コラム/深層

沖縄米軍基地をめぐる注目される報道

マスコミの弱体化のなかで

筑波大学名誉教授 千本 秀樹

安倍首相の一言ひとことに腹の立つ毎日である。とりわけ頭にきたのは、今年の沖縄全戦没者追悼式に出席した安倍首相が、他の参列者と同様にかりゆしウエアに類した沖縄風の黒い喪服を着ていたことである。主催者からの要請があったとは思えないが、今、安倍首相ほど沖縄の心から遠い人物はいないだろう。彼の挨拶における戦没者への「追悼」と「基地負担の軽減」という発言ほど空疎なものはないし、そのような人物のあの服装は、ウチナンチューをコケにしていると感じた人も少なくないのではないか。

例年、沖縄戦を指揮した牛島陸軍司令官が、最後まで戦えと命じて自決した6月23日前後には、各テレビ局が沖縄関係番組を放送するのだが、今年は関東地方では極端に少なかった。わたしもそれほどウォッチしていたわけではないが、NHKの「沖縄戦全記録」、「視点・論点」の「いま沖縄を考える」シリーズぐらいではなかったか。

安倍内閣のもと、マスコミは明らかにおかしい。戦争法案反対運動にしても、連日国会周辺で抗議行動が展開されてもマスコミはほとんど報道しないし、3万人包囲行動が行なわれても一部のマスコミが小さく扱う程度である。NHK会長人事や、安倍首相とマスコミ各社社長や幹部記者との度重なる会食(昼食会)が功を奏しているのだろう。国会前には「不買運動 読売・産経・NHK」というプラカードが出ている。

自民党の若手議員勉強会で、議員と百田尚樹元NHK経営委員によるマスコミ圧迫事件は、歴史に残るものである。これにマスコミは抗しえていない。従来なら、安倍内閣は何度も倒れていたはずである。安倍首相の野次事件のときに、毎日新聞は吉田内閣の「バカヤロー解散」に比較して、「これで内閣が倒れないのはマスコミが弱体化したからである」という趣旨の記事を書いて嘆いた。もちろんそれ以前に、大衆運動の後退が最大の課題である。

本題に入る前に、ご存じでない方もあるだろうから、ひとつの事件を紹介しておく。フジテレビの「池上彰緊急スペシャル!」をめぐって起こった。朝鮮語がわかる人はリアルタイムで気がついたということである。フジテレビの「お詫び」を全文載せておく。

 6月5日に放送した金曜プレミアム「池上彰緊急スペシャル!」において、韓国の方に日本についてインタビューしているVTRで、2カ所あわせて約⒑秒、翻訳テロップ並びに日本語吹き替えナレーションの内容と異なる映像を、誤って使用していたことが分かりました。

・女性がインタビューに答えるシーン
「嫌いですよ、だって韓国を苦しめたじゃないですか」と答えている部分で、誤って、韓国を好きな理由について話している、「文化がたくさんあります。だから、外国の人がたくさん訪問してくれているようです」という映像部分を使用していました。この女性は、インタビューの別の部分で、実際に「日本が嫌いです」と答えています。
・男性がインタビューに答えるシーン
「日本人にはいい人もいますが、国としては嫌いです」と答えている部分で、誤って、「過去の歴史を反省せず、そういう部分が私はちょっと…」と話している映像部分を使用していました。この男性も、別の部分で実際にこのように発言しています。

 いずれも、編集作業でのミスに加えて、編集チェックが不十分であったため、誤った映像を放送してしまいました。
 視聴者の皆様、インタビューにご協力いただいた方々、並びに関係者の皆様にお詫び申し上げます。今後はこのようなことがないよう再発防止に努めてまいります。

最近どうも池上彰の言動がおかしいので、わたしはこの番組を録画していた。サブタイトルは「知ってるようで知らない韓国のナゾ」。「女性」とは高校生、「男性」とは30代。通行人のようだが、フジテレビは発言者本人に謝罪したのだろうか。「インタビューの別の部分で」という弁明ですませられるのだろうか。編集方針や主張が先にあって、映像をそれにあてはめる、映像作品というのはそういうものだろうが、なぜこのようなお粗末な事態の「ミス」はたんなるミスでかたづけられるのだろうか。

本題に戻る。そのようなマスコミ状況のなかで、沖縄をめぐる秀逸な報道があった。日米地位協定をドイツ・イタリアと比較して検討したテレビ朝日の「報道ステーション」(6月23日)である。

2004年、普天間基地の近くの沖縄国際大学に米軍ヘリコプターが墜落した事故は記憶に生々しい。事故の1時間後、現場は米軍により封鎖され、沖縄の消防車も警察官も入ることはできなかった。日米地位協定では、米軍の財産の捜索や差し押さえには米軍の同意が必要とされ、米軍は事故機の残骸を財産と主張したからである。

1995年の米兵による少女暴行事件以後、沖縄県民の怒りは爆発し、米兵による事件・事故の刑事訴追については改善が期待された。しかし今なお米兵の公務中の事件・事故については第1次裁判権がアメリカ側にあり、日本側は不起訴とせざるをえない。明確に米兵側に責任があっても、処分されない場合が続いている。賠償を求める民事訴訟で勝利しても、賠償金の25%は日本政府が負担する。

日米地位協定では米軍機は日本の航空法の適用外にあり、飛行訓練の通知義務はない。これは沖縄だけではなく、全国で低空飛行訓練による騒音などの被害が広がっている。

沖縄市では嘉手納基地の一部が返還され、市民のサッカー場として利用されていたが、100本をはるかに超えるドラム缶が埋められているのが発見された。枯葉剤を製造していたダウ・ケミカルという社名が記され、高濃度のダイオキシンをふくむ枯葉剤の成分が検出された。前立腺がんや心臓疾患に苦しんでいる普天間基地の元海兵隊員は、1981年に基地内で大量のドラム缶が埋められているのが発見され、高い数値の化学物質が検出されたので、どこかに運ばれて埋め直されたと証言する。汚染物質の発見は珍しいことではない。しかし日本側に立ち入り調査権はなく、汚染除去は日本側の負担である。

第二次世界大戦の敗戦国であるイタリアとドイツにも米軍基地がある。イタリアには米兵1000人が駐留するアヴィアーノ空軍基地、ドイツには9000人のラムシュタイン空軍基地がある。

イタリアではすべての米軍基地はイタリア軍司令官の管理下にある。イタリア軍が米軍の飛行計画を審査し、国内法で飛行を制限する。昼寝の時間には飛行させない。基地内への立ち入り調査も行ない、環境保全、汚染除去は米軍が負担する。ドイツでも同様に、米軍機の飛行は国内法によって制限され、環境保全の責任も米軍にある。イタリアのランベルト・ディーニ元首相は「アメリカが所有している土地は大使館の中だけです」という。米軍広報官の発言をきいても、いかに地元に受け入れられるかという意識が強く、在日米軍とは異なっているようだ。

イタリアでもドイツでも以前の地位協定は差別的であり、それを粘り強く改訂してきた歴史がある。日本政府は「運用の改善をはかる」としか答えない。朝日新聞の立野純二論説副主幹は番組のなかで、「日本は主権国家なのか」という疑問を強調する。

もうひとつ、「視点・論点」(NHK、6月22日)の「シリーズいま沖縄を考える」の屋良朝博沖縄タイムス記者の「米軍基地集中の理由」も本質をついて興味深かった。沖縄米軍のほとんどを占める海兵隊を運ぶ艦船は佐世保におり、有事の際に軍事的な意味を持たない。もともと海兵隊は岐阜と富士にも配備されていたが、基地反対運動のために海兵隊全面撤退も検討したが、日本政府の懇請により、日本国民から見えにくくするために沖縄に集中させたという。さらにさかのぼれば、「沖縄を50年、100年占領してもよい」とマッカーサーに提案した昭和天皇の責任でもある。

ドイツの地位協定改訂の力は国民の声であった。日本国民の多くが沖縄基地問題に無関心なために、日本政府は日米地位協定改訂に動こうとしない。

「沖縄問題」は沖縄の問題ではない。確かに国家主権の問題でもある。沖縄を「観光の島」としか考えないヤマトの問題でもある。このままでは沖縄で、自立論のみならず独立論が強まるのも当然である。「国民を守るために」と戦争のできる国家にしようとする安倍内閣は、このようにこれまでも日本国民を守ってはこなかったのだ。

ちもと・ひでき

筑波大学名誉教授、本誌編集委員。

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