特集●終わりなき戦後を問う

安倍安保の危険な構造を斬る

歴史の転換は常に過渡的なあいまいさのなかで

軍事ジャーナリスト 前田 哲男

はじめに

歴史の転換はつねに過渡的なあいまいさのなかで推移するので、そこに生きる人間が時代の変化を明瞭に知覚するのは困難だ。だが2016年の日本は、おそらくだれの眼にも、この国にいま根源的な変動が進行していることを(おぼろげでなく)自覚させられる年となるだろう。3月末に予定される「戦争法制」施行後の自衛隊活動、7月の参議院選挙の争点となる「改憲論議」とその帰趨、そして沖縄県名護市に建設中の「辺野古新基地」をめぐる国と県、住民運動との地方自治=自己決定権をかけた法廷と現場のたたかい…。

これら前年からつづくトピックの波動が、そのまま〈戦後史の終焉〉か〈平和憲法の再前進〉かの二者択一を開示しつつ、国民すべてに態度決定をせまってくる。カレンダーに設定された安倍内閣の「改憲指向」「参戦国家への道」と相対して、ことし公布70年をむかえる日本国憲法を「立憲主義」と「平和主義」の立場から擁護・発展させようとする勢力との抜き差しならない相剋が、2016年における政治状況を規定すると思われる。

同時に、歴史はまた、皮肉な(あるいは冷徹な)公平さで、双方に対等のハンディキャップ=負担条件をあたえる。「戦争法案」強行採決が若者と母親に政治への覚醒をもたらし、「18歳選挙権」とあいまって政権の心胆を寒からしめる要因をつくったとすれば、年末から年始にかけて生起した「従軍慰安婦問題の日韓合意」および「北朝鮮の核実験」のニュースは―日韓軍事協力と日米韓による海洋安全保障を進展させる意味で―ぎゃくに、対中強硬路線にかたむく安倍政権に追い風となった。

どちらも自分にのみ有利な情勢を引き出すことはできない。国際社会にひろがる「テロとの戦い」の熱気を考えると、「集団的自衛権容認」側のポイントのほうが大きいかもしれない。であるなら、新しい年を始めるにあたってわきまえるべきは、ただ過去の遺産に拠りかかるのでなく、立憲・平和主義を再生させようとする決意と対抗構想に立って自・公路線と対峙していくことであろう。そうした状況認識のもと、以下、「安倍安保」が何をめざしているか、その基本構造を分析する。

「防衛3文書」にみる「安倍安保」の輪郭

まず前段として、第1次安倍内閣(2006~7年)のもとでおこなわれた土台づくり(いわば外堀埋め)の経過をみておこう。短命に終わったものの、「美しい国づくり内閣」と自称し、「戦後レジームからの脱却」をスローガンに発足した第1次政権は、歴代自民党政権が成しとげられなかった改憲への足がかりをのこした。つぎのようなものだ。
・「教育基本法」改正、教育再生会議設置、「教育再生関連3法」制定
・「防衛庁設置法」改正(防衛庁の「省昇格」)
・「日本国憲法の改正手続に関する法律」(「国民投票法」)制定
・「集団的自衛権」行使への布石(「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」)設置

5年後に発足した第2次安倍政権は、最初の1年間こそ「アベノミクス」に注力したが、けっして〈初心〉を忘れたわけではなく、成立後すぐさま「安保法制懇」を再開(13年2月)、5年半ぶりに「集団的自衛権論議」を復活させるとともに、2013年12月17日に閣議決定した「防衛3文書」で、安全保障・防衛政策の全面刷新を打ちだした。「国家安全保障戦略」「改定版・防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」(2014~18年)がそれである。とくに前2文書は、「安倍安保」の核心部分であり「戦争法制」の原点にあたる。それは閣議決定という名の「上からのイデオロギー形成」といってよい。内容をみていこう。

「国家安全保障戦略」は、1957年、安保条約改定に先だって岸内閣が決定した「国防の基本方針」を全面的に書きかえたものである。それまでの「基本方針」は、以下のような箇条書き4項目からなる全文200字にも満たない小文書であった。
(1)国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する。
(2)民生を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。
(3)国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する。
(4)外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する。

(1)と(4)に「国連中心の平和主義」がうたわれ、(それが実現するまでの間)自主防衛と日米安保依存が国防の基本だと位置づけられている。この「旧方針」にたいし、新文書「国家安全保障戦略」は、安倍流「積極的平和主義」をうたいあげるA4判33ページにおよぶ長大・饒舌な作文となり、自主防衛力強化とその世界的活動を前面に押しだした。

冒頭におかれた「国家安全保障の理念」は、「我が国は、豊かな文化と伝統を有し、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値を掲げ、高い教育水準をもつ豊富な人的資源と高い文化水準を擁し…強い経済力及び高い文化力を有する経済大国である」と書きだされる。思わず、自民党改憲草案の前文にある「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって…活力ある経済活動を通じて国を成長させる」が思い起こされる文章である。「理念」は結論をつぎのようにのべる。

「これらを踏まえ、我が国は、今後の安全保障環境の下で、平和国家としての歩みを引き続き堅持し、また国際政治経済の主要プレーヤーとして、国際協調主義にもとづく積極的平和主義の立場から、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく。このことこそが、我が国が掲げるべき国家安全保障の基本理念である。」

この「理念」のうえに「国家安全保障の目標」が設定される。

「第1の目標は、我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために、必要な抑止力を強化し…脅威を排除し、かつ被害を最小化することである」とのべる。すなわち自主防衛力=自衛隊強化と(相手の行動を抑止するに足る)所要(必要な)戦力構築がめざされる。ついで、「第2の目標は、日米同盟の強化、域内外のパートナーとの信頼・協力関係の強化、実際的な安全保障協力の推進により、アジア太平洋地域の安全保障環境を改善し、我が国に対する直接的な脅威の発生を予防し、削減すること」、すなわち、ここに「理念」にあった「積極的平和主義」が、アジア太平洋地域に〈拡大された日米安保体制〉、「集団的自衛権」の枠組みのなかで展望されている。そして「第3の目標」に、「国際秩序の強化、グローバルな安全保障環境を改善し、繁栄する国際社会を構築する」ことが挙げられるが、とうぜん、それは「旧・国防の基本方針」にあった国連中心の国際協調ではない。第1と第2の目標を引き継ぎ補完する意味での、言いかえると、パワー・ポリティクス指向型国際秩序への参入表明がなされている。

「防衛計画の大綱」がめざす「統合機動防衛力の構築」

このように安全保障の枠組みを、①国連重視、②民生安定、③自衛力の漸進的整備、④日米安保体制から、①自主防衛、②日米同盟強化、③国際秩序の強化へと入れ替え〈再定義〉した安倍内閣の「国家安全保障戦略」は、つづく節「アジア太平洋地域における安全保障環境と課題」で、北朝鮮と中国を明示的な想定敵国とする方向性を打ちだす。「北朝鮮の軍事力の増強と挑発行為」および「中国の急速な台頭と様々な領域への積極的進出」の見出しのもと、両国の動向を「我が国を含む地域の安全保障に対する脅威を質的に深刻化させるもの」、「力による現状変更の試み」として受けとめ、「こうした観点から、外交政策及び防衛政策を中心とした戦略的アプローチを示す」として、「我が国の能力・役割の強化・拡大」、「我が国を守り抜く総合的な防衛体制の構築」へと論旨をみちびいていくのである。

その柱として「米国と緊密に協力していく」こととともに、「海洋安全保障の確保」「情報機能の強化」「防衛生産・技術基盤の維持・強化」などが挙げられている。たとえば「情報機能の強化」の項に、「情報機能を支えるため、特定秘密の保護に関する法律の下、政府横断的な情報保全体制の整備等を通じ、カウンター・インテリジェンス機能を強化する」とあり、また「防衛生産・技術基盤の維持・強化」の項に「防衛装備品の効果的・効率的な取得に努めるとともに、国際競争力の強化を含めた我が国の防衛生産・技術基盤を維持・強化していく」。こう言及されるように、「特定秘密保護法」の運用や「武器輸出3原則」撤廃方針など、成立したばかりの法律と政策をいちはやく国家戦略に取りこみ連動させているのも特徴である。その意味で「国家安全保障戦略」文書は(饒舌であるだけでなく)、第2次政権1年目の時点で「改憲」と「戦争法制」を予告したものと受けとめるべきだろう。

つづく第2の文書、「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について」は、「国防の基本方針=国家安全保障戦略」のもと展開される「自衛隊の運用にかんする基本的指針」である。ここでも随所に「安全保障環境の変化と不安定化」が強調され、「パワーバランスの変化」や「グレーゾーン事態への対応」を前提とした防衛力増強が、めざすべき目標として設定されている。「国防の基本方針」のもとの「防衛計画の大綱」は、(仮想敵国をもたない)「専守防衛=基盤的防衛力」のドクトリンとして決定・維持されてきたものであったが、安倍版のそれは、周辺諸国へむき出しの敵意をしめし、自衛隊に「統合機動防衛力の構築」なる攻撃的戦力をつくるための指針となった。

そこにもられた情勢認識の基調をみると、「アジア太平洋地域においては、領土や主権、海洋における経済権益等をめぐるグレーゾーンの事態が長期化する傾向が生じており、これらがより重大な事態に転じる可能性が懸念されている」と把握され、「北朝鮮の軍事的挑発行為」に12行、「ロシア軍の改革進展と即応体制強化」に10行が割かれ、とりわけ「中国の動向」(21行)に警戒心をあらわにしている。そこでは、「高い水準の国防費増加」、「周辺地域への軍事力展開」、「東シナ海防空識別区」設定など〈中国の脅威〉を指摘しながら、これらが「不測の事態を引き起こしかねない危険な行為」だと非難して、「こうした中国の軍事動向等については、我が国として強く懸念しており、今後も強い関心を持って注視していく必要がある」とのべ、「グレーゾーンの事態をふくむ各種事態に対しては、その兆候段階からシームレスかつ機動的に対応し、その長期化にも持続的に対応し得る態勢を確保する」と、まるで〈対中臨戦態勢〉にはいるかのような文言がつらねられる。これが自衛隊に付与された最高方針「防衛計画の大綱」の情勢認識なのである。

閣議決定された3番目の文書が、それら安倍流〈積極的平和主義〉を実現するための「中期防衛力整備計画」(2014~18年)ということになる。「新・中期防」では、中国の脅威に備える「南西地域の防衛体制の強化」と「統合機動防衛力の構築」に向けた部隊再編・装備品調達が重点的にしめされている。「南西重視」の観点から、那覇基地に戦闘機1飛行部隊が増強されるほか、与那国島、石垣島、宮古島に「常続監視能力強化」のため、沿岸監視部隊や移動式警戒管制レーダー部隊が新設配置される。米軍との「施設・区域(基地)共同使用拡大」方針―「(沖縄に)良好な訓練環境を確保する」―もしめされる。これらに照らすと、政府のいう「沖縄の基地負担軽減」は、(辺野古新基地が日米で共同使用されることとあわせ)自衛隊についてはまったくあてはまらないことがわかる。

「統合機動防衛力の構築」についても〈脱専守防衛〉に向けた改編や新部隊創設が予定される。陸上自衛隊の「方面総監部」(全国5カ所)が見直され、中央に新設される「陸上総隊」司令部の指揮下で一元運用がはかられるほか、「連隊規模の複数の水陸両用作戦専門部隊から構成される水陸機動団」が新編される。〈日本版海兵隊〉といわれるものである。「陸上総隊」と「水陸機動団」の創設によって、陸上自衛隊は、専守防衛、日本列島守備隊とはうってかわった外征型軍隊に変貌することはまちがいない。それは明治期の軍隊が日清戦争開始前に、それまでの対内威圧・地域割拠型「鎮台」編制(全国6カ所)から脱し「師団」に改編していった歴史を追想させる(その時期の常備兵力はこんにちの自衛隊より小さかった)。

「中期防」はまた兵器調達計画でもあるので、いくつもの新装備取得が見込まれている。陸上自衛隊に機動戦闘車(99両)、水陸両用車(52両)が登場し、水陸機動団=日本版海兵隊の〈足〉となる輸送ヘリオスプレイ(17機)も導入される。海上自衛隊は潜水艦を16隻から22隻体制に増勢させ南西海域における「常続監視能力」を高める。航空自衛隊には新戦闘機F-35A(28機)、新早期警戒管制機(4機)がくわわる。さらに「共通の部隊」として「滞空型無人機」という高高度・長時間飛行可能なスパイ機も4機購入される。それらをざっと見るだけで、自衛隊活動の地理的、質的な変化を察することができる。

中期防経費の総額は24兆6700億円と見積もられ、その4割前後が装備調達に充てられる。そして水陸両用車やオスプレイ、滞空型無人機などはすべてアメリカからの輸入なので、関係する日米軍需産業に大きな利益をあたえることにもなる。武器輸出3原則の撤廃=武器輸出自由化への流れは、こうした装備調達計画にすでに反映しているのである。

以上、「戦争法案」の国会提出に先だち決定された「防衛政策3文書」の内容をみるだけで、第2次安倍政権が確信的な覚悟をもって〈海外で戦争できる国〉に日本を変えようとしている姿勢を把握することができる。

3文書とガイドラインの〈亀裂〉

いまひとつ、「戦争法案」に先行してその構造を規定したのが、「日米防衛協力のための指針=ガイドライン」文書である。「防衛政策3文書」を自衛隊の〈体質改造計画〉と位置づけるなら、「新ガイドライン」は、その適用編、すなわち日米安保条約にもとづく軍事協力を地球大に拡大させるための〈OS=オペレーションシステム〉ということになる。両者の結節点が「戦争法制11法」である。新ガイドラインの特徴と内容にかんしては、『世界』(2015年12月~16年2月号)に「三つの同盟と三つのガイドライン」と題する論文にくわしく書いたので参照してほしいが、ここでとくに注目したいのは、「3文書」と「ガイドライン」が、ともに「戦争法制」制定を狙いどころとしているにもかかわらず、両者の照準の当てかたが重なり合わないことである。みてきたように、「3文書」に通底しているのは「国益追求」と「自主防衛」への欲求であった。「国家安全保障戦略」文書の「国益」の節には、

「我が国の国益とは、まず、我が国自身の主権・独立を維持し、領域を保全し、我が国国民の生命・身体・財産の安全を確保することであり、豊かな文化と伝統を継承しつつ、自由と民主主義を基調とする我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うすることである」としるされ、それを引き継いで、「第1の目標=自主防衛」がかかげられていた。そこに安倍首相の「戦後レジームからの脱却」への執念を読みとることができるのだが、しかし一方、「ガイドライン」にもられた日米軍事協力のあり方は一貫して〈対米屈従〉の役割に終始し、〈米戦略の補完役〉に甘んじている。ふたつの路線は重なりあわない。安倍首相は2015年4月29日の米議会演説においてつぎのようにのべた。

「日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。…戦後初めての大改革です。この夏までに、成就させます。…いま申しあげた法整備を前提として、日米がその持てる力をよく合わせられるようにする仕組み…それこそが日米協力の新しいガイドラインにほかなりません。…皆様、私たちは、新たに歴史的な文書に、合意したのです。」

「国家安全保障戦略」にいう「我が国の国益とは、まず、我が国自身の主権・独立を維持し…」と、米議会での「日米がその持てる力をよく合わせられるようにする仕組み…それこそが日米協力の新しいガイドライン」だ、とする価値判断は、方向が一致しない。「集団的自衛権の行使容認」を接着剤とするかぎり、当面は〈同床異夢〉の矛盾があらわになることはないにせよ、「戦後レジームからの脱却」や「日本を取り戻す」とするスローガンと〈対米従属〉との断層は―ことし本格化する辺野古基地建設工事や来年に予定される横田基地へのオスプレイ配備などをつうじ―日を追って鮮明になるにちがいない。それは(アメリカの圧力によって合意された)従軍慰安婦をめぐる日韓の決着のあいまいさとおなじく、歴史認識を回避して対アジアと対米安全保障政策を折り合わせようとする安倍政権の〈アキレス腱〉である。

ともあれ、そのような自家撞着をはらみながらも、「新ガイドライン」が動きだしたのはたしかなので、「戦争法制」の施行を無効とし、廃案・白紙化に追いこむためにも、それがいかなる弱点をもつものか知っておく必要がある。従軍慰安婦問題合意後の日米韓軍事協力がどう進展するか―アメリカに全面屈服し、韓国には半身な態度の決着―が、「3文書」と「ガイドライン」の現実性をうらなう、ひとつの試金石となるだろう。

「日米ガイドライン」に吸収された「安倍安保」

その「ガイドライン」は、1978年に初度決定された。冷戦後の97年に改定、今回が2次改定となる。改定合意にいたる経過をみると、集団的自衛権容認、戦争法案準備への動きと同軌していることがわかる。

第2次安倍政権の発足は12年12月26日だが、その3週間後、13年1月17日から首相指示により17年ぶりの「ガイドライン見直し協議」が始まった。13年10月3日の「2プラス2」(両国の外務・防衛首脳による安保協議委)では「14年末までに合意」が確認された。この流れは「集団的自衛権行使容認」への動きと並行(というより先行)している。集団的自衛権容認は前記14年5月に首相会見、7月に閣議決定がなされ法制化作業にはいるが、ガイドライン見直しのほうは14年10月8日に「中間報告」が出されたあと、12月19日の「2プラス2」で「年内合意先送り」が発表される。

理由は、「指針の見直しと日本の法制作業との整合性を確保する重要性を認識し、また、見直し後の指針がしっかりした内容となることの重要性を再確認し、(2+2の)閣僚は、日本の法制作業の進展を考慮しつつ(略)議論を更に深めることを決定した」というものである。自民・公明による与党協議の合意が15年3月20日であったことを考えると、国内での議論集約に先だって対米合意が終了するのを遅らせる必要があったのだろう。じっさい「中間報告」の内容は、最終合意とさして変わりない。「日本の法制作業との整合性」とは、公明党との協議という体裁をつくるための時間調整でしかなかった。

三つのガイドラインの構造は以下のようになる。

78年ガイドライン
 Ⅰ.侵略を未然に防止するための態勢
 Ⅱ.日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等
 Ⅲ.日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力

97年ガイドライン
 Ⅰ.平素から行う協力
 Ⅱ.日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等
 Ⅲ.日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力
 Ⅳ.指針の下で行われる効果的な防衛協力のための日米共同の取組み

2015年ガイドライン
 ・切れ目のない、力強い、柔軟かつ実効的な日米共同の対応
 ・日米両政府の国家安全保障政策間の相乗効果
 ・政府一体となっての同盟としての取り組み
 ・地域及び他のパートナー並びに国際機関との協力
 ・日米同盟のグローバルな性格

以上の構成から明瞭なように、78年と97年ガイドラインが「未然=平素」「日本有事」「周辺有事」の三段構えで仕切られていたのにたいし、2015年ガイドラインでは順番なしの並列的表記となった。その理由は、冒頭にかかげられた「Ⅰ.防衛協力と指針の目的」にある、「平時から緊急事態までのいかなる状況においても日本の平和及び安全を確保するため、また、アジア太平洋地域及びこれを越えた地域が安定し、平和で安定したものとなるよう、日米両国間の安全保障及び防衛協力は、次の事項を強調する」という基本認識によっている。オバマ政権の「アジア・リバランス政策」に追従した、「切れ目のない、力強い、柔軟かつ実効的な日米共同の対応」が15年ガイドラインをつらぬく基調であり、キーワードなのである。それにより日米軍事協力は、それまであった仕切り線―現在・未来の時制、日本領域・周辺地域の地理的枠組み―が取りはらわれ、〈オールラウンド型〉に変貌したことになる。結果、「専守防衛」なる概念は(用語はあるものの)どこにも存在しなくなった。

新ガイドラインの特徴は、目的と前提条件から「日本の憲法上の制約」という文言が抹殺されたところにもある。ガイドラインにとって憲法第9条はもはや所与の条件でなくなった。かわって「指針の目的」に、「日本は『国家安全保障戦略』及び『防衛計画の大綱』に基づき防衛力を維持する」と、安倍政権の決定になる「防衛3文書」を準拠すべき規範として明示した(したがって、安倍のめざす「国益追求」「自主防衛」は米世界戦略に組み敷かれたことになる)。

「憲法の遵守」は(すでにみてきた)「国家安全保障戦略」文書にも、言及されていない。「国家安全保障の基本理念」の節では、「我が国は、豊かな文化と伝統を有し」うんぬんと、「自民党改憲案」前文もどきの文章がつらねられ、「自主防衛力」強化の第1目標につづけて、「第2の目標は、日米同盟の強化、域内外のパートナーとの信頼・協力関係の強化、実際的な安全保障協力の推進により、アジア太平洋地域の安全保障環境を改善し、我が国に対する直接的な脅威の発生を予防し、削減することである」と、憲法抜きの〈拡大されたガイドライン〉指向がしめされていた。「新ガイドライン」はそれを受け、日米軍・軍連携の優先順位を、①日米ガイドライン、②国家安全保障戦略に設定したのである。その結果、「日米合意」と「閣議決定」という、どちらも国会の承認を経ない〈内閣の事務〉にあたる文書が、憲法に超越する地位をえることとなった。立憲主義の無視はここにもある(ガイドラインに設定された日米軍・軍連携の内容については『世界』論文に詳述した)。

おわりにー〈新・戦前レジーム〉としての「戦争法制」

以上、「戦争法制」にいたる安倍政権の政策決定過程をおおまかにたどってきた。そこでみた「防衛3文書」と「新ガイドライン」に実効性をあたえ、かつ、あらたに設定された自衛隊の領域外活動に法的根拠を付与するのが「戦争法制」である。したがって「戦争法制」とは、憲法秩序の枠外につくられ、安保条約⇒ガイドライン⇒防衛3文書の上下関係に規定された背信、売国的な安保特例法だということができる。それらは、1つの新法(「国際平和支援法」=「海外派兵恒久法」)と10の改正法(「自衛隊法」「PKO協力法」「重要影響事態法」など)からなり、「防衛3文書」の文脈から読むと、安倍流「積極的平和主義」の軍事的展開であるが、「新ガイドライン」の本質に沿うと〈アメリカの戦争〉にほぼ無条件で付き従う究極の対米従属政策である。「集団的自衛権行使容認」がその扉を開く鍵となった。

このように安倍首相の「戦後レジームからの脱却」は、たんなる戦前回帰とちがう〈新・戦前レジーム〉ともいうべき「安倍安保」に変容して、3月末の施行日をむかえようとしているのである。「戦争法制」にかんする論議は、もっぱら「集団的自衛権」解釈と「立憲主義」の側面からなされ、また、そこに根本の問題があるのはいうまでもないが、その延長線上にある「ガイドラインと国家安全保障戦略」の結合がもたらす近未来も、平和主義と立憲主義を根底からくつがえすものであることを認識、批判していかなければならない。通常国会での「廃止・白紙化」へ向けた論戦と、「改憲の一里塚」となる参議院選挙の争点に、そのような問題意識が必要だと思われる。

まえだ・てつお

1938年、福岡県生まれ。長崎放送記者をへてフリージャーナリスト(軍事・核・太平洋問題など)。東京国際大学教授、沖縄大学客員教授も務めた。著書に『日本防衛新論』(1982年現代の理論社)、『国会審議から防衛を読み解く』(編著03年三省堂)、『戦略爆撃の思想―ゲルニカ・重慶・広島 』(06年凱風社)、『自衛隊 変容のゆくえ』(07年岩波新書)、『9条で政治を変える 平和基本法』『「従属」から「自立」へ 日米安保を変える』(08、09年、いずれも高文研)、『自衛隊のジレンマ―3・11震災後の分水嶺』(11年現代書館)など多数。最近、雑誌『世界』に「三つの同盟と三つのガイドライン」(12、1、2月号)を連載。

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