特集●次の時代 次の思考 Ⅲ

FRBの金融政策はどこへ向かう?

アメリカの大規模量的緩和は終了

経済アナリスト 柏木 勉

米国FRB(米連邦準備理事会)は2014年10月末をもってリーマンショックから継続してきたいわゆる量的金融緩和を打ち切った。国債や住宅ローン担保証券(MBS)等の購入は停止され、今後は景気回復が順調に推移すれば2015年中にはゼロ金利を解除するとみられている。実際に金利が引き上げられれば、非常事態に対応した量的緩和の停止に次ぐ大きな転換になる。しかし、それは正常化へのスタートであるにもかかわらず、市場では金融引き締めにはいると受け取られている。またFRBは大量の証券を購入してきた結果、現在4.5兆ドルという膨大な資産を保有している。この膨れ上がったバランスシートをいかに縮小するのか、それが大きな難題と認識されている。

本稿では、これらのいわゆる出口戦略をめぐる課題について金融面を中心に述べることとしたい。

FRBの出口戦略

現在FRBが発表している出口戦略は以下のようになっている。

FRBは2014年9月中旬に出口戦略案として、従来計画を修正し新たに「政策正常化の原則と計画」を公表した。新計画の概要は次のようになった。

<金利>

(1)10月末で量的緩和を終了。終了後も事実上のゼロ金利を相当な期間維持する。ゼロ金利解除時期は経済データ次第。

(2)ゼロ金利を解除する時期が訪れた時には、まず政策金利(FF金利)の誘導目標レンジを引き上げる。FF金利の平時への復帰は2017年にかけて。

(3)住宅ローン担保証券(MBS)の保有を直接売却では減らさず。ただし長期的には残高を削減ないし全廃するため、一定額の売却の可能性は否定せず。残高の縮小は、当面は満期到来もしくは住宅ローンの早期償還に任せる。

<バランスシート>

長期的には、効果的金融政策に向け米国債主体の保有とし、必要以上の証券を保有しない。

市場の動揺・混乱が生じる可能性

以上の出口戦略にもとづいて量的緩和は終了したが、その後の問題に関して大きくはゼロ金利解除、金利引き上げとバランスシート縮小について見てみよう。

(1)金利引き上げにともなう危険性

まず金利引き上げについては、その実施のタイミングをどう図るかにつき相当の難しさがある。記憶に新しいが、2013年5月のバーナンキFRB議長による量的緩和縮小の言及で、新興国は自国通貨、国債の投げ売りに近い動揺にさらされた。同時に各国の金利は上昇、株価も大きく下落し、これに対し新興国は「FRBは自国以外のことは考えていない」と非難の声をあげた。FRBは基本的に自国の物価安定と雇用に責任をもつのが使命であるが、自国以外の国にも配慮することの意味も含めて、現在の出口戦略では「金利引き上げ後の引き上げのペースは緩やか」とのシグナルを送っている。

しかし、現在の市場は今後の金利引き上げのリスクを十分織り込んでいるだろうか。米国債金利の現物と先物について分析した結果によると、2-3年先までの若干の利上げは織り込まれているものの、その後のさらなる利上げは織り込まれていない。これはFRBのガイダンスにほぼ沿ったものだけに、実際の経済成長率や物価上昇が予想以上のものになれば金利上昇は加速し、資産市場ひいては金融システムに打撃を与える可能性が存在することになる。また長期の金融緩和への惰性も見て取れる。FOMC(連邦公開市場委員会)委員の予測より低い金利上昇を予想する投資家がいまだ多いとの分析もなされている。保有資産に対する今後の金利、信用リスクの認識に甘さが見られ、短期資金による調達であれば政策金利引き上げによって資産価格は大幅な下落に見舞われる。

ただし、リーマンショック以来金融規制が格段に強化された。従って米国銀行、投資銀行のリスク管理は相当厳しくなっていると期待されている。だが、この金融規制が期待とは逆作用するとの懸念も大きい。つまり規制強化が銀行などのリスクテーク能力を低下させ、金融市場の流動性と安定性確保に支障をきたす恐れがある。このような状況から資産価格の変動が予想以上に大きくなる可能性は排除できない。その影響はいうまでもなく米国のみならず世界的に波及していく。現に、最近の株式市場等の動向は乱高下の度を増しており、動揺が続くであろう市場動向に安易な予断は許されない。

(2)バランスシート縮小をめぐる問題

FRBの2011年の計画では、景気の本格回復とその持続を前提にFFレートを引き上げつつ購入した資産(MBS等の証券)を次第に売却していくとしていた。しかし、FRBが購入したMBS等の多くは償還期限が長期にわたるものが多い。そのため償還期限を待たずに急速な売却を行わないかぎり、バランスシートの縮小はかなりの期間を必要とする。ところが米国の景気回復は当初見込んだ成長率に届かないまま既に5年以上も経過してしまった。そのため成長が回復未達の段階でも次の景気後退時に備える必要が生じてしまい、バランスシート縮小の前にFFレートを引き上げることとなった。次の景気後退時に金利引き下げを可能な状態に戻すためである。FRBの想定は大きく狂ってしまった。

だが、いずれにしても膨れ上がったバランスシートは縮小する必要があるとされている。ところが、購入した証券等の資産を縮小のため売却しようとしても簡単にはできない。売却すれば長期金利や住宅ローンは大きく上昇する。FRBは大規模資産購入を開始するにあたって、数年後に景気は本格回復し加熱状態になり、その時点で売却すればよいと踏んでいたようである。しかし、その後の実体経済の回復はおもわしくなかった。そのため現時点でも、景気は回復しつつあるものの資産売却による金利上昇で失速するという懸念を払しょくできていない。

またさらに出口に入って政策金利を引き上げていけば、低金利時に購入した資産価格は下落する。そのためFRBは巨額の損失を被ってしまう。するとFRBから財務省への納付金は相当の期間にわたってゼロになり、利払いも増大し財政コストが発生してくるのである。FRBの巨額の納付金は米国の財政赤字削減に一定の貢献をしてきた。その納付金が消失する。この財政コスト発生は「財政の壁」問題とからんでFRBに向けた共和党からの攻撃を激しくさせるとも云われている。共和党はこれまでFRBの金融緩和はやりすぎだと非難してきたからである。

(3)FRBの巨額損失論議は一面的

上記のようにFRB等中央銀行は保有する資産を売却すれば金利が上昇して損失を被ることが指摘されている。だが、それはよく考えてみると実は一面的見方である。なぜなら中央銀行が市中から国債等資産購入を行う場合はベースマネーが増加するが、その段階で中央銀行は貨幣発行益を入手するからである。そして、それは財務省への納付金となる。その後にバランスシート縮小に入ると金利上昇で中央銀行は損失を被ることになる。その場合は財務省が損失を穴埋めすることになるだろう。すると前段階の貨幣発行益と後段階の損失が相殺されて、ごく単純にいえばネットではゼロ、利益も損失もないということになる。従って、損失が生じて財務省の穴埋めが国民負担になるとの主張は、量的緩和の前段の利益を見ずに後段の損失だけを指摘しているのである。

そもそもこの損失論議は、バランスシート縮小段階においては、中央銀行は金融政策の正常化とインフレ抑制のため金利を引き上げようとする。だが他方で政府・財務省は金利引き上げによる利払い増加、財政悪化を避けようとする。この両者の対立というジレンマを指摘、主張するものである。いかにもそのように見えるのだが、しかし実のところは中央銀行と財務省との内部的な金のやりとりを論じているだけである。

論ずべきは中央銀行のバランスシート上の利益、損失ではなく経済全体への量的緩和の効果、パフォーマンスがどうかである。この点を認識しないといたずらな政争が起こり、それが悪化すると中央銀行の独立性剥奪という論議にまで発展する恐れがある。

(4)バランスシートは縮小させず

しかし、そもそもバランスシートをなぜ縮小しなければならないのか? それは中央銀行が物価安定に責任があり、そのためにベースマネー縮小(バランスシート縮小)をはかろうとするのである。従ってその考え方の理論的背景はベースマネーと物価に密接な関係があるとするマネタリズムである。

①物価は上昇せず

だが、あれほどの大規模金融緩和(大規模ベースマネー供給)にもかかわらず事実として物価上昇は加速しなかった。米国の消費者物価は3%-2%程度で推移し最近はむしろ1%台となり低下が懸念されている。従って「ベースマネー拡大によるインフレ率の上昇」は否定されたと云える。となればベースマネーと物価の関係が薄弱であるということになる。つまり、ベースマネー拡大であろうが縮小であろうが物価と関係ないのだから、FRBの目標である物価安定のためバランスシートを縮小させる必要はなくなるのである。

米国消費者物価(コア)上昇率の推移   (前年比・%)

それではなぜベースマネー拡大が物価上昇につながらないのか?

最近は新たな(新たなといっても色々あるのだが)ケインズ理論が力を増しているとも云われるが、この新たなケインズ理論は、ベースマネーの拡大が物価上昇につながらない理由を説明できると主張する。それによれば、まず貨幣量の変化は利子率を変化させる。利子率の変化は設備投資を拡大させる。設備投資が拡大する結果、国民所得と雇用の増大が生まれ、賃金上昇から物価上昇となる。

つまり、この因果の流れのどこかにネックが生じると、結果として物価上昇が生まれないということになる。

そこで、この理論に沿ってリーマンショック後の米国経済をごく大まかに眺めてみよう。まず量的金融緩和によるベースマネー拡大でともかくも金利は低下した。米国はもともと日本と比べて物価上昇にのりしろがあり、日本のような物価下落(デフレ)には陥らなかった。従って流動性の罠は問題にならなかった。資産効果で株高が生まれ、自動車ローン等の金利低下による自動車販売が好調になった。米国経済に大きな影響を与える住宅投資は長く低迷が続いたが、持ちなおしに転じてきた。それらは個人消費の増加につながった。しかし他方で、金利低下は顕著な設備投資拡大につながっていない。現状では利潤率の上昇を見込むうえで不確実性が依然大きい。それと比べてわずかな利子率低下では確かな設備投資拡大に結び付かないのだ(もともとケインズは利子率低下が設備投資につながることに懐疑的だった。アニマルスピリッツと予想利潤率が設備投資を決定するとした。この点ではオールドケインジアンのほうが正しいと云える)。

また近年の設備投資はITを中心とした合理化投資、省力化投資のウエイトが大きく雇用創出力が弱い。ITの導入は失業率の改善にもかかわらず非正規労働者の増大を促進し賃金抑制圧力になっており、全体の「雇用の質」の改善や賃金抑制基調に顕著な変化はみられない。この結果中間層は、これまでの海外生産拡大の影響も加わって大きな打撃を受けている。家計のバランスシート調整はほぼ終わったといわれるが、雇用と賃金の不安定化によって個人消費の増大は限定的なものにとどまっている。FRBのめざすインフレ率2%に整合的な賃金上昇は3%台から4%と計算されているが、現状は2%程度でしかない。このように総需要の上昇要因と低下要因を見ると全体的な成長率は本格的な上昇基調にあるとはいえず、とりわけ賃金抑制が続く中ではインフレの加速は生じない。

②設備投資と「雇用の質」、賃金抑制がネックに

このようにベースマネー拡大を起点にして眺めれば、設備投資と雇用の不安定化、賃金抑制がネックになり、最後にインフレ率の加速はないという結論になってくる。新たなケインズ理論は一応の説明力があるといえよう。マネタリズムのいうようにベースマネー拡大が物価上昇につながる状況にはない。

ここから出る結論は、上記のような米国経済の状態が構造的なものであるならば、インフレ加速の恐れが小さいのだからバランスシートの縮小を急ぐ必要もないということである。どれほどの長期になるかは不明だがFRBは膨らんだバランスシートをそのままに維持することになるだろう。

なおFRB前議長のバーナンキは「金融政策の正常化に伴いバランスシートを正常化させる必要はない。必要に応じバランスシートを現在の水準に長期間維持することは可能である」と述べたと報道されている。

金融規制の効果

だが、膨らんだバランスシートが維持されればバブル再燃の懸念も大きく、今後とも警戒が必要である。金融規制は銀行等のリスクテーク能力を低下させているとの声も大きいが、過剰なリスクテークを防止する規制強化はリーマンショックの教訓であり、米国のボルカー・ルールの策定・施行、個別金融機関への巨額罰金賦課、バーゼル規制(BIS規制)の強化、マクロプルーデンス政策の策定など米国のみならず世界各国が協調しつつ進められている。

これらの金融規制がこれまでどの程度の効果を上げているかは、いまだボルカールールのように金融機関側の抵抗が激しく施行が遅れているものや検討段階のものも多く、明確ではないが、米国の状況について若干眺めてみると、シャドーバンキングの貸し出しはリーマンショック前においては伝統的銀行を上回っていたが、その後急激に減少した。これに替わって伝統的銀行が貸し出しを増加させ、2009 年にはシャドーバンキングを上回り逆転した。その後の両者の貸出金額差は2011 年は3.3 兆ドル、2012 年は3.8 兆ドルとなった。これは1980 年から2012 年の期間において最大の差額となっている。

また銀行のレバレッジ比率(総負債÷名目GDP)の水準も、08-09年から低下傾向となり、ドイツ、EU諸国、イギリスと比べて低下のスピードは速い。

以上は岩井浩一によるが、これらの動きを見る限り、金融市場の安定に一定の効果が見られると評価できる。金融規制改革はそれなりの成果を挙げていると言えよう。  

この様に、米国はかってない大規模金融緩和からの岐路にたっている。しかし、今後の歩みはなお容易ではなく、FRBの舵取りは依然として厳しいものとなろう。いずれにしてもキーポイントは実体経済の回復である。

かしわぎ・つとむ

1970年早稲田大学卒業。労働組合の産別本部にて経済・産業分析にたずさわる。現在は経済アナリスト。

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