論壇

給付型奨学金の実現を参院選の争点に

貧困化と雇用劣化を背景に危機的な現実

中京大学教授 大内 裕和

借りねば進学できない奨学金利用者の急増

奨学金問題が社会の焦点となっている。このことは奨学金制度の変化に加えて、社会の急速な貧困化と雇用の劣化を背景としている。ここでは奨学金問題の現状と課題をできる限りわかりやすく説明することとしたい。

現在、話題となっている奨学金をめぐる状況は、かつてとは大きく異なっている。終身雇用と年功序列型賃金を特徴とする日本型雇用が維持されていた1990年半ばまでは、大学進学者の家庭の多くは子どもの学費を支払うことが可能であり、奨学金受給者は全学生のなかでは少数派であった。

しかし、バブル経済崩壊後の経済状況の悪化、新自由主義的グローバリゼーションの進行は、日本型雇用を解体し、非正規雇用の増加と正規雇用労働者の待遇悪化という事態をもたらした。民間企業労働者の平均年収は1997年の467万円から2012年には408万円へと大きく減少した(国税庁「民間給与実態統計調査」)。全世帯の平均所得も、1996年の661万円から2012年には548万2000円に減少している(厚労省「国民生活基礎調査」)。

「子どもが成長する頃には賃金が上がる」年功序列型賃金制度の解体によって、奨学金を借りることなしには、子どもを大学に通わせることが困難な家庭が増加した。全大学生(学部生・昼間部)のなかで奨学金を受給している者の割合は、1996年の21.2%から2012年には52.5%に急上昇している。民間企業労働者の平均年収や世帯の平均所得の減少と奨学金受給率の上昇の時期が、ぴったりと重なっている。

奨学金受給率が全大学生の約2割から5割以上へと増加したことは、量的な変化にとどまらず、質的な変化を意味している。かつて大学に通っていた世代は奨学金と聞くと、経済的に厳しい家庭の出身者のみが利用するものというイメージを持っている人が多い。しかし、現在の奨学金は、経済的に厳しい状況に置かれた少数派の学生に限られた問題ではなく、大学生の多数派に関わる問題となった。現在では、奨学金を利用することなしには大学進学できない学生が多数を占めるようになったのである。

奨学金制度の金融事業化

奨学金利用者が増加したことに加えて、奨学金制度も大きく変化した。無利子奨学金から有利子奨学金への移行が進んだのである。1983年まで、日本育英会の奨学金には利子がつかなかった。1984年の日本育英会法の全面改正によって、奨学金に有利子枠がつくられた。

この有利子貸与奨学金の創設は、奨学金制度への「外部資金の導入」を意味した。無利子貸与奨学金は一般会計から支出される政府貸付金が中心的な財源であるのに対して、有利子貸与奨学金は財政投融資を中心的な財源として運営される。税金で支えられる一般会計から支出するのではない点で、「小さな政府」を目指した当時の中曽根政権が進めた新自由主義政策とも合致するものであった。

有利子貸与奨学金の増加に拍車をかけたのが、1999年4月に出された「きぼう21プラン」であった。ここで有利子貸与奨学金の採用基準が緩和されるとともに、貸与人数の大幅な拡大が図られた。財政投融資から日本育英会への支出は1998年の498億円から1999年の1262億円へと1年間で約2.5倍に増加し、2003年には有利子貸与が無利子貸与の貸与人数を上回った。

そして、2004年に日本育英会は廃止され、日本学生支援機構への組織改編が行われた。独立行政法人である日本学生支援機構は、奨学金制度を「金融事業」と位置づけ、その中身をさらに変えていった。2007年以降は、民間資金の導入も始まった。この過程で、1998年から2013年の15年間に有利子の貸与人員は約9.3倍、事業費は約14倍にも膨れ上がった。同時期に無利子の貸与人員は約1.1倍、事業費は約1.5倍にしか増加せず、この間に奨学金制度の中心は無利子から有利子へと移行したことになる。

奨学金返済の困難

日本学生支援機構の奨学金は貸与制であり、返済が問題となる。多数派である有利子の第二種奨学金の場合だと次のようになる。

月に10万円を借りると、4年間の貸与総額は480万円になる。上限利率の3%で計算すると返済総額は645万9510円となる。この場合、毎月の返済額は2万6914円で、返済年数は20年となる。23歳から返済を始めて43歳までかかる。月に約2万7000円という返済額は莫大であり、これが大きな負担となることは間違いない。

こうした負担の重さが原因となって、2012年に返済すべき奨学金を滞納した人は約33万4000人で、期限を過ぎた未返済額は過去最高の約925億円に上る。奨学金返済を滞納している人に対して、「甘えている」とか「借りたものを返すのは当たり前だ」という声が存在するが、そこには急速に進んでいる労働市場の劣化と若年層の貧困化への視点が欠けている。奨学金返済を滞納している人の多くが、「返したくても返せない」というのが実情である。

1990年代前半のバブル経済が崩壊した後、大学卒の就職はそれまでとは大きく変わった。学校基本調査によれば、大学卒の就職率は1991年の81.3%から急速に低下し、2003年には55.1%となった。その後も厳しい状況は続いている。

何とか職を得ることができても、契約社員や派遣社員、アルバイトなどの非正規雇用に就く大卒も増加している。2013年に、非正規雇用で就職したり、就職も進学もしていない進路未決定者など、安定的な職に就いていない人は新規大卒全体の20.7%を占める11万5564人である。このうち週30時間以上働く契約社員や派遣社員になった人と、アルバイトなどの一次的な仕事と合わせると、非正規で働く人は新規大卒者の7.1%の3万9636人に達する。

非正規雇用労働者の多くは正規よりも低賃金である。2012年の「就業構造基本調査」で見ても、パート、アルバイト、派遣、契約などの非正規雇用労働者の90%以上が年収300万円未満となっている。非正規雇用労働者の多くが、奨学金返済が困難であることは容易に理解できる。

非正規雇用労働者の増加にともなって、正規雇用の働き方も変化し、その待遇が低下してきている。ボーナスがなかったり、年功序列型賃金でなかったりするなど、低待遇の正規雇用のことを「周辺的正規労働者」と呼ぶ 。この周辺的正規労働者が増えている。正規雇用労働者でも年収300万以下の労働者が1052万人で、正規雇用労働者全体の31.8%に達している 。

増加する非正規雇用労働者の9割以上が、年収300万未満である。正規であっても低賃金の周辺的正規労働者が男性にも広がり、正規雇用労働者においても年収300万未満が全体の3割以上となっている。大学を卒業して就職できたとしても、低賃金労働者になってしまう可能性は飛躍的に高まっている。

日本学生支援機構の奨学金の3か月以上の延滞者のうち46%が無職あるいは非正規雇用で、83.4%が年収300万円以下というデータが出ている。このデータを見ても、奨学金を「返せるのに返せない」という批判は誤っている。失業率の高まり、非正規雇用や周辺的正規労働者の急増など、「若年層の貧困化」が、奨学金返済を困難にしているという構造を捉えることが重要である。

滞納が問題となっている一方で、回収やペナルティの強化が進んでいる。日本学生支援機構は2010年8月に「債権管理部」を設置し、回収を強化している。延滞が3か月に達すると、延滞者の情報を個人信用情報機関に登録する。一度登録されると、延滞が解消してからも5年間は登録されたままとなる。登録された期間はローンやキャッシング、クレジットカードの審査には通らない可能性が高くなる。

延滞が4か月に達すると、延滞債権の回収を債権回収専門会社(サービサー)に委託する。そして延滞が9か月になると自動的に法的措置となり。日本学生支援機構は、地元の簡易裁判所などに支払い督促の申し立てをし、裁判所は当事者に「支払い督促」を発行する。裁判所から支払督促を申し立てられる奨学金滞納者は2004年にはわずか200件であったが、2011年には1万件にも増えている。

原資の確保を優先するのであれば、元本の回収がなにより重要なはずであるが、日本学生支援機構は2004年以降、回収金はまず延滞金と利息に充当する方針を続けている。2010年度の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円に達する。これらの金は経常収益に計上され、原資とは無関係のところに行っている。

この金の行き先の一つが銀行で、もう一つが債権回収専門会社である。2010年度期末で民間銀行の貸付残高は約1兆円で、年間の利払いが23億円である。債権回収専門会社は同年度、約5万5000件を日立キャピタル債権回収など二社に委託し、16億7000万円を回収していて、そのうち約1億400万円が手数料として支払われている。奨学金が、銀行や債権回収専門会社に利益をもたらす「金融事業」となっていることがわかる。

大学進学を強いられる労働市場の構造変動

奨学金返済の困難を説明すると、それだけ進学が大変なのであれば、大学進学をせずに高卒就職の道を選択すべきだという議論がよく登場する。しかし、「高卒就職の激減」という労働市場の変化が起こっていることを見落としてはならない。

1991年のバブル経済の崩壊と経済のグローバル化の影響を最も受けたのが、高卒の就職・雇用状況である。高卒の求人数は1992年の167万6000人をピークとしてその後、急速に減少する。1995年には64万7000人とピーク時の半分以下となり、2011年には19万5000人にまで減っている。1992年の11.6%で、88%以上もダウンしたことが分かる。

高校卒業後の就職が厳しく制約され、半ば大学進学を強いられている状況が広がっている。大学に進学する学生に対して、「強い目的意識もなく進学している」とか「好きで進学しているのだから、財政的サポートは必要ない」という意見は的を外している。彼らの多くは、厳しい就職状況のなかで好むと好まざるとにかかわらず、大学進学をせざるを得ない。そのなかで、学生と親は高い学費負担を強いられている。

奨学金制度改善へ向けての動き

奨学金制度の問題点を講義やゼミで扱ったところ、学生の多くが強い関心をもった。2012年9月1日に、愛知県の大学生が有利子奨学金の無利子化や給付型奨学金の導入を目指して、「愛知県 学費と奨学金を考える会」(ホームページフェイスブック)を立ち上げた。奨学金制度の改善へ向けて、学生たち自身が当事者として声を挙げる貴重な試みであった。

学生たちの活動に触発されたかたちで、2013年3月31日に奨学金返済困難者の救済と奨学金制度の改善を目指す全国組織として、「奨学金問題対策全国会議」(ホームページフェイスブック)が結成された。ここには教育学研究者や教員などの教育関係者と、クレジットやサラ金などの多重債務問題に関わってきた弁護士や司法書士など法律の専門家が連携することとなった。このことは、現在の奨学金制度が引き起こしている事態が、教育問題であると同時に借金問題の性格をもっていることをよく示している。

これらの運動が広がったことによって、奨学金問題が社会問題として「可視化」された。新聞やテレビなどでの報道が増加し、奨学金返済に苦しむ当事者の声がメディアを通して伝えられた。当事者の声や奨学金制度の実情が報道されるにつれ、奨学金問題の焦点が「返さない」個人のモラルの問題から、奨学金制度が抱える構造上の問題や「返せない」若年層の貧困問題へと徐々に移動していった。

2014年度において延滞金賦課率10%から5%への引き下げ、奨学金返還猶予期限の5年から10年への延長、無利子の第一種奨学金利用者枠の増加などの制度改善が行われた。2015年度においても無利子の第一種奨学金利用者枠の増加が続いている。まだまだ十分とは言えないものの、運動によって奨学金制度改善への動きは進みつつある。

今後の課題

ここまで、奨学金制度の問題点と改善へ向けての動きを考察してきた。最後に、今後の課題について論じる。

第一の課題は、当事者である学生が奨学金制度の問題点を理解できる状況をつくっていくことである。奨学金を借りている当事者である大学生の多くは、この問題を十分には理解していない。予約申請する高校生の関心の中心は「どこの大学に進学するか」であり、「大学卒業後の奨学金返還がいかに大変か」を冷静に考えることは容易ではないだろう。  

大学の学費を原則として親が負担する「親負担主義」 も、学生たちの理解を妨げている。親負担主義の下では、奨学金を借りるとしてもそれは親が負担し切れない分を「補う」ものであり、学生が「奨学金を借りているのは自分だ」という当事者意識を持ちにくい状況にある。

また具体的に卒業後の返還額を頭に入れたとしても、高校生の多くは自分で家計をやりくりした経験を持たないことがほとんどである。大学生でも自宅通学である場合には、家計をやりくりする経験は余りない。自宅から出て下宿をした場合には、家計のやりくりについて一定の経験をすることにはなるが、それでも自分の働いた賃金のみで生活するのはごく少数で、多くは「親の仕送り」を得ている。

自分自身で稼いだお金で家計をやりくりした経験をもたない学生が、「月に2万円の返還」と聞いても、リアリティをもつことは困難だろう。この状況を親や教員が理解し、借りた本人が奨学金制度の問題点をより良く理解できるような援助やアドバイスをすべきである。

第二の課題は、奨学金を返還することについて、「借りた金を返すのは当たり前」と本人の「自己責任」を当然視する風潮を変えていくことである。学費を払っているのが原則として親である現在の日本社会で、奨学金を返還することが借りた本人の「自己責任」ということにはならない。

なぜなら奨学金を借りるか否か、また借りる場合にどれだけの額を借りるかは、本人の努力によっては決まらないからである。それらは「親の経済力」に大きく影響される。親の経済力に恵まれた学生は奨学金を借りる必要がなく、卒業後の返還も行わなくてすむ。もう一方で親の経済力に恵まれない学生は多額の奨学金を借りざるを得ず、卒業後もその返還をし続けなければならない。これは出身階層による経済格差が、大学卒業後にも再生産され続けることを意味する。

高い学費が経済的に豊かでない家庭出身者の大学進学機会を奪うことに加えて、金融事業化した奨学金制度が、奨学金を借りて大学進学を選んだ学生の卒業後の人生を様々な意味で制約してしまっている。学費の高さと貧しい奨学金制度は、様々な社会的不公正をもたらしているのだ。

金融事業化した奨学金制度を一刻も早く、「生まれによる差別」を是正し、「教育を受ける権利」を保障するための奨学金制度へと変えて行かなければならない。

第三の課題は、奨学金は大学生だけの問題ではなく、日本社会の将来全体に関わる射程をもっていることを社会で共有していくことである。多額の奨学金返済は、大学卒業後の人生や生活に大きな影響を与える。奨学金の返済年数は最大で20年間であり、大学卒業後の結婚・出産・子育てなど重要なライフイベントの時期と重なるからである。

深刻化する労働市場の劣化 に加えて、奨学金という名の多額の借金をかかえていれば、結婚・出産・子育てはいずれも容易ではない。多額の奨学金返済は未婚化と少子化を促進し、子育てを困難にする。

「人口減社会」が深刻化し、「自治体消滅」が話題となるなかで、全国知事会は2014年7月31日に「少子化非常事態宣言」を出した。しかし、こうした「人口減社会」や「自治体消滅」の危機を乗り越え、「地域再生」を図るためには、「給付型奨学金の導入」をはじめとする「教育の私費負担」軽減策の実施が必要不可欠である。

持続可能な社会を望むのであれば、政党・議員は奨学金が特に若年層にもたらしている厳しい現実に目を向けるべきだ。各職場・地域で奨学金利用者の電話相談や生活相談を実施し、奨学金返済が若年層の生活を圧迫し、未婚化や少子化をもたらしている現状を認識することが強く求められる。

若年層の実態を捉えた上で、各自治体レベルでの試みとしては第一に、各都道府県管轄の高校生向け奨学金制度の改善が求められる。高校生向けの奨学金についても、卒業後の返済が困難となるケースが増加している。本人年収基準による猶予・減額・免除の制度を導入し、できる限り給付型奨学金制度の実現を目指すべきだ。

大学レベルにおいても2014年から都道府県としては初めて、長野県で給付型奨学金制度が導入された。また、2015年から富山県富山市でも給付型奨学金制度の導入が実現した。都道府県レベルでの給付型奨学金制度の実現は、「奨学金とは給付である」という世界標準の考えを広げることに役立つと同時に、中央政府に給付型奨学金制度の導入を促す圧力となることだろう。

2015年の統一地方選挙で、多くの自治体議員が「給付型奨学金制度の導入」を唱えて当選した。各自治体で給付型奨学金制度の導入議論が盛んとなっている。この動きをさらに広げて、給付型奨学金制度の導入を2016年の参議院選挙の重要な争点の一つにすることが重要だ。

「給付型奨学金制度の導入」を2016年参議院選挙の争点とすることは十分に可能だと思われる。なぜなら2016年参議院選挙は第1回の18歳選挙権選挙だからである。新たに選挙権を持つ18歳と19歳にとって、学費と奨学金問題は最も身近な社会問題の一つに違いない。

「給付型奨学金制度の導入」を2016年の参議院選挙における主要な争点の一つとし、一刻も早く実現することが強く求められている。2016年4月2日(土)には東京で奨学金問題対策全国会議の三周年記念集会が行われる。基調講演はベストセラー『下流老人』の著者である藤田孝典さんである。高齢者と若年層の世代を超えた貧困問題の重要性について、社会に強くアピールしたい。一人でも多くの方にご参加いただきたい。

このような一つひとつの試みによって奨学金問題を可視化し、改善への動きを進めていくことが、とても重要な社会的課題であると考える。

おおうち・ひろかず

1967年神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。松山大学教授を経て現在、中京大学国際教養学部教授。専攻は教育社会学。主な著書に『教育基本法改正論批判―新自由主義・国家主義を越えて』(白澤社)、『教育基本法「改正」を問う―愛国心・格差社会・憲法』(高橋哲哉さんとの共著、白澤社)、『ブラックバイト』(今野晴貴さんとの共著、堀之内出版)など。

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