論壇

戦後労働法制の破壊・解体を許すな

様変わりする労働行政の現在

東京統一管理職ユニオン執行委員長 大野 隆

いま起こっていること

7月16日、「戦争法案」が衆議院で強行採決され、参議院に送られた。先立つ6月19日、労働者派遣法改悪案が同じく衆議院で強行可決され、参議院に送られている。今や「戦争できる国づくり」と労働法制破壊が一体となって進められていることを強く実感する。戦争法案と労働法制破壊は表裏一体である。

戦争法案はこの国が文字通り戦争をするためのものだが、労働法制破壊はその戦争に労働者を送り込む仕組みを準備することとなる。特に労働者派遣法の改悪は「生涯派遣」と言われるように、雇用、つまり働く人間をモノとして扱う仕組みを強め、雇用は不安定で安上がりに扱われることを結果する。低賃金で不安定な労働者が蔓延するわけだ。アメリカで貧困な若者が軍隊に行くという現実が広がっていると言われるが、日本でも同じことが起こるだろう。労働法制破壊は、物言わぬ労働者をつくり、仕事のない者は戦争に行けという事態を生み出す。

それをくい止めるために、何としても労働法制破壊はやめさせねばならない。しかし、労働法制破壊について、世の中では意外と関心が低い。連合は「労働者保護ルールの改悪反対」を運動の重要な柱にしているようだが、そして労働政策審議会などでは強くそれを主張してはいるが、社会的に広がっているとは言えない。おそらくは連合に組織されている労働者は相対的に「恵まれた」人たちであるのに対して、労働法制破壊の直接の被害者はこうした問題に関心を持つゆとりもないというのが実態ではないか。格差社会のありようが見えるようである。それに「労働者保護ルールの改悪反対」は、「(自分たちとは違う)弱い労働者を助けて下さい」というイメージで、自分自身の問題だと捉える契機がないようだ。いかにも微温的なスローガンのように感じられる。

労働現場の実態-規制強化こそ必要

安倍首相は、昨年1月のダボス会議で演説し、「古い産業に労働者を縛り付けている、雇用市場を改革します」「既得権益の岩盤を打ち破る、ドリルの刃になるのだと、私は言ってきました」「いかなる既得権益といえども、私のドリルから、無傷ではいられません」と述べた。現在の雇用市場が既得権益の岩盤で、それを破壊すると言ったのである。すなわち、政府から見ればいまの労働法制が既得権益の岩盤で、「世界で一番企業が働きやすい国にするために」それを取り払うと宣言したわけである。「戦後」を否定する右翼・復古主義者の妄言と言って済ませられればよいが、そんな悠長な事態でないことはご覧のとおりである。

それどころか、現実の日本社会では労働法制の規制は極めて弱く、その結果生活に追われる労働者が増えている。貧困率の上昇など、それは社会的にも明らかにされているが、ともかく実際のこの国では、規制=労働者保護が行われていないのである。むしろ「規制」とは名ばかり、ボロボロで穴だらけである。まず最初に、労働相談等から見えるそのボロボロの実態を報告する。実際にはもっと極端な労働者の扱いが横行しているが、ここにあげるのは、むしろ「普通のこと」として、あまり問題にされないことがらである。これらは現行労働法制下で起こっていることである。法律が守られない場合もあるし、そもそも法律が役に立たない場合もあるが、現行労働法制が労働者にとって不十分であり、もっと規制を強めることこそが重要だということが、お分かりいただけよう。

「残業代込みの基本給」と言われる「賃金制度」が横行している 

つまり「基本給には(月○〇時間の)残業代を含む」などと規定される労働契約が増えている。それでも残業代が明確に「〇〇時間分」と規定されていればまだしも、「残業代不払い」を追及された中小企業経営者などが、逃げ道として後から「残業代込みの賃金だった」と、残業代不払いを正当化しようとする。労基署がそれを追認することも多い。

1日8時間労働だけでは生活できない低賃金が蔓延している

最近、労働契約書の賃金欄に「千葉県の最低賃金」と明確に印刷してあるのを見た。神奈川の警備会社でも、最低賃金の数値をそのまま時給として労働契約書をつくっている。「最低賃金+1円」の例もある。最低賃金が生活保護基準より低いことが指摘されたりするが、すでに最低賃金はその本来の意義を失い、「初任給」あるいは「標準賃金」として扱われている。これらの業者は、その最低賃金を基礎にしながら、しかし残業代や深夜割増賃金などを法定どおり払うケースが多い。それで「合法」だからなかなか抗議できないのだが、最低賃金が低賃金を強制していると言える。

昨年まで、東京の求人広告で「ハナコさん」と言われる現象があった

それは「時給875円」のことだ。最低賃金に少し上乗せした額だったが、コンビニなどの求人の時給として用いられて、地域の「標準」になっていた(東京の最低賃金が引き上げられ、現在は888円なので、現在では違法な金額)。コンビニの募集広告が最低賃金を割り込むこともあり、その影響は大きいので、全労協全国一般全国協議会はこの問題に注目し、大手コンビニ3社に時給の引き上げを申し入れている。賃金問題はごく身近にあるということでもある。いま東京の最低賃金は前記のように888円になったので、少し変化はあるようだが、最低賃金が実際の賃金を決めるという事態は変わっていない。最近岐阜へ行って聞いたところ、最低賃金は738円とのこと。川を越えた愛知との格差も大きいが、東京都との150円の差に理由があるとは思われない。

基本給だけでは生活できない低賃金制度が多い

トラックの運転手は、月に100時間残業をして30万円の手取りになったらよい方だと言われる。「生活するための残業」から脱却しなければならないわけだが、現状は1日8時間労働で生活するには、基本賃金が低すぎる。たとえば結構規模の大きなあるトラック運送会社では、55歳で基本給が13万円、乗務すると距離や運賃に応じて手当が発生する仕組みになっている。通常は手取りで40万円を越えることもあるので「悪くはない賃金」と思われるが、いったん乗務をはずれると基本給だけしか払われない。諸控除を差し引くと手取りが数万円ということになってしまう。

経営者が意図的に乗務させないと、すぐさま労働者は暮らせなくなる。実際この会社では事業所を一部閉鎖しようとして組合と対立、組合員を乗務させないとの措置をとり、文字通りの兵糧攻め(1か月の手取り賃金5万円程度)にして、労働委員会で争いになっている。歩合給と残業代で見かけの「高賃金」を出しているケースだが、基本賃金を引き上げないと労働者は暮らせないということだ。そして、こうしたことは業界団体の「トラック協会」の指導の結果であるという。

残業がなくなると生活できない低賃金も多い

別の警備会社のケースでは、基本給は18万円で、残業代以外に上乗せされる賃金はない。通常は泊まり勤務や組み込まれた時間外勤務に応ずる残業代などが払われるので、手取り賃金は30万円近くにはなる。しかし、会社が意図的に日勤だけの勤務にこの労働者を配置すると、労働時間は一日8時間でそれ以上の勤務がなくなるので、手取り賃金は一気に10万円程度になってしまう。もちろん基本給18万円は最低賃金をクリアーしているので違法ではない。要するに最初から8時間労働では食えない賃金が設定されているのである。こうした場合は、勤務の配置等が労働者支配の決定的な武器になっている。

残業代不払いが横行している 

特に正しく計算されないケースが多すぎる。基本給だけを割増しの基礎にする、時間を30分単位で切り捨てる、など不当なことに気づかない労働者が極めてたくさんいる。賃金システム上は基本給を減らして手当等を増やす仕組みが広く行われている(一時第2基本給などと言われて、退職金算定の基礎額に入れないことが問題になったことがあった)が、残業代計算の算定基礎額には、「手当」と名前がついていても、交通費や家族手当など労働とは別の条件で決まるものと残業代そのものを除いて、すべて入れなくてはならない。「役職手当」とか「稼働手当」など、チェックする必要がある。また、普通に「管理職」と言われる人の大部分は、残業代を支払わせることができる。「管理職は残業代がつかない」という「迷信」は今なお根強い。

労働契約を請負や委託だとして、労働法の適用を逃れようとするケースも多い

デパートなどで商品の実演販売をする会社では、「契約書」の冒頭に「労働基準法の適用を受けたいと思う人はこの契約を結べません」と大きく明記している。請負契約だというわけである。実際には労働時間の管理は厳密で、販売方法も厳格なマニュアルに縛られている。休もうと思ったら「有給休暇申請」を2ヶ月前に書面で出す、という決まりもある。どうみても労働契約だが、この会社は最初から「労働契約ではない」と働く者に思わせて、義務を免れようとしているのである。

以上、長々と例示したのは、現行法でも規制が緩いことを説明したかったからだ。事例は全て合法か、あるいは違法であったとしてもその救済策は簡単には備わっていない。そして特別なケースではなく、世の中に横行しているものである。労働分野では規制緩和ではなく、規制強化こそが必要なのである。とりわけ最低賃金の引上げが重要な課題である。そのことを大前提として押さえておかなければならない。安倍はそうした過酷な労働現場をさらに悪くしようとしているのである。安倍の「規制緩和」を批判するだけでは、現在の困難な状況に置かれている労働者を見捨てることになって、足元を救われることになりかねない。繰り返すが、規制強化こそが何よりも必要なのだ。

ILO1号条約を批准できない日本

もう一つ、前提として確認しておくべきことがある。それは、日本が1919年のILO1号条約を批准できないということだ。理由は明白で、残業を無制限にさせるからだ。世界標準のルールは、1日に8時間を超えて働いてはいけない、ということだ。残業代を払えばよい、という問題ではない。もともと現在の労働基準法でも、「週40時間、1日8時間」を超えて働かせたら、その使用者は刑事罰を受ける、というのが原則なのである。それを免れるために、いわゆる「36協定」の制度がつくられ、残業代さえ払えば無制限に長時間働かせられるという仕組みができてしまっている。言ってみれば脱法行為が労基法に組み込まれているということだ。

だから、1日8時間だけの労働で(得られる賃金で)労働者が生活できることが最低基準なのである。そもそも一日の労働の最長時間が8時間なのだ。ところが、現在の日本では最初から残業代を見込んで労働者が生活している。1日8時間労働の賃金で暮らせないことが、基本問題である。そこを忘れてはならない。経営者団体などの言う「ダラダラ残って残業代を稼いでいる者が多い」などは文字通りの戯言である。

今、安倍などが言う「労働時間と賃金のリンクをはずす働き方」とは、すなわち1日8時間の労働で生活できる賃金を払うという原則を破壊するということである。この労働時間法制の問題を、狭い範囲で「残業代の問題」として考えていては安倍に対抗することはできない。

官邸主導-戦後労働法制の枠組みの破壊

今回の労働法制破壊は、首相官邸の主導ですでに2年以上にわたって強力に進められている。産業競争力会議や制改革会議において労働法制破壊の方向が具体的に指し示されているのである。

 政府の規制改革会議の雇用ワーキンググループは、一昨年(2013年)5月末、「報告書」をとりまとめた。その「具体的な規制改革項目」は以下の表のようになっている。2年後の現在から見て、その内容が着々と進められていることに改めて驚いた。政府の机上の方針がそのまま法案化されているということが、労働法制破壊の実態を表している。

注目すべきは、この種の報告には珍しく、「実施時期」を細かく明示していたことである。それは、雇用の基本を変えるという大問題を極めて短期間に処理しようとするものであった。しかも、上述のように、派遣法や労働時間法制については実際にそのスケジュールどおりに短期間に動き始め、現在法案が国会に上程され、与党の強行採決にまで至っている。政権トップの意志のとおりに、労働現場とは関係なく、労働法制がつくられようとしていることがよく分かるだろう。安倍の一声で労働法制が破壊されてしまうということが、現実に起こりつつある。

本来労働法制は労使双方の意見や見解をすり合わせ、大筋で一致するところに落ち着くのが普通であった。実際ILO原則と言われる「公労使(公益・労働者側・使用者側)三者合意」が当然のこととして、ずっと運用されてきたのである。しかし、安倍政権は後述のように、労働政策審議会の議論でも労働者側の反対を押し切る運営を繰り返し、この三者合意を破壊している。つまり、政権の意向をごり押ししているのである。

要するに、そもそも産業競争力会議や規制改革会議の議論に労働者側の意見が反映される仕組みはなく、労働者側と関係なく労働法制の改悪が議論され、提案されている。このこと自体が、労働法制の破壊と言えるだろう。労働法制破壊は、単に具体的法律の改悪にとどまらず、法案作成の仕組みからして従来のやり方を壊しているのである。こうした点を批判しなければ、今後もこの仕組みが続いてしまうだろう。

No事項名規制改革の内容実施時期所管省庁
1ジョブ型正社員の雇用 ルールの整備職務等に着目した「多様な正社員」モデルの普及・促進を図るため、労働 条件の明示等、雇用管理上の留意点について取りまとめ、周知を図る。平成25年度検討開始、 平成26年度措置 厚生労働省
2企画業務型裁量労働制 やフレックスタイム制等 労働時間法制の見直し企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制をはじめ、労働時間法制について、ワークライフバランスや労働生産性の向上の観点から、労働政策審議会で総合的に検討する。労働政策審議会での検討の基礎資料を得るべく、平成25年上期に企業における実態調査・分析を実施し、平成25年秋に労働政策審議会で検討を開始し、結論を得次第措置を講じる。平成25年上期調査開始、平成25年秋検討開 始、1年を目途に結論、 結論を得次第措置厚生労働省
3 有料職業紹介事業の規 制改革民間人材ビジネスの活用によるマッチング機能強化の観点から、利用者 の立場に立った有料職業紹介制度の在り方について引き続き問題意識 を持ちつつ、当面、求職者からの職業紹介手数料徴収が可能な職業の 拡大について検討する。平成25年度検討開始、 平成26年度早期に結論厚生労働省
4労働者派遣制度の見直し労働者派遣制度については、下記の事項を含め、平成25年秋以降、労 働政策審議会において議論を開始する。
①派遣期間の在り方(専門26業務に該当するかどうかによって派遣期間 が異なる現行制度)
②派遣労働者のキャリアアップ措置
③派遣労働者の均衡待遇の在り方
平成25年検討・結論、 結論を得次第措置厚生労働省

また、上記の表と同時期に規制改革会議に出された規制改革会議雇用ワーキンググループ座長・鶴光太郎の「労働時間制度の三位一体改革について」の提案に添付された図表には、露骨に政権の考え方が表明されていた。そこでは、新たなタイプの労働者には、労働基準法32条「法定労働時間=一日8時間週40時間」、34条「休憩一斉付与の原則」、35条「休日毎週一回、4週に4日以上」、37条「割増賃金 時間外割り増し、深夜労働割り増し、休日時間割り増し」の各条項が、すべて「適用されない」ものにすると言っていた。これらは、現行の裁量労働制では適用されている事項だが、それさえ規制が強すぎ、別の仕組みをつくれと提案したものだった。そして、それがいま国会に上程されている労働基準法改悪案の「高度プロフェッショナル制」にほぼそのまま体現されている。これらの条項が守られてこそ「労働者」なのだが、いま安倍が推進しているのは労働者としての保護を一切受けられない「労働者」をつくることなのである。

要するに、官邸主導で提案されていたことが、労働者側の反対にもかかわらず、そのまま法案として国会にあげられているわけだ。労働法制が、政府の、それも官邸の言う通りに変えられようとしている。しつこく繰り返すが、これこそ究極の戦後労働法制の解体・破壊である。

労働行政の劣化、国会審議の空洞化

その上で、厚生労働省の体質変化を指摘しなくてはならない。

役割を果たせない労働政策審議会

労働関係の法律については、前述の三者合意の仕組みを実現するために、厚生労働省の労働政策審議会で公益、労働者側、使用者側の三者の委員が基本的な論点を協議し、従来はそこで合意を得て大臣に建議を行ない、法案が準備されてきていた。しかし、ここしばらくは、議論はするが、最終的に労働者側が同意しなくても「意見は聞き置いた」として、「座長とりまとめ」などを強引に行ない、結局政権の意図を取り込んだ建議をしている。公益委員がそうしたやり方を主導することも多く、これによって労働者側の意見は封じ込められてしまうのである。

さらに、従来は月に1回程度だった分科会の会合が、安倍政権になってからは月に2回から3回も行われることが多くなり、形式的に時間を重ねて強引に官邸の方針を通すという運営が目立っている。

しかも、派遣法を議論した職業安定分科会労働力需給制度部会では、委員ではない業者代表をオブザーバーとして会議に加えて多くの発言をさせたり、あるいは派遣業者が大量動員をして会議を傍聴し、労働者側の傍聴を締め出そうとしたこともあった。法案作成段階で唯一労働者側が意見を表明できる場で、労働者側の意見を押さえ込むことが行なわれている。

「10・1ペーパー」問題

厚生労働省の役人の振舞いもひどいことになっている。

現行労働者派遣法には「労働契約申込みなし制度」が組み込まれている。派遣先が許される期間を超えて派遣を受け入れた場合など、違法状態が発生した時点で派遣先がその派遣労働者に労働契約の申込みをしたとみなす制度である。簡単に言えば派遣先がその派遣労働者を直接雇用しなくてはならない、という規定だ。この施行が、実は今年の10月1日からであり、今回の(現在参議院で審議されようとしている)派遣法改悪案は使用者側にたって、その規定を実施させないために、9月1日の施行とされている。このみなし制度について、厚生労働省の役人が、最初は与党の議員にのみ資料の書面をもってレクチャーにまわったのである。

その「ペーパー」には「経済界等の懸念 26業務に該当するかどうかによって派遣期間の取扱いが大きく変わる現行制度のまま、労働契約申込みみなし制度(平成27年10月1日施行)が施行されることを避けたい。」と書かれており、そのために派遣法の改悪案を通してほしいと、オルグする内容であった。最初は自民党議員にだけ配布されたと言われている。中には「3年以上26業務に従事する派遣労働者が、派遣先に直接雇用されたいため、26業務以外の業務を故意に行う」など、虚偽で労働者を侮辱する文章も含まれていた。「派遣事業者に大打撃」とも書かれていた。

しかも、5種類もの同様の文書が出されたという話もあり、明らかに労働行政の立場が問われるものであった。最終的には塩崎厚生労働大臣が謝るところとなったが、厚生労働省が明らかに使用者側に立って行政を行っていることが明白になったのである。詳細は見えないことが多いのだが、厚生労働省が労働者保護の立場を捨てて使用者側に立ったということは、現在の労働行政の在り方をよく示している。労働法制は、それを司る役所によってすでに破壊されているとも言えよう。

お粗末な国会審議

今回の派遣法改悪に反対して、衆議院の厚生労働委員会を何度か傍聴した。印象的だったのは、与党議員、とりわけ自民党議員のレベルの低さである。審議にあたって議場に出てくるのは採決要員としてのみなのだろう。誰も資料も持たず、時々野党側の質問を野次るだけ。言葉は悪いが中年やくざのおっさん集団という感じだった。さらに自民党の議員が質問を終えると、「うまくいった」とうれしいのか、ハイタッチせんばかりの喜びよう。これが労働者の運命を決める国会かと唖然としてしまった。安倍は、野党の質問に対しては全く正面から答えず、議論にならない。本当に情けない思いしか残っていない。

しかも、衆議院厚生労働委員会の運営では、これまでは珍しかった委員長職権による開催が常態化し、最後の採決は野党の反対を押し切る強行採決であった。与野党の合意をつくることをしないのは、労使の合意を尊重ないし形成しないことと同様の現象であろう。民主党の山井議員によれば、衆議院厚生労働委員会における強行採決は前代未聞とのこと、それほどまでに安倍の労働者無視は激しいということだろう。

加えて、これは安倍政権に一貫することではあるが、国会も労働行政も世の中の声に全く耳を貸そうとしない。この間の労働法制解悪については、日本弁護士連合会など、多くの機関・団体から反対の意見が出されているが、それらは政府や厚生労働省によって完全に無視されている。

人材ビジネスで儲ける竹中平蔵

労働法制破壊の主役の一つがいわゆる人材ビジネスである。破壊に反対する運動の中で、あまり強調されてはいないが、人材ビジネスの存在は大きな意味を持っている。派遣法の改悪では業界が大幅に売上を伸ばすだろうと言われている。雇用を左右してカネにするビジネスが広がっているのだ。派遣業界などは、明らかにピンはねで食っているわけで、その業界の存在自体が問題にされるべきでもあろう。労働政策審議会の傍聴に大量動員した業界のやり口を看過してはなるまい。

その業界の中心にいるのが竹中平蔵である。竹中は慶応大学教授として、政府の産業競争力会議の民間議員を務めている。安倍の指南役の役回りを果たしていると言われ、先に述べた昨年のダボス会議での安倍「岩盤-ドリル」発言も、竹中の「知恵」だという話がある。その竹中は人材ビジネス大手のパソナの会長である。言うならば、政府の会議で自身に有利な法案をつくり、それを立法化してそのまま自身のビジネス=金儲けに生かしているのである。彼に象徴されるように、雇用をいじって金儲けをする輩が、結局は労働法制の破壊者でありその受益者になっているのだ。

「安倍政権の雇用破壊に反対する共同アクション」(全労協、全労連、MICなどで構成)の指摘によると、竹中は次のようなことを言っている。

・「あらゆる分野を規制緩和しないといけない。」
・「若い人には貧しくなる自由がある。貧しさをエンジョイしたらいい。」
・「就職出来ないのか。そんなの簡単だ、社長になれ!」
・「正規(社員)は守られすぎている。正社員をなくしましょう。正規雇用という人たち
 が非正規雇用者を搾取しているわけです。」(竹中語録―出典naverホームページより)

冗談かと思うほどだが、おそらくこれは新自由主義者の本音で、こうした考え方が労働法制破壊の背景にあることは記憶しておいてよい。

労働者派遣法改悪の問題点

派遣法改悪案は、6月19日に参議院に送られたが、戦争法案の強行採決のあおりで予定された7月半ばからの審議が始まらず、場合によっては9月1日施行が間に合わないので、法案そのものの修正が必要だと言われ始めている。しかし、安倍があきらめるはずはなく、政府の暴挙が続く可能性が大きいので、緊張してしっかり対処する必要がある。

以下、実際の改悪法案については、あちこちで批判がなされているので、ここではポイントを絞って簡単に述べたい。

今回の派遣法改悪の中心は、派遣期間の制限を見直して、「臨時的一時的業務に限る」とされてきた派遣労働を永続的にできるようにしようとする点だ。労働者側が求めてきた「常用代替防止」はほぼ完全に無視されることになる。現行法ではソフトウエア開発や秘書、財務処理、書籍等の制作・編集などの「専門26業務」の派遣労働者を除いて最長3年と派遣期間が制限されていたが、派遣先から見るとこの制限が撤廃され、労働組合などの意見を聞けば、その意見がたとえ反対であっても、続けて派遣を使うことができることになる。

ただ、派遣労働者自身はは3年を超えて同じ部署で働くことはできなくなるので、派遣元は3年目には派遣先に直接雇用の依頼(依頼するだけで結果は問われない)をしたり新たな派遣先を紹介することを求められるが、結局その都度派遣先が変わることになるばかりであろう。これが「生涯派遣」と言われる所以である。企業は3年ごとに人さえ入れ替えれば派遣労働者を無期限に使い続けられる、つまり、派遣を事実上の常用雇用にできるので、派遣労働者が生涯その地位に置かれることになる。一方で派遣労働者が正社員になる道はほとんどない。

これまで期間の制限がなかった専門26業務は、最長3年と定められる。この結果2012年の派遣法改正で導入され、今年10月に施行される予定となっている、前述の「直接雇用申込みなし制度」が、ほとんど機能しなくなる。さらに、3年で雇用を打ち切られる「雇い止め」が常態化して、転職を繰り返さなければならなくなる。実際、派遣法改悪がまだ成立していないにもかかわらず、すでに専門26業務の派遣労働者で雇い止めを通告されたり、3年先の雇い止めを予告されたりするケースが出ている。

政府は「派遣労働者の一層の雇用の安定、保護等を図るため、全ての労働者派遣事業を許可制とするとともに、派遣労働者の正社員化を含むキャリアアップ、雇用継続を推進」すると言うが、全く期待できないことは明らかだろう。やむをえず派遣という働き方を選んでいる人がほとんどである中で、派遣労働の利用可能範囲が著しく拡大し、不安定かつ低賃金の派遣労働者が増えることになるのは間違いない。

国会審議でも、正確ではない説明や答弁が目立つ。安倍は、「正社員を希望する派遣労働者について、その道が開けるようにするもの」(5/12衆議院本会議)と述べている。塩崎厚生労働大臣も「正社員になりたいという方にはその可能性を開いていくということで、可能性を増やすための手立てというものを新たにいくつも容れられる…」(5/29衆議院厚生労働委員会)と、いかにも正社員化の道があるかのように言っているのだが、すべて答弁・説明だけだ。正社員になれる基準も手続も、今回の法案には何も書かれておらず、正社員化を法的に担保するものがない。

さらに、塩崎は、「さらに今よりも上の仕事ができるように、キャリアアップを図れるような手立てもご用意させていただいて…」(5/29衆議院厚生労働委員会)と言うのだが、具体的な方策は何も定められることはない。

派遣労働は、雇って賃金を支払う者と実際の労働を指揮するものが別々であるという間接雇用であり、それが例外的に合法化されたところが問題なのだ。そもそもそうした間接雇用を禁止するところへ大きく押し返すためにどうするか、それを準備することが必要になってきている。

労働時間法制改悪と解雇の金銭解決

現在衆議院に上程されている労働時間法制(労働基準法)改悪案は、やはり戦争法案強行採決のあおりで、審議の見通しが分からなくなっているとも言われている。しかし、政府の意図は明確かつ強力なので、具体的な反対行動を続けねばならない。

この法案の基本問題は、働く時間を管理されない労働者を増やすことにある。特に「高度プロフェッショナル制度」なるものは、労働時間の管理を全くしない労働者とされているが、そもそも時間管理をされない者は「労働者」たりうるのであろうか。これは労働者を労働者として扱わないべらぼうな法案である。しかも「健康管理時間」なる新たな概念を持ち出して、労働時間のダブルスタンダードをつくろうともしている。

「高度プロフェッショナル制度」は、「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の規定を適用除外とする」労働者と定義されるが、逆に言えば、自らの裁量が認められないにもかかわらず、無限に働かされることになるということである。現在は年収1075万円を超えるという制限があるが、塩崎厚生労働大臣が講演で語ったとおり、政府としては「小さく生んで大きく育てる」制度として準備しているのである。範囲はどんどん拡大されるだろう。それは派遣法の歴史を見れば明らかである。到底認められる制度ではない。過労死促進法案なのだ。

この改悪案のもう一つの目玉は、企画業務型裁量労働制の拡大である。法案は、企画業務型裁量労働制について、対象業務を①「事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用し、当該事項の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務」、②「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」に拡大するとしている(38条の4の1項1号ロ、ハ)。しかし「実施の管理」、「実施状況の評価」及び「契約の締結の勧誘又は締結」の業務は「大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある」業務とは言えまい。

この条項を素直に読むと、大方の営業社員は皆この制度の適用を受けてしまうのではないだろうか。実際経営者側は高度プロフェッショナル制よりもこの裁量労働の拡大の方が使い勝手が良いと広言している。このままでは長時間ただ働きを強制される労働者が激増するだろう。到底許されることではない。

こうした「時間管理をはずす」ことの根拠として「成果に応じて賃金を払う」などと言われるが、そのようなことは法案のどこにも書かれていない。

一方、6月30日に閣議決定された骨太の方針と成長戦略には「不当解雇時の金銭解決の制度化を検討」が盛り込まれた。現在のところは労働者の側からのみ申し出ることができるとしているようだが、いずれ使用者側からの申出も加えられるだろう。不当解雇の金銭解決なので、結局は金さえ払えば「不当解雇」でも何でもできる、ということが合法化されることになる。これまた認めるわけにはいかない。

おおの・たかし

1947年富山県生まれ。東京大学法学部卒。1973年から当時の総評全国一般東京地方本部の組合活動に携わる。総評解散により全労協全国一般東京労働組合結成に参画、現在全国一般労働組合全国協議会中央執行委員。一方1993年に東京管理職ユニオンを結成、その後管理職ユニオンを離れていたが、昨年11月から現職。本誌編集委員。

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