読者投稿
竹嶋悠氏の論説の掲載について
本誌代表編集委員 千本 秀樹
過月、竹嶋悠氏から、論説の寄稿を受けた。掲載させていただくか否かについて、編集委員会では可否の両論があった。慎重意見の主なものは、同氏御著書の紹介部分が多すぎるのではないかというものであったが、インターネット世界と天皇制の関連についての論考は他にあまり例を見ず、竹嶋悠氏の論説の掲載を契機に、反論をふくめた議論がまきおこることを期待して、掲載させていただくこととした。
もとより本誌は言論の公器であることを、編集委員会では常に確認しており、編集の方向性は持ってはいるものの、特定の立場に立つものではない。よって今回は、竹嶋氏の主張について賛成か反対かの議論は行なわなかった。
ただ、小文の執筆を任された者の特権として、わたしの感想を一点だけ述べておきたい。これは議論がまきおこることを期待してのことでもある。竹嶋悠氏は第1節の後半で、「筆者は、デジタル社会・SNS時代における双方向性や分散性を本質とする民主主義を『SNS民主主義』と呼び、これが天皇制と根本的に相性が悪い」「これらは国民統合を保証するための道具としての『象徴性』に敵対する」「象徴天皇制は……SNS社会ではもはや不要である」とされている。はたしてそうであろうか。
天皇家が権力を握ったのは、歴史上、乙巳の変と明治維新の二回である。いずれもテロとクーデターによるものであった。乙巳の変は説明の必要もない。幕末の討幕戦争は、慶応3年12月9日(欧米では1868年1月3日)小御所会議で徳川慶喜の辞官納地を決定し、王政復古を号令するというクーデターを行なったが、討幕の兵を起す理由がなかった。そのため、西郷隆盛は江戸で町人などに対して無差別テロを行ない、江戸の治安を任されていた庄内藩士たちが薩摩屋敷を襲撃した。それを口実に討幕戦争を起こしたのである。さらにもう一度、廃藩置県のクーデターを行なった。ちなみに小御所会議と廃藩置県をクーデターと呼ぶことは文科省公認である。
テロとクーデターによる権力奪取は民衆の支持を得にくい。そのため討幕派は、以前から民衆に対するアジテーションを繰り返していた。「尊王攘夷」というスローガンである。「尊王」も「攘夷」も、徳川幕府を倒すために叫ばれたに過ぎない。多くのリーダーたちは国家への統合のために天皇を利用しようとしたに過ぎなかったし、「攘夷」の本家である長州も文久3年(1863年)には伊藤博文や井上馨など「長州ファイブ」と呼ばれる5人の青年をイギリスへ留学させていた。「尊王」も「攘夷」もポピュリズム政治のスローガンに過ぎなかった。そう考えると、明治維新以降の政治はポピュリズムの傾向が非常に強いことに思い当たる。
「SNS民主主義」というのは、成り立つのであろうか。先ごろの兵庫県知事選や、その他の選挙に見られるように、政治の基盤が「地盤・看板・鞄」からSNSにとってかわられたように見える。それはポピュリズムの最大の武器であるようにわたしには見える。ここで詳細に論じると顰蹙を買いそうだからやめるが、SNSと天皇制は、ポピュリズムというところで親和性があるとわたしは考える。
最近突然、AIの危険性が語られはじめた。AIの暴走によって、たとえば化学兵器戦争や核戦争が人間の意思とは無関係に起こってしまうことの危険性が指摘されている。それも恐怖ではあるが、わたしはコンピュータによって、いや、スマホやSNSによってというべきか、人間性が破壊され、もはやハクスレーの『すばらしき新世界』は実現に近づいていると考えている。そのような社会こそ、象徴天皇制は適合的である。
AI時代の天皇制論
デジタル社会は象徴天皇制を変えるか
元京都大学教員 竹嶋 悠
1.従来の天皇制論のパラダイム転換
近年、「愛子天皇待望論」や「女性天皇論」が浮上するなか、皇位継承や皇室典範をめぐる議論が活発となっている。しかし、それらの議論の多くは制度設計や歴史的経緯に焦点を当てるものであり、社会の基盤そのものの変化との関係から論じられることはほとんどない。とりわけ見落とされているのは、IT革命による情報環境の変化、すなわちAIの急激な発展に見られる技術の進歩やそれに伴うインターネット空間の出現が現在の天皇制にいかに作用するかという視点である。象徴天皇制をめぐる議論は戦後長く「存続か廃止か」「男系男子か」といった枠内で行われてきたが、インターネットの発達から生まれたソーシャルネットワークサービス(SNS)と情報技術の進化が到達したAIが社会の情報構造を変えつつある今日、問われるべきはデジタル社会において「国民統合の象徴」という概念がどのような意味を持ちうるのか、であろう。
昨年6月に刊行された竹嶋悠『IT革命・デジタル社会に天皇制はいらない、かな?』はこの重要な変化が戦後の天皇制(その本質である象徴天皇制)に与える影響について論考している。端的に言えば、象徴天皇制は「国民統合の象徴」という位置づけのもとで成立してきたが、その前提には新聞やテレビといったマスメディアを中心とする比較的均質な社会が存在していたのであり、このような情報環境においては「国民」という枠組みや「統合」という理念も一定の共有可能性を持ち得たのである。しかし、インターネットの登場と情報技術の急速な進展はこの前提を大きく揺るがした。情報は分散し、社会は多様化、多元化し、人々が共有する言論空間は必ずしも一体的なものではなくなっている。この変化は、「国民」や「統合」という概念そのものの意味を問い直すことを要請しているという。
では、このような状況において、“無意識のまま承認されている”象徴天皇制はどのような位置に置かれるべきなのか。従来の天皇制論は、国民主権との関係や明治国家の天皇制、万世一系・世襲に関わる歴史といった視点からその存在意義や存続の可能性、可否を論じてきたが、情報環境の構造変化が社会とそこに生活する人々に与える影響という観点は抜け落ちたままであり、均質社会を前提とした象徴天皇制が、分散的な情報空間の中でどのように再編されるのかという問いは発せられていない。この問題は、しかし実は単なる政治制度論にとどまらず、現代社会における思想や文化的正統性のあり方そのものに関わるし、いま急激に進んでいるITは社会のあらゆる制度の前提を揺るがしかねない。だとすれば象徴天皇制も例外ではないのである。今後の天皇制論においては情報環境の変化という観点を避けて通ることはできないだろう。
さて、本書のテーマは概ね、明治維新後の天皇に関わる歴史に潜んでいる現代的問題を分析しながらデジタル社会における象徴天皇制を捉え直すことにあるが、本稿ではさらに視野を広げてAI時代の天皇制はどのように変わり得るか考えてみたい。
天皇制は古代「大王」から始まって「天皇」へ移り変わっていくが、常に「共同体の中心」―「国と民衆の精神的支柱」として存在する、いわば「国家的な象徴構造」として機能してきた。その象徴性は、平安貴族社会から武家社会、明治近代国家を経て戦前・戦後で形を変えながらも強かに持続してきた。天皇(制)の権威と象徴は社会の価値観や国民の共同体意識に影響を与えつづけてきたのである。
しかしSNS時代に入ってこの「象徴」は、AI(その中心核であるアルゴリズム)によって再編される。すなわちSNSでは、何が「象徴」として扱われるかが問われるとともに、何がトレンドになるか、どの話題が拡散されるか、どの価値観が可視化されるか、といったことが再編の要因となる。そてゆえ、天皇制のような伝統的な象徴もAI、その進化版の生成AIによって変わることがありうるのである。天皇制は歴史的に「共同体とそこに住む人々の象徴」として扱われてきたが、SNS時代では人間に変わるアルゴリズムが象徴の在り方を変え、共同体の幻想から解き放す可能性がある。つまり「国家的象徴」から「アルゴリズム的に可視化される象徴」へと変化したのである。
具体的に言うと、もともと価値観の多元性を人間が保有しているとの認識に立てば今日のインターネット空間の出現はこれまで封じられていた観念(無意識のまま認めていた天皇(制)の権威や制度——儀式・行事を含む——による支配的思想)を揺るがし、根本から問い直す場面を提供している。すなわちインターネットコミュニケーションの進展によって情報が分散し価値観が細分化しコミュニティが分断されることによって「象徴の構造」が変り、近代国家の権威と象徴としての天皇制は「受け取り方」が多様化され、したがって共同体(国家)の中心性が弱められていく可能性が生まれている。
たとえば、X・ツイッターなどSNSの進展は複数のコミュニティにおいてそれぞれの文脈で語ることを促すが、その過程で、“統合の象徴”としての天皇は“多様に分散した象徴”の天皇へ変容してきた。「日本の象徴って?徳仁さんもいいけど大谷翔平も」といったジョークも含め、「自分の価値観」「貴方の価値観」という本来持っている個人個人の多元性の発露と拡散のなかで日本(人)の伝統と長い歴史に育まれ「永久に不変と思われた、特異なる天皇制」が無化されていく可能性がある。その本質は<頑強な世襲君主制>vs<生成AI登場による旧価値観の破壊>といった、いわば天皇制論のパラダイム転換である。今日の「愛子ちゃん人気」は天皇のアイドル化であり「制度の天皇制」がもはや崩れていることの象徴的現象といえるでしょう。
ところで、本書の「天皇制はいらない、かな?」という問題提起として、まず「象徴天皇制の役割は終わった」という指摘がある。
明仁天皇の平成天皇制は「憲法依存的象徴天皇制」(第1条・国民統合の象徴)であったが、 IT革命後はその機能が終わったと論じ、その理由としてSNS民主主義の台頭、経済格差などによる社会的分断の拡大の中で国民の自立性、主体性が進み、戦後天皇制の要の「統合の象徴」としての機能が現実に合わなくなったことがある。
二つ目に、SNS民主主義と天皇制の緊張関係についての指摘である。
筆者は、デジタル社会・SNS時代における双方向性や分散性を本質とする民主主義を「SNS民主主義」と呼び、 これが天皇制と根本的に相性が悪いと言う。SNS民主主義の特徴は多様な意見が可視化されること、価値観が細分化することなどであり、これらは国民統合を保証するための道具としての「象徴性」に敵対する。で、象徴天皇制は今や時代に合わなくなった、SNS社会ではもはや不要であるとの考えにつながるという。
このように国民統合の機能が失われ、国民主権との矛盾が拡大したことによって象徴の基軸が崩れた結果、制度としての正当性も揺らいでいる。他方、SNS民主主義が新しい公共性を形成している。とすれば、この変化を天皇制史上はじめての経験として捉えるなら敗戦後から現在に至る80年の戦後天皇制論は「パラダイム転換」的再検討や議論が求められる。たとえば柄谷行人の天皇制論の中心である「象徴天皇制=日本社会の超自我」(『憲法の無意識』2016 岩波新書)という視点、天皇制を国家装置としてではなく、日本人の無意識的構造として捉える考え方に依拠しながらデジタル社会に天皇制はどのように不要か、維持されるか、について議論すること、などである。
2.これまでの戦後天皇制論と「新しい天皇制論」
戦後の天皇論の主な議論をふり返ると、①丸山真男、吉本隆明の天皇論(超国家主義や共同幻想)②石井良介の「不親政・超政治権力」天皇論③網野善彦の社会史・民衆史学的観点からの天皇制論、ほかに④鶴見俊輔の民衆の生活空間や精神構造からの天皇論や常民の心性に宿る天皇像と救済主の幻想を描いた石牟礼道子の「心性」天皇論、さらに⑤三島由紀夫の「文化概念としての天皇」論などがあるが、これらの論考を踏まえつつその議論枠からパラダイムシフトを試みる「IT革命の進化から考察する天皇制論」が大胆に提起された。竹嶋悠はAI時代における戦後象徴天皇制についてインターネット空間におけるSNS民主主義とAI(生成AI)の関係のなかで捉え直すことを提案している。
議論にあたっては先ず次のことを念頭に置く必要がある。アルゴリズムがたんに「思想の外部環境」というよりも、人の考えに影響を及ぼし「思想そのものの一部」になっている可能性があること、しかも生成AIなどは吉本隆明の時代にはまだ存在しなかった、極めて新しい社会環境構造であるという認識である。ただ、2022年以後の本格的なAI時代の今、彼の考えを伺うことは出来ない。が、生前、「天皇制は無理につぶそうとしなくても、社会・資本主義の高度化によって自然になくなっていく」と語っていた(『天皇制の基層 』1990)。「社会の高度化」ってまさにデジタル社会の発展のことじゃないかな。だとすれば「AI時代の天皇制」について予見していたのかとも思えるが、ともかく、「資本主義の高度化による天皇制自然消滅」論に類する「AIによる“古い共同体幻想としての天皇制”無機能化」論が多角的に議論されるべきではないだろうか。
では、アルゴリズムが思想を変える可能性があるという状況とは何か。まず、個人の選択が膨大なデータとAI分析によって自動化され、思想のいわば“入口”と言える部分が操作されることである。SNSのアルゴリズムは、過去の閲覧や反応した投稿などをもとにユーザーが好みそうな情報を自動的に提示する。つまり、ターゲティング広告のように思想の材料が自動的に選別される。人は「自分で選んでいる」と思っていても実際にはアルゴリズムが個人別に “思想の入口”を決めている。外部環境が人の内面に侵入してくるとはなんと怖い構造であるが、ただ反面、ある独裁者が自らの政策や考えを独断で人為的に大衆に押し付けることはできなくなるといったプラスの面も生じる。つまりアルゴリズムには両義性があり、人の主観や感情を排除し、客観的データに基づいた公平で標準的な判断が示される可能性もある。
たとえば、憲法の天皇規定について言うと、「国民の総意による象徴」の「総意」が客観的データを基にしたアルゴリズムでは“過半数以下”との結果を示したなら、第1条が現実と合わず有名無実化することになるし、女性天皇容認が圧倒的多数というデータから皇室典範改定もありうるわけで、様々に論じられてきたこれまでの天皇制論義が容易にひっくり返る。すなわち思想の“中味”がアルゴリズムによって自動的に(非人為的に)調整され、それまでああだ、こうだと詳細な理由づけをもって議論されてきた方法とは別次元からのアプローチとしてアルゴリズムの進化はその新しい情報環境を用意しているのである。
ただ、SNS空間においては個人が集団化していわば共同体を自動形成してしまう、すなわち思想が“仲間”によって固定される危惧もある。このことが天皇制の思想形成にどのように関係するのかについても触れなければならない。
アルゴリズムは、価値観の似た人を自動的に集め(例えば、Xでの“いいね”やリポストの増加) 思想的コミュニティ(エコーチェンバー)を形成する、すなわち同じ意見が繰り返し強化され、異論が排除され、コミュニティの規範が思想を縛る。だとすれば、 思想は論理ではなく“仲間の空気”によって決まる。吉本が『擬制の終焉』で言った「本当に深く強固な思想の根拠(原像)は、日々の生活をただ生きている大衆の側にこそある」という構造が、生成AI・アルゴリズムによってより強化されるのである。
もしこのことが可能だとすれば、天皇制の思想とその変化について考えるとこうだ。
前にも述べたように天皇(制)は長く「国家の象徴」「共同体の中心」として扱われ「国家的な象徴構造」として機能し、戦前・戦後で形を変えながらも、社会の中で一定の影響力を持ち続け、「政治的権力」だけでなく、社会と人々の価値観や共同体意識(“天皇がいてこそ日本だ”といった空気)に影響を与える象徴的な存在であった。ところが、SNS時代の「象徴構造」は、アルゴリズムによって再編され、何が「象徴」として扱われるかがアルゴリズムによって決まる部分が大きい。何がトレンドになるか、どの話題が拡散されるか、どの価値観が可視化されるか、などである。しかもこれらは、ユーザーの意図ではなくGAFAMなどビッグテックのプラットフォームによっても左右される(GoogleのGeminiやMirosoftのCapilotやChatGPTのAI回答による世論形成)。ただ言えることはデジタル社会が総体として経済・社会・政治が絡まる急激な変化を呼び起こし、人、あるいは自動形成された集団の関心が多元化、多様化していくなかで天皇制思想の重みは相対的に低下せざるを得ないということである。
さて、日本歴史のなかで1500年もの長きにわたって生き続けてきた天皇制といえどもIT革命という史上画期的な大変革を前に転換を迫られている。そして、その存在の軸である「象徴性」はSNSの世界の中で今や急速に進化したAI・アルゴリズムによって大きく変容する可能性がある。SNS空間では、歴史的な観点や文化的な観点など多様な考え方が同時に存在するが、憲法が言う「国民統合の象徴」も社会全体の統一的な国民ではなく多元的な複数のコミュニティがそれぞれの文脈で語る対象となるし、アルゴリズムが「象徴」の受け取り方を分岐、分散させる可能性が強いことを踏まえれば条文自体の実質的意義はなくなる。この指摘に関しては、“多元的な複数のコミュニティ”の観点や従来の天皇論への異議を展開した網野善彦の天皇論が示唆的である。
3.インターネット空間の出現と「国民統合の象徴」の変容
——網野善彦の天皇論とデジタル社会の進化との関係、分散性・多元性を考える
網野は、単純な「天皇制賛成/反対」という立場ではなく、日本中世史研究を通じて、「天皇とは何だったのか」を従来と違う角度から捉え直し、「天皇中心の日本史」への疑問を提起する。戦後歴史学において、国家、朝廷、武士、支配層中心の歴史観に対し、漁民、商人、職人、芸能民、非農業民など「周辺」の世界を国家権力から一定独立した空間として重要視し、天皇による国家支配という政治構造のほかに国家以外の社会や世界に生きる人々が自律性を持って天皇とは別に活動する。それゆえ天皇もまた単に社会の構成要素の一部として(大きな要素ではあるが)存在する。他方、大衆は日常生活を営むにあたり天皇を無関係な、したがって無関心な存在として束縛的感覚などを持たずに勝手に自由に活動する傾向が強いという。
確かに、明治から敗戦までの天皇制は天皇の国民支配が貫徹された。が、それは長い天皇制の歴史全体から見れば、ほんの短い77年間であり、天皇制史における例外であった。この時代、天皇との関係でいうと大衆は「天皇陛下万歳」を叫んで死ぬほどに「身近な」存在であった、一方で天皇を怖れる日常を強いられたが、それに対し今の日本は、生活の中に入り込んだ無意識な「天皇による束縛」感はもはや全くなくなっている。ある意味、古代から幕末までの無関係無関心の「天皇―大衆」関係に戻ったのである。このように網野は「日本社会は天皇を中心に一体化していた」という見方そのものを相対化したのであるが、デジタル社会の状況を見ると類似するところが多いことに気づかされる。
彼によると、中世の天皇は単なる政治支配者ではなく、むしろ権威、呪術性、宗教性、多元的な大衆文化や諸社会の「境界」を統合する象徴性を持っていた。つまり武家政権が実権を持っても、天皇が消えなかったのは、政治制度にその要因があるのではなく、日本社会の深層に潜む象徴機能を担っていたからだ、という。筆者も旧天皇制国家の敗戦にもかかわらず戦後政体の要である憲法のトップ・第1条に「天皇は象徴である」と規定され、それに国民みんなが疑問を呈しなかったことの問題を挙げて、その存在の持続力や頑強性について指摘しているが、その背景には近代国家化の過程で日清日露戦争勝利や教育勅語による天皇制思想の画一化が「日本人」や「国民」を均質化していったこと、すなわち近代天皇制がそれまで多様だった列島社会を統合・同質化する装置になったことが要因としてある。
しかし、現在はIT革命・SNS民主主義の進展によって画一化を許さない多様化、多元化がインターネット空間に溢れ出しているし、同時に社会的分断によって均質化できない大衆が生まれてきている。この状況を前提にすれば、戦後憲法観に縛られた「統合の象徴」を軸にした従来の天皇制論を乗り越える議論が期待できる。
さらに、「日本社会は本来、多中心的・非中央集権的だった」という、網野の歴史観に立てば、デジタル化による分散ネットワーク社会の出現は、一元的・中央集権的だったとする天皇制論を超えることにもつながる。ざっくり言うと、明治から敗戦に至る国家支配過程(廃藩置県-中央集権化や教育勅語-国民の均質化など)においては天皇を頂点とした象徴体系が成り立っていたが、明治以前は実は、日本は社会全体を統合的に支配するのではなく、独自の地域共同体が国家(幕府、朝廷)の範疇の外で動いていた。国家の支配圏を超えた、現在の地域分散型のインターネット社会に似ていたのである。したがって現代のインターネット空間における分散ネットワーク社会の構造としては歴史的には一時的な“明治~敗戦期”から明治維新前に回帰するだけと考えるなら「IT革命天皇論」もなんら型破りではなく議論に値するテーマであるといえるだろう。
個人と個人を平等に、かつ権利所有を前提につなぐという性質を持つインターネットは本来的、本質的に民主主義を前提にしているので中央集権性とは相容れない。20世紀までは新聞・テレビが社会をリードし、国家や巨大組織によって情報を一方向に流せた。しかし21世紀デジタル空間では、個人や小集団が多元的に様々な考えによって分散コミュニティを形成しながら自律的に動く。もはや中央の一元的権力だけでは統御できない社会を形成してきているのである。
繰り返すが、天皇は実際の政治権力を失っても消滅しなかったのは天皇が単なる権力者ではなく、権威、儀礼、宗教性、境界の媒介を担っていたからであり、それを踏まえて近代国家では、天皇は「国民統合の“中心記号”つまり象徴」として再編成され戦後も引き継がれた。しかし、インターネット空間をもつデジタル社会では、「全国民が同じ価値観で物語を共有する」こと自体が崩れていく。SNSコミュニケーションにおいて人々は別々の、独立した、勝手な考えで動く情報空間に生活する。すると近代天皇制が前提にした「全国民的象徴」という条件が弱まる。網野は「天皇を廃止すべきだ」と単純に言っているわけではなく、「なぜ日本社会は長く天皇を必要としたのか」を問題にした。ただ、人間社会には依然として象徴-儀礼-非合理的統合-共同幻想が必要ではないか、という問いを残したままにした。筆者も著書のタイトル「天皇制はいらない」の末尾に、“かな?“と付けて読者に問いを投げかけ、「廃止」ではなく天皇制存廃という超ポレミックな問題について議論喚起をこそ促している。
IT革命によって近代国家を支えてきた情報構造そのものが変質したという観点に立つ新天皇論は「日本は元々、中央集権的一枚岩ではなかった」とする網野天皇論によってより説得性を増す。明治から平成まで、学校教育-マスメディア-国民国家-戦争体験-全国一律文化によって支えられてきた天皇制はデジタル社会では逆方向へ向かう。個別化-多文化化やAIによる知識分散-国家権威の相対化が進むと天皇制は国家統合の中心になりえず、もはや“天皇家”や”皇室“といった歴史的ブランドとして「文化的アーカイブ」に降格(変質)する可能性すらある。すなわち憲法第1条が有名無実化し、無化していくわけである。
さて、SNSと国民統合の象徴としての天皇制の関係について提起された問題の核心は「国民統合」という近代国家の仕組みそのものが情報環境の変化によって動揺している、という点である。具体的には近代天皇制が単に憲法制度として存在したのではなく、学校教育-新聞-ラジオ-テレビ-全国同時的な儀礼-同一ニュース空間によって支えられていた、つまり、「全国民が同じものを見る」というマスメディア構造が前提だった。その情報環境が激変したのである。否、もっと正確に言わねばならない。参加型インターネットが本格化するWeb2.0以後の2000年代中盤からである。格差の拡大・社会の分断が進み、明仁・平成天皇制の国民統合が形骸化する頃以後である。
それまではテレビ時代の「象徴天皇」であり、ミッチーブームやご成婚パレードに国民の関心が集中する戦後の象徴天皇制は始まり、その後もテレビを通して、一般参賀、被災地訪問、園遊会などは「国民全体が同時に見る国家的映像としての機能の上に成立していた。ここでは、天皇は政治権力者ではなく、全国民が共有する感情の中心=「幻想共同体」の形成要素として存在していた。知らない者同士の、バラバラの人が同じニュースや儀礼を見ることで、「同じ国民だ、同じ日本人だなぁ」と感じるのである。架空、想像、幻想、そういう構造で成立していたのであった。
しかし、SNSはこの「共同の情報空間」を破壊した。この構造を根本から変えた。SNSでは、全員が同じ情報を見るわけではない。ではなくアルゴリズム、趣味共同体、推し文化、個々のコミュニティなどによって、人々は別々の世界を見る。つまり、全国民共通の共同的意識が希薄になる。ゆえに、みなが同じ象徴として認識することで成立する象徴天皇制は瓦解せざるを得ない。
テレビ時代には、天皇報道には暗黙の敬意空間のような空気があったが、SNSでは、批判や嘲笑や陰謀論など様々な情報空間に存在し拡散される。象徴といってももはや「神聖不可侵」でいられない。「神聖化されていた権威」が、デジタル空間で荒波にもまれることになったのである。SNS社会は「多中心性」を出現させ、天皇が「全国民統合の唯一中心」としてではなく、多数のネットワークの中の一つの象徴ノードへ変化し、天皇という存在も、数ある文化やサブカルチャー、記号の一つとしての対象になる可能性がある。
結論的に言えば、AIとSNSが社会の情報構造を変えつつある現在、「国民統合の象徴」という概念そのものがどのような意味を持ちうるのか、このことを軸に象徴天皇制をめぐる議論はおこなわれるべきで、新聞・テレビ時代からSNS・AI・分散ネットワーク時代への移行によって、「国民統合」という機能自体が変質しているという認識の上に、新しい天皇制論を展開すべき、というのが筆者の主張である。
きさらぎ・ゆう
1945年、京都市生まれ。同志社大学で鶴見俊輔教授に学んだ後、京都大学教員(専門は外国政治情報)を経て、現在はテニスで体を鍛える傍ら、政治社会学、とりわけデジタル社会、AI時代の民主主義、象徴天皇制について研究を進めている。2025年に『IT革命・デジタル社会に天皇制はいらない、かな?』(風詠社)を出版。
