特集●総選挙 戦い済んで

「トランプ暴走」を誰が止めるのか

「戦争」の選択は元々なかった

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

原爆をただ1人使用し、原爆の1000倍規模の破壊力を持つ水爆開発の口火を切ったトルーマンが残した言葉がある。

「これからの戦争は1撃で数100万人の生命を吹き飛ばし、大都市を破壊し、過去の文化的遺産を消滅させ、数百世代にわたって築き上げてきた文明を抹殺するようなものになる。このような戦争は理性ある人間が取り得る政策ではない」
(1953年1月9日大統領として最後の年頭教書から)

言っていることは常識である。しかし「核」の脅威を振りかざす危険な「核ゲーム」が昂じると、理性も常識もかなぐり捨てられ、狂気が暴走する危険が生じる。北朝鮮の核開発をめぐって米国と北朝鮮の戦争(それはどんな戦争も核戦争につながるのは必至だ)を引き起こすとすれば、それは金正恩(労働党委員長)か。それともトランプ(米大統領)だろうか。

答えは間違いなく、圧倒的軍事力を持つトランプ氏だ。やっとちっぽけな核兵器を手にしたばかりの金正恩氏から戦争を始めることはない。

しかし、戦争はある目的を手に入れるための手段でしかない。双方がいかに過激な威嚇を応酬し合っていても、戦争で得るものをはるかに超えるコストがかかることが明らかな戦争はするはずはない。これも理性ある人には常識だ。金正恩氏は先に戦争を仕掛けることは国家自殺に等しいことがわかっている。トランプ氏はどうか。政権発足から1年目の終わりが近くなっても、オバマ前政権の遺産潰しには精を出してきたものの、まともな法案は何ひとつ成立させられないでいる。ロシアゲートの捜査が進み、疑惑はさらに深まっている。強固なトランプ支持派は揺らいでいないといわれるが、支持率は歴代最低ラインの30%台半ばを上下している。

追い込まれているトランプ氏の衝動が戦争に傾いたとき、政権内部、議会、指導層(エスタブリッシュメント)、米国および国際世論がどう動くのか。北朝鮮問題の焦点はそこに絞られてきた。

「戦争」の選択ははじめから排除

トランプ大統領の政策を貫いているのは、前任のオバマ大統領の「遺産」は全て破壊することだ。地球温暖化対策のパリ協定や太平洋連携協定(TPP)からの離脱、オバマケア(低所得者向け健康保険制度)の廃棄、不法移民の条件付き受け入れ制度廃止、移民受け入れの制限強化、イラン核合意反対などなど、上げればきりはないが、なかでも「最悪」の弱腰外交と非難してきたのが北朝鮮核問題に対する「戦略的忍耐」戦略。確かに裏返せば打つ手のないまま、核開発を事実上、容認する結果を招いた面はある。だが、弱腰に代わる強腰戦略はあり得たのか。

北朝鮮核問題が急浮上したのは冷戦終結から間もない1993年クリントン政権のときだった。米情報当局が監視衛星などで北朝鮮の核開発の動きをキャッチ、クリントン政権は断念させようとしたが交渉は難航、核開発施設を破壊する軍事作戦「50-47」に取り掛かった。北朝鮮は「ソウルを火の海にする」と威嚇した。これは単なる威嚇ではないことが直ぐわかった。

韓国の首都ソウルは北緯38度線をまたいで南北を隔てる軍事境界線からわずか50キロ。同作戦計画によれば、核施設攻撃は北の反撃を招き、たちまち全面戦争に発展する。死者は100万人、そのうち米国人は8∼9万人。米軍は韓国駐留の3万7000人に加えて40万人の増派が必要になり、戦費は1千億ドルに達すると見込まれた。

これは通常兵器での戦争だ。今、北朝鮮と米国の間で戦争になれば、間違いなく核兵器が使われるだろう。桁違いの悲惨な破壊をもたらし、放射能を朝鮮半島から日本、中国、ロシアから米アラスカまでも撒き散らすことになる。

クリントン政権は軍事介入を断念、手詰まりに追い込まれた。カーター元大統領が仲介に乗り出し、金日成主席と直接交渉して事態を収拾、その直後に金主席が死去、後を継いだ金正日との間で「米朝枠組み合意」ができた(1994年10月)。この合意はほとんど実行されることなく終わったが、軍事力行使の選択は排除され、北朝鮮が「核計画放棄」すれば、米国が「エネルギーをはじめとする経済援助および北朝鮮の安全保障」を与えるという攻め合いが今に続く核交渉の基本パターンになった。次の共和党ブッシュ政権もこれを引き継ぎ、オバマ政権の「戦略的忍耐」につながった。

「核抑止」に国家生存を賭けた

欧米主要メディアの報道が支配する世界から見れば、「金王朝」が支配する北朝鮮は理解しがたい、危険な国としか映らないだろう。だが、北朝鮮の核開発の選択は、合理的な判断に基づいていた。冷戦終結で東側の両大国ロシア(ソ連)と中国が経済利益を求めて韓国と国交を樹立、北朝鮮は後ろ盾を失い、孤立無援となった。朝鮮戦争は韓国を除く北朝鮮・中国と米国の間で休戦協定(1953 年)が結ばれただけで、戦争は終わっていない。

米国は冷戦時代からずっと、クーデターを仕組んだり、軍隊を送り込んだりして、気に入らない国の政権を取り替えてきた(冷戦後でもイラクやリビアのケースがある)。米国が政権転覆を狙っている。北朝鮮がこう心配したのはおかしくない。米国と同じような核戦力を持つ必要はないし、それはできない。だが、数発でも米国の都市に核ミサイルを撃ち込んで手痛い破壊を与えることができれば、米国の政権転覆を抑止することができる。米国が信奉する核抑止論に乗ったともいえる。

朝鮮と国境を接する同一民族の韓国および中国、ロシア、そして一衣帯水の日本を加えた6カ国協議が2003年から始まった。北朝鮮はこの交渉を通してクリントン、ブッシュ、オバマと歴代米政権の硬軟の揺れにつけ込んだり、5カ国それぞれの事情や思惑の間隙を巧みに突いたり。5カ国を振り回し、協議は休会と再開をくりかえした。

金正恩体制下、ピッチ上がる

北朝鮮はこの間隙をぬって着々と核開発を進め、これまでに核実験6回、弾道ミサイル発射実験110回以上。金正日氏死去(2011年11月)の後を継いだ3代目金正恩体制に入ってからピッチを上げ、これらのうち核実験4回、弾道ミサイル発射実験80回以上。その度に核技術の水準を確実に高めてきた。

今年に入って3回発射した弾道ミサイル火星12(中距離弾道ミサイル)は米軍戦略基地があるグアム島に、2回発射の火星14(大陸間弾道ミサイル)は米本土に、それぞれ到達する能力があるとされる。6回目核実験(9月3日)の爆発規模は推定160キロトン(防衛庁)ないし200キロトン(米研究機関)。前回5回目の実験は推定10キロトンだったので大幅なランクアップ。広島原爆は15キロトン、長崎原爆は21キロトンなので、200キロトンだと、それぞれの13・3倍と19・5倍にあたる。水爆であることは間違いない。米国やロシアの水爆の単位はメガトン級(1000キロトン)以上が普通だから、まだ小型水爆ではある。

トランプ米政権が、脅威が「新しい段階」に入ったと緊張感を高めているのはこのためだ。韓国はもとより日本も既に核ミサイルの射程内に入っていたが、米国は自分が直接核攻撃の範囲内に入ったことで、急にあわてだしたという感じだ。

先制攻撃の誘惑

北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実験に成功したと言っても、すぐに核弾頭を搭載したICBMが米本土を脅かすわけではない。しかし、1年でも2年でも手をこまねいていればそれだけ北のICBMは能力をたかめる。その前に先制攻撃をかけるという誘惑もたかまる。

トランプ氏がしびれを切らして「最後の手段」に出る可能性は日々高まっていく。

北朝鮮核関連施設に通常兵器でピンポイント攻撃を加え、可能なら金政権を崩壊に導く。北朝鮮の一般国民の犠牲を最小限に抑える作戦は可能-といった軍事筋からの情報も流されている。

一方、国防総省は北の核施設は数が多く、地下深くに埋蔵されているので、全てを破壊するには地上軍の派遣が必要と報告を上げたと報道された。いずれにしても米軍は長年、地中深くもぐりこむ核弾頭付き地中貫通弾の開発を進めてきており、戦争になればこうした核兵器を使う可能性は高い。

最初は通常兵器による攻撃だとしても、北が報復攻撃に出ることは間違いない。追い詰められれば「自暴自棄」となって実験済みの核兵器を総動員するだろう。北朝鮮は米軍基地がある日本が標的になることは繰り返し警告している。直撃を蒙るだけでなく、放射能被害が日本から中国、ロシアにも広がるだろう。福島原発の被害を考えれば、日本列島は住めなくなるかもしれない。

大統領の戦争権限

大統領の強硬発言を国務、国防両長官が薄めようとするケースも目立つ。両長官とケリー首席補佐官の3人が密かに、3人が揃ってワシントンから離れないよう連絡を取り合っているという報道が流れている。かつてウォーターゲート事件で議会の弾劾裁判にかけられ、追い詰められたニクソン大統領が昼間からホワイトハウスで泥酔状態に陥っていた。キッシンジャー国務長官とシュレシンジャー国防長官が両省及び軍部の幹部に、大統領から核戦争に関わる命令がきてもすぐには行動を取らず、それぞれの長官に急報するよう秘密命令を出したことがある。そのとき以来の危機的状況にきている。

議会でも共和、民主の両党議員の一部が現在の米軍戦闘行動は「9・11テロ」に対抗するためのイラク、アフガニスタンでの戦争行動を認めた議会決議によるもので、朝鮮半島で戦争するにはそのための議会決議が必要として、動き出している。

安倍首相はトランプ氏の北朝鮮に対する「交渉は時間の無駄。圧力強化」を断固支持している。先進国首脳の中ではユニークな存在。トランプ氏の今回の初のアジア歴訪でも最初の訪問国のホストとして同氏との個人的な友好・信頼関係をさらに深めたと誇らしげだ。先進諸国の首脳の多くがトランプ氏とは距離をおいている中では特殊な存在だ。ブッシュ大統領がイラク戦争を始めた時、小泉首相とブレア英首相が支持し、後で案じられたとおり「大義なき戦争」だったことが分かった。

外国の首脳と個人的な信頼関係を築くことは結構だ。しかし、何でも言う通りとはいかないはずだ。トランプ氏が戦争を始めれば、最も大きな被害を蒙るのは韓国と日本だ。「今は圧力」の裏側で、「圧力」という抑止が破れたときの「落としどころ」を隠し持っているのだろうか。その時は戦争に突入するしかないというのでは困る。韓国の文大統領と手を組んで戦争には拒否権を行使することは国民の安全を守るための義務だ。

抑止論の矛盾と非人道性

核の抑止力や新たな経済制裁の圧力が効いて何らかの「対話」が再開されるなら「平和外交」の成功になる。しかし「外交」と並行して空母艦隊や戦略爆撃機の威嚇ショーや軍事演習を見せつけてきた。「核抑止外交」は昔ながらの砲艦外交を言い替えたにすぎない。

北朝鮮が頑なに譲歩を拒絶するなら「最後の選択」の戦争になる。その非人道的な結果は頑迷な相手の責任と言ってすますわけにはいかない。「持ってはいけない」「使ってはいけない」と言ってきたその核兵器を使うという脅しはひどい矛盾だし、実際に使うとなれば戦争犯罪になる。国際司法裁判所の判決(1997年)は、国家が崩壊の危機に直面した際の核使用という例外的な状況における核使用についての判断を避けたものの、核兵器使用一般を国際法違反との判断を下している。

「再び使えない兵器」

現実にはこうした「核ゲーム」のような(核)戦争に行きつく可能性は極めて低いと考えている。地政学的に見れば、戦争は朝鮮半島をめぐる3大国の力のバランスを大きく動揺させる可能性がある。彼らはこれを避けるだろう。米世論調査機関ギャラップの最新調査によれば、北朝鮮問題の「平和的解決」が見込めなくなった場合、米国が軍事行動に出ることを58%が支持、不支持は39%だった。日本人の感覚からすれば、怖い数字だ。しかし北朝鮮と戦争を始めればどんな悲惨な事態になるか、トランプ大統領や軍当局、外交当局、メディアなどは十分に分かっている。

核戦争に限らず戦争が無差別に一般市民を巻き添えにすることに国際社会は鋭く反応する時代になっている。第二次世界大戦では大都市を爆撃し、多数の市民を殺戮して国民の戦意をそぐ戦略爆撃が当たり前だった。ハンブルク、ドレスデン、重慶、東京、そして広島・長崎。冷戦時代は核戦争の恐怖におののき、朝鮮戦争、ベトナム戦争の経験も加わる。冷戦終結後の世界は市民を犠牲にする戦争に厳しい目を向けるようになった。

大国の反対を押し切って市民運動が対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約を生み出した。冷戦時代に高まった反核・平和運動は冷戦が終わっても核兵器を手放さない大国にたいして、米政府の中枢で核戦略の推進役を務めた高名な国務、国防両省のトップやホワイトハウス安保担当補佐官の中から反乱がおこった。退任後に核廃絶運動に加わる人が続出、核軍縮に本気で取り組まない大国に業を煮やした中小国連合が国連で核兵器禁止条約を採択した。

こうした核禁止・廃絶の動きは実は、核時代の到来とともに始まった。核兵器を使用した唯一の大統領トルーマンは、朝鮮戦争で原爆使用を要求する軍部や議会に対して「女や子供を殺す原爆は使わない」とはねつけ、最後の年頭教書および辞任演説で、核兵器は「理性ある人」は使えないという言葉を残した(前述)。

詳述する紙数はないので簡単に列記すると、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、カーター。歴代大統領のほとんどはそれぞれの立場で「核兵器は使えない」という趣旨の発言をしている。反共タカの代表レーガンもゴルバチョフとの共同声明の中で「核戦争には勝者も敗者もない」ことを確認している。(詳しくは拙著『核と反核の70年』2015年リベルタ出版)

冷戦後の核抑止

大戦終結後4年でソ連が米国の原爆独占を打ち破って、本格的な冷戦時代に入る。両者の核戦略が大まかな均衡に達した1960年代半ばになると、いわゆる核手詰まり状態になって、相互確証破壊による安定的な抑止時代に入る。英国、フランス、中国およびイスラエルが核保有国になったものの、米ソの安定的相互抑止の枠内に収まっていた。

冷戦が終わると、冷戦時にはそれぞれ数万発まで膨れ上がっていた米ロの過剰な核兵器は1500レベルまで相互に削減(2010年新START条約)され、核保有国同士の核戦争の可能性は大きく減退した。

代わって宿命的な対立を続けるインドとパキスタンが競い合って核保有国になり、既に双方とも約200発の核兵器を保有、一応は相互抑止の状態にあるが、衝突の危険をはらんでいる。中東ではイラン、イラク、シリア、リビアが核を欲しがった。イラクではサダム・フセイン政権が米国の侵攻で崩壊、リビアの独裁者カダフィは米国の圧力で核を放棄した後、「アラブの春」で政権が崩壊、殺害された。イランは米国・欧州と核開発凍結で合意した。そして北朝鮮。

これらの国の核をめぐって紛争が生じたとしても、冷戦時代の分かりやすい形態ではなく、北朝鮮の例にみるように、それぞれの地政学的な条件による複雑な様相を呈することになる。これまでの核抑止が同じように当てはまることはなさそうだ。核廃絶への歩みは決して早くはないが、着実に進むと思っている。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事を歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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