論壇

西欧での分離独立運動の行方

スコットランド独立住民投票の余波

北海学園大学教授 松尾 秀哉

はじめに

2014年9月18日、スコットランドの独立の是非を問う住民投票の日、”Yes(独立賛成の意)”と描かれたバッチを何枚もデニムジャケットに貼り付け、スコットランドの旗を模様にした缶ビールを片手に、開票速報を食い入るように見つめる男性の姿がテレビに映し出された。

ただ、そこはスコットランドではない。彼はベルギー人で、名をカート・リオンという。フランドル地方のステーンオッカーゼール市の市長である。多言語国家ベルギーにおいて、本来、この都市はオランダ語を公用語とする地区だ。しかし住民の多くがフランス語を話す首都ブリュッセルと隣接しているため、ステーンオッカーゼールには比較的多くのフランス語話者が住んでいる。

この国の複雑な歴史、言語事情について詳しくは別書をご参照いただきたい(松尾 2014)が、1830年の独立以来、ベルギーではフランス語話者(多くが南部のワロン地方に住む)とオランダ語話者(多くが北部のフランドル地方に住む)がしばしば対立してきた。特に近年フランドルでは分離独立を求める勢力が支持されるようになってきた。その最大の争点の一つが、ステーンオッカーゼールのような本来オランダ語を公用語とする地区でありながら、フランス語話者も比較的多く住んでいるブリュッセルの「周辺地区」の扱いだ。ベルギーは、オランダ語圏におけるフランス語話者集住区域の一部に、特例として行政、司法、教育におけるフランス語の利用、及び選挙におけるフランス語政党への投票権を認めてきた。フランス語を話す少数者の権利を保護するためである。

しかしオランダ語話者の中にはこの特例措置を嫌う者も多い。この特例措置の撤廃をめぐる問題は重要な政治的問題に発展し、ステーンオッカーゼールはその争点地区の一つだった。結局2012年に特例措置を廃止することになったが、市長となったリオンはやはり特例措置廃止論者で、しかもフランドルの独立をかなり熱く望んでいる。

彼が属しているのは、フランドルの独立を主張し、今年五月の選挙で第一党となった新フランドル同盟(以下、N-VA)である。そしてスコットランドの出した”No(イギリスに留まる)”という答えを見て、「スコットランドは間違いを犯した」と語った。そして「もし”Yes”なら『ドミノ効果』が期待できた」という(The Day 2014/09/12)。

そもそもリオンが2012年の地方統一選で、有権者に支持されて市長に当選したことを忘れてはならない。つまりフランドルには、彼を市長にするだけの数の「フランドル独立」支持者がいるのだ。

このように、西欧には分離独立を望む地域がある。スコットランド、ベルギーのフランドル以外にも、スペインのカタロニア、さらにはイギリスのウェールズ、イタリアの北イタリアなどが挙がる。本稿では、こうしたヨーロッパの分離独立運動に対する、スコットランド独立否認の影響を考察したい。

ただし、その前に、特に最近話題になることの多いスコットランド、フランドル、カタロニアを中心に、それぞれの分離独立運動の性質を比較しておきたい。それぞれの地域に対する影響をバラバラに記述していては、共通項も独自の問題もわかりにくく、読者に不要な負担を強いることになるからだ。まず視点を説明し、3つの分離独立運動の異同を論じ、そのうえで否認の影響を考察することにしたい。

1. 分離独立運動の比較――「構造的前提条件」と「トリガー的条件」

先にも述べたように、実のところ、西欧は数多くの民族のモザイクである。ところが、近代以降、強力な「国民」形成が進み、「一つの国家に一つの国民」、「国民を備えた国家」を意味するところの「国民国家」形成が進んだ。国際システムは国民国家体系とも呼ばれ、その存在は自明と思われたが、実はすでに19世紀半ばには「国民」の内に存在した異質な「民族」が、自治獲得、独立を求める運動を展開していた。例えばノルウェーがスウェーデンとの同君連合を解消し独立したのは1905年のことである。「国民」は実はモザイクであった。「国民国家」は異質な「民族」や「地域」を長い間無視してきたのだ。

ただし、全ての「モザイク」で分離独立運動が展開されたわけではない。では、なぜこのような多様性が生まれるのか 。もちろん状況は各国、各運動によって異なるが、アレクサンダー・パヴコヴィックとペーター・ラダンによれば、特に連邦制を採用する国家において 、こうした分離独立運動が展開していくためには「構造的前提条件」と「トリガー的条件」が必要だという(Pavkovic and Radan 2007,27)。「構造的前提条件」とは、国家の構成体が独立主義や自治の要求を高めていくようになる一般的、社会構造上の条件のことで、具体的には「文化的特殊性」、「政治的志向性の相違」、「経済格差」の三つを指す。以下に簡単に見よう。

(1)構造的前提条件

まず「文化的特殊性」とは、主に言語・宗教の相違を示す。スコットランドはイギリス連邦との言語的統一性を有しているものの、宗教的にイギリス国教会とスコットランド国教会の相違を有している。カタロニア、フランドルについては宗教的には統一しているが、言語が異なる。さらに「政治的志向性の相違」とは、本国と当該地域の間に生じているイデオロギーの差異をいい、単純に「社会経済的政策における右派志向か左派志向か」で見極めることができる。これは選挙結果によって顕在化する。時代によって変化はあるものの、ヴァンサン・ラボルデリによれば、フランドルで支持されているN-VAはワロンよりも右寄りであり、スコットランド国民党(SNP)は左寄りである。カタロニアについては前二地域と比べて差異は目立たないとする(Laborderie 2013, 5)。

さらに「経済的格差」は経済発展の度合いを指す。具体的には失業率の格差と公共政策、よって投資の格差となって顕在化する。多くの分離独立運動を抱えている地域は、同一国家内部の他の地域よりも、経済的に豊かである傾向が強い。しかし以上の構造的格差だけで分離独立運動が高まるわけではない。ドイツにおけるバイエルン州は(一時的に、また内部でそういうくすぶりがあることは否定しないが)前三地域と比べれば、分離独立運動が高まっているとは言い難い。そこで、以上の格差から生じる要求を運動へと導く「引き金」、つまり「トリガー的条件」が必要となる(Laborderie 2013, 6)。

1. ただし、本稿ではモンテネグロなど旧東欧圏を考慮していない。近代以降、例えばフランドル・リールにおける少数言語が分離独立運動に発展しないなどの事例がある。
2. ここでは十分に論じられないが、オランダの政治学者であるアレンド・レイプハルトは、多民族で構成される多元社会はしばしば連邦制度形態を採ると論じている(レイプハルト2005:25-38)。またディレク・ハンシェルは、連邦国家には、連邦制導入と分権化による「垂直的分権化」を通じて紛争を解決する固有の機能があると論じる(Hanschel 2014,2)。

(2)トリガー的条件

ラボルデリは、カナダのケベック州の独立運動の研究から、連邦構成体の自治要求が受け入れてもらえず、構成体が自らを「無視されたマイノリティ」とみなすか否かによって「引き金」が引かれるかどうかが決まるという。そして「無視された」という場合に、独立運動が展開する。換言すれば、蓄積された不満が具体的な運動に転化するためには、何らかのきっかけを必要とする。それが「無視された」という認識なのである。

すなわち、当該集団の要求が、資源の不公正な分配、傷害事件などを通じて無視されたとみなされた場合、「不正」に対する不平不満の感情が「独立運動にエネルギーを注入する」のである。つまり「無視されたマイノリティ」とは、「不正に対する不満」を指し、あくまで運動主体の主観的な問題である(Laborderie 2013, 7) 。以上の要素にもとづいて三つの地域の特性を一覧にする。

要因 スコットランド カタロニア フランドル
構造的前提条件 文化的相違
宗教的相違
言語的相違
経済的格差
政治的相違
トリガー的条件 無視された少数者

表1 分離独立運動の要因(出典 Laborderie Appendixを基に筆者作成)

3. ラボルデリは、本来コソボやケベック、モンテネグロなどより広範な範囲を射程にした比較を試みており、他の「トリガー的条件」として(本国との物理的・心理的距離を示す)「事実上の独立」、(自治要求が受け入れられたかどうかに左右される)「要求が受け入れられないことに対する不満」を挙げる。ただし、ラボルデリによれば「無視されたマイノリティ」は、「要求が受け入れられないことに対する不満」を拡張した概念であり実質的に変わらないため、ここでは「無視されたマイノリティ」を指標として取り上げる。また「事実上の独立」はコソボ、モンテネグロ、アイスランドのみに影響するとしており、本稿では除いた。

以上の分析によれば、1)「構造的前提条件」について、スコットランド、カタロニア、フランドルはいずれも分離独立の文化・経済的構造を有するが、2)「トリガー的条件」を見る限り、実際に分離独立運動が強くなる可能性を秘めるのはカタロニアだけである。

カタロニアの場合、カタロニア自治州とスペイン本国との対立は、スペイン国会がカタロニア自治州議会で承認された自治州憲章の2006年草案を「拒否」し、さらに憲法裁判所が自治州憲章を「違憲と宣言」してその適用を宣言(2010年/31判決)し、それに加えてスペイン政府とカタロニア自治州政府の間で、カタロニアに有利な財政システム(まずカタロニアが徴税する)が「認められていない」こと(ホセ 2012)が累積的にトリガーとなったと考えられる。これを通じて、2012年カタロニアは「自己決定権を基底とする新しい段階を創らなければならない」と宣言するに至ったのである。

では、スコットランドやフランドルの分離独立運動をどう評価すればいいのだろうか。

チューリッヒ工科大学のマティーアス・ビエリは「こうした分離独立運動が、実のところ独立を望んでいるのか、自治を高めたいのかはわからない」(Bieri 2014)という。つまりスコットランドやフランドルの分離独立運動が「分離独立」を謳っていたとしても、彼ら自身が「無視されていない」と感じる限りにおいて、その運動は自治拡大を要求する運動で留まる可能性が高いことを示唆している。

今回、スコットランドが僅差ではあるが独立を否認したという結果は、それを実証したといえるのではないか。また、本年5月のベルギーの選挙で分離主義者と見られるN-VAが第一党となり、それを含む連立政権が10月に誕生した。冒頭に記したように本当に分離独立を望む人が少なからずいるということは否定しない。それが「構造的前提条件」のいわんとするところである。しかし、まさに「ベルギー分裂」を謳った政党が「ベルギー政治」を司るという逆説的な状況が生まれたことは、実はこの分離主義の本質が「ベルギー破壊」にはないことを示唆していると言えるのではあるまいか。

では、スコットランドやフランドルが強力に独立を志すことはないのか。そしてスコットランド否認の影響はないのだろうか。まず否認の影響について、節を改めて論じることにしたい。

2. スコットランド否認の余波

あるカタロニアの分離独立主義者は「スコットランドは[分離独立の]ロードマップを示した」という。おそらく住民投票が世界に「伝播」するだろう。グローバル化が進む現代においては、より早く、より広く。わが国の大前研一は「スコットランド独立問題は世界に飛び火する」と題して、カタローニャやバスク、フランドルの独立運動が勢いづくと述べる(大前 2014)。

しかしルーヴェン大学の政治学者マーク・ホーハは、住民投票が行われたことよりも「否認」されたことの影響が大きいという。ホーハによれば、「[スコットランドの否認は]ここまで進められてきた独立のための努力を停滞させるだろう」と述べる。「スコットランドは先導者のはずだった。が、失敗した。[西欧の分離独立主義者は]新しい先導者を必要とする。スコットランドの否認は、次に現れる先導者がEUの加盟国となる可能性を減じてしまった」という(以上はABC News 2014/09/21)。

つまり、もしスコットランドが”Yes”であり、EU加盟もスムーズなら「平和裏な独立」のひな形になった(Northern Trust Asset management 2014/09/11)。しかし結果は“No”だった。そしてスコットランドは自治の拡大を勝ち取ることになった。ただし、それはそれで「ひな型」である。つまりスコットランド否認は、住民投票によって平和裏に(「独立」ではなく)「自治を拡大する」手法を、世界中に知らしめたといえるだろう。 )

では、スコットランドの選択によって、分離独立運動がヨーロッパや世界に広がる可能性は封じられ、実際の独立に至る可能性は、カタロニアなどわずかな例をのぞいて全くないのだろうか。大前の指摘は誤りか。最後にその点を考察しておきたい。

3. 終わりに――それでも無視するのなら

ここで考慮しておかねばならないのは、先の「トリガー的条件」について、分離独立を主張する人々が「無視されない限り」という一節が付されていたことである。しかも、これはきわめて主観的なものだとも述べた。つまり、分離独立主義者がイギリスなりベルギーなり「国に無視された」と感じてしまえば、分離独立運動の引き金が引かれることになる。

何度も繰り返すが、これらの国は構造的に分離独立主義者を必ず抱えている。スペインは言うまでもなく、ベルギーなどユーロ危機による財政赤字、政府の経済政策の(不可避だったとしても)失敗を経験した国では、緊縮財政政策が余儀なくされ、政府に対する批判の声が高まる可能性がある。その意味で、スコットランドを含めて分離独立運動を抱える国の政府は慎重な対応が必要とされる。

ベルギーの政治学者であるレジス・ダンドイは、スコットランド否認がフランドルの分離独立運動に及ぼす影響を重視しない。理由は住民投票を行ったとしても、フランドルの分離独立派が多数を占めることがないだろうとの分析に加えて、国民投票制度が憲法に規定されていないことにある(CNN 19/09/2014)。

他方で分離独立主義者は、ベルギーも「フランドル分離を問う国民レベルでオープンな議論を展開すべきだ」と主張している。かつてベルギーは国民投票を実施して、国が大混乱に陥ったことがある(松尾 2014)。だからと言って、国民投票を求める声が強くなったとき――その制度化は難しくても――そうした声を「無視」するのであれば、事態は余計に悪化し、分離独立の声は強く、過激になりうる。

ベルギーではフランドル分離主義者が政権に参画した。そのこと自体の意味は先に述べた通りである。しかし、問題はこの「分離主義者」を含む政府の対応である。N—VAそして新政権は、財政健全化を最大の目標として、ワロンの望む「大きな政府」政策を批判し、緊縮財政政策を打ち出している。もし財政難の時期に、まだ失業者を抱えるワロンに対してフランドルを中心にした「ベルギー」政府が緊縮政策を強行するならば、今度はワロン側が自らを「無視された少数者」とみなす可能性はないか。

さらに事態はより複雑である。というのも、構造的前提条件自体も中長期的には可変的だからである。2005年からワロン経済立て直しのために実施されている「マーシャル・プラン」は、産学交流で情報等最先端分野の開発を柱としているが、それが功を奏しつつあるとの声も耳にする。逆に高齢化が急速に進むフランデレン経済の見通しを悲観する予測も目立つ。もしワロン経済が立ち直るのであれば、怖いのは「ワロンの逆襲」である。いずれにせよ、スコットランドを含めて分離独立運動を抱える国の政府は慎重な対応が必要とされるのだ。

あえて悲観的な見方をすれば、スコットランド否認は、「平和裏な独立」という選択肢を奪い、国が対応を一歩誤れば、過激な分離独立運動を生み出す危険性をも高めたといえるのではなかろうか。

参考文献

・ABC News “Scotland ‘No’ Fails to Stop Catalan Secession Push,” 21, Sep.2014.

・The Day “Scotish vote spurs separatists worldwide,” 12 Sep.2014.

・Bieri, Matthias 2014 “ Separatism in the EU,” CSS(the Center for Security Studies) Analysis in Security Policy, No. 166, sep.,2014.

・CNN “Five secessionist movements that could learn from Scotland,” 19 sep.2014.

・Hanschel,Dirk 2014 “The Role of Subnational Costitutional Power in Accommodating Centrifugal Tendencies within European States—Flanders, Catalonia and Scotland Compared,” Working Paper submitted for Discussion at Workshop No.2, World Congress of Constitutional Law, 2014, Oslo.

・Laborderie, Vincent 2013 “Judging the hypothesis of a ‘Break-up’ of federal Belgium: comparative perspectives, second edition of the conference Belgium: The State of the Federation, Louvain-la-Neuve, 18 October 2013.

・Northern Trust Asset management “Scotland Decides: Implications For The UK & Europe.”

・Pavkovic, Aleksander and Peter Radan 2007 Creating New States: Theory and Practice of Secession, Farnham, Ashgate.

・アレンド・レイプハルト著、粕谷祐子訳『民主主義対民主主義 : 多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究』、勁草書房、2005年。

・大前研一「スコットランド独立問題は世界に飛び火する」、「大前研一の日本のカラクリ」、PRESIDENT, 2014年11月3日号、PRESIDENT Online(www.president.jp/articles/-/13659)  (2014年10月22日)

・ホセ・カスティーア著、柴田直子訳「危機時における自治州国家」、神奈川大学国際シンポジウム、2013年11月4日開催、神奈川大学横浜キャンパス。www.kanagawa-u.ac.jp/art/10505_02339_010.pdf.(2014年10月25日)

・松尾秀哉『物語ベルギーの歴史』、中公新書、2014。

まつお・ひでや

1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、東邦ガス(株)、(株)東海メディカルプロダクツ勤務を経て、2007年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。聖学院大学政治経済学部准教授などを経て、14年より北海学園大学法学部教授。専門は比較政治、西欧政治史。著書に『物語 ベルギーの歴史』(中公新書)など。

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