論壇

自治体の公契約条例―広がりと課題(上)

賃金・雇用条件定め公共サービスの質確保へ 

現代の労働研究会 小畑 精武

若者15名が格安スキーツアーの観光バス事故で亡くなった。まだまだ「安ければよい」という競争激化の新自由主義が続いている。国や自治体が提供してきた公共サービスの民間委託が「安ければよい」とする競争入札制度の下で進められ、すでに30年以上が経過してきた。その結果、公共サービスの担い手(民間委託労働者)の雇用不安、賃金労働条件の劣悪化と官製ワーキングプアの増加、公共サービスの質の低下・不安、公正な競争の崩壊、地域経済の衰退など様ざまな問題点が生じている。

こうした状況下で、新たな担い手である委託・請負労働者の雇用安定、生活の保障を通じて公共サービスの質を確保し、地域経済の振興に資する入札制度へむけ公契約条例の確立をはかる取り組みは、2009年千葉県野田市の公契約条例に始まり、その後遅い歩みだが各地に広がっている。国においてもねじれ国会の2009年に公共サービス基本法が制定され、その11条で「公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他労働環境の整備」が定められた。 本稿では委託業務における公契約条例のひろがり(上)を報告し、課題を(下)で明らかにしたい。

1. 公契約条例の制定と最近の動向

表1. 公契約条例のパターンと適用対象、最低賃金(最低報酬額)
(↑上記をクリックで大きなPDF図表が表示されます)

2009年の野田市以降、表にあるように全国に公契約条例は広がってきた。最低賃金を定めている条例は17自治体、額を定めない基本条例は8自治体、建設に特化した条例が2自治体、条例ではないが公共サービス基本法に基づく自治体要綱、指針などが23を超え、すでに50を超える自治体が公契約制度の改革を進めている。以下に類型別に示す。

(1)賃金条項型(公契約における業務委託最低賃金・報酬を規定)=17自治体

2015年には賃金条項を持つ条例が、兵庫県加西市、千葉県我孫子市、兵庫県加東市で制定された。すでに制定されている市では金額の引き上げが行われている(以下、斜数字は2015年に改正、下線は2015年に制定されたもの)。

野田市(2009年9月、849円~1550円、職種別)
川崎市(10年9月、910円)
多摩市(11年12月、930~1280円)
相模原市(11年12月、890円)
国分寺市(12年6月、929~957円)
厚木市(12年12月 929円)
渋谷区(12年6月、938円)
足立区(13年9月、938円)
直方市(13年12月、839円)
千代田区(14年3月、941円)
三木市(14年3月、830円)
草加市(14年9月、未定)
高知市(14年9月条例改正、720円)
世田谷区(14年9月、未定)
加西市(15年2月、847円)
我孫子市(15年3月、829円)
加東市(15年6月、840円)

高知市は2011年12月に基本条例型の公契約条例を制定したが、14年9月に賃金条項を含む条例に改正している。

(2)基本条例(理念)型(公正、人権、適正な労働条件、地域振興など公契約のあり方を条例の理念や目的にしている条例)=8自治体

長野県(14年3月) 奈良県(14年7月) 岩手県(15年4月) 岐阜県(15年4月) 高知市(11年→14年9月賃金条項型へ改正)、秋田市(13年)、前橋市(13年) 四日市市(14年10月) 京都市(15年10月)

京都市公契約基本条例(2015年10月29日制定)
(目的)第1条 この条例は、公契約に関し、その基本方針、本市及び受注者の責務その他の基本となる事項を定めることにより、市内中小企業の受注等の増大、公契約に従事する労働者の適正な労働環境の確保、公契約の適正な履行及び履行の水準の確保並びに社会的課題の解決に資する取組みの推進を図り、もって地域経済の健全な発展及び市民の福祉の増進に寄与することを目的とする。

(3)建設に特化した基本条例=2自治体

山形県(08年)、江戸川区(10年)

(4)公共サービス基本法に基づいた自治体要綱、指針など(条例はない)=24自治体

京都府(大綱)、函館市、旭川市、帯広市、富士見市、ふじみ野市、新座市、新宿区、杉並区、荒川区、台東区、中央区、港区、流山市、市川市、日野市、豊田市、岡崎市、亀岡市、茨木市、宝塚市、佐賀市、熊本市(指定管理者)、南砺市(指定管理者)

この他、入札における落札者を「価格のみ(安さ)」で決める方式から「価格、その他(たとえば環境、人権、障がい者雇用、男女共同参画など)」自治体にとって最も有利なものを落札者とする総合評価方式を導入している自治体も相当数あると推測される。賃金型条例には明記していない条例が多いが、京都市のように基本条例に明記しているケースもある。

(5)否決された自治体

尼崎市は公契約条例の制定を求める連合地協の陳情(08年)を採択するなど、地域運動の中から最も早く公契約条例が提案された。

尼崎市(議員提案、2票差、09年5月)、札幌市(市提案、1票差、13年11月)
山形市(市提案2票差、14年6月)、船橋市(議員提案、14年6月)

(6)再審議

川越市(撤回・再審議)

(7)検討中

郡山市(福島)、豊橋市(愛知)、大垣市(岐阜)、八幡市(京都)、丸亀市(香川)、三好市(徳島)

2. 公契約条例における労働条項

表2. 公契約条例(賃金条項有)における労働条項一覧
(↑上記をクリックで大きなPDF図表が表示されます)

「安ければよい」とする競争入札は労務提供を主とする公共サービスの委託事業(労務提供)においては、人件費にしわ寄せされる場合が多い。その結果、法定最低賃金違反やすれすれの低賃金、経験ある労働者の解雇、社会保険への未加入や離脱等が横行してきた。その対策としても公契約は有効で、以下の労働条項がポイントになる。

(1)労働法順守(労基法、労組法、労働安全衛生法、パート労働法、労働契約法、雇用機会均等法など)・・・賃金条項型の条例はすべてにあり

(2)最低賃金(最低報酬額)・・・賃金条項型の17自治体

(3)職種の標準的賃金・最低賃金・・・野田市、国分寺市、多摩市

(4)継続雇用(入札により受託者が変更になった場合これまで従事してきた労働者を優先的に雇用する制度)・・・野田市、多摩市、相模原市、直方市、加西市

【多摩市、直方市、加西市の継続雇用条項】
 受注者は、継続性のある業務に関する公契約を締結する場合は、当該業務に従事する労働者等の雇用の安定並びに当該業務の質の維持及び継続性の確保に配慮し、当該公契約の締結前から当該業務に従事していた労働者のうち希望する者を特段の事情がない限り雇用するように努めなければならない。

(5)適正な労働条件(男女均等待遇、育児・介護休暇制度、ワークライフバランス、有給休暇の取得など)・・・総合評価方式の国分寺、多摩市、長野県、奈良県、岩手県、岐阜県

(6)社会保険加入(健康、厚生年金、雇用、労災保険)・・・千代田区、世田谷区、我孫子市、奈良県、岩手県

また、賃金未払などの場合、下請け労働者への元請の連帯責任を明記するとともに、違反や未払いなどを申し出た労働者への不利益扱いの禁止の明記も不可欠である。野田市を除き賃金条項を有する16自治体が規定している。

さらに、違反の申告があった場合の調査権限、是正勧告、社名公表、入札参加停止、最終的には契約解除など履行確保の措置も不可欠である。とりわけ賃金条項型では有名無実にならないためにも必要である(草加、世田谷を除く15自治体)。草加、世田谷はこうした履行確保が条例に明記されていない。

県条例(山形08年、長野14年、奈良14年、岩手15年、岐阜15年)は基本条例型である。奈良県条例は法令順守を重視し、賃金等労働条件報告書の未提出、虚偽報告、立入り調査の拒否などについては、唯一過料(5万円以下)を科す条項を有している。

3.公契約最低賃金の根拠、審議会の設置

公契約における最低賃金(最低報酬)の根拠はこれまでのところ以下の数値が基準となっている。

(1)国の公共工事(建設・建築物)設計労務単価 ×0.8~1.0(51職種)
(2)国の建築物保全業務労務単価 ×0.8~1.0(12職種)

この(1)と(2)は、毎年国交省と農水省が市場を調査し、国が使う(1)では51の建設関連職(表3、我孫子市事例)を47都道府県毎に明示し、(2)では12職種・職務に区分された相場賃金が積算労務単価として全国8地区に分けて公表されている(表43)。(1)は公共工事・建設業種だが、(2)は国有の建築物の保全、清掃、警備という労務提供に係るものであり、委託業務の労務単価としてもっと重視されるべきである。野田市、足立区では勘案すべき基準に入っている。

2016年1月20日に最新の労務単価が公表された。全国平均で4.9%引き上げられ17,704円となり、東日本大震災被災3県(岩手、宮城、福島)では7.8%引き上げられた。

表3 2016年度 東京地区平成28年度建築保全業務労務単価(円)
建築物保全技師・保全技術員等日割り基礎単価 清掃日割基礎単価 警備日割基礎単価
保全技師
保全技師
保全技師
保全
技師補
保全
技術員
保全
技術員補
清掃員
B
清掃員
C
警備員
B
警備員
C
22,30021,10022,70018,60017,90015,40011,10010,10012,70011,300
2788円2638円2838円2325円2238円1925円1388円1263円1588円1413円
(3)自治体(現業職)の18歳初任給

自治体正規職員賃金の最低は18歳初任給であるが、個別職種においては資格や経験が必要となり、18歳賃金が最低になるとは限らない。保育士の資格、大型バスの免許はじめ18歳では取れない資格、免許は少なくないからだ。正規公務員の場合には定期昇給があり年齢(経験)によって賃金は上っていく。他方民間委託の場合、委託費の積算は受託する会社の年齢構成には無関係であり、公共工事建設職種にみられるような標準的な職務(経験・知識・技能)を担う労働者の賃金(職種賃金)に拠るべきであって、18歳最賃一本では各職種に応じた最低賃金の保障にならない。ただし、公務員賃金表を用いる点において「均等待遇、同一価値労働・同一賃金原則」めざし、官民共通の土俵にのる意義は大きい。

最近は足立区や我孫子市のように、臨時職員の賃金を賃金単価に用いるケースも出ている。野田市は職種による最低賃金に改正し、多摩市、国分寺市、相模原市などにおいても18歳最賃のみでない職種賃金を取り入れている。

(4)生活保護費(単身者生計費) 

最賃が生活保護費より低いことが問題となり2007年に最賃法が改正され、最低賃金が考慮すべき労働者の生計費に「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮すべきものとする」が組み込まれた。これにより生保より最賃が低かった東京都、北海道、神奈川県などで改善がすすみ、14年に逆転現象は解消された。しかし、安倍政権になって基準となる生活保護費の引き下げが始まり、新たな問題が生じている。

(5)現行発注賃金

野田市は毎年のように条例改正をしてきた。09年の最初の条例では公契約最低賃金は829円だった。次年度にこれまでの時給1000円だった電話交換職種が競争入札によって別会社になり時給は下落、交換手も新人になった。だが、何百とある市役所内の電話番号を短期間に覚えることは不可能に近い。そのために4月1日の電話交換は大混乱した。その経験から野田市は競争入札が求める「安ければよい」から、これまでの発注実績を尊重する「職種ごとの現行相場賃金」を下回らない方式をとっている。

【野田市の職種別賃金】
電話交換・受付(1000円)、施設設備・機器運転(1550円)
施設警備・駐車場整理(1130円)、プラント保安・重機オペ(1550円)
給食調理(849円)給食配送(957円)給食設備管理(1550円)
事務補助(850円)、手選別作業員(938円)
手選別作業員(障がい者等)(千葉県最賃、817円〈15年10月〉)

「現行相場賃金」は1931年にアメリカで制定された連邦政府の建設工事におけるデービスベーコン法の考え方(現在も有効)であり、その後のILO94号条約(公契約における労働条項)においても継承され、公共建設工事における強制力ある職種最賃となっている。公共サービスの労務提供型においても「サービス契約法」が1965年に制定され、連邦政府の公契約最賃を規定している。現在、民主党のオバマ大統領は議会では少数派であって現行時給7.25ドルの連邦最賃を引上げることが出来ない状態にあるが、時給10.1(1162円)ドルを大統領令によって公契約最賃としている。

日本の公共工事における「設計労務単価」も毎年の建設労働市場単価の調査が基になっている。問題は「現行相場」が労使交渉によって形成されるのか、この場合は労働組合の交渉力が相場引き上げに寄与する。労使交渉抜きの市場調査のみなのか、この場合は労働組合のない未組織労働者が多い労働市場となり低い水準に向かうことは必至である。また、設計労務単価は文字通り積算するうえでの労務単価であり、建築物保全業務の場合も同様で「支払賃金を拘束するものではない」(建築保全業務労務単価)とされる。この点がフランスなどILO94号条約批准国、デービス・ベーコン法(州の場合は同じ内容のリトル・デービス・ベーコン法がある)を持つアメリカとの大きな違いとなっている。

(6)賃金構造基本統計調査(厚労省)

公契約における最低賃金の基準として、国分寺市条例は「業務の標準的な賃金」を規定し、毎年厚労省が調査し発表している賃金構造基本統計調査によるとされた。だが、具体的には生活保護費基準となった。加西市条例では、自治体一般職給与とともに「市内の同種の労働者の賃金等」を勘案する条項がある。

(7)法定最低賃金(県毎)

日本の最賃制度は1959年に制定された最賃法による「業者間協定による最賃」から始まっている。この場合、労働者が最賃決定に関与できない決定的な弱点を抱え、ILO違反とされていた。現在は、公労使による中央最賃審議会が全国をABCDの4ランクに分けて目安を設け、そのもとに各県における最賃審議会(公労使委員)が各県ごとの最賃額を決めている。

こうした基準による公契約最賃だが、野田市を除く各自治体は、公労使による審議会を設置し、市長の諮問に応じ調査審議し、具体的額を答申する仕組みになっている。この審議会に労使代表が参加する意義は大きい。地域における労使交渉にはならないもののその一歩と考えることが出来るからだ。

同時に、自治体が一方的に押し付けるのではなく、受託者(雇用主)と「契約の自由」に基づき「対等平等な関係」にあることも欠かせない。多摩市条例は「市長と受託者が相互に対等平等な関係にあり、協力・共同して」労働法遵守、継続雇用、連帯責任等の責務を果たすことを明記している。次号において「公契約条例の課題」を検討したい。

おばた・よしたけ

1945年生まれ。69年江戸川地区労オルグ、84年江戸川ユニオン結成、同書記長。90年コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク初代事務局長。92年自治労本部オルグ、公共サービス民間労組協議会事務局長。現代の理論編集委員。「コミュニティ・ユニオン宣言」(共著、第一書林)、「社会運動ユニオニズム」(共著、緑風出版)、「公契約条例入門」(旬報社)、「アメリカの労働社会を読む事典」(共著、明石書店)

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