ドイツの反原発運動が盛んな2011年に、福島第一原発の1号機から3号機で炉心溶融が起きた。当時ドイツでも詳しく報道され、筆者も固唾をのんで、毎日ベルリンでニュースを追っていた。その16日後の3月27日に同州の選挙が行われた。
選挙結果は、CDU:39.0%、緑の党:24.2%、社民党:23.1%と、反原発を最も強く主張する緑の党は第2党だった。だが、社民党と連立して過半数を確保し、ヴィンフリート・クレッチマン氏が5月12日に州首相に選出された。
クレッチマン氏は、最初の任期では社民党と、その後の二期の10年間はCDUと連立政権を組み、通算15年間にわたって州首相を務めた。その後継者として緑の党の州首相候補となったジェム・オズデミル氏(60歳)は、今年の選挙で同党を僅差で第1党に導いた。
同氏はトルコ人の移民労働者(ガストアルバイター)の父親がドイツに来てから、生まれた。そして1983年に18歳でドイツ国籍を取得した。16歳で緑の党に入り、45年もの党歴を誇る筋金入りの党員でもある。加えて緑の党の元共同党首(2008年から2018年まで)、連邦食料・農業相を務めた経歴もある。
選挙の投票率は2021年の前回選挙から5.8ポイント増となる69.6%だった。今回の議会選挙から選挙権年齢が16歳以上に引き下げられたことから、有権者総数は過去最大となる約770万人に増えた。
選挙の結果は、緑の党が30.2%を獲得し、CDUの29.7%を0.5ポイントだけ上回って第1党の座を守った。州首相候補のオズデミル氏は、選挙当夜に勝利を宣言した。他の政党の得票率は、AfDが18.8%、凋落の目立つ社民党が5.5%だった。FDPが4.4%、同じく左翼党も4.4%で、両党とも5%条項を越えられなかった。議席数は、緑の党56議席、CDUも56議席、AfDが35議席、社民党は10議席である。
AfDは、今回得票率を前回の9.7%から18.8%へとほぼ倍増させた。労働者層からは37%の支持を集め、この層で最も支持された政党となった。
選挙戦では、経済と雇用、移民・難民、教育、環境・気候政策が主要な争点となった。州内にはメルセデス・ベンツやポルシェ、ボッシュなど多くの自動車関連企業が本拠地を構えている。
選挙後、緑の党とCDUは従来の連立政権を継続することで合意した。5月13日、オズデミル氏は州議会で93票を獲得し、州首相に選出された。トルコ系の移民背景を持つ人物がドイツの州首相に就任するのは、これが初めてである。
オズデミル氏の州首相就任は、同州の人口構成と社会の変化を象徴する出来事でもある。そこで、同州の移民系人口について見てみよう。
同州の総人口は約1,134万人で、その内、およそ3分の1に当たる約370万人が移民背景を持つドイツ人か、外国人である。その内訳は、移民背景のドイツ人が164万人で14.6%、外国籍の住民は約206万人、18.3%となる。
では次に、ドイツの政治と社会を理解する上で重要なので、ドイツ全体も見てみよう。
ドイツの人口構成
連邦統計局によると、2024年現在、ドイツでは約8,280万人のうち、約2,520万人、すなわち30.4%が移民背景を持つか、外国人である。具体的には、約1,300万人がドイツ国籍を取得し、残る約1,220万人が外国籍である。語弊があるが、いわゆる純粋ドイツ人は約5,760万人、69.6%になる。
上記のように、現在のドイツでは、人口のおよそ10人に3人が移民背景を持つ。トルコから渡って来た移民労働者の息子が、ドイツ有数の経済州の首相に就任したことは、ドイツがすでに移民国家となったことを象徴する歴史的な出来事である。
3.ロシアによるドローン攻撃とドイツの対策
ライプチッヒ・ハレ国際空港で8月4日夜にドローンによる爆発物攻撃未遂事件が起きた。ウクライナのアントノフ航空会社の貨物輸送機4機の近くで爆発物搭載のドローンが発見されたのだ。幸いに不発だった。もし爆発していれば、甚大な被害が起きていただろう。「人命が失われる恐れもあった」、とアレクサンダー・ドブリント内相が発表した。ちなみに、この会社は、ウクライナの空港が使えないので、ドイツの同空港を拠点としている。なお、ドローンには、2キロほどの高性能プラスチック爆薬「セムテックス」が搭載されていた。
ほぼ一ヶ月遅れて、9月1日に内相とヨハン・ヴァーデフール外相が共同で記者会見をして、「警察の捜査、犯行手口の分析、情報機関の知見を総合的にみると、8月4日にライプチヒで発生したハイブリッド攻撃(軍事と非軍事的な手段を組み合わせた攻撃法)については、ロシアに責任がある」、と結論づけた。そして、ボンのロシア総領事館とベルリンのロシア文化院への閉鎖措置を発表した。すると二日後に、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ロシア国内にあるドイツ文化機関「ゲーテ・インスティテュート」を閉鎖すると発表した。
ドイツ連邦刑事庁の報告によると、ドイツ国内では2026年に入り8月末までに、165件の破壊工作容疑が記録された。また、不審なドローンに関する事案は747件に上り、確認されたドローンは計1,068機に達した。ドローンの多くはドイツの基地の上空を飛び回り、何処ともなく飛び去ってしまう。これらはロシアのドローンだと推定されているが、確かな証拠は見つかっていない。
これらのドローンは、国旗をつけてもいないので、国籍は不明なままに終わってしまう。というのは、これまでは、民間用のドローンは警察が、軍事用のドローンは軍と、管轄が分かれていたことも、捜査を困難にしている。
ドローンは、そのような分け方にお構いなしに、基地の上空を飛び回り、飛び去ってしまう。軍のドローン部隊が、警察に「そちらに飛んでいったから、よろしく」などとやっていたが、それでは、ドローンの危険性と緊急性に対応できない。それが分かってきたらしく、昨年末に民間・軍事用共同のドローン対策センターが設置され、今年になって本格化された。人員は300名規模で、予算は160億円以上が計上されている。
ドローンは革命的な兵器
ドローンは、最近になって第一次世界大戦で現れた戦車および飛行機に匹敵する革命的な兵器と評価されている。極端な例で言えば、原価数万円のドローンが数億円、あるいは数十億円もする戦車を破壊できるからだ。あるいは、蜘蛛の糸のような光ファイバーを尻に結んだドローンは、遠隔操縦で50キロメートルも飛んで、敵を攻撃できるのだ。今年に入り、ウクライナは航続距離2000キロ級の長距離ドローンを飛ばせて、ロシアの奥深くにある基地や製油所を攻撃している。
ドローンの強みは、性能だけではなく、原価コストが安いことだ。一機数万円から数十万円、数百万円と廉価である。現在最も高度な性能を持つ米国の迎撃ミサイル「パトリオット」と比較すると分かるが、同ミサイルは一発6億円もする。ミサイル本体以上に高価なのは、システム全体で、レーダー装置などを含めて、1500億円にも跳ね上がる。つまり、「パトリオット」は金持ち国の武器とも言える。それに対して、ドローンは貧乏国でも十分にまかなえるのだ。語弊があるかもしれないが、ドローンは兵器の「民主化」をもたらしたとも言える。
さらにドローンの革命的特徴ともいえるのが、その無人性である。戦車も飛行機も常に人が操縦している。つまり、人命を危険に晒しての武器だ。だが、ドローンは無人機であり、操縦者は戦場から離れた、安全な場所で操作できる。さらに、AIが組み合わされると、「兵器自体の自律化」という未踏の領域に踏み入れつつある。そのため、攻撃の最終判断をどこまで人間が保持するかは、国際法上・倫理上の大きな問題となっている。
ドイツはドローンの開発に関して遅れていたが、ロシアのウクライナ侵攻以来、様々なスタートアップ企業が生まれ、ウクライナの企業と手を組んでいる。
ドイツを代表するドローン大手には、「ヘルシング」がある。ドイツの防衛AIテクノロジー企業で、2026年7月の資金調達で評価額が180億ドル(日本円で約2兆7,000億円)に達した、ヨーロッパ最大級の防衛テックのユニコーン企業(企業評価額が10億ドル以上に達した未上場企業)だ。つい最近、日本の楽天グループとの協業・提携を発表した。
もう一つの代表的企業には「クオンタム・システムズ」がある。同社は、垂直離着陸が可能な固定翼型偵察ドローンを主力とし、近年は迎撃用ドローンにも事業を拡大している。
4.ドイツの渇水危機と経済と社会への影響
4.1 地球温暖化による健康と経済の危機
地球温暖化に伴ってドイツでは、今年も様々な分野で大きな被害が出ている。6月と7月にドイツも含めてヨーロッパは熱波に襲われた。本来なら地中海沿岸のスペインやフランスに押し寄せる40度以上もの熱波が、ドイツにも襲ってきたのだ。ロベルト・コッホ研究所は、1万6千人もの死者が出た、と推計している。犠牲者の大多数は75歳以上の高齢者で、とりわけ85歳以上の死亡率が高かった。交通事故によるドイツの年間死者数3千人弱と比べてみると、いかに多数の方が亡くなったかが分かる。
ドイツは家屋も含めた生活様式が、主に冬の厳しい寒さに耐えられるように仕組まれている。建物は、だから大きな暖房施設が厚い壁、二重窓と相まって、零下20度もの寒波が押し寄せても長期間耐えられるようになっている。暖房施設は、部屋ごとではなく、いわゆる中央暖房式で、通常は地下室にボイラーが設置され、寒い季節中24時間暖房ができる。ここ10年来CO2削減のために化石燃料に頼らない暖房に切り替わりつつある。
ショルツ首相前政権のハーベック経済大臣(緑の党)の下で2024年に通称「暖房法」が施行された。これにより、新築の暖房設備は「再生可能エネルギーを65%以上使用すること」が義務付けられた。この条件をクリアできる技術として、ヒートポンプが主流で、2025年に建てられた新築住宅では、73.6%も暖房方式として採用されている。日本のダイキン、三菱、パナソニックなどのメーカーが進出している。
冬の厳しい寒さに耐えられるように建てられたドイツの家屋は、だから夏の暑さ、特に長期の暑さには弱い。冷房装置が設置されている一般の家屋は、まずないし、病院や老人ホームの病室や部屋にはまずない。後から設置するのは、それなりの費用がかかるので、なかなか実施されない。そのためまず生活スタイル(頻繁に水を飲む。日中は出歩かない。日傘など)で対応している。現在ドイツで設置されている暖房用のヒートポンプでも多少の冷房ができるが、本来暖房用なので、日本のような強力な冷房は望めない。
4.2 ドイツの渇水危機による経済への影響
今夏の異常気象は、熱波によって人々の健康を脅かしただけではない。長期にわたる少雨と干ばつは河川の水位を低下させ、ドイツ経済に大きな打撃を与えた。
平地が多く、可住地が国土の70%以上を占めるドイツにはライン川、エルベ川、ドナウ川などの大河川と、それらを結ぶ運河網が発達しており、古くから河川輸送が重要な役割を果たしてきた。鉄道や車両による輸送が未発達だった19世紀では貨物輸送の多くは河川に頼っていた。現在も貨物運搬の全体の7パーセントを占め、土砂、岩石、鉄鉱石、石炭などの重量物を運搬している。
運搬船の積載量は、1000トンから5000トンで、長さは100メートル以上になる。プッシュ式(結合船艇)では1万5千トンも積み、船の長さは270メートルにもなる。船は平底で、通常は2.5メートルから3.5メートルの喫水を必要とする。ライン川などを観察すると、船上には船員の家族や犬の姿が見られることもあり、船を生活の場としている人々がいることが分かる。
今年は雨量の減少に加え、アルプス地方の積雪とそれに伴う雪解け水も少なかったため、6月以降、ライン川の水位が大幅に低下した。難所として知られるライン川のカウプでは、通航水位が通常の200センチから、8月には最悪の10センチと記録的な低さになった。貨物船は直ちに全面運休となるわけではないが、座礁を避けるため積載量を大幅に減らさざるを得なかった。その結果、輸送費が上昇し、原料の供給をライン川に依存する化学、鉄鋼、石油などの産業が大きな打撃を受けた。
一部の州では、河川や地下水からの農業用水の取水が制限された。被害の程度は作物や地域によって異なるが、とりわけ水を多く必要とするジャガイモなどでは、2割前後の減収が見込まれている。
河川運搬の中心は、ルール工業地帯の西端を流れ、デュイスブルクでルール川と合流するライン川である。ルール地方の工業地帯は、ライン川と運河網を通じてロッテルダムなど北海沿岸の港と結ばれている。
筆者は、中学時代の歴史の教科書に出ていた、「ルール工業地帯」という耳慣れない名称は、今でも覚えている。当時はこのルールという名称が川の名前だという理解はなく、ただ単にルールという工業地帯としか覚えていない。
このように同地方に栄えた重化学工業は19世紀半ばから勃興し、20世紀のドイツの経済発展に多大な貢献を果たしたのだ。
ルール地方を抱えるノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW州)では、炭鉱と鉄鋼業に働く労働者が強力な労働運動を形成し、社民党の長期的な支持基盤となった。しかし、1950年代末に始まった石炭・鉄鋼業の構造危機と、その後の産業・人口構成の変化によって、同党のかつての圧倒的な支配力も次第に失われていった。NRW州では2017年以降CDUの州首相が誕生し、2021年からはヘンドリック・ヴュスト氏が州首相を務めている。同氏は、人気が低迷するメルツ首相の後継者と見なされている。
5.メルツ首相の交代劇と先の見えない政治状況
メルツ首相の支持率が低迷するなか、9月20日のベルリン市とメクレンブルク=フォアポンメルン州の選挙を前に、首相交代をめぐる水面下の動きがCDU内であったようだ。
しかし、交代を望む声があっても、誰が後を継ぐのかは不明だ。候補として名前が挙がるのは、NRW州首相のヘンドリック・ヴュスト氏である。ただし、同州では来年5月に州議会選挙がある。厳しい状況にある連邦政権を引き受けることには、同氏にとって大きな政治的リスクが伴うだろう。バイエルン州首相でCSU(「キリスト教社会同盟」)党首のマルクス・ゼーダー氏の名も挙がるが、姉妹党CDUや連立相手の支持をまとめられるかは不透明だ。
様々な噂が飛び交う中、選挙直前になって、CDU所属の8人の州首相が共同声明でメルツ首相への支持を表明した。しかし、その後の二州の選挙でCDUは厳しい結果を突きつけられた。首相交代劇は具体化しなかったようだが、党内の不満が収まったとは言い切れない。
メルツ政権には、年金制度や健康保険制度の改革という難題が残っている。首相は党内と連立政権をまとめ、改革への支持を取り付けられるのだろうか。次の連邦議会選挙は2029年である。政権の立て直しがうまく進まなければ、AfDへの支持がさらに広がる可能性もある。旧東ドイツだけでなく、旧西ドイツの州でもAfDの支持率はジリジリと上がっている。
加えて、イランをめぐる情勢とホルムズ海峡の封鎖による原油価格の高騰は、ドイツの家計にも経済にも重くのしかかっている。AfDはロシアからの原油輸入を以前から主張している。九月の州選挙の破局的な結果により、メルツ首相はさらに窮地に追い込まれている。物価対策と制度改革が迫られるなか、メルツ首相は政治的な主導権を取り戻せるのだろうか。
(2026年9月24日 ベルリンにて)
ふくざわ・ひろおみ
1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonaraNukesBerlinのメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。
特集/混迷に"当たり前"を
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