特集●総選挙 戦い済んで

日本活性化へ賃上げこそ急務

「働き方改革一括法案」審議とセットで

グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

安倍首相は、10月26日に開かれた選挙後初の経済財政諮問会議で、来春の春季労使交渉について「生産性革命をしっかり進める中で3%の賃上げが実現するよう期待する」と経済界に要請した。

安倍政権「賃上げ3%」を要請

総選挙翌朝の新聞各紙が「自民圧勝」、「自公与党三分の二」、「安倍政権継続へ」と伝えた直後の東京証券取引所は、前週末比239円高の2万1696円の高値で迎えた。この株価は1996年7月15日以来、21年3カ月ぶりで、また選挙公示前から続いてきた16営業日連続の株価上昇は、1960年代の高度成長期や80年代のバブル時代にもなかった新記録である。この上ないご祝儀相場で再スタートをした安倍首相が打ち上げた「3%賃上げ」にはいかなる目論見があるのだろうか。

私には、アベノミクスの賞味期限切れへの対応があるように思える。

安倍政権下で日銀が「量的・質的金融緩和」を導入してから4年半、GDPはプラス成長を続け、雇用も改善、企業活動の現場の感覚では「完全雇用」と言える程の“絶好調”だ。戦後2番目の「いざなぎ景気」を超えたとされる息の長い景気回復で、企業収益が改善、現預金として企業に残る手元資金は17年6月末時点で191兆6千億円に上り、第2次安倍政権が発足した2012年12月末から35%も増えた。

ところが企業の人件費は、同じ期間に3%も減少するという対照的な動きを辿っている。それは、大企業においては、労働者の取り分を示す労働分配率が2017年4~6月に約46年ぶりの低水準に沈んていることに端的に示されている。

官邸や内閣府、経済財政諮問会議の民間議員が、高収益の果実を家計にも行き渡らせ、景気回復と物価上昇の好循環を軌道にのせるには、追加の金融政策も財政出動も無理だとすると、打つ手は賃金引き上げしかないと考えたのは頷ける。

それを競馬に例えると、アベノミクス3年目までの向こう正面では、余裕のある足取りだったが、今年に入って3・4コーナーに差し掛かかると足並みが乱れ始め、そしていよいよホームストレッチに入ろうという時になって、米・欧の中央銀行が軒並み金融緩和政策から「出口戦略」というゴールに向けて抜け出しているのに、ひとり緩和継続を堅持している黒田日銀には、これを追い込む脚は残っていないということだ。

安倍首相は、選挙中から、「AIなどの生産性革命と賃上げで、デフレ脱却に向けてアベノミクスを再加速する」と訴え続けてきた。選挙後の初仕事として「3%の賃上げ」を選択したのには、アベノミクス批判として挙げられる生活実感の改善が滞っていることへの備えと、デフレ脱却への道筋をつけて、来年9月の自民党総裁選で無風で3選される環境を整える狙いがうかがえる。

確かに安倍首相の言う通り、可及的速やかにアベノミクスを再加速する手立てはこの選択肢しかなく、大正解である。

連合の要求は「ベア2%」

この安倍首相の賃上げ要請は14春闘からで、来年で5年連続である。だが、今度は様子が異なるというか、力の入れ方が一段と強い。これまでは「引き続き賃上げ」といった表現にとどめてきたが、今回は初めて「3%」という明確な数値目標を掲げており、その本気度を示すものだと受け止められている。

だが、政府の「3%」戦略は、目論見通りにことが運ぶだろうか。 連合は、既に10月19日の第2 回中央執行委員会で、2018年春闘のベア要求を「2%程度」にすることを機関決定している。

連合の2018春季生活闘争「基本構想」には、以下のように書いてある。

「賃上げ要求水準は、それぞれの産業全体の『底上げ・底支え』『格差是正』に寄与する取り組みを強化する観点から、2%程度を基準とし、定期昇給相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め4%程度とする」

この文章は一般の人が使う言葉とはまったく違う単語の羅列で、その上2%とか4%とかという数字が出てきて、普通には理解し難いと思うので、ちょっと整理すると次のようになる。

a. 定期昇給(賃金カーブ維持分) 2%アップ
b. ベースアップ(ベア)     2%程度アップ
c. 賃上げ要求(a+b合計)     4%アップ

aの定期昇給は労使協定や賃金表で毎年決まっている制度昇給なので、労務構成に大きな変化がない限り春闘の交渉対象にはならならず、新たな賃上げ原資は必要がない。bのベアの方は春闘の組合要求によって賃金カーブが引き上げられ、その額が実施されれば賃金原資がその分増大する。

安倍首相が経済財政諮問会議で「3%の賃上げ」を要請しているのは、bのベア「2%」を「3%」にして欲しいと言っているのか、cの賃上げ(定期昇給+ベア)の4%要求に対する回答を「3%」にしてほしいと言っているのか、このあたりは明確ではない。

ところが、この「3%賃上げ要請」ニュースを、早くから熱心に追いかけてきた日本経済新聞によると、政府の成長戦略の司令塔である経済財政諮問会議を所管する内閣府は、「定期昇給分を含めて3%の賃上げになれば、実質賃金も上昇する」と言っている。

安倍首相の「賃上げ3%」が、「定期昇給分を含めて3%」だとすると、連合の要求に照らせば、「定昇2%+ベア2%」のうち、ベアを1%にしてほしいと言っていることになる。17春闘のベアは0.3%であったから、その分の賃上げ原資のアップで勤労者総報酬が拡大、個人消費の増加が企業の付加価値の増大に波及して所得・経済の好循環に繋がるだろうが、しかし真水1%アップでは、アベノミクス再点火はやや遠いことになる。

なぜ連合のベア要求が低いのか

政府が春闘賃上げに関与することについて、経済関係官庁の関係者は「労働組合の力が落ちたなかでは政府が前面に出ざるを得ない」と言う。この発言の心は「連合の要求が低すぎる」ということである。その通りだと思うのは、筆者ばかりではないだろう。

連合がベアの統一要求を復活させたのは2014年春闘である。その前の4年間、すなわち2010~13春闘は統一ベア要求すら組めなかった。2014年に、安倍内閣の政労使会議のもとで、春闘でベア要求が復活、最初の14春闘の連合のベア要求は「1%以上」と控えめたったが、それでもベアは0.5%で5年ぶりにベア復活、次の15年は要求を「2%以上」と高く設定してベア0.7%を獲得、これで春闘は上げ潮に乗るかに見えた。

ところが、16春闘は業績の先行きが振るわないとの一部組合の主張に配慮して、要求を「2%程度」に表現を修正した。要求の2%は同じだが、日本語が「以上」から「程度」に変わった。組合用語では「程度」とはプラス・マイナスもありということで、2%を下回ることを容認した。もっと端的に言うと、春闘相場に決定的な影響を有するJCM(金属労協)系産別組織の自動車総連は前年の6000円の要求目標を3000円に下げ、また電機連合も統一要求基準を同じく3000円に引き下げた。当時、私はこれを「半額要求」と名付け、これでは「半額春闘」になってしまうと言って回ったが、結果はトヨタ自動車のベア回答が4000円から1500円まで下がり、パナソニツク・日立も3000円から1500円と、「半額ベア」以下になってしまった。

17春闘もベア要求は変えず、トヨタ1300円、パナソニツク・日立は揃って1000円に止まり、相場のパターンセッターがこの水準では、連合のベア獲得額は平均1000円を割りこみ、率では0.3%とこの4年間で一番低いところまで落ち込んだ。

その間、安倍内閣は、政府の出来ることとして翌春闘のベアの最低ベースとなる地域別最低賃金を毎年2.1%~3.1%の幅の引き上げを実施してきたが、肝心要の連合がそれに連動することができないまま、低ベアで推移している。アベノミクスを推進する安倍首相と黒田総裁にとって、最大の誤算は連合の賃上げが期待外れだったことである。

「賃上げ」よりも「雇用維持」

では、どうして労働組合は、きちんとベア要求をしないのか。

この点については、この『現代の理論』2017年夏号の経済先読みコラム「人手不足なのになぜ賃金が上がらない?」に書いた。

そこで書いたことを要約すると、連合の組合員の大方は「この会社を辞めたら、これより良い会社に再就職することは、生涯ないだろう」と考えているからである。だから、労働組合は賃上げを抑制する代わりに良好な雇用機会の維持を優先することを基本に据えている。

我が国の民間の比較的大手以上の労働組合がこのような方針をとるようになったのは、1975春闘を境にして、大幅・5桁賃上げの「太田春闘」から、経済との整合性を踏まえた「宮田春闘」に転換してからである。換言すれば、戦後労働組合運動の反合理化運動の到達点であった三井三池闘争における反合理化路線の敗北から、労使協調路線が組合運動の主導権をとるようになってからである。この流れが80年代の民間主導の労戦統一・連合結成に繋がり、連合発足後もバブル崩壊後の90年代の大リストラ時代に引き継がれた。2000年代の連合時代に入っても、2002春闘でトヨタ自動車が史上最高の利益1兆円を上げるも、当時の経団連会長の「奥田の一喝」でベアゼロになったことを契機に、連合春闘は長くて暗いトンネルに突入した。

それが、アベノミクスの政労使会議の下での14春闘でベア要求が復活し、12年ぶりに「ベアなし要求」の長いトンネルを抜け出したが、春闘の景色ががらりと変わっていた。16春闘で国内消費のもたつきと欧米市場向け輸出の先行き懸念から、自動車・電機などの有力産別がに賃上げよりも良好な雇用の確保という行動を選好することから離れられず、賃上げ「半額要求」のまま今日に至っている。 こうみてくると、18春闘は先に述べた内閣府官僚が言ったという「定昇2%+ベア1%」という手のひらの上で、せいぜい昨年実績のベア0.3%を上回り、マキシム1%の辺りにおさまって、それを上回る展望は見えてこない。これを突破する展望として、私の上記のコラムでは、「その背後に余りに強すぎる正社員だけの長期安定雇用があるので、この構造から転換するのはなかなか難しいが、それでも転換するには、賃金と雇用の関係をリバランスする『労働改革』しかない」と書いた。それを、安倍首相がセットでやろうと提案している。だか、いま安倍内閣が提案しようとしている「働き方改革法案要綱」では、「良好な雇用選好」を良しとしている組合員を納得させるものになっていない。以下、賃金と雇用の関係をリバランスすることについて、セットの話を進める。

「ベア3%」への対抗戦略

まず賃金についてだか、私の気持ちとしては、安倍首相があれだけ力を込めて言うのだから、連合はギアをもう一段上げて、定昇「ベア2%」に向けて少しでも近いところを狙い定めてもらいたいとの思いがある。それは、単なる思いだけでは通じないが、やりようはあると考えるからである。

労働組合としては、「ベア3%」と「働き方改革一括法案」をセットでじっくり審議する時間をとるとの与野党合意をした上で、ベアと法案をよりましなものに仕上げる取り組みが必要であろう。そのための対抗戦略を4つ挙げる。

(1)賃上げへの対抗戦略

安倍内閣の「3%賃上げ」への対抗戦略の第1は、昨年連合のベア獲得実績「0.3%」を超えて、18春闘では「ベア1.0%」を獲得することだ。連合の要求する「2%程度」には及ばないにしても、安倍首相の要請もあることだから、1.0%を超えていく手掛かりだけでもつけて、その先の19・20春闘にむけて、「ベア2%時代のマクロシミュレーション」を提示していくことが重要である。 第2は、「全国最賃1000円」への戦略である。それには最低賃金1000円の意味づけを明確に共有することである。時給1000円は、月給に換算すると16万円である。16万円という水準は、正社員でいうと高卒初任給である。高卒初任給は、企業内の賃金体系の勤続・経験ゼロの未熟練の企業内最低賃金に位置づけられている。要するに、高校を卒業して初めてつく仕事で、トヨタ自動車の正社員だろうが、事務派遣だろうが、バイク便ライダーだろうが、正規・非正規に関係なく高卒・未熟練労働者の初任賃金は同一である。最低賃金1000円という要求は、ただ切りがいいから言うのではなく、働く者のスタート賃金は正規・非正規ともに同一にせよという主張である。

このことを労働組合の言葉で言うと、第3に企業内最低賃金を16万円にせよという要求と一致する。連合の企業内最賃運動のパターンセッターである電機連合は、17春闘で161,000円を獲得した。これは時給に換算すると1006円に相当する。東京の地域別最低賃金は958円、あと2年で1000円に到達可能だ。連合は、電機・自動車の企業内最低賃金の取組みと全国地域別最低賃金の東京を先頭に、セットで取組み強化をはかることが重要である。

第4は、いま一つの産別最賃の産業別特定最低賃金闘争での反撃である。地域のパートや派遣労働者の時給アップには、都道府県の地域別最賃よりも時給で50~100円高く設定されている産業別最低賃金が果たす役割が大きい。だが、それをリードしてきている東京の電機・自動車の産別最賃では、経営者側の反対による審議ストップが4年間も続いている。経団連はこの制度の廃棄を狙っているが、連合は労働組合が主導するこの制度を武器にして、非正規労働者の処遇改善に向けて反撃の狼煙を上げてもらいたい。

(2)不本意就労者・生活困窮者の対抗戦略

次に、政府の「同一労働同一賃金」、「働き方改革法案」によっても政策が行き届かない人々にむけて5本の「対抗戦略」を掲げる。

これについてはベーシックインカムを導入せよとの主張がある。だか、私はいきなりベーシックインカムをやる前にやることがあると考える。

第1に生活困窮者支援制度の点検である。民主党政権時代の「求職者支援制度」(旧基金訓練)は制度設計が甘くて、悪用が横行した。安倍内閣の手によって改正された現行の生活困窮者支援制度はそうした欠陥は是正されたので、その活用推進に力を注ぐ必要がある。たが、この制度にも就労へのつながりが弱いという欠陥が残っている。

そこで、第2にデュアル実務訓練の創設を提案する。生活困窮からの脱出を目指して公的職業訓練を受けても、いざ就職面接に臨むと「実務経験がありますか」と聞かれ、そこが就職への最大の障害になっている。この制度的な欠陥を補うデュアル実務訓練期間を設ける。

第3に、そのデュアル実務訓練は派遣会社に委託して派遣先で働くことにする。派遣会社の管理事務経費分(ピンハネ)25~30%は国が負担し、この制度で、6か月から1年の実務経験を経て、就職面接に臨む。

第4に、以上の施策を公的に担保するものとしてジョブカードを再生させる。ジョブカードは民主党政権時代に仕分けされそうになって消えかかったが、まだ制度は残っているのでリニューアル・スタートさせる。新ジョブカードシステムには、生活困窮者支援、公的職業訓練、デュアル実務訓練の就業履歴、派遣先就労の職務能力の記録を登録して、カード一枚を以て就職面接に臨み、就労につなげる。

第5に、それでも就労に行きつかない長期未就業者は、ベーシックインカムの対象とする。それでも働く機会を担保するよう、すきま労働やプチ勤務で日に2~3時間、週に2日でも働ける人は働き、福祉と就労のパラレルワーカーを増やすことで、福祉の支えと就業の間の壁をなくすことが重要である。

「働き方改革一括法案」とセットで

冒頭で触れた、安倍首相が「生産性革命をしっかり進める中で3%の賃上げが実現する」と述べたことを報じた日本経済新聞(10/27朝刊)の記事に、私が注目した個所がある。それは、アベノミクスを再加速するには、企業の生産性革命が不可欠で、そのために「3%の賃上げ」が必要で、同時に「労働市場改革」とセットにして推し進めると言っていたところである。この2つのセットのうち、「3%の賃上げ」は経団連に向けたものだが、一方「労働市場改革」は連合へのメッセージである。

この政労使での話し合いの船に連合は乗るのか。私は、連合がこれに乗らずに何もしなければ、18春闘はベアも低いところに止まり、また今度の総選挙後の勢力図からすると、政府が提案する「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する一括法案」がそのまま通ってしまう状況である。

問題は、「働き方改革一括法案」にどう絡むかである。

安倍首相は、衆院選に圧勝した直後の自民党本部での記者会見で、「アベノミクスの再起動を図り、生産性革命で全国津々浦々にいたるまで賃上げの勢いをさらに力強いものにしてデフレ脱却を目指す」と述べた。また、経済財政諮問会議でも安倍首相から、「成長産業に人材の移動を促す労働市場改革も避けて通れない」として、国際通貨基金(IMF)が日米欧など26カ国の事例を挙げて、労働者保護の規制を改革して3年後には労働生産性が平均0.8%上がったということを引用して、雇用の流動性を高める解雇の金銭解決も議論が遅々として進まず、働く場所や時間、業務範囲をあらかじめ限る限定正社員の雇用ルールの議論も先送りになったままで、「その起爆剤として生産性革命には、人工知能(AI)など経済のデジタル化が加速するなか、政府が労働市場改革や規制緩和などの環境整備を怠っていては賃上げ実現もおぼつかない」との挨拶があった。

この文脈から読み取れる人材の移動、雇用の流動性、解雇の金銭解決、生産性革命、など、これらのコンセプトには、連合がかねてから危険な動きとして問題視してきたものも含まれているが、新しい時代を切り開くAI革命が雇用や働き方に及ぼすインパクトという、労働組合として避けて通れない課題も含まれている。とくに、AI革命による雇用の流動性や新しい働き方、例えばフリーランス、クラウドワーカー、プチ勤務・すきま労働、副業正社員、ママチャリ宅配便、パラレルワーカーが日進月歩の勢いで広がり、これらは非正規労働という働き方をさらに促進することは確実であるが、これらが正社員を凌駕して就労者の大勢を占める時代になろうとしており、労働組合としての「対抗戦略」で対応せざるをえない。

この「働き方改革法案」は、2018年の通常国会に法案提出、成立は2018年の6・7月か来秋の臨時国会だといわれる。この法案は、同一労働同一賃金にしろ、長時間労働規制や働き方改革にしろ、法案としては穴だらけで、各所に欠陥がある。

だからといって、この法案を廃案にするわけにはいかない。私が取材したパートタイマーを企業内に多く抱える大手スーパーや製造業の大工場に人材を送り込んでいる派遣請負会社の話を聞くと、パートタイマーや派遣で働くスタッフは安倍内閣が進める「同一労働同一賃金」への関心が高く、驚くほどの期待を寄せているという。また、連合や野党などがいう「残業代ゼロ法案」とか、まやかしの「同一労働同一賃金」との批判や報道には、この人たちは強い違和感を抱いている。

法案審議の中ではこうした法案の穴や欠陥を埋めて、さらに3・5年後の見直し条項を追加させ、各条文にその種を撒いておくことが重要である。

「働き方改革一括法案」への対抗戦略

この「一括法案」には、同一労働同一賃金、長時間労働規制から高度プロフェショナル・裁量労働制、インターバル制度まで多岐にわたる項目が含まれるので、ポイントとなる点を述べておく

①均等と均衡

政府の「同一労働同一賃金」の検討過程では、当初は正規と非正規の賃金の「均等」を図るということで貫かれていたが、ガイドラインのまとめの最終段階で「均衡」が入り込み、「均等・均衡」という形で法案化されている。労働法では「いちじるしく差がある時には、法による救済の対象になる」という主流の学説(菅野労働法)と、「均等にしなければならない」という説(水町労働法)から出発するのとでは、パートや派遣の当事者にとって天地の差がある。判例では、同一職務でも100:80までは能力差として許容するものが多数派であるが、これをどう変えていくのか、あるいは変えないか、法案審議の過程で当事者の利益に沿うよう明確にすることである。

②使用者の説明義務

同一の労働の待遇差について、合理的理由の説明義務(立証責任)を使用者側に課す点については、問題点が残ったままで、審議で使用者義務を詰めていく必要がある。

③賞与・手当

ガイドラインの討議過程で退職金、住宅手当、配偶者手当は消されていった。賞与は残っているが、貢献・能力をどの程度まで考慮するか、お印し程度を支給すればいいのかといった問題点が残っているので、「均等」原則に立ち返ることを求める。

④派遣労働者

派遣労働者の取扱いについては、労働協約を締結することで、「同一労働同一賃金」の適用を除外していいスキームになっていて、協定履行の3要件が満たされているが、雇用主(派遣元)と使用者(派遣先)が分離しており、使用者(派遣先)の変更に伴い派遣スタッフの賃金に不利益が生ずることがあるので、具体例を明示して詰めていく。

⑤非正規ボイス

「同一労働同一賃金」の決定が労使協議の場に委ねられることになるが、その場にパートや派遣スタッフの声を反映させる仕組みが担保されていない。パート・有期・派遣の当事者の代表が協議の場で意見を述べる機会を用意するような仕組みを、朝日放送事件などの判例を参考にして、対抗案として用意する必要がある。

以上の方向で「一括法案」が修正されても、「賃金と雇用」の関係のリバランスの問題は、高度プロフェッショナル・裁量労働制や解雇の金銭解決、さらには解雇権濫用の法理に踏み込む必要がある。しかし、これには連合や野党が反対しているので、いまのところは難しいだろう。だが、AI革命が一気にそれを踏みつぶして進行しようとしているので、これについては別掲コラムでやや詳しく述べたい。

こばやし・よしのぶ

1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』中央大学出版部)など多数。

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